八百屋と介護ヨガを組み合わせた、アグリマスの独自なビジネス

八百屋と介護ヨガを組み合わせた、アグリマスの独自なビジネス

文:高山裕美子 写真:斎藤隆悟

金融業界の第一線で活躍。その後、過疎村や農業の抱える問題を解決すべく、リヤカーで野菜の引き売りから始めた。そして現在では八百屋と高齢者という、一見絡みにくそうな要素を核としたビジネスを展開。「食」と「健康」をコンセプトに、介護ビジネスに変革を起こした、アグリマス株式会社の代表取締役小瀧歩さんに話を聞いた。

超高齢社会に迎え撃つ、新しい発想のエイジング予防をネットワークを使って全国配信

ー 大学を卒業後、税理士となり、数々のベンチャー企業の支援を手がけてきました。大阪証券取引所が創設した新興市場のナスダック・ジャパンが消滅することになった時に、新しい新興市場であるヘラクレス市場の創設に関わったと聞いています。また、ライブドア再建のために、投資ファンドに会計ソフト会社の弥生を710億円で売却する話をまとめました。まだ、小瀧さんが30代の頃の話ですよね。

若かったですからね。体も丈夫でいくらでも働けましたし、毎晩、徹夜は当たり前でした。誰もが手をつけない問題にチャレンジすることにやりがいを感じていました。例えば、ライブドア事件も外から見ているのと、中に入って建て直すのをどっちを取るか。ライブドアの当時の平松庚三社長に「一緒に火中の栗を拾ってみろ。男だったらそれぐらいやれよ」と声をかけてもらって、一緒にやらせてもらった。その時代、粋だと思える人たちと仕事をさせてもらったのは自分の大きな糧ですね。お金だけじゃなくて、やりがいと問題意識、それと誰もやらないんだったらやってやろうという、どこかそういうところがありましたね。

ー 金融業界で働いていた時に、週末を利用して日本各地の過疎村に通うようになったそうですね。

私の祖母は伊勢の出身なんですね。小さい頃は夏休みになると森で虫を取ったり、川で遊んだり、海で泳いだりという、田舎の原風景の中で遊んだ経験があります。そういった田舎がどんどん寂れていくことに寂しさを感じていました。日本各地の過疎村といわれる場所を調べて、一人で東北や新潟を中心に訪ねました。後継者がいなくて農業が衰退していっている現状がそこにはありましたね。

ー 「週末は過疎村に行こう!」というメルマガを配信して、会員が1500人も集まった。そこから農業ツアーなどを始められました。

2005年に仲間と「ロハスクラブネットワーク」という株式会社を設立しました。2007年には長野県小諸市と提携して廃校をキャンプ場にして、農業体験教室などを主催しました。都会の人と農家の人との交流の場を作るというようなことですね。

ー 野菜の宅配会社である「大地を守る会」の藤田和芳社長から出資を受けたとか?

そうなんです。僕たちみたいな金融業界で働く若者が、農業振興や農村の活性化を手がけるのはおもしろいって、ポーンと500万円出資してくれたんです。お金をどのように使うかは任せるって。そういう風にいわれると、頑張らなきゃって思うし、逃げる訳にはいかないな、と。それで最終的に独立を決めたという経緯があります。

ー その後、どのような展開を経たのでしょうか?

結果的にこの農村交流プロジェクトは3年でクローズしました。サラリーマンが趣味の延長線上で事業を始めてもやっぱり続かないんです。キャンプ場を経営しているので周囲の草刈りなどは僕たちがやらなきゃいけないんですが、そこまで手が回らない。そうなると地域の人から、「なんだ、結局遊びかよ。草刈りとか、ちゃんとやってもらわないと困るんだよ」と怒られるわけです。そうなると、段々、確執が生まれて、みんな行きたくなくなる。仲間のお金を集めて運営していたので、じゃあどうするか。このお金を返して、キャンプ場も売却して一旦、ゼロに戻すしかないな、と。僕の最初の挫折でしたね。ただ、農家の方々が期待してこのプロジェクトに集まってくれていたので、その期待は裏切りたくなかった。残ったお金でアグリマス株式会社を立ち上げ、リヤカーを使った野菜の引き売りをしようと決心したんです。それが2010年のことでした。

小瀧 歩

ー リヤカーで野菜を売るようになって、ぶち当たった問題点とは?

