人の“弱さ”を前提に作る。27歳のデザイン起業家が20年間メモを取り続ける理由

人の“弱さ”を前提に作る。27歳のデザイン起業家が20年間メモを取り続ける理由
文:栗村智弘 写真:須古 恵

「人の弱さを前提にした仕組みづくり」を掲げ、学生時代から様々なジャンルで作品を生み出す。株式会社きいちのメモ・守屋輝一さんに訊く弱さと“共存”するための考え方とデザイン

誰もがその人ならではの「弱さ」を抱えている。この弱さを解消するのではなく「どうすれば共存できるか?」を前提に、学生時代からプロダクトデザイナーとして活動を続けるのが守屋輝一(もりや・きいち)さんだ。

現在“デザイン起業家”の肩書で活動する同氏は、これまでにJAMES DYSON AWARD日本最優秀賞やInnovative Technologiesなど複数の受賞歴を持つ。2023年7月には株式会社きいちのメモを設立。同社の名前は、自身が20年以上にわたり続けている「メモの習慣」に由来するという。

メモを通じて、子供の頃から自身も含めた人の心の機微を観察し、活動にも活かし続ける守屋さんの歩みと価値観から、私たちが「自分」と「弱さ」と向き合うためのヒントを探っていく。

「輝一」の由来を知った先に、「弱さ」への関心があった

── きいちのメモのサイトを拝見し、「弱さを前提とした仕組みづくり」という言葉が気になりました。これはどういったコンセプトなのでしょうか?

この言葉を説明するには、まず「弱さ」について私なりの解釈をお伝えする必要があります。私の考える「弱さ」は一言でいうと「合理的に考えればこうした方が良いけれど、実際にはそうできない」という心理のこと。

たとえば、早く寝ようと思っていたはずがつい動画サイトを開いてしまい、そのまま見続けてしまう。あるいは、「いじめはしていけないもの」とみんな理解しているはずなのに、実際には一向になくならない。それらをはじめ「一見すると非合理的と思える行動を引き起こす、あらゆる感情や心理」を「弱さ」と表現しています。

そうした「弱さ」は誰にとっても身近で、起こりうる感情や心理の一つ。「こうした方が良い」と頭でわかっていても、それとは逆の行動を取ってしまうことは誰にだってあります。だからこそ、その「弱さ」を前提として色々な仕組みを作っていきたい。そんな発想を言葉に置き換えたのが「弱さを前提とした仕組みづくり」というコンセプトなんです。

── その話を聞いて日常を振り返ると、たしかに自分にも色々な「弱さ」があることが思い当たります。守屋さんが人の持つ「弱さ」に関心を抱いたきっかけは何だったのでしょうか?

他でもない自分自身の「弱さ」を常に実感し、向き合ってきた経験が影響しています。

初めて自分の「弱さ」を意識するようになったのは幼少期の頃。「輝一」という自分の名前の由来を聞いたときからです。端的にいえば、私の名前には「一番に輝いてほしい」という意味が込められています。それを知ってから、子供ながらに「どうすれば自分は一番になれるか?」といつも考えるようになりました。

ただ実際には、一番になれないことのほうが多くあった。たとえば、国語のテストで100点を取ったとしても、クラスのなかには国語、算数、社会のすべてで100点を取る子もいます。自分は走るのが速い方でしたが、それでも自分より速い子はいるわけです。

その経験から、“一番に輝く”という名前にもかかわらず、その通りにならないことに葛藤する自分の心理こそが、自身の「弱さ」なのではないかと気づいたんです。その気づきが起点となり、自分だけではなく、人が持つ「弱さ」とは何かを考えるようになっていきました。

「弱さを前提とした仕組みづくり」というコンセプトを説明する守屋輝一さん

── 「弱さ」を克服するための何かではなく、それがあることを前提にした仕組みづくりに取り組んでいる点にも、守屋さんならではの価値観を感じます。

そのことにも実体験が深く関係しています。たとえば高校生の頃、当時陸上部で活動していたときの経験がその一つです。

当時は「自分の弱点をどうやってなくしていくか」を常に考え、競技に取り組んでいました。部の指導方針として「短所をいかに克服するか」がベースにあったからです。

しかし、どうやっても克服できない自分の弱点があることに、少しずつ気づかされていった。だったら、それとうまく折り合いをつけて、自分なりに成功を勝ち取るための方法を生み出すべきではないか……そう考え始めて以来、弱さを直接打ち消すのではなく、いかに共存するかを前提に自分の「弱さ」と向き合うようになりました。そして、それはスポーツに限らず、日常におけるさまざまな場面で応用できる考え方だと気づいたんです。

同時に、その考え方を必要としているのは、自分だけではないのかもしれないと思い始めて。「弱さ」との共存が誰かの生きやすさにつながるのだとしたら、「弱さ」を前提とした仕組みを社会のなかに生み出していくことに、意義があるのではないかと考えるようになりました。

