「ウェアラブルロボット」のクリエイターきゅんくんと考える、人とテクノロジーの未来の関係性

「ウェアラブルロボット」のクリエイターきゅんくんと考える、人とテクノロジーの未来の関係性
文:森田 大理 写真:小財 美香子

直接的には人の役に立たないウェアラブルロボット「METACLF」シリーズなどを発表。人とテクノロジーの関係性を探求してきたクリエイターきゅんくんが、10年超の活動で気づいたこと

「ロボット」と言えばどのようなイメージを抱くだろうか。ある人は、SF映画・アニメで描かれるような「人型の姿」をイメージするかもしれない。また、すでに世の中には様々な機能を持つロボットが登場しているので、「人の役に立つもの」というイメージもあるかもしれない。

そのどちらでもない、「メカを着る」という発想でウェアラブルロボットを制作してきたクリエイターが、「きゅんくん」だ。2014年よりファッションとしてのウェアラブルロボットの開発を開始して約10年。人間とメカの関係性について探求を続けてきたきゅんくんは、近年のテクノロジーの進化や社会変化をどう捉えているのだろうか。きゅんくんの活動の道のりを追いながら、これからの人がテクノロジーにどう向き合うべきかを尋ねた。

ぬいぐるみを肩に乗せるかのように、好きなメカを身につけたい

── はじめに、ウェアラブルロボットの開発を行ってきたきっかけを教えてください。

幼少期から電子工作が好きで、小学校の卒業文集には「将来はロボットをつくる人になる」と書いたくらい。私の原点にあるのはロボットなんです。それが、中学に入るとアートやファッションにも興味を持つように。高校時代はこのふたつの興味をかけあわせ、「テクノロジーを着る」というテーマでパソコンのジャンク部品を縫い付けた服やサイバーパンク風の服を学園祭で発表していました。その後、大学の機械工学科に進み、ロボットの作り方を学んだ私は、「ロボット自体をファッションにできるのではないか」と考えるように。アクセサリーのようにロボットを身につけたいと思ってウェアラブルロボットを制作しはじめたんです。

── ロボットと呼ばれるものは、何かしら人の役にたつための機能を備えたものを連想させますが、きゅんくんが発表してきたウェアラブルロボットは、直接は人の役に立たない、ファッションとしてのロボットの可能性を探ったものです。なぜロボットを身にまとう発想に至ったのですか。

シンプルに言えば、好きなものを身につけたいからですね。私はたまたま対象がロボットでしたけど、世の中には好きなキャラクターのぬいぐるみを持ち歩いたり、ファッションの一部としてぬいぐるみを身につけたりする人もいるじゃないですか。その感覚に近いです。重い物が持てたり、速く走れたりするような「身体機能の拡張」を想定していないのは、ロボットと同化したいわけではないから。あくまでもロボットは自分とは別の“他者”であり、大好きな他者を身近に感じたいという感覚で始めました。

── とはいえ、きゅんくんがつくるウェアラブルロボット「METCALF」シリーズは、ぬいぐるみやアクセサリーと違って、アームの操作ができます。動かせる仕様にしているのはなぜでしょうか。

ロボットを構成するパーツのひとつひとつには、ロボットを動かすための才能(機能)が宿っています。私はロボットだけでなく、制作過程を通してパーツのひとつひとつに対しても愛情を抱くので、それらの才能が活かされないまま存在させたくなかった。パーツとしての役割を全うしてもらいたくて動かしているんです。

人とロボットは、触れ合うことで何かが育まれるのではないか

── ファッションとしてのロボットという斬新な着想が注目され、メディアやイベントにも登場されています。世の中からはどのような反響があったのでしょうか。

いろんな反響はありましたが、私自身が知りたかったのはマスの反応というよりも、個人のリアルな意見。イベントや展示会などで実際にロボットを装着してもらい、その感想を聞くことを大切にしていました。私のような根っからのロボット好きではなく、「ロボットのことは好きでも嫌いでもないけれど、その発想は面白いかもね」というくらいの人が身につけたら、どんな気持ちになるのかを知りたかったんです。

── 製品開発プロセスにおけるユーザーリサーチのようですね。実際にはどのような感想が得られたのでしょうか。

概ね好意的な意見が多かったのですが、「生き物を肩に乗せているような感覚」「不思議な安心感がある」といった感想をいただいたのは予想外でした。ロボットを身近に感じることは、単にロボット好きの人が嬉しいだけでなく、万人に広くもたらせる何かしらの効果があるのではないか。以前からうっすらと思っていたことに、強い興味を持つようになっていきました。

人とロボットは触れ合うことで何かが育まれるのではないか、と話すクリエイターきゅんくん

── その気づきは、後の活動にも影響しているのでしょうか。

その時点ではあくまでも感覚的な気づきだったのですが、その後、ロボット学会のトークイベントに登壇する機会があり、「人とロボットが触れあうこと(=ソーシャルタッチ)によって人々の印象や行動にどんな影響を与えるのか」を研究している塩見昌裕さんに出会ったのが私の転機になりました。

「ロボットが人の手を握りながらお願いごとをすると、人は手を握られていないときよりもその願いを受け入れやすい」といった実験の話を聞くうちに、私が探求したいことは、ソーシャルタッチなのかもしれないと思うように。それまではクリエイターとして世の中に作品を発表するという形でしたが、今度は論文の形で人とロボットが触れ合う意味を世に残したいと考えたんです。