麻布十番、広尾、西麻布を中心に販売を始めたんですが、まったく儲からなかったですね。ワゴン車で長野まで行き、農家さんから野菜を1つ100円で仕入れて、250円で販売するんですけど、まず売れ残る。本当に素晴らしい野菜なんですが、トラック一杯の野菜がさばけない。毎日、赤字でした。今まで金融業界で働いていて、リヤカーを引いて野菜を売る立場になると、周りの自分を見る目が変わるんですよね。離れていった昔の仲間もいました。職業によって周りの態度が極端に変わるのを目の当たりにして、だったらこれを徹底的にやろうと。1年経ってダメだったら、次の手段を考えようと思いました。リヤカーを引いていると、警官に怒られるんです(笑)。なので、途中からは付近のカフェに頭を下げて、軒先で野菜を売らせてもらいましたね。最終的には20店舗のカフェの空きスペースで「東京マルシェ」としてノボリを立てて販売しました。

ー そして、八百屋とヨガスタジオを合体させた店舗をオープンするんですね?

1年間やって、やはり実店舗がないのは厳しいと思ったんですね。いいタイミングで友人から目黒不動尊の商店街にある9坪の店を借りないかと打診された。ただ八百屋をやるだけではお客さんはこない。自分でヨガをやっていたこともあって、高齢者向けのヨガスタジオを併設したらどうだろうと考えたんです。どちらも「より健康になる」がキーワード。入り口3坪で野菜を販売し、奥の5〜6坪がヨガスタジオで、定員4人しか入らないんですけどね(笑)。一方でインストラクターを募集したら100人ほど応募が来ました。「八百屋ヨガ」っていう発想がウケて、取材が殺到しましたね。八百屋に人が来て、ヨガにもお客さんがつきましたが、スタッフの給料が払えるかどうかで稼ぎはギリギリ。9坪の広さだと当然儲けも限界があった。

ー そこで、金融時代からの友人のネットワークが生きた。

友人のツテで農業ファンドを紹介してくれたんです。ファンドの交渉ごとは得意ですので、この八百屋ヨガベンチャーで100店舗に広げるって大ボラを吹いたんです。それで、500万円の融資が受けられた。その500万円でなんとか食いつなぐことができた。

ー ピンチになると助け舟が出てくるんですね。

目の前には何もないじゃないですか。これを見せたらお金は集まらない。可能性を感じさせる大きなものを見せないと、起業家はお金を集められません。自分自身が自信満々なところも含め、「計画通りにビジネスがまわっている」ということを見せないといけない。その後、複数の企業から3000万円出資してもらいました。それで約束通り、店舗を増やしていくんですが、やればやるほど赤字になっていった(笑)。

ー 八百屋とヨガという考え方には自信があったわけですよね?

すごくいい商売です。農家さんも、お客さんも喜んでくれるし、健康になれるし、すべてがOKだった。でも1つだけ間違っていたのはマーケティング戦略でした。出店したのは、目黒不動尊をはじめ、田園調布、西小山、池上、赤坂、柏の葉の住宅街や下町風情の残る場所。まず店舗を作るのに何百万もかかります。しかし小さな店舗だったので、ヨガのお客さんもスタジオが小さいので定員が限られますし、何百円の野菜を売ったところでたかがしれている。ビジネスでやるんだったら、立地のいいところに敷地も充分な広さのあるスタジオを建てて、単価を上げないと儲けは出ません。スーパーや大手スタジオと競争になったら、どんなにいいコンセプトでも勝てない。でも僕は事業計画で、店舗を増やすことを宣言してお金を借りているので、引き下がることができなかったんです。

ー 2013年にオープンした池上店では介護保険が使えるヨガをスタートしましたね?

