宇宙を夢見た青年は、なぜ教育分野で起業した後、農業DXに挑むのか?

宇宙を夢見た青年は、なぜ教育分野で起業した後、農業DXに挑むのか?
文:葛原信太郎 写真:須古恵

何をやったって、必ずうまくいかないとき・ことがある。夢を追い続けること、挫折、二度の起業を経験した28歳の起業家 サグリ代表 坪井俊輔さんに聞く、苦難との向き合い方。

失敗、挫折、不確実性…。そんな苦難を避けたいのは人間の性だ。だが、今の社会でこれらを“完全に避けきる”ことが容易でないことも事実だろう。ではいかにそれらと向き合うか。そのヒントをくれるのが、農業分野の課題解決に挑む起業家・サグリ株式会社 代表の坪井俊輔(つぼい・しゅんすけ)さんだ。

宇宙関連の仕事に携わる夢を追い続ける中で感じた違和感から、当初、教育分野で学生起業した坪井さん。しかし、海外で自分の想像を越える現実に打ちのめされる経験をし挫折。その後、次なる可能性を見出し、24歳にして二社目となるサグリを起業し農業分野に挑む。その道筋から困難との向き合い方を考える。

夢と宇宙を軸に挑む中で向き合った、想像を越えた現実

── 坪井さんのこれまでのキャリアを教えてください。

サグリは私にとって2社目の起業です。1社目は「株式会社うちゅう」という教育ベンチャーで、設立したのは2016年、私はまだ大学生でした。いずれも軸にあるのは「夢」なんです。

私は子どもの頃から宇宙飛行士や宇宙エレベータの開発という夢を持ち、宇宙関連の研究室に所属するところまでまっすぐ夢に向かって勉強を続けてきました。

しかし、その過程では夢を追いかけることに夢中になるあまり周りと馴染めなかったり、いじめの対象になったこともありました。多くの人は、子どもの頃に将来実現したい「夢」を持っています。しかし成長するにつれて、夢を叶える困難さを実感したり、「そんなことできない」「やれっこない」という周囲の声に心が砕かれたりして、いつのまにか夢を語ることすらできなくなってしまう。幸いにして、自分はそんな夢を貫いてこられたけれど、そうではない人もたくさん目にしました。

そんな経験から、夢を堂々と語れないことや、周囲が子どもたちの可能性を信じきれないこと、失敗を過度に恐れたり、周囲が失敗したことを追及したりする環境を変えたいという思いが強くなりました。

── 自身の持っていた「宇宙へ行く夢」を貫く中で、「夢そのもの」へ軸足を移していったということでしょうか?

「宇宙」と「夢」には重要な繋がりがあると感じたんです。これから開発が進む「宇宙」という新しいフィールドで活躍するためには、宇宙に関する知識はもちろん、知らないことをどんどん探求していく行動力や、失敗から学び続ける挑戦力、多様な領域に跨る人々とのコミュニケーション力など、さまざまな能力が必要です。

これらの能力はたとえ宇宙開発に関わらなかったとしても、人々の可能性を大きく広げてくれるものになる。つまり、宇宙で活躍できる人は「夢」や「人」との向き合い方としても自分の目指す方向にあると感じたんです。そこで、最初に起業した「うちゅう」では、一人ひとりが自分のやりたい夢を見つけ、それを持ち続けることができる社会へとつなげていける環境を用意したいと考えていました。

これまでのキャリアについて語る、起業家・坪井俊輔さん

── 坪井さん自身が宇宙へ行くことではなく、「宇宙時代の人材を育てる」方向へシフトされたのですね。

はい。ですが、教育分野のプログラムの一環で訪れたルワンダで、私の人生は大きく変わることになりました。現地に約1ヶ月滞在し、小学生へ授業を提供しながらさまざまな夢を語ってもらったのですが、実はその子ども達のほとんどが中学・高校には行けないということを知ったんです。

