参加者が種目を開発し楽しむ?「未来の運動会」が提示する、スポーツとの新しい関わり方

参加者が種目を開発し楽しむ?「未来の運動会」が提示する、スポーツとの新しい関わり方
文:森田 大理 写真:其田 有輝也

参加者がアイデアを出し合ってオリジナルの競技種目をつくり、実演する。「未来の運動会プロジェクト」の活動から、柔軟なアイデアを生み出す秘訣を学ぶ

運動会と言えば、どのようなイメージがあるだろうか。徒競走、綱引き、玉入れ、組体操、応援合戦…。日本で育った人なら、誰もが一度は経験したであろうこのイベントを再開発する取り組みが全国で広がっている。その名も「未来の運動会プロジェクト」。単に主催者側が新たな競技を提示するのではなく、一般の参加者がアイデアを出し合って新たな種目をつくる「運動会ハッカソン」と、実際に出来上がった種目を行う「未来の運動会」の2つがセットになっているのが特徴だ。

また、テクノロジーの活用やルールの工夫によって、年齢・性別などによる制限やクラス分けをせずにみんなで楽しめるような種目をつくるのもポイントの一つ。このイベントには、広く社会に通用するイノベーションのヒントがあるのではないだろうか。そこで今回は、2023年5月5日に開催された「第7回 未来の山口の運動会」の会場、山口情報芸術センター[YCAM]に伺い、同センターのキュレーター 兼 一般社団法人運動会協会 理事の西 翼さんに話を聞いた。

スポーツの楽しみ方に、「つくる」を加えたい

── 「未来の運動会プロジェクト」はどのようなきっかけではじまったのでしょうか。

はじまりは、2020年の東京オリンピック開催が決まったころのタイミングです。現在、私と同じく運動会協会の理事を勤めるゲームクリエーターの犬飼博士さんが、「これまで以上にスポーツに対する関心が高まるからこそ、未来のスポーツを考えてみたい」と投げかけてくれたのがスタートでした。

そのとき私は、ちょうどキュレーターを務めるYCAMでパフォーミングアーツのプロジェクトを手掛けており、ダンスとテクノロジーを融合させたアート作品に関わっていたころ。この作品のために開発したアプリケーションを、せっかくならダンスだけでなく別の用途にも使えないかと思っていました。そんな風に犬飼さんの発案に賛同するメンバーが集まり、スポーツ×デジタルで新たなあり方を模索するプロジェクトが生まれたんです。

「未来の山口の運動会」の運動会ハッカソンの様子
写真提供:山口情報芸術センター[YCAM] 撮影:ヨシガカズマ

── なぜ「運動会」だったのでしょうか。

端的に言えば、運動会は多くの人が経験している共通の体験だからです。「野球」「サッカー」など特定の競技に絞ると、どうしても関心を持ってくれる層が限定される。かといって「スポーツ」と大きな範囲で括ると漠然としすぎていて、何に手を付ければ良いのかわからない。新しい試みを始めるにあたって、誰もがイメージしやすい具体的なモチーフとして「運動会」は最適でした。

また、このプロジェクトは単に新しいスポーツを考えて披露するのではなく、一般の参加者に種目の開発と実践の両方を経験してもらうのが特徴。それをイベントとして成功させる意味でも「運動会」はちょうど良かったんです。誰でもやったことがある運動会というフォーマットだからこそ、閃いたアイデアをみんなで試しやすいのも理由の一つ。それに、運動会は日常のスポーツではなく年に1度のお祭り的な催しだからこそ、種目としての完成度以上にみんなで楽しめることが大事。多少粗削りなアウトプットでも許容されやすい点が、アイデアの実装先として適していました。

── テクノロジーの活用もさることながら、「種目をつくる段階から参加する」というアプローチに新しさを感じました。

それも私たちの狙いの一つです。スポーツには、従来から「する」「みる」「支える(育てる)」という関わり方があると言われているのですが、未来の運動会は4つめの関わり方として「つくる」を提案しています。未来の運動会では、参加するみなさんのことを開発(デベロップ)と実践(プレイ)の両方を行う「デベロップレイヤー」だと定義。「つくる(生産)」と「する(消費)」を分断せず、誰もが生産者であり消費者であるという視点を大事にしています。

「未来の山口の運動会」を楽しむ参加者のみなさん
写真提供:山口情報芸術センター[YCAM] 撮影:ヨシガカズマ

「つくる」と「試す」のサイクルをたくさんまわす

── 「開発と実践を分断しない」と何が良いのでしょうか。

つくったものをその場で試し、上手くいかないところを発見したら修正するというサイクルがとにかく早いことです。結局、どんなに良さそうに思えるアイデアだったとしても、実際に試してみないと本当に良いものかどうかは分からない。頭の中だけで考えるのではなく、実際に身体を動かして検証しながら、どんどん改良を重ねていく方が良い種目ができます。むしろ、最初から完璧を目指すのではなく一度失敗した方が良いんです。「このままじゃヤバい…」とみんなのスイッチが入りだして、より真剣に考え始めます。

── 5月5日に100人が参加した「未来の山口の運動会」でも、あるチームが企画した種目をみんなで試す中で「これはちょっと難易度が高いかも」と意見が出て、競技の途中でルールを修正していく場面がありました。

