研究・開発プロセスにもっと女性を。ジェンダー×ITの可能性を探る、学生エンジニアの視点

研究・開発プロセスにもっと女性を。ジェンダー×ITの可能性を探る、学生エンジニアの視点
文:森田 大理 写真:須古 恵

夜道を安心して歩くためのアプリ開発や女性・ノンバイナリー向けハッカソンの立ち上げも実現。現役大学生エンジニア石戸谷由梨さんの視点から、現代若者の価値観を探る

1990年代中盤以降生まれの「Z世代」が、いよいよ社会で活躍をはじめている。彼らはどんな社会背景を持って育ち、どのような価値観を持っているのだろうか。今回話を聞いたのは、お茶の水女子大学4年生の石戸谷由梨(いしとや・ゆうり)さんだ。情報科学科に在籍する学生エンジニアの石戸谷さんは、女性・ノンバイナリーのエンジニア向けハッカソンを企画するほか、ジェンダーギャップを解消する目的で企画したアプリ『あんしん夜道』が「2023年度未踏IT人材発掘・育成事業」に採択された、注目の若手エンジニアの一人だ。

「ジェンダー」も「IT」も、現代社会を生きる私たちが避けては通れないテーマだが、石戸谷さんはその二つを掛け合わせて「ジェンダー×IT」というアプローチで社会に向き合っている。とりわけ女性が少ないといわれるエンジニアリングの世界で、ジェンダーをテーマに活動するのはなぜなのだろうか。石戸谷さんのこれまでの取り組みや、社会に対する思いをたずねた。

原点は、父が教えてくれたパソコンと、たまたま選んだ女子校

― まずは石戸谷さんが現在のテーマに辿り着いた原点を探っていきたいです。幼少期に印象に残っていることを教えてください。

両親は放任主義というか、子どもがやりたいことを自由にやらせてくれる人たちだったので、特にああしろこうしろと言われたことはないですね。ただ、私は三人きょうだいの一番下で、ふたりの兄から受けた影響は割と大きいかもしれないです。私が数年後に経験するかもしれない壁に直面している様子を見ながら、「今のうちに勉強しとかないと後悔するぞ」とか「誰かに言われたからではなく、進路は自分の意思で決めないと」みたいなことを考えていました。

― 先行するお兄さんたちを見て自分に応用されてきたのですね。ITに興味を持ったのも、きょうだいの影響ですか。

それはどちらかと言えば父かもしれません。私が小学校の低学年くらいから、家にあるパソコンを触らせてくれたんです。といっても、プログラミングのような本格的なことを教えてくれたわけじゃないですよ。「パソコンの基本的な使い方を知っていれば、将来仕事で役に立つぞ」くらいの気持ちだったみたいで。最初はWord上に図形を配置して色を塗ったり、文字を装飾したりして遊んでいたんですけど、そのうちYouTubeを観たり、CDを取り込んでiPodと同期させて音楽を聞いたりと、同級生たちがスマホを持ってからやるようなことは小学生のときに経験していましたね。小さいときに感じた、自分でマシンを操作して何かを実行する面白さや特別感が忘れられなくて、ITが好きになっていったような気がします。

小学生の時にパソコンに触れてITに興味を持ったと話す石戸谷由梨さん

― 石戸谷さんのもうひとつのテーマであるジェンダーの原点についても教えてください。石戸谷さんは高校から女子校に通っていますが、何か関係があるのでしょうか。

高校進学の時点では、女子校にこだわっていたわけではないんです。生徒の自立を育むという校風が自分にあってそうだなと思って、たまたま受検した学校が女子校だっただけ。でも、実際に学校生活を送った今では、女子校を選んで良かったと思っています。

ひとつは、一般的にも良く言われますが、ジェンダーロールを気にすることなく、伸び伸びと自分の好きなものを追求できたことです。例えば、文理選択のタイミング。私は女子が少ないと言われている理系を選択しましたが、どちらを選んでもクラスは全員女子ですから、女子が多い・少ないを気にしたことがなかった。「女性らしく」「女性だから」みたいな意識に邪魔をされずに、自分の進路選択ができたことは良かったです。

もうひとつの良かったことは、ジェンダーとは無関係の環境で育ったからこそ、多くの女性が無意識に受け入れてきたジェンダーギャップに敏感になれたこと。大学生になってアルバイトをするようになり、学校の外の社会との接点が増えると、男女がフェアに扱われていないと感じる場面が多々あったんです。もしかしたら共学で育ってきた人たちにとっては日常のことだったのかもしれないけれど、女子校育ちの私にとっては強烈な違和感で、ジェンダーへの課題意識が高まっていきました。