当時ルワンダでは全労働人口の約60%が農業従事者で、子どもたちの家庭も多くは農家。親の仕事を手伝わなければならず、そうなると学校に行けなくなってしまうんです。一人ひとりがやりたいことを見つけ、それに挑戦できる社会をつくりたいと思っていたのに、そもそも生まれた環境の違いによって、全く別の角度から夢を叶えるには程遠い子どもたちがいる。そんな子どもたちに夢を聞いたり、夢は叶うなんて言ったことに罪悪感すら覚えました。自分が考えていた前提が、足元から崩れ落ちるような体験にとてもショックを受けました。

そこで、どのように農業をしているのかを見学させてもらったんです。確かに効率が良いとは言いがたく、これでは子どもたちも手伝わないと仕事が回らないだろうと思いました。ただ、当然その場で何ができるわけでもなく、モヤモヤを抱えたまま日本に帰ってくるしかなかった。私にとって大きな挫折でした。

教育分野のプログラムの一環で訪れたルワンダで子供たちと接する、起業家・坪井俊輔さん

行政も農家も。全方位的に農業を効率化したい

── ルワンダでの経験が、教育分野から農業分野へ舵を切るきっかけになったんですね。

はい。日本に帰ってきてほどなく、ヨーロッパの人工衛星による観測データが無料で商業利用できるというニュースを聞きました。そのとき、「このデータは農業の効率化にも活かせるのでは」と考えました。無償であればサービス提供の費用も抑えられますし、ビジネスとしての可能性も大きい。これまで学んできた宇宙分野の知識が、ルワンダで目にした課題の解決に繋げられるかもしれないと思ったんです。

そこから検証を重ね、2018年に「Satellite(人工衛星)」「AI(機械学習)」「Grid(区画技術)」の頭文字から名付けた「サグリ(Sagri)」を創業。「うちゅう」の経営からは退き、「⼈類と地球の共存を実現する」というビジョンを掲げて、現在までサグリに集中しています。

── サグリでは、具体的にはどのような事業を展開しているのでしょうか。

一般的に農業は、とても広い土地を管理して、作物を育てます。人の目ではなかなか見きることができないほどの広大な農地を管理するため、膨大な管理コストがかかってしまう。こうした課題に対し、人工衛星からの観測データとAI技術によって効率化するソリューションを提供しています。

観測データからはいろんな情報を取得できます。宇宙から地球を見下ろし広範囲に渡って土地を捉えるため、土地の面積や区画などの計測も可能。さらに、人間の目では捉えることができない赤外線やマイクロ波なども取得できます。同じ場所を定期的に計測もできるので、時間経過による土地の変化も調査できます。これらの膨大なデータを、AIによって効率的に解析できるがサグリの強みです。

これらを私たちは、主に行政と農家・農協に提供しています。行政に提供しているサービスは耕作放棄地がひと目でわかる、農地パトロールアプリです。行政では毎年、耕作放棄地の調査をしています。使われていない畑を特定し、新しく農業を始めたい人に使ってもらうためです。この調査は、今までは農地を足でパトロールし、目視で確認し、紙の台帳で管理していました。私たちはこれらのDXをサポートしています。

農家や農協には、土壌分析や作物の発育状況を分析しデータを提供しています。広大な農地のすべて管理するためにはマンパワーが必要でした。農業の効率化を進め、より多くの食糧生産の実現を目指しています。

── 農業の現場と現場を管理する行政、農業全体のDXに挑戦しているんですね。

最初は日本からスタートし、2019年にはアフリカと同じように農業従事者が多いインドに子会社を設立しました。低所得農家の所得向上を実現するために、農業組合への衛星データを使った情報提供やマイクロファイナンス事業、高糖度のトマト栽培の技術提供などを実施してきています。また2023年にはアフリカでサービスを提供するために、ケニアの農業サービス企業と提携。事業の可能性を探っていきます。

国を超えて、行政の課題にも農家の課題にも貢献することで、農業全体を最適化していきたい。そういった思いを持ち続けられるのは、ルワンダでの経験がとても大きいですね。現場での困りごとを解決してくのはもちろん大事なんですけど、そこだけを見ていると自分の想像の及ばなかった場所に大きな課題があることもある。全体を見下ろし、業界を最適化する。こういった視点が大切だと思っています。

