「問い」を持って旅を続ける。創作活動をしながら探究する「自然の原理を活かす」あり方

「問い」を持って旅を続ける。創作活動をしながら探究する「自然の原理を活かす」あり方
文:石田 哲大 写真:須古 恵

アメリカのキャンプで子どもと関わり抱いた感覚。心象風景画をはじめ様々な創作活動を続ける佐々木めばえさんに訊く、ひとつの問いを出発点に「生命の森」というテーマにたどり着くまでの変遷

北海道とかち帯広空港での個展や、十勝での巡回展を開催。2021年にはメキシコ・チアパス州での個展開催も実現するなど、精力的に創作活動を続ける心象風景画家の佐々木めばえさん。作家として画詩集の出版も行うほか、数多くの国を旅し、滞在制作をしてきた。2年7ヶ月をかけてメキシコやグアテマラ、マレーシアなど8ヶ国を訪れ、2023年6月に帰国。「問い」を持った旅だからこそ気づかされることが数多くあったと振り返る。

これら多様な活動に通底するのが、佐々木さんが掲げるテーマ「生命の森」だ。この源流には、子どもの頃の実体験から生まれた問い、大学時代に訪れたアメリカの自閉症のある方専用のキャンプで抱いた感覚などがあるという。自身の想いと向き合い活動する、軌跡を訊いた。

人が生まれながらに持つ個性を生かせる教育ってなんだろう?

― まずは学生時代について教えてください。佐々木さんは2014年に教育学部のある大学に入学されています。どのような興味関心から進路を決めたのでしょうか。

10代の時、「どうすれば発達障害などの診断名に捉われずに、ひとりひとりが生まれながらに持つ個性を尊重し、生かせる教育ができるんだろう」という問いを持っていたんですね。そのきっかけは小学生から高校生にかけて経験した出来事にあります。

実は中学生の頃、ストレスの影響で睡眠障害になったことがありました。病院で「特発性過眠症」と診断されたのですが、もらった薬を飲んでも全然効かなかったんです。症状に悩まされる日々が続くなか、両親が私をサポートしてくれて。学校に事情を説明して理解を求め、環境を調整してくれたおかげで、学校で特に大きな問題になることもなく、座学では眠ってしまうので自分に合った勉強方法を色々と試しながら高校受験を乗り越えました。

高校に入ってからはある程度順調に高校生活を送ってはいたんですが、あることをきっかけに元気をなくしてしまった時期があって。その影響で次第に、忘れ物をしたり、物をなくしたりすることが増えてきました。そこで、中学生の頃にお世話になった担当医に相談しに行きました。

担当医は「診断名は、薬をもらうための切符のようなものだから」と念を押しながら、「注意欠如・多動症(ADHD)」の薬を試してみるように話してくれました。処方された薬は結局全く効かなかったんですけどね。先生の言葉と対応があったからこそ、当時の私は診断名に捉われずに「まずは自分のことを知って、環境を調整していこう」と方向性を定めることができました。自分が持つ特性をよく理解して、活かしていこうと。この一連の出来事を通して、「どうすれば発達障害などの診断名に捉われずに、一人ひとりの持っている個性を尊重し、生かせるような教育ができるんだろう」という問いを持つようになり、高校卒業後は大学に入学して特別支援教育を専攻しました。

10代の時、「どうすれば発達障害などの診断名に捉われずに、ひとりひとりが生まれながらに持つ個性を尊重し、生かせる教育ができるんだろう」という問いを持っていたと話す佐々木めばえさん

自閉症のある方専用のキャンプで出会った「違いを祝福する」あり方

── 2016年に佐々木さんが登壇したTEDx「何が障害をつくるのか~こうするべきという思い込みを打ち壊す~」では、アメリカにある自閉症のある方専用のキャンプにボランティアとして参加した経験について語っています。このキャンプに参加された経緯を教えてください。

大学に入学してすぐに、学内での学びだけでなく、積極的に学外の活動も始めたんです。例えば、学習障害や発達障害がある子どもの学びをサポートする指導員のアルバイトや、全国の不登校の子どもたちに本質的な学びを体得してもらうための教育プログラムを提供する他大学の研究室でのインターン、知的障害や自閉症のある方が制作したアート作品を商品化し販売するベンチャー企業でインターンを経験しました。

