【前編】直木賞作家・朝井リョウに聞く。会社員と作家を兼業してみえた、自分らしいワークバランス。

【前編】直木賞作家・朝井リョウに聞く。会社員と作家を兼業してみえた、自分らしいワークバランス。

文:鈴木貴視 写真:ripzinger

大学在学中に『桐島、部活やめるってよ』で作家デビュー。大ヒットを記録するも、普通に就職活動を経て企業へと入社。会社員と作家を兼業しながら、2013年に『何者』で平成生まれの作家としては初となる第148回直木三十五賞を受賞した朝井リョウ。最近は会社を辞めて作家に専念することになったものの、その異色の経歴は誰もが経験できるものではない。

全3回によるインタビューの前編では、就職後に経験した会社員と作家という、2つ職種から見えてきた仕事に対する考え方やスタンスについて聞いてみた。

― 朝井さんは大学生の頃に小説家としてデビューされましたが、大学卒業後は就職することが当たり前だと思っていたそうで、実際に就職活動をして社会人になられましたよね。

子供の頃から小説家になりたいという夢を抱いていて「どのタイミングでそれが叶うのだろう?」ということは常に考えていました。一方で、大学を卒業したら会社に入るという感覚は、みなさんと同じように普通にあったんです。なので、3年生の学園祭が終わった後に就職活動を始めて就職しました。

― 当時は、作家を職業にしていくという感覚は無かったんですね。

小説を書くことは子供の頃からの趣味だったので、職業にするという感覚は無かったですね。だからこそ、逆に小説でお金をいただけたことに対しては、少し不気味な感覚はありました。

― 直木賞作品の『何者』でも、グループディスカッションや面接など就職活動の描写が出てきます。就活については、どう捉えていましたか?

どこか受験と似ているような気がしました。私は英語を話すことはできないですが、読み書きはできる。つまり、決められたルールを把握してしまえば、それに合わせて能力を出せるタイプの人間だと思っているんです。なので、ある一定のルールで行われている就活も上手な人にはなれる。ただ、作品の中で一人の登場人物が言っていたように、逆上がりが得意な人や一輪車が上手な人と同じように、僕にとっての「就活」も特技のひとつでしかありませんでしたね。ただ、そのやり方でいろいろなことを乗り切れるのって、人生のうちでいつまでなんだろう、と感じていました。

あさい・りょう

― そういった気持ちは、『何者』の中で登場する光太郎の台詞でも表現されていましたね。

そうですね。私自身も就活をしながら「自分はルール化への対応が得意なだけなんだ......」ということに気づいて絶望していたので(笑)。でも、実際に会社で働くようになっても、多くのことがルール化されていることを知って、自分の能力が活かされたこともありましたね。

― 絶望したというお話が出ましたが、もう少しこうしておけばよかったということはありますか?

だからといって、こうしたい、ということもあまり考えていなかったかもしれません。とにかく会社員になって痛感したのは、新しいことをやることの難しさ。特に大きな組織では、前例のないことを積極的にやるという動きがあまり無いですよね。就活も組織もどこか似ているところがあって、今のやり方しかないからそれに沿っているのではなく、前例に沿ってやっているので今のやり方が続いているというような気がします。

― 前例がないことをやることで、新しいイノベーションが生まれることもあります。ルールに乗るか反るか、そのバランスを取るは難しいのかもしれません。

ただ、うまくまわっている組織の中にいると、前例がないことにあえて取り組む必要性を感じにくいんですよね。若手には新しい風を吹かせてほしいっていう意見は、(若いんだからあえて大変なことに取り組むはずだという)性善説に根差した考え方だな、と。私自身、会社員時代はできるだけ残業しないように効率的に働くことを重要視していました。前例があるものを自分なりにより効率化してやろう、と考えていましたね。

― 就職後は約3年間に渡って会社員と小説家を兼業されていましたが、本名とペンネームで、スタンスなど使い分けていた部分はあったのでしょうか?

作家としてペンネームを使っているというだけで、基本的には同一人物です。子供の頃から趣味で書いていた小説を、大人になっても続けているという感覚でしょうか。会社員時代も、やっぱり、出勤前や退勤後に小説を書いている時が一番自分らしい時間だったと思います。とはいえ、会社員だったからこそ、自分自身のバランスも保てていた部分もありました。

あさい・りょう

― バランス、ですか。

個人的な意見ですが、会社員は他人の時計で動いているようなものですよね。その中で、同時に起こる業務をテトリスのようにパーツを組み積み上げて処理していく。そういう作業は得意だと思いますし好きでした。逆に、小説を書いている時は自分の時間で動くことができる。それはプライベートの時間を使って書くという物理的なこともありますが、小説を書いている最中は自分だけの世界の中で自分だけの時間の流れ方を感じられるんです。私に関しては、他人の時間と自分の時間、その2つの時間軸があることでバランスを保てていたと思います。

― とはいえ、2つの時間軸を保つことは大変な部分もあったと思いますが。

精神的には大丈夫でしたが、時間が限られているという意味で、体力的に大変でした。でも私の場合、少しオーバーワークくらいのほうが丁度よくて。そういう意味では、兼業していた時期は精神的には健康、身体的にガタガタ、という感じで......今は専業で執筆活動をしているので、身体的には健康ですが、精神的には何か足りないような気がしてますね。

― ここ最近、約3年間勤めた会社を辞めて作家に専念されましたよね。どういった経緯で、専業に変えようと思ったのですか?