目黒不動尊のお店のお客さんに、「介護保険は使えないの?」と聞かれたんです。私の母は介護福祉士をやっていて、介護は身近な世界でした。それで、デイサービス提供施設の認可を受けるために、東京都に相談しにいったんです。最初、担当は「八百屋でヨガってなんなんだ?」と非協力的だったんですが、理学療法士を置き、一般向けのヨガとデイサービス仕様のヨガを時間帯で区分けするということで、最終的には何とか認可が下りました。

ー けれど、また経営的にピンチに陥ってしまった。

出資してもらった3000万円が底をつきかけていました。会社のスタッフに、「あともう会社には30万円しかなくて、来月の給料が払えない。倒産するかもしれないけれど、君たちの就職先は責任もって世話をするから」と伝えていました。そこで親しい友人に出資者を紹介してほしいと泣きついたんです。そしたら、九州の調剤薬局チェーンの会社を紹介してくれました。早速、アポイントを取って訪ねたんですけど、オーナーには会えず、役員の一人に会って、出資はあっけなく断られてしまった。けれど、その役員の部下が「あなたの経営理念は素晴らしい」と応援してくれ、オーナーを池上店に連れてきてくれたんです。移動途中の5分間だけ、という約束でした。

ー そこでまた出資してもらえることになったんですか?

オーナーが店に入ってきて、目の前に座って「一体、君はいくら欲しいんだ」と単刀直入に切り出したんです。細かいことはまったく聞かずに。僕は「とりあえず、2000万円あれば当面は何とかなる・・」と伝えたんですが、「そんなんじゃだめだろう。2億円出す」と言ってくれたんですよ。一緒に付いてきた会社幹部の人たち、最初に断った役員もそこにはいたんですが、「それは、まずいですよ。役員会も通さないと」とオロオロしていて、でもそのオーナーは「いいよ、俺が決めたんだから」って。こっちはもう、「本当ですね! 絶対に約束を守ってくださいね!」と必死でした。そのままオーナーは帰りましたが、こっちはわずか10分そこそこの時間で起きたことに半信半疑です。最終的に役員会議で決裁が下りた金額が7000万円でした。僕の中では、今のモデルだと儲からないということも既に分かっていました。新しいビジネスプランを立てないとダメだと。ただ、株主たちはもっと店舗を拡大しろと言ってきて。みるみる7000万円も減っていき、新しい決断を迫られた。このまま「ごめんなさい」といって会社を清算するか。でも自分の性格上、絶対にそうしたくなかった。そうこうするうちに、株主たちから「あと3ヶ月で結果を出せなかったら会社を売る」と宣言されたんです。

ー それはいつのことですか?

去年の年末です。株主がそういってくるのは仕方がないと自分の中では覚悟していました。しかし「まだなんとかなる」と思って立ち上げたのが、介護予防プログラムをインターネットでライブ配信する「健幸TV」でした。今までヨガスタジオ、介護事業をやってきて、一般のヨガはもちろん、椅子で行う体操などの介護予防プログラムは沢山ある。それを日本全国にネット配信して、多くの人が体験できるというものです。自分自身、会社は赤字ではありましたが、それに見合うだけの「東京マルシェ」というブランドを作ってきたという自負はあったんですね。徹底的に健康と運動、食にこだわったブランドです。それが、国に認められ始めるんです。今年の3月に、厚労省と農水省と経産省が合同で「これからの日本を支える介護事業社30」を選出したんですが、そのなかの1社に選ばれた。今までの介護業界は、「予防」を目的としたモデルを作ってこなかった。なぜなら介護が重症化すればするほど、国から補助が出る。それを見込んだのが介護業界のビジネスモデルなんです。国としてはこのままだといつか介護保険が破綻してしまう。「予防」は国が早急に取り組まないとならない分野でもある。

