教育格差解消目指すQuipperーー広げたのは地道な足腰

教育格差解消目指すQuipperーー広げたのは地道な足腰

写真:今村 拓馬

*本記事はBusiness Insider記事からの転載です。転載にあたり、一部記述を修正しております。

2年ほど前のこと。リクルートマーケティングパートナーズ社長の山口文洋(39)は、インドネシア・ジャカルタのある高校にいた。もうすぐお昼という3時間目。 10クラスがひしめき合う3年生の階に足を運び、10人のインドネシア人の営業担当とともに、「Quipper Video(クイッパービデオ)」のデモンストレーションを行った。

「Quipper Video」とは、カリスマ講師による授業の動画をオンラインで受講できる学習サービス。公立高校の授業中に民間企業がプレゼンを始めるのだから、生徒はあっけにとられるのではないか。そう思いきや、反応は意外なものだった。山口は言う。

「質問も飛んでくるなど、すごく良い反応が返ってきた。とにかく楽しんでくれていました」

興奮気味な生徒たちは、最後に携帯を取り出し、Quipper Videoの無料会員登録へと進んだ。

山口がジャカルタの高校を訪れたのは、1度や2度ではない。所得や地域による教育環境格差を解消し、日本の教育シーンを変えたいーー。そんな思いを胸に2011年に日本で高校生向けオンライン学習サービス「スタディサプリ」(旧・受験サプリ)を生み出した山口が、東南アジアの一高校に足を運ぶようになったのはなぜなのか。

リクルートが2010年に英国で設立された「Quipper」を買収したのは、2015年のこと。月額980円の「スタディサプリ」を日本で展開していた山口は、生徒だけではなく、このサービスを使いたいという教師や学校が多いことに気づき、今後はインタラクティブなやり取りが必要になってくる、ということを肌で感じていた。そのためのエンジニアの強化は避けては通れない課題だった。

そんなとき、Quipperの存在と創業者、渡辺雅之を知る。「教育」にかける思いやビジネスに対する価値観がピタリと合うと感じた。「教育環境格差の解消」はリクルートとQuipperが共通して掲げるテーマだったのだ。

買収当時、Quipperは既にフィリピン、インドネシアで展開していた。学校の先生向けに、「宿題」や授業中の「課題」に必要なコンテンツ(演習)を提供するプラットフォームで、無料サービスが急速に認知度を高め、2015年、インドネシアでは「Quipper」は検索ワードで年間4位になるほどにまでに認知されていた。

ありありとした現実を生々しく語る

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同じ東南アジアでもフィリピンとインドネシアでは、教育現場が抱える課題も違う。フィリピンでもまずは現地の教育関係者を回って、課題を探った。

「ただ、そこでマネタイズができているわけではなかった」と山口は言う。

社会課題を見つけて解決するというのはリクルートのミッションの一つ。だが、ソーシャルベンチャーと決定的に違うのは、そこできちんと収益を上げるということだ。それはリクルートが50年にわたって取り組んできたことでもある。

「Quipperの無料サービスに、スタディサプリの980円モデルを適用させようと考えました。フィリピンでもインドネシアでも、受験戦争は始まっている。塾や予備校、家庭教師というのが"産業"として成立していたんです」

現在Quipperを展開するのはインドネシア、メキシコ、フィリピンの3カ国。この国に共通するのは日本と同様の受験制度がある、ということ。これは欧米との決定的な違いだ。

例えば、ジャカルタには東京・代々木のような予備校街がある。そこに子どもたちがバイクや自転車でやってきて、平日の夜11時過ぎまで勉強する。大学受験を控える高校生たちに話を聞くと、交通事情が悪いため家に帰るのは夜中1時を過ぎることも少なくないことが分かった。「交通渋滞」が高校生たちの学習時間の妨げになっていたのだ。

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メキシコでは通塾時の交通事情が生徒の負担になっていた。家でオンライン授業を受けられれば、その負担は解消される。

ジャカルタの都市部で暮らす家庭の月収は平均3万円ほど。その中から月5000円程度の塾代を払う負担は決して軽くない。

「大手スクールがあり、そこにカリスマ講師もいる。だったら、そこの先生たちの授業をスタディサプリのように動画にし、月額500円程度の価格で、家で安心して学習できる仕組みをつくれないか、と考えました」

