欧米の投資家も注目する中東・北アフリカ地域「MENA」のスタートアップシーンは今

欧米の投資家も注目する中東・北アフリカ地域「MENA」のスタートアップシーンは今

文:佐藤ゆき

テック系スタートアップに投資をする欧米の投資家が、ここ最近目を向け始めている地域がある。「Middle East(中東)」と「North Africa(北アフリカ)」を合わせた地域であるMENA(ミーナ)だ。同地域のスタートアップシーンへの注目がここ数年で高まっている。日本ではほとんど伝えられることのないMENAのスタートアップシーンの現状について、紹介したい。

MENAのスタートアップハブ都市「ABCD」とは?

米国にとってのシリコンバレー・サンフランシスコ、欧州のロンドン、ベルリンのように、MENA地域においても、スタートアップシーンの中心になっている都市がいくつかある。それが、「ABCD」の4つの都市だ。A:アンマン(ヨルダン)、B:ベイルート(レバノン)、C:カイロ(エジプト)、D:ドバイ(UAE)である。

MENAのスタートアップを中心に投資を行っているドバイのWamdaが発行したレポートによれば、MENAのスタートアップ支援機関の6割がエジプト、ヨルダン、レバノン、UAEに拠点を置いており、その8割が地元の出資者によって立ち上げられている。

つまり、スタートアップ、投資家、起業支援機関、大学などの研究機関といったイノベーションを推進する要素が構成する「スタートアップエコシステム」が、この4都市を中心に築かれつつあるのだ。エコシステムの質が充実し、拡大すればするほど、より多くの起業家や投資家を惹きつけていくという好循環が生まれていく。 実際にMENAのスタートアップエコシステムは、地域外である欧米の投資家の注目を惹きつけるまでに成長しているのだ。

成長中のインターネット・モバイル普及率

では、なぜ「ABCD都市」がスタートアップシーンの中心になりえたのだろうか? まずこの4都市に共通する点として、いずれも大都市であること、そしてインターネットやモバイルの普及率で急速な成長を遂げているという点が挙げられる。

郊外も含めると1800万近くの人口を抱えるエジプトの首都カイロを筆頭に、ドバイ240万人、ベイルート220万人、アンマン115万人といずれも大都市だ。

また、MENA地域の主要国におけるインターネット普及率はここ数年で大きく成長している。世界銀行のデータによれば、2009年から2014年にかけてレバノンはネット普及率が30パーセントから75パーセントと2.5倍、エジプトも20パーセントから35パーセントと大きく伸ばしている。これは国ごとのデータなので、とりわけ大都市に人口やビジネスが集中していることを考えると、「ABCD都市」のインターネット普及率はこの数値よりもさらに高いと考えられるだろう。

また、エジプトに関して言えば、24歳以下の人口が全体の約半分を占め、若い「デジタルネイティブ」が多い点もまた、テックサービスの今後の大きな成長を期待できる理由である。

国別インターネット人口率(出典元:World Bank、世界銀行)
国別インターネット人口率 (出典元:World Bank、世界銀行)

そんな大都市の勢いを示す例が、2014年にエジプトに初進出を遂げた配車アプリのUberだ。Uberは2014年に11月に、まずカイロでサービス提供をスタート。その後順調に予約数を伸ばし、最初の1年で100万件の乗車予約を達成した。

カイロのタハリール広場。終日交通量がとても多い。
カイロのタハリール広場。終日交通量がとても多い。著者撮影。

筆者自身も昨年冬にカイロに滞在した際には、Uberを大いに重宝した。なぜなら、地元のタクシーの料金制度が不透明、タクシードライバーとのトラブルが発生したときの対応が困難、英語ができないドライバーが多い、といった数々の問題をUberは解決してくれるからだ。

すぐに車を呼べる、課金システムが明瞭、ドライバーに問題があったらすぐに報告ができる、行き先をアプリ上で設定できるといったUberのメリットがここまで便利に感じられたことはなかった。何度かアプリでUberを利用したものの、ドライバーの数も多いらしく、毎回数分で車に乗り込めたのも助かった。

カイロのように、都市として大きく成長している一方で、先進国のような法制度・インフラ整備が整っていないというのは、逆にUberのようなテック企業にとっては大きな参入チャンスになる。もちろん、テック業界のビッグプレイヤーで同地域に注目しているのは、Uberだけではない。GoogleやFacebookといった大手テック企業もまたMENAでのプレゼンスを高めようとしている。

昨年12月にカイロで開催されたMENA地域最大のRiseUp Summitでは、こうした米国のビッグプレイヤーたちがMENAで展開していることや同地域に期待していることを話し、多くの聴衆を惹きつけた。GoogleやFacebookは、MENA地域の学生やスモールビジネスの事業者向けにイニシアチブを展開したり、起業家や開発者支援をしたり、政府関係者との良好な関係を築くために模索中だ。

2015年12月にカイロで開催されたスタートアップイベント「RiseUp Summit」にて。左からFacebook、Uber、Googleの地域担当責任者。
2015年12月にカイロで開催されたスタートアップイベント「RiseUp Summit」にて。
左からFacebook、Uber、Googleの地域担当責任者。著者撮影。

エジプトの「スタートアップの父」Ahmed Alfi氏

米国の大手テック企業のMENAへの注目は増しているが、一方で地元の人々が自ら立ち上がって事業をつくっていく形の方が、よりローカルで、より地域的な問題解決のための事業が生まれる可能性が高いとも感じる。

