見られるかよりも伝わるか――動画マニュアルサービスtebikiと考える、動画が組織にもたらす新常識

見られるかよりも伝わるか――動画マニュアルサービスtebikiと考える、動画が組織にもたらす新常識
文:森田 大理 写真:須古 恵

あらゆる情報が動画で手軽に共有できる。そんな時代を私たちはどう生きるべきか。クラウド動画教育システムで急成長中 Tebiki社の歩みから、動画が組織や仕事にもたらす変化の可能性を探る

一般の個人がスマートフォンで手軽に動画を撮影し、簡単に編集して世界へ発信することも可能になった現代。様々な動画サービスが生まれ、私たちの暮らしや仕事に変化をもたらしている。その一つが、「マニュアル」だ。

従来のマニュアルは紙ベースで文字情報が中心だったが、最近は製品の操作方法を動画で紹介しているメーカーも珍しくない。今や家庭料理の大きな味方となったレシピ動画サービスなども一種の動画マニュアルと言える。人類の歴史において情報流通は長らく文字が主流だったが、それが動画に置き換わりつつある今、私たちはこの変化をどう捉えたら良いのだろうか。

そこで今回登場いただいたのが、Tebiki株式会社の代表 貴山敬(きやま・たかし)さん。工場などの現場教育向けに動画マニュアル作成サービス「tebiki」を展開する同社の道のりを紐解きながら、マニュアルの動画化(DX化)がもたらす可能性について話をうかがった。

デスクレスワーカーが抱える教育課題を、動画で解決する

はじめに、「tebiki」について簡単に説明しておきたい。tebikiは、工場や物流倉庫、接客サービス、介護といったデスク“レス”ワーカー向けの現場教育で活用されている動画マニュアル作成サービスだ。特別な機材や技術がなくても、スマートフォンやタブレット一つで作業手順の撮影から編集、アップロードまでを完結させることが可能。学ぶ側も普段使っているスマホで閲覧できる。その手軽さが支持され、2018年のベータ版リリース以降、右肩上がりで拡大を続けている。

このサービスのアイデアを生み出したのが、創業者である貴山敬さん。実は、貴山さんがこのサービスにたどり着いたのは、自身のキャリアが大きく影響している。新卒で三菱商事を経験している貴山さんは、買収先の食品工場に出向して工場長を務めた経験があり、その時代のある悩みが元になっているというのだ。

「工場長時代、一番の課題だったのが現場での従業員教育でした。工場のように機械を操作する作業や物理的に身体を動かしておこなう作業は、実際に先輩の作業を見て学ぶことや、先輩が横について指導してもらいながら学ぶOJT教育が欠かせません。しかし、機械が止まったときのトラブルシューティングなどを若手の従業員に身につけてほしくても、実際の現場では一刻も早い復旧が求められるため、作業を教えている余裕がない。結果的にベテラン従業員にばかり難易度の高い業務やスピード対応が必要な業務が集中し、若手がなかなか育たないという、悪循環に陥った苦い経験があります」

「tebiki」による動画マニュアル
「tebiki」なら動画編集ソフトがなくてもブラウザ上で編集可能。図形や字幕も簡単な操作で反映できる手軽さが支持されている

あのとき何があれば現場で働くみんなを苦労から解放できたのか。工場長の仕事を離れてからも長い間、心の中で当時の出来事が引っかかっていたそうだ。それが新たな事業アイデアの元となったのは、タイミングも良かったのだと貴山さんは言う。創業した2018年ごろは、スマートデバイスが世の中に当たり前に浸透し、Wi-Fiなどの通信インフラが整備され、各種クラウドサービスも広まっていた時期。積年の想いと「技術の進歩」が掛け合わさることで、動画というソリューションが導かれる。

「私にとっては今回が2度目の起業。最初の起業でこのアイデアを形にしなかったのは、時代の違いもあると思います。たとえば10年前でも作業の様子を動画に記録して研修などに活用することは可能でしたが、当時はまだスマホやタブレットが浸透しきっておらず、いつでも手軽に撮影・編集・閲覧できる環境ではなかった。手間やコストがかかりすぎてビジネスとしては現実的ではなかったんです。それが、今や一般の人たちが特別な技能を習得しなくても手元のスマホで簡単に動画を撮影し、日常的に共有しあっています。デバイスだけでなく周辺のテクノロジーも発達し、編集や閲覧を簡単にできる環境が整ってきた。今なら、現場で働くみなさんに使ってもらえるサービスにできる予感がしたんです」

教育・DX・人間関係の向上…。動画マニュアルが職場にもたらす効果

事業化に向けて工場長や介護施設長などにユーザーインタビューをしてみると、「ぜひ使ってみたい」と予想以上の反響があった。この結果を導いたのは、貴山さんがデスクレスワークの現場で起きている機微に詳しかったこと。貴山さんがかつて工場長として経験した苦悩を、多くの現場責任者たちも痛感していたのだ。実証をかねて通販サービス大手の物流センターに無料で導入してもらったところ、「ぜひ使い続けたい」と二つ返事で有料化への切り替えに成功。その後も続々と大企業での導入が進んでいる。

「私たちにとってはコロナ禍も追い風になりました。多くの企業では対面の集合研修や現場実習の中止・削減を迫られた。その分を動画に置き換えられないかと、当社への問い合わせが一気に10倍に跳ね上がったんです。また、日常的にオンライン会議システムを利用する人が増え、動画に対するリテラシーが社会全体で向上。ますます動画が身近になったことで、初期の導入支援で客先に足を運ばなくてもオンラインでサポート可能になるなど、tebikiにとって良い環境が整ってきています」