介護事業とヨガ

ー 国から認められて、新しいビジネスプランもできあがって、風向きが変わってきたんですね。

そうなんですが、ここでまた本当にお金がなくなってしまったんです。ただ、株主が言うように、会社を売りに出すしかないとしても、買い手は必ずいるという自信はあった。実は九州の株主である親会社がTOB(株式公開買付)をかけられて、この時期に北海道にあるファーマホールディングという東証一部上場会社の傘下に入ったんです。その会社のキーマンである専務が「東京マルシェ」のモデルに目を付けてくれた。それで私に会いにきて、「この件は自分にまかせて欲しい」と言ってきたんです。私は、「健幸TV」をグループの全国400店舗の調剤薬局で導入してくれないかと必死にお願いしました。その時、10社に散らばっていた株主を1本化することを条件に出されたんです。資本政策をすべて整理して、10社の株を買い集め、新しい株主は東証一部上場のファーマホールディングと私だけの会社になりました。そのことで、非常にスピーディーな意思決定と事業連携が可能になったんです。こういったM&Aの知識は、昔、金融業界で培ったことが生きましたね。

ー それで、400店舗の薬局で「健幸TV」の導入が決まったんですね。

はい。今年の4月からスタートして、会社も一気に黒字転換を果たしました。プログラムの配信のみならず僕やスタッフが薬局に行って、一緒にプロモーションや予防体操をしたりもしています。調剤薬局も、これからは地域のお客さまに選んでもらうための付加価値をつけていかないと厳しい時代です。また、セキスイハイムさんの展開している介護施設やDHCさんの展開するフィットネススタジオにも配信が決まりました。今、10社程度と契約しています。行政では大田区からも業務委託契約をいただき、地域の高齢者が集まる区の施設にに配信しています。

ー 今後はこのモデルを販売することが主流になってくる感じでしょうか?

そうです。個人でも月額1,620円で配信を受けることはできますが、会員をもたれている法人企業との契約でしたら、一人月額888円で受けられる。認知症予防、椅子でできるヨガ、ストレッチ、バレエ、骨盤調整、瞑想ヨガ、太極拳や、医師による健康セミナー、料理など、全部で160プログラムほどあります。今後、シニア婚活の番組も制作予定です。地方にいる高齢者が、家で体にいい体操講座を受けたり、医師のセミナーを聞いたりできる。家にいながらにして高齢者が元気になるシステムです。離れて暮らす親御さんへのプレゼントや、もちろん、家族全員で受けることもできます。

ー 八百屋と介護ヨガというスタイルは今後どのようなカタチになっていきますか?

池上店以外のお店は全てクローズして、リアル店舗は池上店のみで展開します。今までと変わらず、午前中はデイサービスの椅子ヨガ、午後は一般の方を対象にしたフィットネススタジオにしています。野菜は全国のこだわりの農家さんから採れたてのものを送ってもらい、デイサービスのランチで食べてもらっています。みなさん、「おいしい!」と完食なさいますね。野菜は午後のクラスの一般の方たちにも販売しています。

東京マルシェ 野菜

ー 今後取り組んでいきたいことを教えてください。

「予防」を目的とした店舗展開の介護ビジネスはなかなか利益が出ないということを、身をもって体験しましたが、「健幸TV」を主体に日本で一番高収益なデイサービスにしたいと思っています。介護業界は給料が安くて、人材不足だという問題を解決していかないと、未来はありませんから。また、認知症対策も含め、よりよい介護とは何か、追求していきたいと思っています。人間として、最後まで楽しく生きるために何ができるか。要介護になったからといって、あきらめない。「健幸TV」(ネット)と調剤薬局店舗(リアル)の連携により、もっといろんな可能性が広がると考えています。

東京マルシェ 小瀧 歩

プロフィール/敬称略

小瀧 歩(こたき・あゆむ)

1967年生まれ。早稲田大学商学部、亜細亜大学院法学研究科卒業。大学卒業後は、税理士、株式公開コンサルタントとして活躍。2003年はナスダック・ジャパン撤退報道を受けて、新興市場ヘラクレスの立上げに参画。2007年は弥生株式会社に入社し、弥生株式会社自体のM&Aプロジェクトの実務責任者、710億円のLBOを実現。2008年3月に弥生を退社。2010年 4月末、農業生産者、地域支援を事業目的とした、株式会社ロハスクラブネットワーク代表取締役として独立(現アグリマス株式会社)。2013年、福岡トータルメディカルサービス㈱(ジャスダック上場)より出資を受けてグループの傘下に。2016年に調剤薬局グループのファーマホールディング(東証一部上場)の子会社となる。

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