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高須クリニック 高須克弥院長流、質を高める「人生100年時代」の生き方とは。

アイデア , ビジネススキル , 働き方 , 多様性 , 生産性

文:土屋智弘 写真:斉藤有美

昨年、政府主導の一億総活躍社会実現へ向けた「人生100年時代構想推進室」 が発足。本格的な「人生100年時代」を我々はどう生きるべきか。

2016年2月の『LIFE SHIFT』(リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット著/東洋経済新報社)出版以来、多くの人たちが人生100年時代というキーワードを意識するようになった。一方で「そうは言っても・・・」と、戸惑いを隠せない人も多いだろう。そんな人たちのために、高須クリニックの高須克弥院長に、100年時代を楽しく生きる上でのヒントを伺った。

医学の進歩で「100年時代」が現実的にみえてきた

― 昨年の流行語にもノミネートされた「人生100年時代」ですが高須院長は100年という時間をどうお考えですか。

僕は今年で73歳になりました。思い返すとあっと言う間ですね。若い人は100年生きると言うと、まだまだ先が長いなあと思うでしょう。しかしそうではなく、人生の時間は相乗的に速く進んで行くものなんです。例えば2歳児にとっては1年が人生の半分つまり50%ですよね、10歳ならば5年が人生の50%、100歳では50年が人生の50%ですよね。年齢を重ねていくと、それに比例するように人生の時間は速くなって行きます。つまり100歳では2歳の50倍の速さで時間が進む感じです。物理的な絶対時間がある一方で、人それぞれが感じる相対的な時間があると言うことですね。

いたずらに長く100年生きることが良いというのではなく、短くとも充実した人生を送る人もたくさんいます。歴史的にみますと、華々しく活躍して若くして亡くなった幕末の志士や、50年弱しか生きなかった織田信長ですが、彼らの人生はかなり濃かったと思います。

このように人が感じる相対的な時間でみると「人生100年」と言われている時代は何も現代に始まったことではありません。昔の川柳などでも100歳になる前に死神が来たら「まだ早い」と言え、というものが残っています。100というのは、きりのいい数字なので皆が100歳まで生きるのを長寿の理想として掲げていたのですよね。でも今の時代は、それが絶対的な時間として現実味を帯びてきましたよね。国内女性の平均寿命は、87歳まで上がってきましたので、近い将来100歳まで行けちゃうと思います。

― 医学的にみて寿命が上がってきた理由はなんでしょうか。

一番大きな要因は、死因の解明が進んだことです。医学の進歩により、ほとんどの方がガンか心疾患、血管性の疾患で亡くなることが分かってきました。しかし早期発見をすれば進行を食い止められますし、治癒もできるようになりました。僕のゴルフや麻雀仲間は80代の方が多いのですが、ガンから生還した人は多いですよ。麻雀中はガンの治療話で盛り上がっていますし、ゴルフのラウンド後にお風呂に入るときなど「俺の手術痕の方が大きいぞ」と自慢し合っていますよ(笑)。実際、身近な人たちにそうした事例が増えてくると、自分ももっと長生きしてやるぞという意欲にもつながりますよね。

― 病気以外のことで周囲に変化したことはありますか。

余生は海外で過ごそうと言ってリタイア後に、シンガポールやハワイ・スイスなどで暮らした人たちもいましたが、のきなみ日本に帰ってきています。若い頃はステイタスだと思い、海外での贅沢な生活に憧れたのでしょうが、やはり同じ価値観で話せる友達がいなければ面白くないようです。仲間がいるところで幸せに余生を過ごしたいという風に価値観が変わったのだと思います。

自分の才能を生かすことで「quality of life」は上がる

― 高須院長はご自身の手掛ける美容医療を「幸福医学」として掲げていらっしゃいますが、どのようなお考えをお持ちなのですか。

病気の治療をする医療と、病気の予防をする医療、その二つが発達してきているので100歳まで生きることが現実味を帯びてきています。そうなるとこれまで以上に余生と呼ばれる時間が増え、私が行っている「美容医療」など若さや美貌をできるだけ保ち余生の充実を図る第三の医療も大切になると思います。

医学では「幸福医学」とも呼ばれています。もっと広義に捉えると「quality of life」に関わりますが、それは社会的にみた生活や人生の質を高めることを意味します。年を取っても、若々しく、頭がしっかりして、自分の自由意志で生きられるのならば楽しいですよね。それをサポートするのが「幸福医学」です。若い方に病気の話をすると、自分はまだまだ先のことと思うかもしれませんが、様々なコンプレックスや悩みを抱えている若い人も多いです。ですから「quality of life」という意味では、若い人にも関わって来ますよね。

