「脚色のない、本当の言葉が一番面白い」。歌人 上坂あゆ美と考える、コミュニケーションの本質

「脚色のない、本当の言葉が一番面白い」。歌人 上坂あゆ美と考える、コミュニケーションの本質
文:森田 大理 写真:須古 恵

歌集『老人ホームで死ぬほどモテたい』がSNSで話題。今注目の歌人 上坂あゆ美さんの短歌への向き合い方を紐解きながら、相手に届く言葉の紡ぎ方を学ぶ

インターネットが登場し、誰もが気軽に言葉を公に発信できるようになって久しい。そんな時代観に呼応しているのか、今短歌が静かなブームなのをご存じだろうか。五七五七七のわずか三十一文字で想いや情景を表現する短歌は、SNSやスマートフォンのショートメッセージといった現代人に親しみのあるフォーマットとも共通点がある。短歌表現には、今の時代に必要なスキルを磨くヒントが隠されているのではないだろうか。

そこで今回登場いただいたのが、歌人の上坂あゆ美さん。1991年生まれの上坂さんは、2022年に第一歌集『老人ホームで死ぬほどモテたい』を発表。現代的な表現で詠まれる歌の数々がTwitter等でも話題になった、今注目の歌人の一人だ。なぜ彼女の歌は多くの人の心に届くのだろう。歌人として、また一人の現代を生きる人として、上坂さんが普段どのように言葉に向き合っているかを紐解いた。

短歌はたった三十一文字で自己表現ができる。その手軽さに惹かれて

そもそも上坂さんはどのようなきっかけで短歌をつくるようになったのだろうか。公式プロフィールには、「2017年から短歌をつくり始める」との記載があり、20代中盤からの活動である事が分かる。また、2022年末までは企業に勤める会社員でもあり、短歌に出会ったのも、会社を転職したことが関係しているという。

「新卒で入社した会社では毎日忙しく働き、他のことをする気も起きなかったのですが、社会人4年目で転職をしたら労働環境が大きく変わり、時間と心に余裕が生まれたんです。そんなとき、たまたま入った書店で短歌の歌集が目に留まりました。わずか三十一文字の短い言葉だけで表現する面白さに引き込まれて、『時間もあるし、私もつくってみようかな』と。最初はそれくらいの気持ちだったんですよ」

上坂さんが短歌をつくろうと思ったのは、幼いころから創作意欲が旺盛だったことも影響している。高校卒業後は美術大学に進学。様々な創作活動に臨んだが、そこでは自分の道を見つけることができなかった。

「絵画に彫刻に写真に…と、幅広くいろいろな表現手法に触れてみたのですが、どれもあまりしっくりきませんでした。芸術ってわずか1ミリのニュアンスの違いが最終的なクオリティにつながる世界。他の学生がそこにこだわり抜いて作品を仕上げているのに、私はそこまで頑張れなかった。その1ミリに膨大な時間とお金をかける意味が当時の私には分からなかったんです。私は芸術への愛が足りないんだ、つくることに向いていないのかもしれないと絶望したこともありました。だから、短歌に出会ったときに思ったんです。形にするまでのスピードが、私が通ってきた他の創作活動の何よりも速いのが良いって」

短歌を始めたきっかけを語る歌人の上坂あゆ美さん

上坂さんは、「歌人の先輩方に怒られるかもしれないけれど」と前置きしながら、「短歌はお金も時間もかからないし、コスパが良い」と語ってくれた。文芸の一つである短歌をコスパで表してしまうように、上坂さんは自身の中に極めて合理主義的な一面があることを認めており、そうした気質にフィットしたのだろう。

また、上坂さんが短歌に“しっくりきた”のは、よりストレートに自分を表現しやすいことも理由の一つだ。例えば、上坂さんの短歌にはこのような一首がある。

母は鳥 姉には獅子と羽根がありわたしは刺青(タトゥー) がないという刺青(タトゥー)

