【後編】バルミューダ 寺尾玄が語る、変化とイノベーションを生み出す思考法

【後編】バルミューダ 寺尾玄が語る、変化とイノベーションを生み出す思考法

文:小山和之 写真:佐坂和也

3万円の扇風機、2万円のトースターなど、高価格でありながら高性能・高品質な製品と共に躍進を続けるバルミューダ。同社代表取締役社長の寺尾玄氏が語る、イノベーションを生み出す思考法とは。

2010年に発売された3万円の高級扇風機「GreenFan」を皮切りに、加湿器や空気清浄機、ヒーターなど、さまざまな革新的プロダクトを生み出すバルミューダ。昨年5月に発売された2万円のトースター「BALMUDA The Toaster」も一時品切れになるほどの人気を博している。

一貫してイノベイティブなもの作りを続けているようにみえる同社だが、当初は良いものをつくる企業として立ち上がり、「GreenFan」からは必要とされるものをつくる企業、そして「BALMUDA The Toaster」では体験をつくる企業へと変化を続けている。

前編ではアイデアの源泉を探った本連載。後編ではイノベーションの生み出し方。そして変化を続ける理由を紐解く。

本当に必要とされているのは体験だった

ー 躍進の足がかりとなった「GreenFan」から、現在の「BALMUDA The Toaster」までの間にはどのような変化がありましたか。

昨年5月に発売した「BALMUDA The Toaster」からまた新たなフェーズに入ったと思います。創業時はとにかく良いものを。「GreenFan」では人々に必要とされるものをつくりました。「GreenFan」の後、必要とされると考え加湿器や空気清浄器などさまざまな製品を発売しました。

しかし想定通りには売れず、在庫が山になって正直ヤバい時期があったんです。在庫の山を見ながら、「これは何かが違うかもしれない」と思いはじめました。もしかしたら「もの」を売ろうとしていても、売れないのではないかと考えました。

この気づきを深堀りして気づいたのは、先進国の人たちはほとんど「もの」を買っていないということです。では、何を買っているのか。人々は「体験」を買っているんです。

寺尾玄

例えば靴下。靴下を買う理由は靴下が欲しいからではありません。素足で靴を履く気持ち悪さを排除するために靴下を買って履いているのです。要は「気持ち悪くないという体験」を買っていると言えるんです。また、靴下のような気持ち悪さや不便さを解消するためのものから、一歩先をいった道具もあります。

例えば、私は一昨年1冊のレシピ本を買いました。本には有名洋食屋さんのハンバーグのレシピが書いてあります。でも、そのハンバーグを食べたければ洋食屋さんに行けばいい。私がなぜ買ったかというと、週末に家でハンバーグをつくって、子供たちが大喜びする姿を想像したからです。

いま多くの「もの」は、使っている自分の姿や、どのように生活が変わり、良いことが起こるかといった姿が想像できなければ売れません。なぜならば、生存のために必要なものはすでに持っているからです。

この気づきから、私たちは「ものより体験を売る」という考え方にシフトしました。今回の「BALMUDA The Toaster」では企画からコミュニケーションにいたるまで体験を中心に考えています。ウェブサイトではトップページにトースターの写真は一切載せず、トーストの写真を載せています。

「世界一美味しいトーストを食べたい」ということを軸にコミュニケーションをしているからです。家にすでにトースターがあったとしても、世界一のトーストには興味がある。これがコミュニケーションの鍵なんです。

ー 良いものから、必要とされるもの、体験へと変化してきたなかで、この変化は何故起こると考えますか。

変化すべきタイミングが来ているからだと思います。自分たちの規模や相手をするお客さんの数が変われば、当然同じやり方では通用しなくなります。例えば社員10人の扇風機屋として大儲けするだけなら問題なくできていたと思います。ですが我々は、売上高1億円になったら2億円、2億円になったら4億円と、常に大きくなり、より多くの人々へ影響を与えることを目指しています。だから変化が求められているのだと思います。

BALMUDA The Toaster

世界中の人が欲しいと思う製品とは

ー どんどん規模を大きくしていくというお話がありましたが、やはり多くの人に影響を与えたいという思いがあるのでしょうか。

あります。創業時からの思いでもあります。私はバルミューダをやる前音楽をやっていたのですが、世界中に影響を与えるようなロックスターになりたいと思っていました。

ワールドクラスのロックスターは本当にすごいんですよ。例えば私の好きなシンガーソングライターにブルース・スプリングスティーンという人がいます。彼の一番売れたアルバム『Born in the U.S.A.』は全世界で2000万枚以上売れました。アルバムだけで2000万枚ですから、それを聴いた人は何人いるのか。それで勇気づけられた人は果たして何人いるのかと考えると、彼が形なり音なりにしたものの影響力はとてつもなく広く深い。彼のようなことをやりたいと私は思っています。