そういう意味では、エジプト人投資家のAhmed Alfi氏がカイロのスタートアップコミュニティ育成に担った役割は非常に大きい。

MENAのスタートアップコミュニティでは知る人ぞ知る、エジプトの「スタートアップの父」とも称されるAhmed Alfi氏。エジプトで幼少期を過ごしたあとアメリカに移住し、90年代以降はベンチャーキャピタリストとして長年テック企業への投資を行ってきた人物だ。

そんな彼が、2012年にカイロの中心地にある廃墟となったアメリカン大学の元キャンパスを目にし、その広大な場所をスタートアップのための起業スペースにすることを思いつく。すぐに大学との交渉がスタートし、ほどなくして10年間のリース契約が結ばれた。今では、このキャンパスには100を超えるスタートアップや企業が入居している。

Alfi氏は同時に、長年の経験を持つメンター、そして投資家として起業を目指す現地の若者との関わりを続け、RiseUp Summitという現地のスタートアップイベントの立ち上げにも関わった。2013年にスタートしたRiseUp Summitは、初年度から2000名の参加者を集め、3度目となった昨年のイベントには4000名強もの参加者がMENA地域全体から集まった。MENA各地のスタートアップコミュニティの横のつながりを促進する場になっている。

2015年12月にカイロの元アメリカン大学キャンパスで開催されたスタートアップイベント「RiseUp Summit」
2015年12月にカイロの元アメリカン大学キャンパスで開催された
スタートアップイベント「RiseUp Summit」。著者撮影。

また、カイロのスタートアップシーンが盛り上がった背景には、政治的な情勢も関係している。RiseUp SummitのオーガナイザーであるAbdelhameed Ahmed Sharara氏は、2011年の反政府デモ「アラブの春」をきっかけに市民の起業意欲が高まったと話す。30年に及んだムバラク政権が崩壊したあと、経済改革がスタートし、市民の間で新しい事業を起こしたいという意欲が高まっていったのだ。

こうした動きがきっかけで、「スタートアップの父」Alfi氏のように世界に離散していたエジプト人たちも母国に集まり、アクセラレータプログラムやインキュベータが立ち上げられていったという。こうした「政府が動くのを待つのではなく、市民自らが立ち上がって社会を変革していくという意識」は強く、実際に「アラブの春」後の不安定な政情の中でも、スタートアップコミュニティが結束し、起業が進められているのは、当事者による自律的な活動によるところも大きい。

欧米投資家による出資例も増加中

起業家を支援する投資家・アクセラレータプログラムの状況も見てみよう。Alfi氏が立ち上げた Flat6Labsはカイロでスタートし、その後ベイルートやサウジアラビアのジッダにも拠点を増やしている。その他、ドバイのAstroLabs、アンマンのOasis500も地元の投資家が主体的に立ち上げたアクセラレータとしては有名だ。

こうした地元の投資家以外に、近年では欧米の投資家の注目も高まっている。米シリコンバレーのベンチャーキャピタル 500 Startups もMENA地域のスタートアップに出資してきた。現地にパートナーを有し、スタートアップのスカウトにも積極的。 2015年冬にはMENA地域のスタートアップへの投資を目的とした3000万ドル(約32億円)規模のファンドを設けることを発表しており、長期的な投資活動を行っていく意気込みだ。

2015年12月「RiseUp Summit」で参加者の質問に答える500 StartupsのファウンダーDave McClure氏。
2015年12月「RiseUp Summit」で参加者の質問に答える
500 StartupsのファウンダーDave McClure氏。著者撮影。

最後に、実際にどのようなスタートアップが資金調達に成功しているのか、いくつかの例を紹介する。

死者の情報をシェアするプラットフォーム「El wafeyat 」

地元の起業家たちによってカイロで立ち上げられた「El wafeyat」は、亡くなった家族や友人のサイトや写真などの情報をシェアして、死者を悼むためのソーシャルプラットフォームだ。死にまつわる慣習をデジタル化することを目的にしている。Flat6Labsを卒業したスタートアップで、500 Startupsから10万ドル(約1200万円)のシードファンディングを受けている。

エジプトの人材採用プラットフォーム「Wuzzuf」

Wuzzuf」はエジプトの人材採用プラットフォーム。2014年に500 Startupsからシードラウンドの出資を得たのち、2015年8月に、エジプト国内では最大規模となるシリーズAでの170万ドル(約2億円)を調達した。このラウンドには、スウェーデンのVostok New Venturesや英国のPiton Capitalが参加しているのも注目。両者にとって、初の中東地域への投資になる。

中東のUber「Careem」

2012年にドバイでスタートした配車アプリの「Careem」は、モロッコやパキスタンも含めたMENA地域の20都市でサービスを展開しており、「中東のUber」として注目されている。昨年11月にはシリーズCラウンドで6000万ドル(約72億円)を調達した。

MENA地域のスタートアップのエグジット(株式公開や大手企業による買収など)の例はまだわずかであり、欧米の投資家による出資も始まったばかりだ。「エグジットの選択肢が少ないなど、まだまだ現地の起業家にとってのチャレンジは大きい」という米国人投資家の声も聞かれる。

だが、成長するインターネット・スマートフォンの普及率、大手テック企業の進出、現地投資家による支援といった後押しを受けながら、現地の起業家の勢いは着々と増している。

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