変わり続ける「未踏事業」20年の歴史に学ぶ、突き抜けた才能との向き合い方

変わり続ける「未踏事業」20年の歴史に学ぶ、突き抜けた才能との向き合い方
文:石田哲大 写真:須古恵

優秀なIT人材を発掘・育成する「未踏事業」は、時代に合わせて大きく変化してきた。その中でも変わらずに持つ、才能への寄り添い方について学ぶ

ITを駆使して様々な事業を展開できる優秀な人材の発掘と育成を行うため、経済産業省が中心となり2000年から展開されている「未踏事業」。同事業は落合陽一氏をはじめ、これまでに産学の第一線で活躍する突出した人材を数多く輩出し、修了生は2000人を越えるという。

過去20年以上にわたり、「アイデアや夢の実現にチャレンジする場」として次世代を担う人々の情熱に向き合い続けてきた未踏事業。近年は、より若手人材の発掘・育成にフォーカスし、プログラムも多様化してきている。その歴史と経緯を紐解く中で見えてきた若者の価値観の変化・変わらない本質とは。経済産業省の担当者・菊池龍佑氏に聞いた。

参加者たちを支える「濃いコミュニティ」の力

── そもそも、「未踏事業」とはどのような事業なのでしょうか?

IT領域を中心に、優秀な人材を発掘・育成する事業です。著名な起業家や研究者などと一緒に、プログラムへの参加者一人ひとりが創造性を最大限に発揮できる環境を整えることで、イノベーションの創出につながるエコシステムの構築を目指しています。

── 実際には、どのような支援をされているのでしょうか?

参加者たちは、約半年かけて自分のプロジェクトを自力で進めます。その過程を、プロジェクトマネージャー(以下、PM)が伴走して支援していく仕組みです。

PMはいわゆるメンターに近い存在で、座学形式で何かを教えるわけではありません。参加者たちが持ち込んだアイデアについて、技術からビジネス的な側面まで、「どうすれば実現できるのか?」「どうやって事業化するのか?」と一対一で議論しながらプロジェクトが進んでいきます。

── 未踏事業ならではの特徴は何でしょうか?

個性豊かな「同期」の参加者や、過去の修了生たちとの強固なコミュニティの中で、自分が好きなこと、得意なことを自発的に掘り下げて磨いていく経験ができることでしょうか。

未踏事業の参加者には、これまで見たことない、ほかの人が思いつかないようなユニークなアイデアを持つ人たちが集まります。それをPMや周囲の人々は頭から否定せず、みんなで真剣になってどう実現するかを議論していく。「人材のるつぼ」とも表現される、多様性豊かな人材が集まる濃いコミュニティであるからこそ、イノベーションを生み出すような化学変化が生まれていくわけです。

このコミュニティはプログラム修了後にもつながっています。修了した参加者は起業したり、大学で専門家になったり、就職して企業で活躍したりとそれぞれのキャリアパスを歩んでいますが、その先でも、未踏で出会った人同士で一緒にスタートアップやプロジェクトを立ち上げるケースは多いです。

── 才能溢れるIT人材を支援するのは、運営する側にも胆力や様々な知見が求められそうですね。

未踏事業の特徴について話す菊池龍佑さん

はい。ですからPMには、IT企業の経営者から大学教授まで、日本の産学界の第一線で活躍する面々が並びます。東京大学名誉教授の竹内郁雄さん、近畿大学特別招聘教授の夏野剛さんが事業全体を束ねる統括PMとして参加し、未踏の修了生でもある落合陽一さんなど、総勢20名以上のPMや専門アドバイザーが参加者を支援します。日本有数の優秀な方々を前にして、最初は参加者のみなさんはとても緊張していますね。

未踏事業はPMが応募者を採択する仕組みです。合議制ではありません。「この発想は面白い」「この人を育成したい」とPM自身が感じた人を選んでいます。皆さん本当にお忙しい方々ばかりですが、お休みの日を割くなどして、7〜8ヶ月かけて伴走しながら面倒を見てくれるなど、とても親身になって支援してくれています。そうして一人ひとりの情熱や想いをサポートしてきた結果、未踏事業は20年以上も続いて、約2000人の修了生を輩出するに至っているのだと思います。

脱「天才発掘プロジェクト」、 時代の変遷とともに未踏事業は姿を変えた

── 未踏事業はどのようにはじまったのでしょうか?