実際は、辞めるかどうかすごく悩んだんです。でも、会社員の時を振り返ってみると、やっぱり会社のことを100%考えられていなかったと思うんです。同期は休日に上司とゴルフへ行ったり、飲みに行ったりと会社内での関係性を築いていましたが、私は通勤前や帰宅後、休日の全てを小説の執筆に当てていましたから。そこへの罪悪感みたいなものはやはり拭い切れませんでした。

― 入社3~4年目くらいの時期は、新卒、から中堅へと社内における自分の立場も変わっていくタイミングですしね。

作家の柴崎友香さんも4年で退職されていますが、ちょうど会社からも信頼を得て仕事を任される時期だったとおっしゃっていましたよね。自分もどんどん後輩ができてきて、社員としての責任感が生まれて。でも同時に、会社にとって重要な存在にはなれないだろうと思っていましたし、このまま居続けてもいつか会社に迷惑を掛けてしまうだろうなと感じていました。辞める直前は、神様から「お前は組織のガンだぞ!」「辞めるのは今だ!」って言われた気がしていましたね。

― そのタイミングで東京を離れて行う仕事の依頼があり、退社を決めたそうですが、自分だけで決断したのですか?

いろいろな人に相談しましたが、その中で「大変な仕事を引き受けるかどうか悩んだときは、もし自分の人生が朝ドラになったら、と考える」と言われたことがあって。確かに、もし自分の人生が朝ドラになった場合、23歳で直木賞を獲ったあと20代後半で東京を離れる、という物語は朝ドラの4週目くらいにありそうだなと(笑)。でもやっぱり、会社に対して罪悪感はありましたよね。。

あさい・りょう

― 実際に退社することを告げた時の反応はどうでしたか?

おそらく、いつか辞めるんじゃないかと思われていたはずなので、それほど驚かれることはなかったです。ほぼ全社員私が小説家であることを知ってましたし、直木賞を受賞した前後は「会社休んで書かなくていいの?」みたいに言われていました(笑)。

― 仮に東京を離れる仕事の依頼が無かったら、どうされていましたか?

おそらく、そのまま会社に残ったと思います。辞めることはものすごく勇気がいることだったので、明確な理由がなければその勇気は出せなかったんじゃないかなと。やっぱり、基本的には社会人と小説家、両方の軸を持っていたほうがいいと思っていますから。

― バランス感覚が、朝井さんにとってはすごく重要というか。

重要ですね。先ほども言いましたが、会社員時代はいろいろなことを同時に処理する、言わば運動神経的な脳を使っていた気がするんです。自分的にも向いていたと思いますし何より気持ち良かった。でも今は退職して数ヶ月が経ちましたが、その部分の脳がぜんぜん使えていない状態。そういう意味では以前よりも余力はあるのですが、それを小説執筆以外にどう使うか悩み中です。東京を離れる仕事が終わったら、早く就職かアルバイトをしたいです。小説の仕事を減らしたいというわけじゃなく、作家とは全く違う仕事をやりたくて。

― ちなみに今現在、どんな仕事に興味がありますか?

人間の衣食住に関わるもので、とにかく身体を使ったり、人に触れる仕事をしたいですね。最近考えているのは介護職。以前、毎日人間の体に触れる職業の方に取材をさせていただいた時に「人の状態が。毛穴の色を見ただけで分かるようになる」と言われて。その話を聞いて、そこはまだ自分が踏み入れたことのない領域だと思いました。宮部みゆきさんも、水道局員の方の取材した時にいろいろな家庭を垣間見ることができて、その経験が今でも活かされているとおっしゃっていました。もっと自分以外の人の体や生活というものに触れたいです。

― 他の職業を経験してみたいというのは、小説を書くためですか?それとも、ひとりの人間として経験したいということなのでしょうか?

どちらもあります。小説を書くため、と答えても、ひとりの人間として経験したい、と答えてもその職業の方々には失礼になってしまうのですが、あらゆる人間の人生を描写する仕事なのに自分一人分の人生しか経験できない、ということにはいつももやもやしています。

 

プロフィール/敬称略

あさい・りょう

1989年生まれ、岐阜県出身。2009年に『桐島、部活やめるってよ』(集英社)で、第22回小説すばる新人賞を受賞し作家デビュー。同作の実写映画は、第36回日本アカデミー賞で、最優秀作品賞を含む3部門で最優秀賞を受賞。その後、『星やどりの声』(角川書店)、『もういちど生まれる』(幻冬舎)、『少女は卒業しない』(集英社)などを発表。2013年には『何者』(新潮社)で、平成生まれでは初となる第148回直木三十五賞を受賞。2014年の『世界地図の下書き』で、第29回坪田譲治文学賞を受賞。その他、『スペードの3』(講談社)、エッセイ集『時をかけるゆとり』(文藝文庫)など。2015年は、『武道館』(文藝春秋)、文庫版『何者』(新潮文庫)を発売。11月に新作を発売予定。

 

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