ジェンダーギャップの解消が、イノベーションをもたらす可能性

― では、「ジェンダー×IT」が石戸谷さんの活動テーマになっていくまでの道のりを教えてください。

強い思いが芽生えたのは、「ジェンダー」からでした。それは大学に入学してからのふたつの出来事がきっかけになっています。ひとつは、大学1年生のときにある男性からひどい扱いを受けたこと。なぜ私に辛い思いをさせるのかが分からず、はじめは自分が悪かったのではないかと思っていたのですが、ネットで同じような経験談を探すうちに、それは「性差別」であることが見えてきたんです。男性にはおそらく悪意があったわけではなく無意識の行動で、私もはじめのうちは違和感の正体が分からず、毅然と抗議することができなかった。身をもってジェンダーギャップを経験したことで、社会に憤りを感じ始めたんです。

もうひとつの出来事は、女子中高生に向けたIT・STEM教育を行っている特定非営利活動法人Waffleとの出会いです。大学1年生の頃からプログラミングを教えるボランティアとして参加していたのですが、2年生からはインターン生として働いていました。WaffleはIT業界のジェンダーギャップの解消を目指す団体ですから、ひょっとしたら理解してくれるかもしれないと、私が受けた性差別やそこで感じた怒りを話してみたことがあったんです。すると、ある人から「あなたはフェミニストだね」って言われて。その言葉を聞いて、自分が怒っていることや、行動を起こしたい気持ちに名前があることが認識できた。声を上げても良いんだと肯定されたように思えたことで、ジェンダーギャップの解消が自分の向き合いたいテーマになっていったんです。

活動テーマが「ジェンダー×IT」になっていくまでの道のりを話す石戸谷由梨さん

― そこにITというキーワードが掛け合わさるのはどうしてですか。

これは、お茶の水女子大の佐々木成江特任教授との出会いがきっかけです。Waffleとのつながりで佐々木先生との意見交換会に参加したことがあって、そこで「ジェンダード・イノベーション」という概念に出会いました。ジェンダード・イノベーションとは、科学技術分野における研究開発のプロセスに、積極的に性差の視点を入れていくことで、イノベーションや新しい発見をしようというものです。有名な事例は、自動車事故が起きたときの重症率に男女で差があったこと。女性が圧倒的に重症を負いやすいのは、自動車開発時の衝突実験で使われていたダミー人形が男性の体格に合わせたものだけで、女性の体格にあわせて安全性を確認する発想が抜けていたからだと言われています。また、「車は男性が運転するもの」として、女性ドライバーの安全性が考慮されていなかった可能性も指摘されています。

このように、技術開発分野はまだまだ男性中心だからこそ性差の視点を取り入れることでイノベーションを起こせる可能性がある。私が今学んでいるITもまだ圧倒的に男性優位な業界ですが、エンジニアのジェンダーギャップが解消され、開発段階に女性の視点がたくさん入れば、これまでにない発想のプロダクトが生まれるかもしれない。そして、ITは今やあらゆる産業・すべての人の日常の隅々に使われているものだからこそ、ITを通して様々なジェンダーギャップを解消できるんじゃないかと思ったんです。

誰も取り残すことのない、“やさしいIT”のつくり手でありたい

― 石戸谷さんがチームで開発したアプリ『あんしん夜道』は、夜道を一人で歩くのが不安という女性の視点から生まれた、夜道のジェンダーギャップを解消するプロダクトです。なぜこのアプリケーションをつくろうと考えたのでしょうか。

「ジェンダーギャップを解消するアプリケーションをつくりたい」という確かな思いは芽生えたものの、まだその時点では自分ひとりでつくり切れるほどのスキルもなかったので、仲間を募る意味で日本最大級の学生向けハッカソン「JPHACKS(ジャパンハックス)」に応募したんです。そこでたまたまチームを組んだ男性エンジニアふたりに私の思いを伝えて、一緒に取り組みはじめました。

夜道の防犯をテーマにしたのは、私の経験というよりも、ジェンダーギャップという私の問題提起に共感してくれた、男性メンバーの話がヒントになっているんです。「自分のパートナーは『夜道を一人で歩くのが怖いから、誰かに電話しながら帰りたい』って言っていたよ」と話してくれて、たしかにそれもジェンダーギャップなんじゃないかなと。