── 興味がより広いテーマに移行していったのですね。

それにともなって、「ロボティクスファッションクリエイター」と名乗っていた肩書きを、「ウェアラブルエージェントクリエイター」に変更しました。ただ、最近の私はただの「クリエイター」と名乗ろうかなと思っています。というのも、これらの肩書きが自分の活動を限定させるような制約になるときがあると感じたから。

活動をはじめたばかりの頃は、自分が何者かを分かりやすく世の中に示す意味で、限定的な言葉を用いる方が良かったのだと思います。でも今は、同じことだけに留まらずにいろんなことに興味を広げて種蒔きをしたい時期に移っているような気がしますね。

知らないから怖いだけ。触れて使って、テクノロジーを肌に馴染ませる

── きゅんくんの活動が変化してきたことは、ご自身の経験や出会ってきた人・物事による影響だけでなく、社会の変化も関係しているように感じます。活動してきた2010年代~2020年代の世の中の出来事を、きゅんくんはどう捉えているのでしょうか。

私にとって一番大きいのは、この十数年でダイバーシティに関する社会の理解が一気に進んだことです。特にLGBTQ+についてフラットに話せるようになったこと。私はノンバイナリーでバイセクシュアルですが 、中学生の頃は「社会はそう簡単には変わらない。自分のような人が自然に過ごせるようになるまでには、あと何十年もかかるだろう」と思っていました。

でも、いつの間にか世の中の空気が変わっていて、自然にカミングアウトできた。大人になったら自分を世の中に合わせなきゃいけないのかなと思っていたけれど、世界の方が変わったんです。中学生の時に見ていた世の中を変えようと努力していた人たちの努力が実ったんだ、と思いました。「世の中の常識が変わるスピードは自分が思っているよりも案外早いし、世界は変えられる」と実感できたことが、私の活動のベースになった気がします。

── 大学院での研究、修士論文に取り組んだ時期を経て、2023年現在のきゅんくんは再び「ファッションに立ち返ってのウェアラブルロボット制作」を掲げています。この変化にはどのような背景があるのでしょうか。

もっと幅広く自分の興味に向き合ってみたいという思いから再び創作活動に軸足を置くようになりました。ウェアラブルロボットもそのひとつですが、今は人々が多様な生活をしていることを前提に多様なクリエイティブの発信を目指しています。音楽活動もはじめましたし、生成AIを活用したコミュニケーションサービスの検討など、クリエイティブの対象も限定していません。

また、ロボット開発をするにしても、以前は自分で技術を勉強して全てをやり切ることにこだわっていたのですが、今は技術力より企画力を磨くフェーズだと決めて、「テクノロジーを使って何を実現するか」を考えることに集中しています。

「世の中の常識が変わるスピードは自分が思っているよりも案外早いし、世界は変えられる」と実感できたと話すきゅんくん

── きゅんくんが次々に新たな挑戦をはじめられるのは、昔からテクノロジーへの興味関心が高いこともきっと影響していますよね。でも、世の中にはテクノロジーを漠然と脅威に感じたり、敬遠したりしている人も少なくありません。どうしたら、人とテクノロジーの距離は縮められると思われますか。

難しそうだと遠慮しているくらいなら、一度使ってみると良いんじゃないですかね。例えば最近、音声入力を使ってChatGPTと会話している小学2年生と会いました。もちろん、サービスの裏側にある技術を理解するのは大変ですが、ユーザーとして使うだけなら思っているほど難しいことではありません。

怖がらずにどんどん触ってみる。すると、そのロボットやAIの得意なことや苦手なことが分かり、キャラクターとしての輪郭が浮かび上がってくるはずです。よく知らないから恐怖を感じているだけ。対象の特徴が分かれば、できないことも含めて愛着が湧いてくるかもしれません。

── 単なるモノや道具という意味を越えたパートナーになっていくのかもしれませんね。それくらい人がテクノロジーに対して愛着を持つような関係性が当たり前の未来になっていくとしたら、人はどんな役割を果たせば良いでしょうか。

例えばAIが果たしてくれる役割は飛躍的に増えているけれど、それは蓄積された過去の情報をもとに生成したり判断したりしているにすぎません。過去の延長線にない発想は人にしかできない。飛躍したアイデアをテクノロジーに投げかけ、テクノロジーに新たな気づきを与えていくのが、人とテクノロジーが共存し互いに進化を続けていくうえで大切なことかもしれません。

人間とメカの関係性について探求を続けてきたきゅんくんは、次々と新たなことに挑戦している

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

きゅんくん

1994年東京都出身。高校生の頃に「メカを着ること」を目標にロボティクスファッションの制作を始めた。「人間とメカがゼロ距離で近づいた際に人は何を思い感じるのか?」を明らかにするため、2014 年よりファッションとしてのウェアラブルロボットの開発を開始。 2015 年オーストリア「Ars Electronica Gala」招待出演。 2016年AKB48 単独公演にて「METCALF stage」を3台稼働。2018年よりウェアラブルロボットと人のインタラクションについて深めるため研究を開始。2023年には音楽活動を開始するなど、幅広く活動している。

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