災害のない世の中へ向けて、50年先の森林をつくる。目の前の出来事に取り組みつづけた先に見えてきたもの

災害のない世の中へ向けて、50年先の森林をつくる。目の前の出来事に取り組みつづけた先に見えてきたもの
文:石田哲大 写真:須古恵

もう二度と地元が土砂災害に合わないように、災害を防ぐために林業の現場に入り、50年先に向けて森林を育てる起業家がいる。奥川季花さんが語る、目の前の人のためにやり切る重要性。

「土砂災害による人的被害をゼロにする」をビジョンに掲げる株式会社ソマノベース代表・奥川季花(おくがわ・ときか)さんは、林業事業体や自治体、一般顧客や企業とともに、森林の整備や商品・コンテンツ企画販売を通じて山づくりに取り組んでいる。

昨今では環境問題や災害などへの関心が高まっているが、林業や防災といった領域に取り組む起業家はまだまだ数多くない。奥川さんはなぜ「災害リスクの低い山づくり」を志すようになったのか。

2度の自然災害が人生を変えた

—— 奥川さんは防災や林業など、いまの若手起業家にとっては比較的珍しい領域を手掛けています。どのような背景からいまの起業に至ったのでしょうか?

小さな頃から漠然と「経営者になりたい」と思っていました。父親はさまざまな仕事を渡り歩いて、決めたことをとことん突きつめ仕事の楽しさを伝えてくれる人。夜寝る前に話してくれる仕事の話が好きでした。

そんな親から譲り受けたのか、「自分で決めたことはやる」という気持ちは強かったです。生徒会に立候補したときには「同級生全員と話す」という目標を決めてちゃんと達成しました。

—— 幼少期から、経営者を志していたんですね。具体的に「防災や林業」といったテーマに関心をもったきっかけを聞かせてください。

きっかけは2011年9月に起こった「紀伊半島大水害」での被災体験でした。この水害では土石流などにより死者・行方不明者が98人も出たのですが、そのうちの一人が、仲の良かった後輩だったんです。

豪雨の日のことは今でも鮮明に覚えています。友達から「後輩がいない!」と電話がかかってきて、捜索のために家を飛び出しました。しかし、街の土砂崩れがあった地区には入れない。結局、私にできることは何もありませんでした。後輩が亡くなったと聞いた時、本当に本当に悔しくて。

その後、泥や瓦礫を片付けながら、地域の方から「自分ももう少しで死ぬところだった」という話をたくさん聞きました。その時に「自分は地域の人の力になりたい」と強く思ったんです。生き残った自分は、ここから何でもできるし、やらなければならないって。

正直、被災する前は地元からは早く出たいと思っていました。私が住んでいた和歌山県の那智勝浦町は本当に田舎で「早く都会に出て働きたい」という気持ちばかりだったのですが、その考えも被災体験によって大きく変わりました。

起業にいたるまでの背景を語る株式会社ソマノベース代表 奥川季花さん

——「地域の人の力になる」というのは、具体的なイメージはあったのでしょうか?

力になりたいという強い気持ちはありつつも、当時は何をしたらいいかはわかりませんでした。とりあえず「できることは全てやろう」と、高校生向けビジネスコンテストに出場したり、その賞金で海外に行ったり、興味のある本を読み漁ったり、課外活動に力を入れたり…と手当たり次第やれることをやってみました。

—— 高校生の頃から、ビジネスに関わる部分でも活動していたのですね。

逆に、学校の勉強はあまりやっていなくて、大学進学も考えていなかったくらいでした。ただ、活動を通じて出会った大人のみなさんから「都会の大学に行けば、価値観が変わるような出会いがあるかもしれないよ」とアドバイスをもらって、考えが少し変わってきました。

とはいえ、その時はすでに高校3年生の夏。残された時間はわずかだったので、志望校を絞ってAO入試に挑戦しました。入試でも、「防災の会社を作りたい」とプレゼンテーションをしました。

—— 大学受験の時点で、防災というビジネスの軸が見えてきていた。

そうですね。入学後も大学の授業だけでなく、学生団体で活動したり、ベンチャー企業のインターンや、企業のCSR活動のお手伝いなどに力を入れていました。

そんな中、またしても地元が災害に見舞われたんです。幸いにも死者は出なかったのですが、地元の友達たちが「またあの日を繰り返してしまう」と強く不安がっていて。私も恐怖を感じつつも、相変わらず出来ることはLINEで情報収集することぐらいしかありませんでした。

2011年の時から考え続けては来たけれど、結局できることは限られてしまったと痛感した。その時、「もう二度と災害が起きないようにするにはどうしたらいいんだ」と本気で考え始めるようになったんです。

土砂災害を減らすためのサービス「MODRINAE」

—— 2度目の地元の自然災害をきっかけに防災との向き合い方が変わったのですね。どう動き出したのでしょうか?

まずは自然災害が起こってしまう原因を探ろうと思い、図書館で災害の本を毎日読み漁るようになりました。そこには、森林に関わる様々な課題が災害に関わっているかもしれないということが記載されていました。森林と土砂災害の関係性を学び、雨で起こる豪雨災害は防げなくても、土砂災害は山の適切な管理によって防げるかもしれないと知りました。

ただ、そこから論文などを読み始めてみてもわからないことだらけだったので、実際に林業の現場にも足を運び、現場で働く林業家さんの話を聞いてまわりました。強く印象に残っているのは、とある林業家さんの「本当はこの山の間伐は2割がちょうどいいが、生活のためにそれ以上切らざるを得ない」という話です。

もちろん不必要に木を切れば土砂災害のリスクが上がりますし、「山の管理が不十分だからだ」と非難することは簡単です。でも、そんなに単純な話ではなかった。土砂災害を防ぐには、適切な森林管理が必要で、そのためには、林業という産業をより良い状態に変えていくことが大切だと考えました。

—— 産業構造自体から変化させなければいけない、と柔軟に視点を変えられたのですね。課題の解像度が上がり、そこから起業へ?