「日本はITイノベーションの波に乗り遅れている」という強い危機感から生まれたと聞いています。

80年代頃までの日本のソフトウェア産業は、活力がありました。しかし、90年代にはアメリカを中心にMicrosoftやAppleなどが登場し、インターネット革命が起こった。そこで業界の革新を牽引していたのは、スティーブジョブズやLinuxを開発したリーナス・トーバルズ、WWW(ワールドワイドウェブ)を考えたティム・バーナーズ=リーなど、天才的な個人たちでした。

当時の日本は製造業などを中心に世界を席巻していましたが、今後は企業に投資をするというよりも、一人の天才的な個人を輩出できるような支援が必要ではないか。経済産業省や内閣の中でそのような議論や課題意識があり、未踏事業は生まれました。

── それまでの企業主導型ではなく、個人主体での変革の必要性を感じたことがきっかけだったのですね。

その考えを象徴するのが、知的財産権の扱いです。未踏事業で生まれた知財は、特定の組織ではなく、それを生み出した個人に帰属します。これによって、未踏事業で生み出された技術やサービスの権利は個人のものとなり、「出資先だから」という理由で組織のものとされることがなくなった。言い換えれば、参加者はいち個人として自由に研究プロジェクトを進められるようになったんです。

2000年に始まったばかりの頃の未踏事業は、「日本からビル・ゲイツを生み出す」という意気込みから、「天才発掘プロジェクト」としての側面が強く、採択者には40代・50代の大学教授なども含まれていました。

しかし、未踏事業を運営している経済産業省所管の独立行政法人「情報処理推進機構(IPA)」は、実績を重ねるうちに「人材育成」という方向性でのニーズに気づき始めた。そこで天才発掘プロジェクトと並行して、「25歳未満」など年齢制限を設けて若手人材にフォーカスした事業「未踏ユース」が後から生まれました。そこから近年の未踏事業の主たる目的である「優秀な若手人材の発掘・育成」へと繋がっていきます。

未踏会議2023は、3月10日にオンライン開催された

── 天才発掘プログラムから枝分かれして生まれた「未踏ユース」が、現在の未踏事業のベースになっていると。

後に当初の年齢制限のないプログラムは廃止され、2011年に未踏ユースを原型とした現在の「未踏IT人材発掘・育成事業」が生まれました。

その後、未踏事業はさらに3つのコースへと分岐していきます。「未踏IT人材発掘・育成事業」に加えて、まずは2017年に立ち上がった、よりスタートアップを意識した「未踏アドバンスト」。従来どおりテック系のプロジェクトを中心にしながらも、よりビジネスへの接続を志向するアイデアを採択し、その事業立ち上げを支援していくコースです。

そして、2018年からスタートした、“革新的な次世代IT”をテーマにする「未踏ターゲット事業」。例えば量子コンピュータ技術を用いたプロジェクトなど、世の中を抜本的に変えうる先進分野について、基礎技術や領域横断的な技術革新に取り組む人材を支援しています。

我々も取り組みを変化させていますが、年々応募者のレベルも上がってきており、未踏事業の立ち上げ当初からの進化に一定の手応えを感じています。

── スタートアップの盛り上がりや次世代技術の登場など、時代の変化にあわせて未踏事業も変化を遂げているんですね。

おっしゃる通りです。直近では「未踏ターゲット事業」の中でも更なる枝分かれが発生しています。

ちょうど2023年からは「未踏ターゲット事業(リザバーコンピューティング技術を活用したソフトウェア開発分野)」というプログラムがはじまりました。これはニューロコンピューティングに近い仕組みや手法を活用した研究開発テーマを採択する、少しニッチなプログラムです。

変化を捉えるより、突き抜けること、受け止めること

── 未踏という切り口で才能ある若者を見続ける中、近年の社会や若者の変化について、どのように感じていますか?

未踏に関わる部分で言えば、近年の若者はベンチャー企業への新卒就職や転職、学生起業といったキャリアが当然のようになっていると感じています。そのうえで、あくまで未踏事業の本質は、個人がとことん「好き」「やりたいこと」を追求していくことにある。「好き」「やりたいこと」となる対象自体は、社会とともに変化することはあると思いますが、VUCAといわれる正解がない時代だからこそ、周囲を気にせず自分の信じる方向に尖りきることの方が大事ではないかと考えるからです。

── 未踏事業の参加者たちは、誰もが前例のない新しいことに挑戦していると思います。そうした若者たちを応援する側として、どのようなことを大事にしていますか?