動画マニュアルについて語るTebiki株式会社 代表取締役 貴山敬さん

このように、tebikiが実現しているのは、コロナ禍により社会全体で必要性が叫ばれたDXの推進という意味合いも強い。実は、「デスクレスワーカーは労働者全体の80%を占めるのに対しIT投資はわずか1%」という調査結果もあるほど、DXが進んでいない領域。tebikiは動画というデジタルデータに現場のノウハウを蓄積することにより、アナログで属人的な方法から働く人たちを解放しようという狙いもあるように見受けられる。

「デスクワークの人たちがおこなうパソコン上の作業に比べて、工場などの現場作業は場所を移動しながらおこなう工程もあれば、一連の動作の流れや微妙な手さばきなどが重要な工程も多く、テキストや画像だけで表現することはなかなか難しい。つまり、これまでは可視化できていなかった情報・ノウハウが多い。だからこそ現場のOJT教育が欠かせなかったんです。その点、動画にはこれまで埋もれていた情報を記録できる。トレーナーが付きっ切りで教えなくてもマニュアルを見て習得できることが増えれば、OJT教育の中身が変わり、より質の高い育成が可能になります」

教育の方法が変わると、職場には人材育成以外の変化も現れてくるという。よくクライアントから聞かれるのは、「人間関係が良くなった」という意見。例えば属人的な教育方法では、「仕事の理解度が低いまま新人が現場に投入され、ミスをして怒られる」「同じことを何度も聞いて先輩に嫌われる」「先輩を恐れてますます聞けない」といったことが起きがち。それが、動画マニュアルで一定の育成を担保することにより、教える側・教えられる側双方のストレスが軽減。人間関係を悪化させる事象が減ったことにより、職場の雰囲気が良くなり、退職率が下がったという副次的効果もあるそうだ。

特に効率を重視する現代の若者世代にしてみれば、わざわざ先輩に時間をもらって質問するより、手元のデバイスで見られる動画で解決した方が圧倒的に速いと感じられるだろう。幼少期~学生時代から動画が身近にあった世代からすれば、動画で学ぶ方が“当たり前”の感覚に近くストレスが少ないのかもしれない。

再生回数の多い動画が、価値のある動画とは限らない

現在、社会全体を見渡せばtebikiのほかに類似サービスがあるのも事実。動画サービス自体はもはや珍しくないが、貴山さんが考えるライバルは同業他社ではない。真の競合はクライアントがこれまでの慣習やルールを固持すること。「現状維持」だと語る。

「ありがたいことに競合サービスとコンペになることはほとんどないのですが、それでも失注するときは『紙のマニュアルに慣れているので変えたくない』といった理由が多いですね。“慣れ親しんだやり方”は本当に手強い相手です。わざわざ変更する面倒さを上回るだけの大きなメリットがないと。単なる動画ソリューションではリプレイスは困難です。作成や閲覧の手間がかからず、誰にでも使えること。現場に埋もれていた情報を可視化して活用すること。“誰の何を解決し、どうしたいのか”という目的をしっかり設計しないと、多くのお客様に支持されるソリューションにはなれないはずです」

その意味で、貴山さんが創業から一貫してこだわってきたことがある。それは、クライアントからの動画の制作代行をしないことだ。もちろん、ノウハウのある人がプロ用の機材を使って撮影・編集した方が、動画としてのクオリティは高いものができるだろう。しかし、それは動画マニュアルの本質ではないという。

動画マニュアルの本質について語るTebiki株式会社 代表取締役 貴山敬さん

「見栄えの良い動画と、業務の習得に役立つ動画は別物だからです。例えば、その業務で最も重要なポイントは何で、その動作の特徴を理解するにはどの角度から撮影するのが良いか。それは実際の業務を担当している人が一番分かっています。また、現場の仕事は状況にあわせて変わっていくからこそ、マニュアルも臨機応変に修正を繰り返せることが必要。都度外部に依頼していてはどうしても時間がかかるため、面倒さが勝って動画マニュアルは定着しません。動画としてのクオリティを優先し時間をかけてつくることは、tebikiが動画で解決したい目的に合わないんです」

動画の作り手が一部の人・組織に限られていた時代から、一般の人が自由に作り発信できるように“民主化”されたともいえる現代。無数の動画が氾濫する時代においては、確かに貴山さんが言うように「誰の何のための動画か」という目的がこれまで以上に重要になってくるのかもしれない。

「動画マニュアルをつくるクライアントの現場のみなさんの中には、良い動画にしたいという前向きな気持ちから創意工夫をする人も多いんです。若い世代ではYoutubeやTikTokの動画を普段から見ていたり、自分も投稿していたりする人も増えていますから、おもしろ動画を参考にした動画マニュアルも誕生しており、確かにそれらは再生回数が伸びやすいです。

でも、たくさん見られる=分かりやすい良いものとは限らないのが動画マニュアルの難しいところ。この動画を見せたい相手はどんな人で、何を知りたいと思っていて、どう伝えれば分かりやすいのかと、コミュニケーション設計をしていかねばならないんです。

動画は文章よりも一度に受け取る情報量が多く、本を読むよりも手軽さがあるからこそ、あらゆる情報が動画に置き換わっていく今の流れは止まらないでしょう。その一方、情報接触態度が受動的で、ただ漫然と見られてしまうというデメリットがあるのも事実。そうした特徴を踏まえて、意図をもって動画をつくり発信していくことが、これからはより大切な時代に突入するのではないでしょうか」

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

貴山 敬(きやま・たかし)
Tebiki株式会社 代表取締役

慶応大学総合政策学部卒業後、三菱商事㈱にて事業投資を担当し、食品メーカーを買収して取締役副社長兼工場長に就任。その後、旅行C2Cサービスで起業して事業譲渡、習い事C2Cサービスの取締役就任と事業譲渡を経て、2018年3月に二回目の起業。海と山とキックボクシングが好き。

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