一度就職を選びました。大学卒業後は、ビジネスを通じて社会問題の解決に取り組む「ボーダレス・ジャパン」に入社。M&Aしたばかりのアパレル事業の立ち上げなどでビジネスを学び、2019年に改めて個人事業主として独立。ソマノベースを立ち上げました。

そこでまずはじめに取り組んだのが、「植える」というアプローチでの林業です。林業の課題解決を考えリサーチを重ねる中で、木を切ることを変えるのではなく、木を植えることで課題解決をしようと取り組まれている方がいることを知りました。

この方法であれば土砂災害に直面した地域の人以外でも、課題解決に関わることができ、裾野も広がる。そう考え、現在の苗木を育ててお返しいただく、購入者参加型の観葉植物サービス「MODRINAE(戻り苗)」をスタートしました。どんぐりから苗木を育てるセットをユーザーの方にお渡しして、約2年後に購入者が育てた苗木を引き取って切った後に植林されていない“皆伐地”と言われる場所に植林する。これによって土砂災害のリスクを減らせるだけでなく、東京など都会にいる方でも山づくりに関わることができます。

購入者参加型の観葉植物サービス「MODRINAE(戻り苗)」。どんぐりから苗木を育てるセットを渡し、約2年後に購入者が育てた苗木を引き取って“皆伐地”に植林する。

林業家からの批判を超えて、現場の想いを受け取る

—— ソマノベースの事業にはどのような反響がありますか?

思っていたよりも興味を持ってくれる方が多いと率直に感じています。個人でも法人でも、環境問題や災害などへの関心が高まっており、さまざまな業界の方からすぐご相談をいただくようになったんです。

一方で、林業事業者さんから厳しい指摘を受けたこともあります。林業の現場がわかっていないことで、説得力がないこととか。よく考えれば、当然の指摘でした。林業が抱える課題は非常に複雑。かつ、現場に行かず、何も知らずに口を出すのでは、林業家さんたちは協力してくれないのだと改めて痛感しました。その頃の私はまだ、そんなことも分かっていなかったんです。防災のため、森林のためと焦りすぎていたと思います。

そこで、東京から和歌山へと拠点を移して、ソマノベースの法人化と同じタイミングで、誘っていただいた植林専門の林業会社に入社したんです。林業にどっぷり浸かり、身をもって林業について学ぼうと考えました。

—— 指摘を真摯に受け止め、自らの生活も変え現場に入られたのですね。大変な決断だったのではないでしょうか。

実際に現場に入ると、見える世界は全く異なりました。事業者のみなさんは「この業界をどうにかしたい」という強い熱量や想いを持っています。現場を知れば知るほど、その気持ちに触れる機会が多くなる。「頑張ってこの業界を本気でもっとよくしたい」という気持ちはより一層強くなりました。

現場経験がソマノベースに活きることも身をもって理解でき、非常に良い機会だったと感じています。

50年先までを見据えた災害の起こらない山づくりについて話す、株式会社ソマノベース代表 奥川季花さん

50年先まで考えながら、防災に取り組んでいく

—— とはいえ、産業全体に長らく存在する課題というのは、そう簡単には変わらないものでもあるかと思います。奥川さんの目には、現在の状況はどう映っていますか?

そうですね。時間はかかると思います。そもそも、林業に関わる人たちは、いつも50年先のことを考えているんです。というのも、林業で切られる木は、私たちのおじいちゃんの世代が植えてくれた木。木は2世代先、自分の孫の世代に豊かな森を渡すことを考えながら植えるものなんです。

一方、木を切った山に苗木を植えないのは、「次の世代にこの木を渡そう」「誰かにこの森を託していこう」と考えることが難しくなったからだと感じています。言い換えるなら、短い時間軸で捉えてしまうこと自体が、林業の持続可能性における問題を生んでいるともいえるのではないでしょうか。

—— 「起業」「スタートアップ」というと、昨今では短期間で急成長を…といった話が中心ですが、奥川さんは明確に違う立ち位置を感じます。

もう二度と地元に土砂災害を起こさない。それが私がやると決めたことであり、そのために林業を通じて防災を考えている。それは、結果的に50年先を考えることなんです。

50年先までを見据えた災害の起こらない山づくりという観点では、林業以外でもまだまだやれることがあります。山、街、川、これら全体を防災の観点からいかにデザインするかまでを考えて、初めて自分のミッションを達成できるんです。

いまMODORINAEで育ててもらっているのは、紀州備長炭の原料になる「ウバメガシ」という樹種です。2年でやっと人間の腕ぐらいのサイズになります。この木を私たちが山に植えて、50年先に災害の起こらない未来をつくっていく。そう地に足をつけて考えながら、これからも林業の世界に向き合っていきたいです。

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

奥川季花(おくがわ・ときか)

高校時代に地元で紀伊半島大水害により被災し、災害リスクの低い山づくりをしたいと志す。現在は災害リスクの低い山づくりを目指し 株式会社ソマノベースを設立。代表取締役を務める。 自宅で植林用苗木を育てる、購入者参加型の新しい形の観葉植物「MODRINAE」を発表し、WoodChange Awardやウッドデザインアワードを受賞。その後ECサイトを開設。 今期から企業向けにもMODRINAEを販売開始。

関連リンク

最新記事

この記事をシェアする

シェアする

この記事のURLとタイトルをコピーする

コピーする

(c) Recruit Co., Ltd.