父がくれるお菓子はいつも騒音と玉の重みで少し凹んでた

家族のこと、地元沼津での思い出、東京で生きる一人の女性としての出来事など、赤裸々な言葉が読み手に次々と飛び込んでくるのが特徴。普通ならそこまで自分をさらけ出すのはためらってしまいそうだが、上坂さんはそれができるところに短歌の利点があると語る。

「自分の感じたことや人生遍歴を人に伝えたいというのが、私の創作意欲の源泉。もしかしたら、絵画などがしっくりこなかったのは抽象的にしか表現できないからなのかもしれません。その点、短歌は“私性の芸術”と言われるほど、詠み手の生き方や視点と紐づけて語られやすい。そういうところが自分の願望にもハマっている気がします」

たくさん書いて選ぶ。一度寝かす。読み手を想像しながら客観視する

では、上坂さんは実際にどのようなプロセスで短歌をつくっているのだろうか。

「昔の思い出や日々の出来事など、短歌になりそうなものは思いつくままスマホのメモ帳に書き留めています。この時点では特に形式などはこだわらず、日記っぽいものやTwitterのツイート文っぽいものもあるし、キーワードだけ箇条書きしているものもあります。それらを短歌にするときは、ストックしていたものをパソコン上で五七五七七に整えていきますね。昔ながらのイメージで、『筆で短冊に書いているんですか?』なんて聞かれることが割とあるんですけど、デジタルなら書いては消してを繰り返せますから。それに、短歌は絵画や小説などと違い、“複数パターンつくってみて、その中から良いものを選ぶ”というアプローチがしやすいので、その利点を活かす意味でもデジタルでやっている人が多いと思いますよ」

上坂あゆ美さんの歌集『老人ホームで死ぬほどモテたい』

短歌はわずか三十一文字に伝えたいことを凝縮するのが特徴。私たちの日常の暮らしやビジネスシーンでも端的に自分の意図を伝える難しさを感じる瞬間はあるが、上坂さんはどのように自分の伝えたいことを短い言葉に収斂しているのだろうか。

「前提として、私は読み手が短歌をどう解釈するかは自由だと思っています。ただ、短歌はいかに少ない言葉で大きな感情を呼び覚ませるかという面があるので、歌によっては明確な5W1Hを表記しないことも多い。すると、ポジティブな気持ちを伝えたくて詠んだ歌がネガティブに伝わってしまうような、全く逆の解釈に読めてしまうことがある。そうした“良くない誤解”を生まないように注意していますね。意識しているのは、1回寝かすこと。大抵出来た瞬間は傑作に見えてしまうので、少し時間を置き、読み手のことを想像しながら読み返したり、人に見せて意見を聞いたりするようにしています。そこで悪い誤解を招きそうな表現に気づいて、手を加えることはありますね」

オチやウケを狙って書くと、途端につまらなくなる

相手の心に届く良い作品に仕上げていく意味では、上坂さんは何を意識しているのだろう。その質問に対して返してくれたのは、上坂さんの作風にも大きく関わることだった。

「私は短歌のほかにエッセイの執筆も行っていますが、どちらも下手にオチをつけようとしたり、ウケを狙おうとしたりすると、急に文章がつまらなくなってしまうんですよ。例えば、私は歌集『老人ホームで死ぬほどモテたい』で壮絶だった家庭環境を歌にしていますが、“被害者日記”にはならないように気をつけました。“かわいそうな私”という描き方だけでは、自分に酔っているようでダサいじゃないですか。

だから、私が経験したありのままの出来事を淡々と歌にしていったんです。面白くない文章って、きっと自分を良く見せようとして無意識に脚色してしまうのが良くない。余計なことを書いてしまうんです。逆にそこさえ注意して事実や感じたことをそのまま書けば、面白くなると思っています」

相手の心に届く表現について語る、歌人の上坂あゆ美さん

そう語る上坂さんでも、気を抜くとキレイにまとめようとして型にはまった表現をしていると気づくこともあるそうだ。自分をよく見せようとすることや、安易に規定路線に逃げたりすることは、ある意味で人間としての本能。それを理解しているからこそ、上坂さんが言葉に向きあうときは、どれだけ自分をさらけ出せたかを大事にしている。

