ラッパー あっこゴリラと考える、誰かの偏見に惑わされない自分らしさの貫き方

ラッパー あっこゴリラと考える、誰かの偏見に惑わされない自分らしさの貫き方
文:森田 大理 写真:須古 恵

社会に潜む固定概念に疑問を呈する作品を多数発表。J-WAVE「SONAR MUSIC」のナビゲーターも務めるラッパー あっこゴリラさんに、様々な“もやもや”に遭遇したときの対処法を聞く

以前に比べればダイバーシティが浸透してきたとはいえ、現代社会にはまだまだ性別や年齢、容姿・体形といった属性で人を判断する行為や、大小さまざまな格差や差別があることは否めない。日常生活で自分に向かってくる「らしさ」の押し付けやレッテル貼りに、私たちはどう対処したら良いだろうか。

そこで今回話を聞いたのは、ラッパーのあっこゴリラさん。女性の無駄毛をテーマにした楽曲「エビバディBO」、年齢をテーマにした「グランマ」など、世の中の「○○はこうあるべき」という固定概念に切り込んだ作品を多数発表し、自分らしくあろうというメッセージを発信し続けるヒップホップアーティストだ。また、2019年からはJ-WAVEのラジオ番組「SONAR MUSIC」でナビゲーターも務めており、10代20代を中心としたリスナーとも対話をし続けている。あっこゴリラさんの価値観や楽曲制作の裏側には、現代社会で自分らしく生きるためのヒントがあるのではないか。「SONAR MUSIC」オンエア前の合間を縫ってインタビューに答えていただいた。

特定の誰かを非難するのは簡単。でも、世界はそんなに単純じゃない

―― あっこゴリラさんは、バンドのドラマーからラッパーに転身したという経歴ですよね。なぜラップで表現しようと思ったんですか。

バンドでデビューした当時、私は自分の感情を発露することが苦手だったんです。ハッピーな気持ちは素直に表現できたんだけど、特に“ダークサイド”の感情は溜めこんじゃっていました。自分に自信がないのに周囲からの評価には敏感だったから、人と比べて必要以上に自分を卑下していた。プライドもあるから「ネガティブな感情を吐き出すのはダサい」って、ずっと思っていたんです。

でも、ただ愚痴を言うんじゃなくリズムに乗せてみたら、ネガティブなものもハッピーに聞こえたんですよね。そうやってラップのリリックで自分の素直な感情を表現するようになりました。「今の私はこんなもんかもしれないけど、このままでは終わらねえからな」と、自分の気持ちを鼓舞する意味もあったと思います。

―― ネガティブな感情を吐き出して自分を奮い立たせる行為、ということでしょうか。

ただ自分の感情を表現しているだけ、ではないんです。世の中に対してぶつけている意味もありますよ。だって、自分の感情が揺さぶられることって、原因は自分の外にもあるじゃないですか。何かムカつくことが起きたとして、「気にしなければOK」と自分の心のありようでは片づけられない。私は、個人と世界は切り離せるものではなく、地続きの存在なんだと思っていて。だから、ラップは自分を鼓舞する手段でもあり、世の中の誰かに対して発信している意見・メッセージでもある。私の中と外、両方に向かっている言葉なんです。

インタビューに答えるラッパーのあっこゴリラさん

―― ネガティブなことが起きたとき、ことを荒立てないように「自分のせい」にすると心が辛いし、「他人のせい」にすると悪口になってしまうことがあるじゃないですか。そのどちらでもなく、両方に向けた言葉だというバランス感覚が興味深いです。

「あいつはクソ」って一方的に言っちゃうのは、簡単だし楽なんですよ。でも実際は「特定の誰かが絶対的に悪い」「これは100%私のせい」、みたいな単純なことってほとんどないじゃないですか。この世界はそんなに簡単じゃない。私たちが自分のせいにしていることの中には、突き詰めて考えると実は社会に植え付けられた価値観が影響していることも多いと思っています。