同時に、よく旅もしていて。大学2年生の頃にヒッチハイクで日本中を回っていました。その時にたまたま車に乗せてくれたのが、過去にアメリカの自閉症のある方専用のキャンプで活動した経験があるという方だったんです。

車の中で、自分が発達障害のある子どもたちに対する教育に興味があること、大学では特別支援教育を専攻していること、海外での学びにも興味があることを話したら、アメリカの自閉症のある方専用のキャンプのことを教えてくれて。後日、いただいた名刺に「興味があるのでぜひこのキャンプに参加したいです」と連絡したのがきっかけで、翌年休学をして、ボランティアとして参加することができました。

── それでアメリカに行ったんですね。キャンプではどのような経験をされたのですか?

このキャンプは簡単にいえば、森の中の自然豊かな環境で、子どもも大人も含めたすべての世代の自閉症のある方々が楽しい時間を過ごせるように設計されたもの。自閉症に特化したキャンプでは世界最大規模の施設です。1年を通してプログラムを実施していて、私は3ヶ月間のサマーキャンプにスタッフとして参加しました。そこで、カウンセラーとして18歳の男の子を担当する機会をいただいたんです。

そのキャンプが掲げるテーマは“Not less, Different”, “Celebrate the difference”。つまり「何かができないことは劣っているのではなく、ただ違うだけ」「違いを祝福すること、違いを愛すること」です。このテーマに想いを巡らせながら、担当するキャンパー(参加者)がよりキャンプを楽しめるように、色々なお手伝いをして過ごしました。そのなかで、自分が持つ問いについて考えを深めるためのヒントもまた、たくさん与えてもらったんです。

アメリカにある自閉症のある方専用のキャンプにボランティアとして参加した経験からの気づきがあったと話す佐々木めばえさん

例えばこのキャンプでは、食事の際にフォークをうまく使えるかどうかはキャンパーの優劣を決める理由になりません。フォークが使えないなら、手で食べたってかまわない。「フォークで食べる人」「手で食べる人」という、ただの違いでしかありません。そして、他者と「違う」だけでは「障害」にはならないんですね。そうした考え方がスタッフに根付いているからこそ、キャンプにいる全員が相手を「できる」「できない」で判断せずに互いを全人的に受け止め合っている。更に、カウンセラーの仕事で一番重要だったのは、「できないから治そう」ではなく、キャンパーの「できることに目を向けて」、その「できること」を活かしてキャンプをどれくらい楽しめるようにサポートできるか。それを徹底的に考え抜いて行動することが求められていました。

一人ひとりが「相手と私は違う」という事実を受け止めていて、更に、その「違い」を楽しんでいる。そんなふうに相手を無条件に愛することで不思議と自分自身まで満たされていくことにも、気づかされました。

── 佐々木さんにとって、心を打たれるような光景がそのキャンプにはあったのですね。

そのキャンプに行くまでは、「自分は劣っている」と思っていました。寝てはいけない場所で寝てしまったり、自己管理がうまくできなかったり。自己肯定感が低くて、自分自身を無条件に愛することができずにいました。

「劣っているのではなく違うだけであり、更にその違いを祝福する」という考え方を、キャンパーやほかのスタッフに向けているうちに、自分自身に対しても向けることができるようになったんですね。それは、自分を無条件に愛することにつながっていきました。そんな大切な気づきを、キャンプで、そして何より自閉症のあるキャンパー達からもらったと思っています。

「すべてがひとつのいのちである」という感覚との出会い

── アメリカから帰国後、画家や作家としての活動を開始しています。どのようなきっかけがあったのでしょうか?