「物書きの友人と2人で使っている言葉なんですけど、つまらないと感じる文章のことを『パンツ履いてるね』と表現しています。人の心を動かす文章には、本音が剥き出しの感情や世界で私しか知らないこと、私だけの視点が入っていると思うんですよね。だからこそ、よそ行きの自分ではなく裸の自分と向きあうことが必要だと思っています」

言葉選び以上に人生を本気で生きていないと、相手には響かない

今、若者の中には短歌にハマる人たちがじわりと増えている。口語表現を巧みに使い、三十一文字に縛られすぎず自由に詠うのが特徴の現代短歌は、古典に馴染みのない世代にも親しみやすく、プロ・アマ問わずSNSで発信している人も見かけるようになった。上坂さんもそうした時代のなかで登場した一人と言えるが、彼女はこの変化をどう見ているのだろうか。

「短歌が広まっているのは、SNSとの共通点もあると思います。人にわざわざ話すほどじゃないけれど、ちょっと自分の心が動いたことを言葉にしている。SNSの投稿と似ていますよね。でも、ただSNSで「失恋した」「仕事しんどい」「家族が嫌い」なんてつぶやくと“病んでいる人”認定されちゃうけれど、短歌にして発信したら作品になるんですよ。ちょっと“お得”じゃないですか。そういうところも共感されているんじゃないですかね」

「ただつぶやくよりも、短歌にした方がお得」だと言うところに、上坂さんらしさがある。一方で、短歌のように短い言葉で相手に伝えることを続けているからこそ、普段の仕事や暮らしのコミュニケーションでも役に立つことがあるのではないだろうか。そう質問したところ、返ってきたのは別の答えだった。

「むしろ逆ですね。普段の仕事や暮らしでの気づきが短歌に活かされることはあるけれど、短歌をやっているからといってコミュニケーションが上手になるとか、誤解なくものごとを伝えられるとか、はたまた人生が良くなることはないと思います。私の場合、短歌は人生の副産物です。ちゃんと自分の足で立って本気で人生を生きていないと、良い歌をつくることはできません。短い言葉で相手に伝えるためにはもちろんそれなりのテクニックも必要ですが、やはりどれだけ言葉を着飾っても、それが借り物の言葉では響かないですから」

そう語る上坂さんには座右の銘がある。「短歌やってんじゃねえ。人間やってんだよ」。良い短歌をつくることではなく、自分の人生を誇れることが目標だと話してくれた。それはまさに、情報が洪水のように溢れている現代社会を生き抜くためのヒントのようだ。誰かの言葉や情報に惑わされるのではなく、自分で決めて自分らしい人生を送ること。上坂さんも、リクルートが大切にしてきた「Follow Your Heart」を体現する一人だと言える。

「私は、より良く生きて、かっこよく死にたいんです。誤解されるときって大抵自分の言葉の中に嘘っぽい何かが潜んでいるんじゃないかな。そう思うからこそ、私はこれからも自分の人生をちゃんと生きてその軌跡を短歌にしたいです」

歌集『老人ホームで死ぬほどモテたい』で注目の歌人 上坂あゆ美さん

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

上坂 あゆ美(うえさか・あゆみ)

1991年8月2日、静岡県生まれ。東京都在住。2017年から短歌をつくり始める。銭湯、漫画、ファミレスが好き。2022年に第一歌集『老人ホームで死ぬほどモテたい』を発表。2023年には、『歌集副読本『老人ホームで死ぬほどモテたい』と『水上バス浅草行き』を読む』(歌人の岡本真帆と共著)を上梓した。

関連リンク

上坂あゆ美 歌集『老人ホームで死ぬほどモテたい』

老人ホームで死ぬほどモテたい

上坂あゆ美
定価: 1,700円+税

思わぬ場所から矢が飛んでくる
自分の魂を守りながら生きていくための短歌は、パンチ力抜群。絶望を嚙みしめたあとの諦念とおおらかさが同居している。(東 直子)

最新記事

この記事をシェアする

シェアする

この記事のURLとタイトルをコピーする

コピーする

(c) Recruit Co., Ltd.