「心の機微」を言葉にするためのメモ

── 「弱さを前提とした仕組みづくり」を体現していくために、守屋さんがこれまでに取り組んできた活動について教えてください。

事例といえるプロジェクトをいくつかご紹介します。一つは自転車に乗る子供の死傷者数ゼロを目指す安全システム『PROLO』です。

子供が自転車に乗る際はヘルメットを着用した方が、事故による怪我や最悪の場合亡くなってしまうことを防げます。一方で、法律や講習会などの啓蒙活動だけでは、ヘルメットの着用率が上がらない現実がある。また、子供だけで行動する場面では着用率がより低下することも懸念されています。

それらの実情の背景には、「親自身がヘルメットを着用していないケースが大半なため、子供に強制できない」というある種の「弱さ」があるととらえています。この弱さを前提に、子供のヘルメット着用率上昇につながりうる仕組みをつくりました。

具体的には、「ヘルメットと自転車の鍵が連動しており、子供がヘルメットを被ると自転車に乗れるようになる」という仕組みです。親が「ちゃんと被りなさい!」と言わずとも、ヘルメットを被ることが自然で、当たり前の行動になっていく。世界に『PROLO』があることで、そんな状態が広がっていくことを目指しています。

JAMES DYSON AWARD日本最優秀賞・国際TOP20も受賞した『PROLO』(写真は2019年版モデル。最新版は現在公開準備中)
JAMES DYSON AWARD日本最優秀賞・国際TOP20も受賞した『PROLO』(写真は2019年版モデル。最新版は現在公開準備中)

Ferment Media Researchというチームの一員として開発を行っているしゃべるぬか床ロボット『Nukabot』も実例の一つです。ぬか漬けを自宅で作る人が増えていますが、実はその管理はかなり難しい。うまくいかず、腐らせてしまう人も少なくありません。

かと言って、ぬか床を自動でかき混ぜてくれるロボットを作っても人は満足しません。なぜなら、毎日手間をかけて、自分の手で“世話”をしていくプロセスこそが、ぬか漬けづくりの醍醐味だからです。

腐らせたくないけど、楽をしたいわけではない。この葛藤もまたある種の「弱さ」ととらえられます。そこから着想を得て作った『Nukabot』は、かき混ぜるタイミングなどを声で知らせてくれるけれど、かき混ぜてはくれない仕様になっています。人間が手間をかける余白は残しつつ、腐らせてしまうことを防ぐための仕組みなんです。

なんとも言えない愛嬌を放つしゃべるぬか床ロボット『Nukabot』
なんとも言えない愛嬌を放つ『Nukabot』は現在第4世代にまで進化を遂げている

── デザイナーとして、こうした活動を学生時代から続けてきた守屋さんが、2023年7月のタイミングで会社を立ち上げた背景についてお聞きしたいです。

コロナ禍で改めて自分自身について考える時間が増えたこと、「自分は何者か」の言語化が進んだことが影響しています。

コロナ禍に入ってからの1年半ほどは、自分にとって「辛い時間」でした。大好きだった祖母が亡くなったこと、大きな失恋を経験したこと、仕事で難しい状況に陥り過労状態だったこと……何をしても手応えを得られない、無力感に苛まれていた時期でした。今では痩せたものの、当時は心身の不調から今より20キロほど太ってしまうなど、とにかく悪循環に陥っていたんです。

2023年7月のタイミングで株式会社きいちのメモを立ち上げた背景について話す守屋輝一さん

その状態が1年半ほど続いた頃、「さすがにこのまま生きていくのはダメだ」と限界を覚えるようになって。何か変えなければと思い、自分はどう生きていきたいのか、何にどう取り組んでいきたいのかを少しずつ、自分なりの言葉で改めて考えていくことを始めました。

しばらくすると、なんとか前向きに未来のことを考えられるようになってきて。その結果、今までと大きくやることは変わらないけれど、改めて自分が何者かを宣言したいという想いが芽生えました。そうした経緯もあり、このタイミングで株式会社きいちのメモを立ち上げることを決めました。

── 社名「きいちのメモ」の由来について、「代表の守屋が6歳から20年以上メモをとり続けていること」とサイトに記載されています。どのようなきっかけから、メモを取り始めたのでしょうか?

小学校の先生が授業中にする、授業とは直接関係のない脱線した話がすごく面白くて。その内容を教科書にびっしり、真っ黒になるぐらいまで全部書き残したことがきっかけです。それから日常の出来事や自分の心の機微などを、メモとして残すようになりました。

中学生の頃には、もうすっかり習慣になっていましたね。陸上部に所属していたのですが、その練習中も常にメモを取っていました。走っていると色々な景色が目に入ってきたり、頭のなかに考えが浮かんだりしてきて。走り終わったらすぐに自分のカバンがあるところに向かっていって急いでノートを出して、忘れないうちに書き留める。他のみんなが休憩している最中、一人すみっこでノートに向かっていました。

書き終えたら走りに戻って、走り終えたらまたメモを取って……その繰り返しをしていた記憶があります。部員のなかでそんなことをしていたのは、いま振り返るとさすがに自分だけだったと思います(笑)。

── 子供の頃から今まで続けてきたなかで、守屋さんにとってメモを取ることの意味や価値は変化していると感じますか?