そうした方がつくる楽しさも伝わりやすいんですよ。種目のルールに従うだけでなく、「こうすればもっと良くなる」と意見を出し合い、自分たちが運動会をつくっているという手応えを感じてもらうことを重視しています。

「未来の運動会プロジェクト」について語る、西 翼さん

── 他に、良い種目をつくるためのコツはありますか。

なるべくシンプルなルールにすることです。というのも、ハッカソンでアイデアを出しあっていると起きがちなのは、「あれもやりたい」「それも良いね」とみんなの意見を盛り込んでしまい、ルールが複雑化してしまうこと。そうなると誰もが参加できる種目にはなりづらく、競技中に応援する人たちも混乱してしまいます。

── 関係者の意見を満遍なく取り入れた結果、使いにくいものが出来上がってしまう。これは、一般のビジネスシーンでも起こりがちかもしれません。そんな状態のとき、西さんたちはどうフォローしているのですか。

「この種目はどんな道具をどのように使って何を競うの?」と投げかけ、説明してもらいます。アイデアを誰かに説明するのって結構難しいんですよね。改めて言葉にするうちに思考が整理され、余計な要素や矛盾点にも気づきやすいんですよ。チームの中で話し合っているだけでは視点が偏りやすいので、客観的な視点を入れる意味でも第三者に向けて話してもらうのは有効だと思っています。

それを促す際に気を付けているのは、良かれと思って誘導しないこと。私たちが踏み込みすぎてしまうと、参加者のみなさんのつくる楽しさや主体性を奪ってしまいかねません。聞いたアイデアに対して何かを言うとしても、あくまでもアドバイスにとどめ、「自分たちでつくった」という納得感を持ってもらうことを大切にしています。

運動の技量に左右されない、楽しみ方の選択肢を

── 未来の運動会は、年齢も性別も区別なく同じ種目に参加し、勝負しているのも印象的でした。誰もが楽しめるインクルーシブさにも「未来」を感じたのですが、これは意図的なものなのでしょうか。

インクルージョンは未来の運動会のテーマの中心ではないのですが、実際に種目をつくってもらうときには、参加者の年代構成や性別、ハンディキャップを持つ人がいるか、といった情報を提示して、「全員が参加できる種目を考えてみてください」と伝えています。今日のこの場に集まった人たち全員が楽しめる種目は何だろうという視点でつくっているから、結果的にインクルーシブなものになるのだと思います。

── それは、“人中心の設計”だとも言えますよね。従来のスポーツは、まず先にルールという絶対的なものがあるのに対し、「未来の運動会」はその場に集まる人にあわせてルールがつくられるから、誰もが参加できると。

そうですね。「未来の運動会」の参加者には、「スポーツに苦手意識がある」「運動会に良い思い出がない」という人も割と多いんですよ。従来のスポーツ競技は、身体能力の高い人が勝ち上がって一番を決めるという構造が基本にあるため、その土俵に上がれない人には楽しみにくい側面があります。もちろん競争することにも意義があり、それを否定するわけではないのですが、運動の技量や身体的特徴に左右されずに楽しめるような選択肢があっても良いんじゃないかと思うんですよね。

「未来の運動会」で選択肢を増やし「スポーツをつくる」が当たり前になってほしいと話す西 翼さん

── リクルートは、社会の様々なシーンに新たな選択肢を提供することを大切にしているため、西さんの「選択肢を増やすという」発想には大変共感します。では、西さんは「未来の運動会」で選択肢を増やすことで、何を実現したいのですか。

「スポーツをつくる」が当たり前になってほしいです。これまでスポーツを楽しめなかった人は、たまたま自分に合ったスポーツに出会えていないだけかもしれない。それなら、自分が楽しめるものをつくれば良いんです。さらに言えば、これはスポーツだけの話ではなく社会の様々な事柄でも同じですよね。既存のルールに心が躍らないなら、自分で新しいものを創造すれば良い。その選択肢がもっと身近になってほしいです。

また、私の専門はアートなので、何かを創造する人の営みを探求して伝えることも自分の仕事なのですが、未来の運動会は、それを実現するための新しいチャネルという感覚。クリエイションの楽しさや大変さを、広くたくさんの人に体験してもらいやすいのが「未来の運動会」というフォーマットだと思っています。

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

西 翼(にし・つばさ)

1983年生まれ。和歌山県出身。自由の森学園高等学校を卒業後、北関東で農村リーダーを育成するNGOでのボランティア活動、西日本の過疎地域で展開するアート活動への参加を経て、ヨーロッパとアフリカを放浪。その後はドイツ・ベルリンに滞在し現代美術について独学で学ぶ。帰国後は多摩美術大学美術学部芸術学科に入学。展覧会の企画運営や文化人類学について学び、卒業後は同大学大学院美術研究科博士前期課程芸術学専攻に進学。大学院在学中の2012年9月、YCAMのスタッフに着任(大学院は2013年3月に修了)。展覧会企画を中心に、研究開発プロジェクト、教育普及プログラムなどを担当。2017年よりフリーランスのキュレーターとして活動し2021年YCAMに復帰。

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