― 高須院長のようにいつまでも現役で活躍されるのも「quality of life」を高めるには重要ですか。

学生時代の懐かしい仲間に会いに、同窓会へ行く機会もありますが、もう70代でしょ、仲間の多くは社会から引退しています。そんな中で元気なのは現役で働いている人、自分で事業を起こして今も目を光らせているような人たちですよね。一方、大会社の元社長、大学の元偉い人などは、在任当時は元気いっぱいで威張っているような存在でしたが、引退して役職も仕事も失うと、尾羽うち枯らしたようにしょんぼりしていますよね。しかも昔は良かったと、過去を誇るような話ばかりしています。過去を美事と捉えて話を始めたら、注意が必要です。

僕は良いことも、悪いことも、過去のことは引きずらないで、いつでも前向きに生きることにしています。そのためにも、やはり現役で働くのは重要なことだと思いますし、しかも自分の意思で仕事を動かせる状態にいることが大切ですよね。有名なしっかりした会社ほど定年がきっちりと決まっていて、仕事の場を奪ってしまうので、社会がまだ追いついていない状況があるとは思いますが。

― 自分の意思で仕事を動かすにはどういった準備が必要でしょうか。

それには肩書きや組織に縛られることなく、自分の才能で仕事をすることです。自分で価値を生み出せる人になることと言っても良いでしょう。その才能をうまく開花させられると、仕事は自ずと自分で動かすようになります。僕も若い頃は、人ができない、知らない手術を武器にこの美容整形の業界に打って出ました。僕に伝授してくれた先生と僕だけ、世界中でたった2人だけしか知らない手術というのもありました。当然患者さんはワンサカ来ましたよ。

時代は目まぐるしく動いていますよね。これからはいい学校を出て、いい会社に入って、というモデルが崩れると思っています。今の時代に隆盛をきわめているからと言って、将来はわからない。逆に怪しいと思われているやつが、次世代の覇者になることもあります。安定していると思われているものが、実は一番危ないものです。チャレンジしようとする人たちにとっては、何になるのかわからない卵が実は大化けする、夢を与える素晴らしいものなのです。

よく人は努力すれば必ず夢が叶うと言いますが、それは嘘です。ロバはロバ、サラブレッドはサラブレッドの役割があり、それを逸脱したところでは実力を発揮できません。サラブレッドに生まれたならば競走馬になるのが一番良いですし、ロバだったら荷物運びに一番適している。ロバにどんないい馬の調教師がついても、サラブレッドのような活躍はできません。逆に、サラブレッドをどんなに訓練しても、ロバのように山道で荷物を運搬するようなことはできないでしょう。才能や可能性というものは、非常に限定的で、特化されたものだと思っています。見込みがないのに、一生懸命努力しても、自分に適した場所でなかったら、その力を発揮することなく終わってしまいます。

また、才能と活躍の場所が見つかっても、やるべき時にやるべきことをやらないとその才能は花開きません。若いときにしか咲かない花もあれば、年を取り、円熟する才能もあるでしょう。

素晴らしい発想というのは四角四面に考えても出てこない

― 自分の才能が活きる道とはどうやって見つけるものなのでしょうか。

目の前の小さな儲けよりも、面白いものに自分を投資するということです。これからの時代は益々専門性が大事になってくると思います。自分に興味のあるものこそが、自分の才能のある方向です。学校の授業が退屈で、例えば将棋に興味があるのだとしたら、徹底的に将棋をやってみるものです。そしたら天才棋士になるかもしれません。親が、そんな将棋ばかりしないで、勉強しなさいと言うのは間違っています。その子がどんな才能を秘めているのか、それを見つけ出してやるのが、身近にいる先輩や親の役割だと思います。

日本の大企業の創業者をみても、ちゃんと勉強をして点数が良かった人って少ないと思うのです。賢い人は大きな金儲けはできないですよ。賢い人はみんなの行こうとする方に行き、安全策を取りながら、そこで何とかしようとする。だけど、みんながいないところに宝の山はあるのです。昔から言いますよね、「人の行く裏に道あり花の山」と。僕が美容整形の道に進んだのも当時としては、大逆張りでした。でも自分が面白いと思ったから進んだ道で、お金を稼ぐこと自体を目的にしたわけではないです。そして後から人々の関心や時代が向かって来て、結果的にお金がついて来たのです。

― 逆張りの状況で自分のやりたいことを貫くにはどうしたらいいでしょうか。

打つなら、一目散に真っ直ぐに打つ、ということですかね。ゴルフのパターでも年を取ると大抵みんな下手くそになります。逆に子どもにやらせると、面白いように入る。その差は、迷いがないことです。上手い人は傾斜や、芝目を読んで、オーバーも心配してギリギリを狙おうと、保険をいっぱいかけようとします。そうすると絶対入りません。入るのは、迷わずに真っ直ぐに思い切ってやるヤツです。

僕は仕事でも何でも、目的に向かって即断即決します。その場にその人がいなかったら、即電話やSNSで連絡を取ります。Twitterで僕のフォロワーが新CMのアイデアを提供してくれたときがありました。僕は面白いと思ってから、各所に連絡を取り、15分くらいのうちに出演の話から全部をまとめてしまいました。あまりに話が早いので、Twitterの中では、面白がって時間を計っている人もいるくらいでした。

