「良いものでも売れない」を変えるには?堀田カーペット流コミュニケーションスタイル

「良いものでも売れない」を変えるには?堀田カーペット流コミュニケーションスタイル
文:葛原 信太郎 写真:瀧本 JON...行秀

「メリットをわかりやすくシンプルにまとめること」は、どんなときも正解なのだろうか?日本のカーペット文化の復活を目指す堀田カーペットとユーザーファーストについて考える。

ビジネスシーンで大切な概念のひとつとされる「ユーザーファースト」。

「ユーザーが本当に求める価値を提供しよう」というのは真っ当な話ではあるが、価値観が多様化し平均的なユーザー像がブレる昨今においては、捉えようのない概念にも思える。

「長所も短所も丁寧に伝えること、たくさん伝えることが、ユーザーファーストにつながるのではないか」そう話してくれたのは、フローリングと同じように床材として施工する“敷き込み用ウールカーペット”を主力製品にする堀田カーペット株式会社 代表取締役社長の堀田将矢(ほった・まさや)さんだ。全盛期と比べ1/100にまで激減しているカーペット業界において、その品質やブランディングで注目を集める堀田さんにユーザーファーストについて語ってもらった。

物が良いのに売れない?安いから売れる?

── まずは堀田カーペットの歴史について教えてください。

うちの会社は1962年に僕の祖父が創業しました。当時の記録があまり残っていないのですが、どうやら闇市から始まったようです。リアカーに物を載せて、生き抜くために必死で売り歩いていたところ「カーペットが儲かるらしい」とウワサを耳にした。借りた織り機を使い、仲間と2人で創業したと聞いています。

その後、仲間は辞めて、祖父は一人でカーペットの仕事を続けました。そんな祖父の背中を見て育った父も会社を継ぎました。父の時代になると下請けではなく、自分たちで物をつくろうと奮闘します。父の時代につくったブランドを僕がリブランディングしたのが、うちの会社の敷き込み用ウールカーペットブランド「woolflooring」です。

僕が入社したのは2008年でした。リーマンショックの影響で、バブル崩壊後の最低売上を記録。でも、1962年からの決算書を改めて紐解いてみると、経営的に困難を何度も乗り越えてきていた。そんな父と祖父の情熱を引き継ぎ、代表取締役社長に就任したのは2017年です。

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入社前はカーペットにそれほど強い興味はなく、業界のこともプロダクトのことも知りませんでした。しかし、実際に働き出し、プロダクトができる工程を知り、完成品をじっくり見るようになると「なぜこんなに良いものなのに売れないんだろう?」という疑問が沸々と湧いてきました。

── 売れない原因を、堀田さんはどのように分析されたのでしょうか?

業界にとって痛手だったのは、汚れがつくと面倒、ダニの発生、アレルギーの原因になるというイメージが人々の脳裏にこびりついてしまったことです。こういったネガティブなイメージを覆すのはとても難しい。なぜなら完璧に否定はできないからです。僕らのウールカーペットは汚れを弾く性質はありますが、汚れないわけじゃない。ダニの量は布団よりは少ないことがわかっていますが、ゼロではない。

売れない状況を打破しようと業界としていろいろ取り組んできました。例えばネガティブな要素を否定すること。1970年代から変わらず、科学的に分析し論理的な資料を揃えて、パンフレットなどで伝えようと頑張ってきたんです。しかし50年近く経つ今でも、世間のイメージをひっくり返すことはできていません。

また、価格を下げて安さで勝負してきたことも良いものが売れない一因だと考えています。もちろん、安いことはお客様にとっては大きなメリットでしょう。しかし「安さ」はコミュニケーションとして強すぎると思っています。安いだけで簡単に選ばれてしまう。その強さを知ってしまうと、価格を下げることばかりに注力し、質が犠牲にしてしまうことも少なくありません。

そんな状況を踏まえ、良いものを売るためにはもっと別のコミュニケーション方法があるのではないか…と模索しているのが、今の堀田カーペットです。

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取材時には工場も見学させてもらった。左上:巨大な機械でウィルトンカーペットを織っているところ。/右上:無数の糸が1枚のカーペットを構成している。/下:織りあがったカーペットは職人の手で丁寧に仕上げられていく。

お客様から指名してもらえる環境を

── とはいえ、先ほど聞いたようにネガティブなイメージが先行している側面もあるかと思います。堀田さんは、どのようにコミュニケーションをしようと考えたのでしょうか?

敷き込みカーペットの本質的な良さを伝えることに注力したほうがいいのではないか、と考えました。ネガティブなイメージを覆すのではなく、安さに頼るのでもなく、敷き込みカーペットがある生活の素晴らしさをしっかりと理解してもらおうと考えたんです。

でも、いきなり敷き込みカーペットを使ってください、というのはお客様にとってハードルが高い。まずは、生活に取り入れやすく僕たちのプロダクトの良さも伝えられるラグブランドを立ち上げることにしました。それが、8年間の長い準備期間を経て2016年にスタートした「COURT」です。これが当たらなければブランディングは諦めようとさえ思うほど、自信を持って発表しました。すぐにライフスタイル誌やインテリア誌が特集を組んでくれるなど想定していた手応えを得ることができた。

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2016年に立ち上げた、ウールラグブランド「COURT」(写真提供:堀田カーペット)

ブランドが良いなと思ったら、ブランド名や商品名で検索して、ウェブサイトをチェックするはずです。どんな会社がやっているのかも気になるでしょう。そこで、次に取り掛かったのは堀田カーペットという企業のリブランディングです。ロゴやウェブサイトをリニューアルし、デザインにもこだわりました。とくに力を入れたのは「DICTIONARY」と「CARPET LIFE」という読み物シリーズです。