例えば昔は「こんな女は○○だ」と笑いのネタにするバラエティ番組が普通に放送されていましたし、ファッション雑誌を開けばスタイルの良いモデルさんばかり。そうした情報に触れるうちに、私の中にも同じ価値観がつくられてしまい、基準から少しでもはみ出せば人生終了だと思っていた時期もあるんです。

だけど、良く考えたらその価値基準がおかしいじゃないですか。私が今ヒップホップを通してやっていることって、これまで私やいろんな人たちが「自分のせい」にしてきたことを解体して、「社会を変えた方が良くない?」と言っている感覚。自分の中にあるものをディグっていくことは、この世界をディグっていくことだと思ってるんです。

その場で抗議するだけが正解じゃない。それぞれのやり方があって良い

―― 多様性が尊重されるようになった現代においても、「女らしさ・男らしさ」のような属性のイメージを押し付けられる「らしさの強要」はまだまだ根強く、他人の何気ない言動にもやもやしている人も多いかと思います。あっこゴリラさんは、日常生活でそんなときにどう対処していますか。

うーん、人それぞれもやもやするポイントは違うし、いろんなシーンがありますよね。そうだな、何を話したら良いかな…。例えば昔お正月に「女の子なんだから家の手伝いを」みたいに言われたときは、「宇宙人キャラ」になりましたね。何か言われても気にせず振る舞っていたら「この子は“女の子らしく”が通用しない、別の次元に生きている宇宙人なんだ」って思われるようになりました。でも、もし友達に同じこと言われたら、その場で「ないない、ありえない」って言っちゃうかな。先輩だったらさすがに……、いや、やっぱり普通に反論しますね。もちろん、どれも“私の場合は”ですけど。

―― 相手が誰かにもよるし、自分のキャラクターによっても対処の仕方は変わる、と。

というより、こういうのって“HOW TO“で解決できるものではないと思うんです。仮に同じ人に同じことを言われたとしても、どんなストレスを抱えるかは人それぞれじゃないですか。だから、「これが100%の正解」と言える対処法はない気がするんです。ただ、今悩んでいる人に一つだけアドバイスするとしたら、「その場ではっきりと抗議できなくても、他に方法はいくらでもある」ってことかな。

私はすぐに言っちゃうけど、私のやり方をほかの人が真似すれば良いとは思わないです。相手に直接言えないなら別の人に相談するとか。一人で抱え込むより良いと思う。反射神経で言い返すことだけが正解じゃないから、それができなかったとしても自分を責めないでほしいです。後日手紙で伝えたって良いじゃないですか。誰にでも自分の気持ちを伝える権利はあるし、やり方は無数にあるから、あなたにあった方法で良いと思います。

インタビューに答えるラッパーのあっこゴリラさん

―― 多くの人が無意識に属性によるレッテル貼りをしているのであれば、逆に自分自身も無意識に他人をもやっとさせていることがあるのかもしれないですよね。あっこゴリラさんも相手に“らしさ”を押し付けたなと思うときはありますか。

これはもう、いっぱいありますよ。きっと人間の性なんだと思います。人間にはもともと相手のことを知りたい、分かりたいという欲望が備わっていて、「○○さんはこういう人」とラベルを貼ることは、人が相手を理解する上で必要な作業なのかもしれません。でも、相手を分かりやすい一面だけで簡単に捉えてしまうと、ふとした言動で相手に違和感を抱かせてしまう。

例えば、良かれと思って伝えたアドバイスが、本人には的外れだったこともありました。こういうことが起きる度に反省してますね。私は、人が人を理解したいという気持ち自体は悪ではないと思っています。けれど、分かった気になって押し付けてしまうことは良くない。無意識にやってしまうからこそ気を付けたいです。

―― 多様性が尊重されるようになった時代に生まれた今の10代20代は、あっこゴリラさんから見てどういうところに可能性を感じますか。

うーん、それこそ個性は人それぞれなので、一概には言えない気がしますね。でも、確かに今っていろんな個性や才能が認められ、世に出やすい時代だとは思いますよ。というのも、私が10代20代の頃はレコーディングするにしてもスタジオを借りてエンジニアがいて…と常に予算の制約がつきまとっていたんです。でも、今はスマホ・パソコンと簡単な機材やソフトがあれば、録音してマスタリングしてミックスまで自分でやれる。中には自分でMVまで作っている子もいます。これってアーティストにとってめちゃくちゃ良い環境だと私は思っていて。お金の問題にクリエイティブが邪魔されにくいからこそ、個性豊かな面白いものが生まれやすく、チャンスの多い世代だと思います。

たった一つの価値基準で自分や他人を評価するってやばくない?