関わる人に喜んでもらって「quality of life」はさらに高まる

かつて、美容整形のテレビCMにはテレビ局の自主規制がありまして、整形外科医が出ちゃいけなかったのです。でも出てはいけないという法律はありませんでした。その慣習を打破しようと思い計画したのが僕でした。CMも入っていてそのまま放映できるいわゆる"完パケ"というテレビ番組を作り、その中に僕本人が登場する高須クリニックのCMも入れたんです。この番組を深夜枠から流していき、既成事実をつくった上でゴールデンにも進出して行きました。一度、壁を突破すると、どんどん崩れていきますよね。僕が突破した後に、みんなまねしてCMを作り始めましたね。

僕は子どものときから、人を喜ばすことが大好きでした。自分自身が楽しみながら、周囲の人々をあっと言わせてやろうという思いがあります。今はがんばっている人・困っている人・とくに可能性のある子どもを助けて喜んでもらえることが一番です。

若い人たちを大事にしないで自分のことばかり考える同世代も多いですが、僕は若い人たちを応援するためにお金やパワーを使いたいと思っています。「異能vation」と言って総務省が旗をふり、ICT(情報通信技術)分野への挑戦者を発掘するプロジェクトがあるのですが、そちらも全力で応援しています。

型破りな人たちをどんどん応援していきたい。若い子には本当にびっくりする位の才能と発想力がありますから。僕らの世代が若い子を応援して、その彼らが将来、次世代の子を応援するようなサイクルが生まれれば、未来も良い方向へと変わって行きますよね。

― 高須院長はやはり人を喜ばせること、他人との関わりを大切に考えていらっしゃるのでしょうか。

東日本大震災の前年に、女房と母親、愛犬と身近な人たちが相次いで亡くなりました。もう、自分を褒めてくれる人は誰もいないし、つまらない。そしたら自分の生きる意欲もなくなって来て、こうなったら僕も生前に葬られてしまおうと思い生前葬の準備を進めていたのです。そしたら、あの震災が起こり、たくさんの方が亡くなってしまった。行方不明や埋葬もできていない方々が大勢いる中で、生前葬なんて悪ふざけに見えてしまうから、やめました。そして東北へとボランティアに行き、あることに気が付いたのです。僕が医者として「お身体の具合はどうですか?」といった医療的なことをするよりも、亡くなった方のためにお経を唱えてあげた方が喜ぶのです。生きている人たちは自分たちもダメージを受けているのに、それよりも亡くなった人のことを気にかけているんです。それで僕は得度して、正式な僧侶になりました。読経はもともと亡くなった方を喜ばせるものです。僕は人を喜ばせることが大好きだから、亡くなった方のことも喜ばせようと思い始めました。

今は自分の人生のカーテンコールだと思っています。実った果実を刈り取って、食べている時期で、一番豊かなときです。そして横にはたいてい、パートナーであるサイバラがいて、一緒に楽しんでくれています。

― 高須院長と西原さんを描いた『ダーリン』シリーズ(西原理恵子著/小学館刊)は多くの共感を呼んでいます。親しいパートナーと楽しくやっていくのにどのようなことを心掛けていらっしゃいますか。

実は僕とサイバラは、全く合わないのです。カブトムシと牛くらいに違う(笑)。カブトムシとクワガタぐらいだったら、喧嘩になりますよね。でも全然違うから、大丈夫なんです。それでも僕は彼女の漫画家としての才能を羨ましく思います。同じ時間を過ごして、同じものを見ていたはずなのに、それが後日サイバラの作品になってくると、本当に自分では考えつかないようなものになっていて、笑わせてくれるし、ときにジーンとさせてくれるのです。

世の中には色々な人がいますよね。自分とは価値観や思想も異なる人たちがたくさんいます。それでも、交流して行く中でお互いに相手の才能など認めるところがあれば一緒に楽しく過ごすことができると思います。僕とサイバラもそういう関係だと思うし、そうしたパートナーがいることは幸せなことだと実感しています。

プロフィール/敬称略

高須克弥(たかす・かつや)

高須クリニック院長。
昭和20(1945)年愛知県生まれ。昭和大学医学部卒業。昭和大学大学院医学研究科博士課程修了。医学博士。医療法人社団福祉会高須病院理事長。
江戸時代から続く医師の家系に生まれ、大学院在学中から海外へ研修に行き、最新の美容外科技術を学ぶ。「脂肪吸引手術」を日本に紹介し普及させた。人脈は芸能界、財界、政界と幅広い。金色有功章、紺綬褒章を受章。
著書に『その健康法では「早死」にする!』(扶桑社)、『行ったり来たり僕の札束』(小学館)、『ダーリンは71歳・高須帝国より愛をこめて』(西原理恵子氏との共著、小学館)等多数

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