切り捨てることではない「最適化」とは

── コロナ禍での海外展開は苦労も多かったと想像しますが、どのように乗り越えてきたのでしょうか

もちろん大変でした。でも、何をやったって、必ずうまくいかないとき・ことがある。それに、どんなことに挑戦したって、無謀だと反対されたり、心配されたりする。先ほどの「夢」に関する話と同じで、そういうものだと思うんです。私自身もこれまでにさまざまな挑戦をし、同じような場面に何度も遭遇してきました。だからこそ、どんなことが起きても「大丈夫だ」と思える。大事なことは「経験する」ことなんです。

うまくいかないときは、誰かに助けを求めるのも手です。私の場合はかならずメンターに頼ることにしています。「失敗したり、反対意見をもらうことは必ずあるものだ」と経験上わかっているので、そのときにどう対処したらいいかをセットにしておく。何事もそんなに簡単にうまく進むわけないということが経験としてわかっていれば、慌てたり落ち込んだりすることもありません。

自身の考える「最適化」について語る起業家・坪井俊輔さん

── そう考えるようになったのは、やはりルワンダでの衝撃が大きいのでしょうか。

そうですね。あのとき、自分がどれだけ狭い世界に住み、狭い世界の中で考えていたか、思い知らされました。ルワンダの経験から「全体を良い状態にする」にはどうしたらいいのかを考えるようになったと思います。目の前の人を助けるだけじゃなくて、全体を見渡す。広く俯瞰した時に、全体に不足がなく、良くなっている状態を目指し、なにをすべきか考える。つまり「最適化」を目指すということです。

── 「最適化」という言葉は、無駄を排除する、非合理的なものを切り捨てるというような、ドライな印象もあります。社会課題の解決に情熱を注ぐ、坪井さんのイメージとはギャップを感じたのですが。

私が考える最適化とは、最適なものを選びそれ以外は切り捨てる、ということではないんです。全体を俯瞰して、まんべんなく最も適した状態にすることだと思っています。

しかし、全体を俯瞰するには、自分の世界を飛び出し、広い世界を知ることが不可欠です。その際には必ず全体を見渡そうと意識すること。例えば、課題のある現場に行って、目の前の悲惨な光景にショックを受け過ぎてしまえば、その現実にフォーカスしてしまって全体が見えません。たくさんの経験を積み、目の前の光景を引き起こすシステムまで思考を広げて、どうすれば最適化できるかを考える。そのためには、いろんなことにチャレンジできる環境をつくることが大事です。「うちゅう」と「サグリ」、分野はまったく違う会社ですが、根本ではしっかりとつながっているんです。

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

坪井俊輔(つぼい・しゅんすけ)

1994年横浜生まれ。横浜国立大学理工学部機械工学・材料系学科を卒業。2014年4月に大学入学。大学3年次、MakersUniversityの1期生として選抜。そこで出会った仲間や恩師によって、人生が大きく変化。2016年6月民間初、宇宙教育ベンチャー株式会社うちゅうを創業及び代表取締役CEOを務める。2016年ルワンダに赴き、教育活動を行う中で、現地の子どもが各々夢を持ちつつも、卒業後、農業現場で働くことを知る。その後、2017年4月DMMアカデミーへ入学。衛星データを用いることで、現地の農業状況を改善し、将来的に子どもが自分の夢に挑戦できる環境を目指し、2018年3月にDMMアカデミーを早期卒業し、2018年6月サグリ株式会社を設立。MIT テクノロジーレビュー 未来を創る35歳未満のイノベーターの1人に選出。2023年1月にシンガポール法人を設立し、更に東アフリカでもサービス提供開始。経済産業省50社を選出した「J-Startup企業」に選出。農林水産省 「デジタル地図を用いた農地情報の管理に関する検討会」 委員。情報経営イノベーション専門職大学 客員教授。ソフトバンクアカデミア13期生。

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