実は大学を卒業してからもう一度、そのキャンプに参加しているんです。今度はボランティアではなく、有給で働きに戻りました。2回目のキャンプでの経験が、今も自分のテーマとしている「生命の森」という世界観につながり、現在の創作活動にも結びついていきました。

2回目のキャンプでは、カウンセラーとして6歳の男の子を担当しました。自閉症のある方の中には「ノンバーバル」と言って、非言語コミュニケーションを取る方が多くいます。私が担当した6歳の子も、絵カードでコミュニケーションを勉強している最中でした。

私はできる限り、表情や動きからその子の要求を読み取れるように、注意深く観察するようにしていました。ある日、その子が森の中を歩いていた時に立ち止まって、風に揺れる木をボーっと眺めていたことがあって。何分もずっと眺めているので、私は終わるまで側にいようと、その子のことを見守っていました。

しばらくすると、その子が見ている世界が私の中に入ってきたと感じる瞬間があったんですね。そこにある木や石だけでなく、私とその子の間も含めて、境目がまったくなくなるというか……すべてがひとつの命になって、流動的につながりあっている世界を見たんです。

診断名だけで人を判断しない、すべてのものが「名前」を得る前の、本質だけが広がる世界。「自分が10代のころから見たいと思っていた世界はこういう世界だったのだ」と直感的に感じました。

後日、森の生態について調べている時に、森の地下で木の根同士がつながってコミュニケーションし、森全体がひとつの生き物のように生きているという趣旨の研究を見つけました。そのイメージがあの時体験したこと、言い換えれば「すべてがひとつのいのちである」という感覚と結びついたんです。

その世界と感覚を言語化したい、そう思ったんですが、言語を超えた世界を言葉にするのは難しくて、そこで油絵で視覚化を試みるようになりました。それが2019年の秋ごろです。それから作品づくりを進めていき、2020年11月には地元のとかち帯広空港で、「生命の森」という個展を開催しました。

2020年11月にとかち帯広空港で開催された個展「生命の森」の様子

2年7ヶ月、8ヶ国の旅を経て考えた、自然の原理と社会の在り方

── 個展「生命の森」を開催したあと、佐々木さんに何か変化はありましたか?

一度自分の中にあるすべてを出し切ったことで、新たな問いが湧いてきました。先ほど森の生態系についてのお話をしましたが、森全体の自己免疫力を高めているのは、「木々の遺伝子型の固有性と生物の多様性から成る地下のネットワーク」であり、この固有性があることによって初めて、地下のネットワークが強化されるんですね。私はこれを森に働く「自然の原理」と呼んでいます。

細胞でも同じことが起こっていて、それぞれ異なる細胞同士が情報交換をしてつながり合うことで私たちの身体は初めて機能していますよね。これは人間の社会においても、同じことが言えると思っています。私たち人間も自我を越えた「意識の根」を持っていて、その根をもって、森の地下のように目には見えない世界と、そして他のすべての存在とつながっている。私たちの性格や體(からだ)に個性があるのは、人類全体としての生命力を高めるためだと思うんです。全ての生命に同じ自然の原理が働いていて、私たちを結び合わせている。私はこの世界観を「生命の森」と呼んでいます。

森では、たとえば商業的に価値の高い樹種だけを植える人工植林によって木々の遺伝子型や個性が画一化されてしまい、その結果土壌が弱り、地下のネットワークが機能しなくなってしまうことがあるんですね。2020年当時はパンデミックが猛威を振るっていた時期。世界中の人々が物理的にも精神的にも分断されていくのを目の当たりにして、私たちの社会でもその「自然の原理」が傷つけられていると感じていました。

パンデミックは、人間同士の自由な情報交換を遮断し、人々のつながりを分断し、更には個人内の、無意識下にある自己と魂のつながり、つまり意識の根を分断していくような出来事の象徴だと感じました。人々の考え方や身体の個性までもが画一化されていくのを見た時に、これでは、違いや個性を生かし合うどころか、自分自身をも失っていってしまう人が増えてしまうのではないか。そういった危機感を抱きながら2020年を過ごしていました。

そこで湧いてきたのが、「そもそもどうして、利益のために『自然の原理』が傷つけられるような社会構造が作られてきたのだろうか?」という問いでした。この問いをもとに、メディアでは報道されない現地のいまを自分の目で見て確かめるために、旅に出ることを決めたんです。未来を考えるためにはまず現実を政治と経済の観点から構造的に学ぶことが必要だと思ったんですね。最終的には、2020年の11月から2年7ヶ月間、現地に住まいを借りながら長期で滞在するスタイルで中米・欧州・東南アジアに渡る8ヶ国を巡る旅になりました。

── 旅を通して、問いに対する答えは見つかりましたか?