まずは相手の考えを「受け止める」ことです。

官公庁で仕事をしていると、時には性悪説に立って相手の考えを疑うことも求められる。しかし、未踏事業ではまずは認めて、なぜそうした考えに至ったのかを相手に寄り添って考えるべきだと思っています。

いま僕らに見えている世界は、きっととても狭い。そして、その世界は参加者たちが見ているものとは違うからこそ、自分の立場やものの見方を変えようとしなければ相手を理解することはできません。もちろん、全てを理解するのは難しいですが、まずは受け止めて、受け入れる姿勢こそが大事なんだと思います。

未踏事業の今後の展望について話す菊池龍佑さん

見落とされそうな才能の原石を拾い上げる

── 未踏事業の今後の展望を教えてください。

近年、未踏事業を大幅に拡大させる方針が検討されています。岸田政権が発足当初に掲げた「新しい資本主義」の実現に向けて、今後5年間でスタートアップへの投資を大幅に拡大する育成計画『スタートアップ育成5か年計画』が昨年策定されました。

そうした流れを受けて、さっそく今年から、未踏事業のエッセンスを横展開した人材育成プログラムを、全国各地の地域独自で生み出す取り組みが始まりました。「AKATSUKIプロジェクト」というこのプロジェクトでは、とりわけ優れたアイデアや技術を持つ地方の若手人材を発掘・育成することを目指しています。

── なぜ「地方の若手人材」へ着目されているのでしょうか?

ITや教育分野を中心に、まだまだ首都圏と地方との間に情報格差や教育格差が存在するという課題意識が背景にあります。

未踏事業は約20年かけて少しずつ知名度が高まってきましたが、それでも応募者は首都圏に集中しているのが現状です。「研究室の先生や先輩にオススメされたから」といった、口コミ経由で応募してくる方が多い。それでは広がり方が非常に限定的ですよね。

また、未踏に参加する首都圏の学生からは、「友達が起業している」「企業から人を紹介してもらった」といった話を当然のように聞きます。しかし、地方出身の学生からはそうした話を耳にする機会は相対的には少ない。インターネットの普及やコロナ禍の影響で情報格差や教育格差は一見なくなったように見えて、実はまだまだ存在すると思うんです。

── 地方にこそ、未踏事業に参加すべき才能が埋もれているのではないかと。

はい。私が印象的だったのは、「才能に地域格差なんて存在しないはずだ」という統括PMの竹内郁雄さんの言葉です。住む場所やバックグラウンドに関わらず、いかに優れた才能を掬い上げられるか。これまで以上に多様なコミュニティに深く入り込むことは、今後の未踏事業が模索していくべきものだと思います。

── 参加者のコミュニティが魅力である未踏事業を全国に拡大するには多くの困難も伴いそうですが…。

はい。その点については、さまざまな議論があります。一番大事なのは、これまで未踏事業がこだわってきた“質”を落とさないこと。多様性豊かな人材がオフラインで集まる「濃いコミュニティ」だからこそ、生まれる良さがあるはずです。その「濃さ」をいかに崩さず広げていくかは、それ自体私たち自身に向けられた「未踏」と呼べるチャレンジだと思います。

従来では見いだせていなかった新しい才能を掘り起こし、貴重な経験や機会を与えられることは、中長期的な日本社会にとってのインパクトが大きいはずです。未踏事業に参加するという一つの「選択肢」を、もっとたくさんの人に広げるためにも、私たち自身挑戦をし続けなければいけません。

「未踏のコミュニティに入って人々が楽しくなる技術、人々が幸せになる技術を開発したい」と思っている方々、そのアイデアを多くの大人たちが全力で応援するので、ぜひチャレンジし、未踏の地を切り拓いてください。

経済産業省 商務情報政策局 ITイノベーション課 課長補佐 菊池龍佑さん

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

菊池龍佑(きくち・りょうすけ)
経済産業省 商務情報政策局 ITイノベーション課 課長補佐

2007年経済産業省入省。LCA手法を活用したカーボンフットプリントの普及政策の企画設計に従事。電気自動車など次世代自動車の普及事業、自動車開発の手法の一つであるモデルベース開発の推進に向けた自動車・部品メーカー等との産学官連携事業の企画設計を担う。人事部門、福島原子力発電所事故収束対応の企画調整に従事し、2022年情報技術利用促進課(ITイノベーション課)課長補佐として未踏事業、地域DX推進ラボを担当。

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