大きくは子供の頃から変わっていないと感じます。

何か明確な目的はなく、自分が目にしたことや感じたことを一つでも多く言葉にしたいという動機だけでメモを取り続けてきました。見返したりもしないし、あとから振り返ったりもしない。何を書いたかはほとんど覚えていません。でもそれで良いんです。

一瞬ごとの考えや心の機微を言葉にしたい。その繰り返しによって、自分とずっと終わらない対話を続けているような感覚に近いですね。

そうしてメモを積み重ねてきたことが、結果として、現在の自分の活動においてもすごく役に立っている。物語を考えたり、コンセプトを考えたり、あらゆるアイデアの源泉となっていると感じます。

メモ帳のほか、最近ではスマホのメモアプリを活用したり、写真を撮ってメモ代わりにすることも多いという。「ものすごい数のメモファイルがありますね」と守屋さん
メモ帳のほか、最近ではスマホのメモアプリを活用したり、写真を撮ってメモ代わりにすることも多いという。「ものすごい数のメモファイルがありますね」と守屋さん

── 長く続けてきたことであり、かつ今の活動にも大きな影響を与えていることから、社名に据えることにしたのですね。

はい。他にも候補は考えたのですが、自分自身の中心、いわば“マントル”に最も近いのがメモだと感じたので、最終的には「きいちのメモ」と名付けることにしました。

130歳まで生きて、自分の葬式を作ってから一生を終えたい

── 2023年の会社の立ち上げを経て、守屋さんが今後挑戦していきたいと考えていることはありますか?

大きくは二つあります。

一つは、“デザインベンチャー”として、課題調査から事業売却のサイクルを可能な限り回していくことです。納得のいく作品を一つでも多く作り、それを適切なタイミングでより意味のある場所へと手放していく。そこで得た利益をもとに、次の作品づくりに向かっていく……その実践を繰り返すことで、「弱さを前提とした仕組み」を社会により浸透させていきたいと考えています。

きいちのメモは①課題調査②製品・事業開発③社会実装④事業売却に取り組むデザインベンチャーの形態をとり、起業家自ら開発を行い、序盤からアウトプットの見た目にもこだわりを持つといった特徴がある
引用:https://kiichimoriya.jp/about

もう一つは少し抽象的ですが、自分が培ってきた感性を通じて世界をより観察し、その結果生まれた考えや感情を自分なりの言葉で表現していくことに、取り組んでいきたいです。

傍観者のような感覚で、今まで以上に人や社会を見つめていきたい。そこで気づいたことや思い浮かんだことを、デザインやものづくりだけでなく、それ以外の表現も含めて伝えていきたいと思っています。演技や脚本にも興味を持っています。自分越しに世界を見て感じて、伝えていくことにすごく関心があるんです。

130歳まで生きて、最後は自分で自分の葬式を作り上げてから一生を終えたいと思っています。

昔は100歳と言っていたのが、生きることが面白くて少しずつ伸びてきた結果が「130」という数字の理由です。自分が生きているうちにどんな感情が現れたり消えたりしていくのか、その移り変わりをできる限りたくさん味わいたい。身の回りの方たちがいなくなり最後に一人残されていくとき、自分の心はどのように動いていくのか、一体自分はどう変化していくのかを知りたいんです。

そしてその変化を味わったうえで、果たして自分は何を作りたいと思うのか。最後に自分の葬式を作り上げてから一生を終えたいのは、一人残されていく状況に置かれた自分がどんなものを作るのか、大きな興味を抱いているからです。

今年28歳になりますが、100年後、自分はどこで何をしているのか。ときどき遠い未来を見据えながら、今この瞬間に生まれる心の動きも変わらず楽しみに、これからも過ごしていきたいです。

「130歳まで生きて、自分の葬式を作ってから一生を終えたい」と話す守屋輝一さん

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

守屋輝一(もりや・きいち)

1995年埼玉県生まれ。法政大学大学院デザイン工学研究科システムデザイン専攻修了。クリエーション・エンジニアリング・マネジメントを横断した総合デザイン戦略及びプロダクトデザインを学ぶ。卒業後はデザイン会社に在籍しながら個人活動を続け、2023年に、6歳から20年以上続ける人と社会の観察記録が社名の由来となった「きいちのメモ」を設立。デザインベンチャーとして製品/事業開発を行い、社会実装および事業売却を目指す。JAMES DYSON AWARD日本最優秀賞・国際TOP20、Innovative Technologiesなど受賞複数。

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