自分のこれからの人生の方向性を定めるための、ものすごく大事な答えが見つかりました。現地によってパンデミックの現状が180度違うこともあり混乱することもあったんですが、文化と文化の間を鳥瞰して、歴史を調べ直して、自分が本当に信じられると思える情報を集めていくことを通して世界の全体像が浮かび上がって来たんですよね。全体像に照らし合わせて情報を判断する軸を手に入れることができたと思っています。

どの情報を信じるかは、どんな現実を生きるのかに結び付いていますよね。この場で語るのには壮大すぎて簡単には説明ができないので、作品に落とし込んで、ご興味のある方にメッセージを受け取ってもらえるようにしたいと思っています。2023年に帰国してからは、東南アジアと日本の2拠点で、旅を通して見た世界と、その過程で感じたことや考えたことを本、展示、講演を通して伝える活動をしています。

佐々木さんが旅の途中で訪れた街のひとつ、メキシコ南部のサン・クリストバル・デ・ラス・カサス
旅の途中で訪れた街のひとつ、メキシコ南部のサン・クリストバル・デ・ラス・カサス

── 「問い」を持って旅をする佐々木さんにとって、次に自分が取り組みたいことが見つかる機会でもあったのですね。

そうですね、ひとつ、今の活動に直接結び付く旅のエピソードをあげると、旅の終盤、タイの島でアーティストコミュニティを訪問したことがあったんですが、そこで現地のアーティストから教えていただいたのが、日本の禅に通ずる精神でした。

「暮らしを通して、薪を拾ったり木で家具を作ったり釣りをして料理をしたり、そういった、自然物を活かしながら創造的に體(からだ)を動かすことで身体知が拓かれる。それが精神的な創作に、もちろん絵を描くことにも結び付いていて、僕はそれが禅だと思う。日本人は文化的に古くからそれを理解していて、そういった暮らしを大事にしていたと思うよ」と教えてくださって。

それから「生命の森」をテーマに創作をするにあたって「身体性」というキーワードが浮かんできて、去年日本に帰国してから新しく陶芸、呼吸法、古民家の改装を始めました。古民家は地元の北海道で改装中で、今年夏にもアトリエとして仮オープンができそうです。

私の場合は「生命を守りたい」という想いが最初にあって、その想いを叶えるために問いが生まれてきて、その問いを追究するために旅をして、その過程で見えた世界を作品として形にしてきました。私の活動の軸は「生命」にあります。社会は、私たちの生命観を反映していると思うんですよね。だからこそ、生命を守り生かしていけるような、新しい生命観を持つ必要性を感じています。

そのためには私自身がもっと自然の原理について学ぶ必要があると思っていて、そのヒントが、日本人が古くから大切にしてきたことの中にあると思っています。振り返れば、「発達障害」というキーワードは、自分がたどり着きたい世界へ私を導いてくれるための入り口だったと思っています。

今は、身体性をキーワードに「本当の意味で生命を、心と體(からだ)と魂の観点から癒すためには何ができるのか?」という問いを持って動いているところです。これからも周りへの感謝を忘れずに、自分の中に湧いてくる違和感や直感を大切に、探求、創作、表現を続けていきたいと思います。

これからも周りへの感謝を忘れずに、自分の中に湧いてくる違和感や直感を大切に、探求、創作、表現を続けていきたいと話す佐々木めばえさん

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

佐々木めばえ

1996年北海道音更町生まれ。千葉大学教育学部特別支援教育教員養成課程卒。「問い」を持って旅をし、旅を通して得た答えや心象風景を絵、本、時には写真や動画を用いて表現している。2019年に米国で自閉症のある子どもと関わる中で「すべてがひとつのいのちである」という感覚を抱いたのをきっかけに「生命の森」というテーマを掲げて本格的な制作を始めた。2020年に同テーマで個展を開催。翌年、1年間をかけて北海道十勝管内7施設およびメキシコにて同テーマの巡回展を行った。2020年秋より2年7ヶ月に渡って、現地に住まいを借り、自身の問いに基づいたフィールドワークをしながら欧州、中米、東南アジアの8ヶ国を旅した。2023年に長期の旅から帰国し、現在は東南アジアと北海道の2拠点で制作と展示、講演活動を続ける。

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