―― 2022年4月より、あっこゴリラさんがナビゲーターを務めるJ-WAVE「SONAR MUSIC」内のコーナーとして「RECRUIT OPPORTUNITY FOR MUSIC」がはじまっています。このコーナーではアーティストの皆さんの「まだ、ここにない、出会い。」について語られていますが、あっこゴリラさんの価値観・人生観に影響を与えたような「まだ、ここにない、出会い。」についても教えてください。

えーっと、ちゃんと答えたいから、ちょっと考えさせてくださいね……。そうだな……青春時代に衝撃を受けた、という意味では向井秀徳さん率いる「ナンバーガール」に出会ったことです。オルタナティブというジャンルに初めて触れたきっかけがナンバーガール。それまで聴いてきたポップやロックとはまるで違って、自分の中にあった“良い音楽”の基準を揺さぶってくれました。

―― 音楽以外ではどうですか。

2016年、『Back to the Jungle』のMV撮影で本物のゴリラに会うためにルワンダに行ったときに、私の人生観は大きく変わったかもしれないです。私、実はそのときが初海外で。日本では経験できないことだらけだったんです。現地で東京の音楽を聞いてもいまいちフィットしないし、ひとりぼっちで行動していたとき、お互いの言葉が全く分からないはずの現地の人と心で通じ合えたことに感動しました。日本語が分かる人同士でもマジで話が通じないときあるじゃないですか。人と分かり合うって言葉じゃないんだなと思った瞬間です。

自身の「まだ、ここにない、出会い。」について語るあっこゴリラさん

それに、シンプルに地球のデカさというか、価値観の多様さに触れて、これまでの私が意地になって追い求めてきたものがめちゃくちゃ小さいものに思えたんですよね。ルワンダ以前の私は、人生は勝ち負けが全てでした。音楽で売れて周囲を見返すことが私の命をかけた勝負で、売れさえすればそこで死んでも良いやとさえ思っていたくらいなんです。でも、海外でいろんな価値観に触れるうちに、売れるかどうかという一つの基準だけで0か100かを決める生き方が、小さくてしょうもないなって。

すぐに考えが180度変わった訳ではないんですけど、自分が感じたことをリリックに書いていくうちに地層のように積み重なって、もっといろんな尺度で生きて良いよねって思えるようになっていきました。

―― ルワンダ行きは仕事の目的があったとはいえ、不安や恐怖はなかったんですか。この出来事に限らず、あっこゴリラさんが未知の世界に飛び込める理由を知りたいです。

理由は良く分かんないんですけど、私って行動力がやばいっぽいんですよね。「とりあえずやってみる」というか。もちろん失敗するのは嫌なんですよ。でも心のどこかに失敗を楽しんでいる自分もいて。あと、そもそもあんまりビビってないかも。ビビってる方がダサいって思って、踏み込んじゃうんです。一度きりの人生だからって。でも、これもやっぱりあくまで私の気質に合ってるってだけの話ですよ。みんなが私と同じようにやるのが正解、でもないんじゃないかな。

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

あっこゴリラ(あっこごりら)

ドラマーとしてキャリアスタートし、バンド解散後、2015年よりラッパーに転身。2017年CINDERELLA MC BATTLEで優勝。2018年、美や性や生の多様性をテーマにした1stALBUM「GRRRLISM」発表。2019年よりJ-WAVE「SONAR MUSIC」メインナビゲーター就任。独立し、2022年合同会社ゴリちゃんカンパニー設立。人気アニメ「かぐや様は告らせたい」第5話EDに楽曲提供するなど精力的に活動中。2022年「マグマシリーズ」始動。ゴリラの由来はノリ。

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