山口自身、2カ月に1回は1週間ほど日本を離れ、現地を歩いた。高校を回り、予備校街にも足を運んだ。塾業界の重鎮にも話を聞いて回った。

「僕は、マクロ的な調査結果ってあまり好きじゃないんです。どれだけ生声を聞いて、『いけるな』と実感値として持てるか。自分がありありとした現実を見て、現実を生々しく語れる語り部にならないと本気度は伝わらない」

半年で構築した300人の営業部隊と200人のコールセンター

Quipperを展開するうえでは、「スタディサプリ」で得たノウハウが活かされた。同サービスを日本でスタートさせた当時、大々的にCMを打った。これは初期の利用者獲得には繋がる。だが、裾野はなかなか広げられない。

「そのときに、認知、浸透、マネタイズも含め広められるのは、やはりセールスフォース(営業力)なんです」

スタディサプリの場合は、100人の営業担当が、日本全国の高校5000校を1校1校回った。教師たちに理解してもらうために地道な営業活動を続けることでユーザーを広げた。

インドネシアでもテレビCMは流した。それにより認知は得たが、広く浸透したとは言い難い。

そこで、次の一手として取り組んだのが、リクルートの営業力をベースにした冒頭のエピソードだ。多くの学校に足を運ぶうちに「有意義なサービスなら、授業時間を使ってもいいよ」という何とも寛容な姿勢がインドネシアにはあることがわかった。

そこでインドネシア全土に13拠点300人の営業部隊を半年間の短期間で構築し、各営業マンに営業の型を一気に装着した。

そして、このエピソードには続きがある。

生徒たちに、無料登録から有料会員に切り替えて貰うために、ジャカルタに営業部隊とは別に、200人体制のコールセンターを設立したのだ。学校でQuipper Videoに無料登録した生徒たちの自宅に、彼らが帰宅する14時以降にコールセンターから電話をし、有料版のサービス案内をする。

「ビジネスを一から十に磨いていく過程では、常に現場でユーザーの心理、生活動線に立つんです」

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リクルートの強みとは。山口は課題の把握とそれを解決するための仕組み作り、広げるための足腰、と語る。

山口にリクルートの強みは何か、改めて聞くと、現場から課題を把握し、スピード感を持って課題解決とそれを広げる仕組みを作る。そして永続的に勝てる自分たちの強みとは何かを徹底的に考えることだ、と語った。

「仮に3年、5年後にライバルが現れても勝てないよね、という参入障壁をつくる。いくらICTと言ってもオンラインで勝手に広がる訳ではない。広げていくためには地道な足腰が必要になるんです」

冒頭のように高校の授業内に民間企業のプレゼンが許されるのは、インドネシアだけ。このやり方がグローバルに横展開できる訳ではない。配信するコンテンツも同じ。各国のカリキュラムに基づき、徹底的に現地化させていく。

「システムプラットフォームはグローバル共通。しかし、ローカル性の強いコンテンツ、デリバリー、セールスマーケティングはバラバラで国ごとにまったく異なるので、その国に最適な組織、手法を創り出していく」と山口は言う。

教育という分野では、「この教師とコンテンツなら大丈夫」という信頼性が欠かせない。子どもたちに最高の学びを届けたい。だから、その国にどこまで深く入り込めるかが勝負だ。

そして、東南アジアにこだわるのは、そこに山口なりの「夢」があるからだ。

「子どもたち同士が国をまたいでコミュニケーションを取れる環境をつくりたいんです。『今日はどこどこの国の高校生とディベートしよう』といったような。東南アジアという、同じタイムラインにこだわっているのはそのためです。そうすることで、日本人でありながらアジア人としての自覚が芽生え、『調和』というようなものが生まれてくると思うんです」

Business Insider記事はこちら

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

山口文洋(やまぐち・ふみひろ)

慶應義塾大学卒業後、ベンチャー企業でのシステム開発を経て、2006年、リクルート入社。進学事業本部で事業戦略・統括などを担当。社内の新規事業コンテストでグランプリを獲得し、「受験サプリ(現・スタディサプリ)」を立ち上げ。2012年に統括部長、2015年4月からリクルートマーケティングパートナーズ社長。

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