プロダクトを検討するにあたって、これまでに約200人の女性がアンケートに回答してくれ、100人弱の女性にもインタビューしてきました。実際に怖い目に合った話をしてくれた人もいますし、それを避けるためにわざわざ遠回りをしたり、歩いて帰れる距離でもわざわざタクシーで帰ったりと、時間やお金のコストをかけている。調べれば調べるほど夜道にはジェンダーによる不平等が発生していると見えてきたことが、アプリ開発を続ける原動力になりました。

― アプリケーション開発だけでなく、今年は女性・ノンバイナリーの方向けハッカソン「Dots to Code」を開催したそうですね。そもそもハッカソンを立ち上げたのはどうしてなのですか。

それ以前に、何度か別のハッカソンに参加したことはあったんですが、参加者は大抵男性ばかりだったんです。もし女性が参加しにくいと感じているのだとしたら、私は彼女たちのための場をつくりたかった。女性をエンパワーメントする企画として新しいハッカソンを立ち上げました。

参考にしたのは、おととしの夏にアメリカで参加した、STEM女性のためのカンファレンス「Grace Hopper Celebration」。参加していた女性技術者の勢いがすごくて、「技術やろうぜ!プログラミングやろうぜ!」みたいなイケイケの雰囲気が私は好きだった。日本のIT業界でも女性がこんなふうに盛り上がれたら業界全体がもっと良くなると思うし、自分がエンジニアであることに誇りを持って前向きにこの道を突き進む人を増やしたいという思いではじめています。

女性・ノンバイナリーの方向けハッカソン「Dots to Code」 を立ち上げた経緯を話す石戸谷由梨さん

― 「Dots to Code」は200名を超える参加者が集ったそうですね。これだけの数の女性やノンバイナリーのエンジニアが一堂に会するのは、これまでにない機会だったのではないですか。

そうですね。実は去年もお茶の水女子大の中でハッカソンを開催したのですが、学校という枠組みでは、どうしても小規模にならざるを得なかったので、今回は学生も社会人も広く参加できるものにしました。こんなにもたくさんの人が応募してくれたことに感謝していますし、エンジニアとして活動する女性・ノンバイナリーのみなさんで集まれたことは、参加者同士はもちろん、私自身もエンパワーメントされた気分です。

― 石戸谷さんはエンジニアとしてどんな未来を実現したいのでしょうか。

女性って、無意識のうちに何かをあきらめてしまったり、「どうせ自分は…」と挑戦しなかったりする人が男性よりも多いと思うんです。その差を生じさせている社会構造を変え、誰もが自分らしく前向きにチャレンジできる社会にしたい。その一助として、私やほかの女性エンジニアがIT業界で伸び伸びと自分らしく活躍できる未来を実現したいですね。

すでに兆しは感じています。母校の女子校では、私の時代は理系クラスが9クラス中2.5クラスだったのに、今は半分以上の生徒が理系を選択しているそう。それくらい女性が理系の道に進んでくれたら、ITはもちろん様々な分野の研究・開発に女性の視点やアイデアがもっと反映され、イノベーションが期待できると思います。

― そうした未来へ近づくステップとして、大学卒業後の進路も聞かせてください。

『あんしん夜道』が注目されたこともあって、「起業しないの?」と聞かれることも多いんですが、それは考えていません。というのも、私は「経営者」になりたいのではなく、ちゃんと「技術者」になりたいと思っていて。まだまだ自分の知識不足・スキル不足を感じているため、大学のあとは大学院でしっかり学びたいと思っています。

目指すは、誰も取りこぼすことのない、やさしいIT。誰かが便利さを享受する裏で、誰かが悲しい思いをするようなプロダクトだけにはしたくないので、そういう視点を大切にしながら、これからも研究・開発を進めていきたいです。

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

石戸谷 由梨(いしとや・ゆうり)

2002年埼玉県生まれ。地域の小・中学校を経て、高校より女子校へ。お茶の水女子大学理学部情報科学科に進学後、女子中高生向けのSTEM教育を展開する特定非営利活動法人Waffleでのインターンを経験し、「ジェンダー×ITの可能性を広げる」をテーマに活動をはじめる。夜道のジェンダーギャップを解決するためのアプリ『あんしん夜道』を企画し、2023年度未踏IT人材発掘・育成事業に採択された。国内最大級の女性&ノンバイナリーの方向けハッカソン「Dots to Code」の代表を務める。

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