ー バルミューダは既に海外展開もされていますが、今後さらに拡大される予定ですか。

正直現状はまだ早いと思っています。海外展開をはじめたのは3、4年ぐらい前で、いまは海外の子会社や代理店を経由して販売していますが、現状はまだまだです。いまの我々の商品は体験をベースに考えており、価格も高い。高いものはコミュニケーションを行わなければ売れません。販路をつくればいいという話ではなく、しっかりとしたマーケティング活動が必要になってきます。

また、世界マーケットで本当に勝負するためには、世界中で売れるものを企画する必要があります。いまの我々の商品はまだ、そこに届いてないと私はみています。トースターで、ものより体験という手法を見つけたので、ここ数年はキッチン周りの道具をシリーズ化し発表していきます。第二弾として先日、小さくて美しいデザインの電気ケトル『BALMUDA The Pot』を発表しました。このシリーズだけでも相当伸びるとみていますが、その先の商品も開発が始まっています。それはロボット系です。

ロボティクスが人と関連する時代は確実にやってきます。ただ、我々がつくるのはロボット掃除機のような既存のものではありません。ものより体験ですから。おそらく、世の中で見たことがない道具です。世界というマーケットを本格的に見据えるのは、その商品からだと考えています。

寺尾玄

イノベーションを生みだす力

ー 時代に合わせ次々と変化を続けるバルミューダですが、革新的な製品やイノベーションを生みだし続けるために、寺尾さんが考える必要な要素とは何でしょうか。

イノベーションには2つの考え方が必要だと思っています。1つは音楽的な考え方、もう1つは科学的な考え方です。音楽的な考え方とは、夢を見る力です。どんなに考えられる人でも、夢を見たり目標設定をしなかったら、なにも起こせません。夢を見る力こそが、クリエイティブの源泉だと私は考えています。

対して科学的な考え方は、いわゆる論理的思考力です。ものづくりをしていると予想外の不具合や不良、設計と異なる問題が発生します。その原因は工場で部品が流れていく工程をずっと横で見ていれば大体の場合見つけることができる。ものづくりと同様に、世の中に起こる全ての結果・現象には原因があるんです。「なにが原因でこれが起こるのか」という問いをつづけることでこの力は身につくと思います。

ー この2つの考え方はどのようなイノベーションに対してどのような役割を果たすのでしょうか。

理由なんて関係ない、やりたい!やるんだ!やれる!という音楽的な考え方でまず夢を見ます。ただ、どんなに大きな夢を見ても、無理だと思ってしまったら始められません。夢を見て本当にいけると信じられれば、どんな人もやり始められる。ですから、夢を信じる力が必要になります。

ここで科学的な考え方が重要になってきます。科学的に考えてみると、無理だと思える理由がたくさん思い浮かぶと思います。でも私たちは夢を実現するための全ての方法を思いつけているのかと考えると、思いつけているとは言いきれないんです。つまり、実現可能な方法があるかもしれない。不可能だと証明することが不可能だということになるんです。

科学的に考え抜くと、どんな夢も実現できる可能性がある、やってみるべきという結論しか出ないんですよ。私がこういうふうに考えていなかったら、1人でメーカーをやったり、借金しかないのに3万円の扇風機をつくったり、2万円のトースターを売ると思いますか? 自分でも馬鹿だと思います。でも可能性があったから実現できた。

ですから、音楽的な考え方でまず大きな夢を見る。それを科学的な考え方で信じる。この2つを持てれば、まだ見ぬ未来と可能性を信じて前に進めるんです。

プロフィール/敬称略

寺尾玄(てらお・げん)

1973年生まれ。17歳の時、高校を中退。スペイン、イタリア、モロッコなど、地中海沿いを放浪の旅をする。帰国後、音楽活動を開始。大手レーベルとの契約、またその破棄などの経験を経て、バンド活動に専念。2001年、バンド解散後、もの作りの道を志す。独学と工場への飛び込みにより、設計、製造を習得。2003年、有限会社バルミューダデザイン設立(2011年4月、バルミューダ株式会社へ社名変更)。同社代表取締役。

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