DICTIONARYは、カーペットの疑問がすべて解決できる「辞書」を目指しています。多くの人が体験していないカーペットがある生活のメリット・デメリット、メンテナンス。さらに選び方、施工についての解説など、さまざまなお客様の疑問へ解答しています。さまざまなものをこぼしてみて、シミが取れない場合は正直に言う。実際に使ったり、実験しながら、その結果を隠すことなく伝えます。

CARPET LIFEは、いわゆるユーザーインタビュー。実際に自分の家に敷き込みカーペットを施工したお客様の暮らしぶりを写真とテキストでまとめています。意識しているのは、美しくオシャレな写真ではなく、住んでいる人の生活が垣間見える写真を撮ることです。

── カーペットがある生活を、丁寧かつリアルに伝えることを大切にしているんですね。

はい、そのとおりです。ただ、どれだけ丁寧に伝えても実際に体験してもらうことに勝る説得力はないのでは、とある時気がつきました。今は和泉市にある工場と、敷き込みカーペットを施工した僕の家の見学体制を整えています。見学会ではかなり丁寧にお話をするんです。お客様の求めていることをお聞きして提案すると言うよりも、自分たちの伝えたいことを高い熱量で伝えきるというスタンスです(笑)。プロダクトには自信がありますし、伝えたいことも、語りたい切り口がたくさんありますから。

このスタンスは工場や家の見学だけでなく、ウェブサイトの設計でも一貫しています。僕らがお客様とのコミュニケーションで大切にしているのは「丁寧に伝える、たくさん伝える」ことです。

たくさんの「なぜ」にきちんと答え、丁寧に伝える

── 堀田さんは「ユーザーファースト」という言葉について、どんな考えを持っていますか。

DICTIONARYもCARPET LIFEも工場や僕の家の見学にも共通している「丁寧に伝える、たくさん伝える」は、ユーザーファーストにつながっていくと思っています。

しかし、その前提には「良いものをつくる」がある。そもそも僕たちはメーカーなので、良いものをつくることが使命です。だから「良いもの」とはなにかをずっと考えてきました。現時点での僕の答えは「何度『なぜ?』を問われても答えられる」です。なぜつくるのか、なぜこの形なのか、なぜ今なのか…。たくさんの「なぜ?」に答えられるほど深く考え込まれたプロダクトが「良いもの」だと思うんです。

ただ、どれだけ良いものでも「完璧な商品」はない。カーペットで言えば、汚れず、ダニも発生せず、美しく長持ちするプロダクトなんてありません。「汚れにくいですよ」「ダニは発生しづらいですよ」なんて、簡単にまとめて伝えるのは誠実じゃないと思うんです。それでも、敷き込みカーペットがある暮らしは最高なんですよ、と魅力を伝えていきたい。

欠点も含めてカーペットについて親切に伝えるなら、簡単にひとことではとても言い表せない。情報を、さまざまな切り口で丁寧にたくさん伝える必要があるんです。

── 今のビジネスシーンで良いとされている「シンプルに、コンパクトに伝える」とは、方向性が違うようにも聞こえますが…。

そうでもないんですよ。たくさんのなぜに答えられるプロダクトには、背景に深い思想があります。その深さを維持したまま、どうにかシンプルに伝えようと試行錯誤することは大切だと考えています。

問題は、「シンプルが目的になってしまっていること」ではないでしょうか。シンプルさを最優先にし、わかりやすいものを突き詰めた結果、さまざまな市場で「わかりやすい、それっぽいもの」が溢れていると思うんです。

ユーザーも、シンプルでわかりやすいものを求めているかもしれない。しかし、シンプルを目的にし、浅い考えのまま商品化されたプロダクトをユーザーファーストと言えるのでしょうか。僕は違うと思います。

たくさんのなぜに答えられる良いものをつくりながら、丁寧にコミュニケーションを取る。そうすると結果的に、コミュニケーションの手数も必要になる。だから、たくさん伝えるんです。

── 会社のパンフレットも一般的なそれとは違い、小さな雑誌のような形態で、思いを語ることと美しい写真に多くのページを割いていますね。

そうなんです。ありがたいことに最近は注目していただけることが増えて、あの会社案内がほしい、と言われるようになりました。一般的な会社案内に載っているのは「現在の」会社の規模や売上、社長からのメッセージなどです。でも、それだけでは堀田カーペットは語り尽くせない。そこで、毎年新しい冊子をつくることにしました。会社案内であり、ビジョンブックであり、中期経営計画表でもあり、自分の思いを書き連ねる場所でもある。多くの人に知ってもらえるよう、自社サイトからダウンロードもできるようにしました。

僕たちは「日本にもう一度、カーペットの文化をつくる」ことをビジョンとしています。そのビジョンを叶えるためにも、僕たちなりのユーザーファーストを実現するためにも「浅くてシンプル」なものはつくらない。正直、費用対効果は悪いと思います。でも、いいんです。良いものをつくって、丁寧に・たくさん伝えていくことが、僕たちなりのお客様に対する愛情表現なので。

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プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

堀田将矢(ほった・まさや)
堀田カーペット株式会社 代表取締役社長

1978年大阪府生まれ。北海道大学経済学部卒業後2002年にトヨタ自動車株式会社入社。2008年に堀田カーペット株式会社に入社。2017年2月3代目代表取締役社長就任。2016年にウールラグブランド「COURT」を立ち上げ、全国の家具店や雑貨店でお取扱いいただいている。また、自邸「カーペットの家」を2015年に竣工し、自ら「生活者」としてカーペットの暮らしを体感し、カーペットの暮らしのショールームとしても、多くのお客様にカーペットの啓蒙活動を続けている。

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