アーティストと専門家、そして高校生がコラボして表現した「人生100年時代」

アーティストと専門家、そして高校生がコラボして表現した「人生100年時代」

文:土屋 智弘 写真:木暮 哲也

昨年、政府主導の一億総活躍社会実現へ向けた「人生100年時代構想推進室」が発足した。本格的な「人生100年時代」を我々はどう生きるべきか。

2016年2月の『LIFE SHIFT』(リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット著/東洋経済新報社)出版以来、多くの人たちが「人生100年時代」というキーワードを意識するようになった。一方で「そうは言っても...」と、戸惑いを隠せない人も多いだろう。今回は2018年3月26日から4月1日にかけて渋谷ヒカリエで開催されたアート展覧会 『公益財団法人 江副記念財団 45周年記念事業 びゅー VIEW ビュー展』に参加したアーティスト、専門家、そして3人のキュレーター高校生がコラボして考えた「人生100年時代」についてお届けする。
(写真は左から成田さん、三枝さん、緒方さん、関さん)

展示テーマ「人生100年時代」というキーワードを聞いて漠然と考えたこと

『びゅー VIEW ビュー展』のテーマとなったのは「人生100年時代」「国際社会」「心理学」の3つ。いずれも一般の高校生に事前調査をおこない、関心の高かった学術分野の中から選ばれたものだ。それぞれのテーマをもとに、社会の仕組みと課題を熟知した専門家の思想を、全国各地から選ばれたキュレーター高校生が対話と思考を重ねてアートコンセプトへと昇華。アーティストが独自の発想と技法で作品を創るという工程を通じ「未来の社会」への問いかけを展示している。

本展覧会は公益財団法人 江副記念財団の45周年記念事業として企画され、専門家とアーティストは財団の元奨学生から決定された。

今回は3つのテーマのうち「人生100年時代」の企画を担当したキュレーター高校生とアーティストの成田久さん(通称キューさん)、専門家の関芙佐子さん(通称ちゃこさん)をお招きし、『びゅー VIEW ビュー展』を通して考えた人生100年時代についてディスカッションしていった。

― 作品の企画テーマが「人生100年時代」だと聞いた時、初めにどんな印象を抱きましたか。

三枝響子(以下・三枝) 私は、100年という長い時間を生きられるのは単純にいいことだなと思いました。やりたいことはたくさんあるので、時間ができて、いっぱいやれるのは、素晴らしいことだなと。

緒方希(以下・緒方) 僕はその言葉に接したときに「なっがい!」と思いました。今は16歳の青春期で、やたら色々なことが起きているのですが、これが100年続いたらバテてしまい大変だろうなと、マイナスのイメージを持ちました。

関芙佐子(以下・ちゃこ) 高校生への事前調査をもとにテーマタイトルを考えたとき、日本はまだ「人生90年時代」で、リンダ・グラットンの『LIFE SHIFT』がいう「人生100年時代」はちょっと盛りすぎかなとも悩みました。とはいえ「人生100年時代」を迎えることは確かで。その意味を多くの人に知ってもらいたい、高校生に考えて欲しい、という思いのもと、展覧会テーマを「人生100年時代」としました。その後、首相官邸の主導で「人生100年時代構想会議」が開かれたりして考え方が広まってきて、この展覧会をばっちりのタイミングで開けたと嬉しく思っています。

作品づくりの前に「人生100年時代」について知り・考え・議論

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― 学術分野からこのテーマが定まったと伺いましたが、学術界ではこの「人生100年時代」という概念はどのようにとらえられているのですか?

ちゃこ 近いうちに「人生100年時代」を迎えることは、研究者のなかでは以前から論じられていました。『LIFE SHIFT』は、学界で課題となっていた議論を、とてもうまく一般的に提示したところに意義があるのではないかと思います。人生100年時代を乗り切るためには、多くの人がこの現実を認識することが大切ですが、なかなかこれが一般的に広まらないという点が課題でした。専門家が論文で語っても、なかなか社会に伝わらない。そこで、アートの力で社会問題を社会に伝えようという、今回の展覧会企画に関わろうと思いました。

― テーマが決まってからこのプロジェクトをどのように進めていったのか聞かせてください。

三枝 プロジェクトは、「人生100年時代」が到来する統計的なデータの提示など、ちゃこ先生のレクチャーからスタートしました。そして私は情報を集めようと『LIFE SHIFT』を精読していきました。

緒方 僕は数字からリアリティーを知るために、インターネットで統計データなどを調べたりしました。その結果、本当にそうなる!という確信を持ち、あらためて、すごいなと思っていました。

ちゃこ 知ってもらったら、次のステップは議論すること。「人生100年時代」の全体像をレクチャーし、キュレーター高校生たちとその中から何を展示のテーマにするのかを話し合っていきました。年金、介護、医療、就労、世代間公平をめぐる課題など、人生100年時代の大変な側面も話しました。

緒方 先ほどお話ししたとおり、最初はマイナスな面ばかりに目が行きました。ただ、みんなで議論していく中で途中から考えが変わり、「人生100年時代」をポジティブに考えようと思ったのです。家族や自分の周りの人がずっと長く生きている様子を想像してみました。他人や周囲のことを考えるとプラスに思えることが多く、まずはその面を伝えるべきだという結論になりました。

三枝 私は最初、単純にポジティブに捉えていたのですが、知ったり考えたりするうちに「人生100年時代」というテーマはすごく大きいなと思うようになりました。介護や年金の話など一つひとつ大人の方が悩みながら解決策を考えている。作品のテーマを決めるときも、高校生という立場の自分たちが何を言えるのだろうと考え込むときもありました。でもきっと、人生を明るく捉えてやりたいことをたくさん思い浮かべて生きていくと楽しい人生になるし、暗く考えていると暗い人生になってしまう。だったら私は明るく考えようと。そういう人が増えればいいことだし、社会も明るくなるのかなと思いました。

プレゼンのキーワードは「時間はプレゼント」

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2017年5月の東京でのミーティング風景。中央の画面越しに写っているのはオンラインで東北から参加している武田真由子さん。

― キュレーター高校生からアーティストの成田久さんへ今回のテーマをどのように伝えたのでしょうか?

緒方 3人でキューさんへのプレゼンをおこなったんです。そのときに出したキーワードが、もう一人のキュレーター高校生である武田さんが放った言葉「時間はプレゼント」というものでした。僕はその言葉を初めて聴いたとき、衝撃を受けました。その言葉や考え方に込められたキラキラした感じが見えるなと。

ちゃこ 「時間はプレゼント」というのは『LIFE SHIFT』に込められたメッセージでもあります。

三枝 そのとき、武田さんはまだ『LIFE SHIFT』を読んでいなかったのです。それでもリンクしたような発言が自然に出たのはすごいなと思いました。

緒方 導かれるように「結局ここだよね」というところが固まって、伝えるメッセージもできあがっていきました。

成田久(以下・キュー) 最後は高校生の3人がどうまとめるのか、どんなオーダーがくるのかワクワクドキドキでした。今回のプロジェクトで最初にちゃこさんに会ってお話をしたときから、高校生の彼らとは違った目線で高齢者のことなどを考えるモードになっていました。そして彼らから「時間はプレゼント」という言葉がきて、自分が考えていたものに火が着いたかのようにテンションがウワーッと上がり、この言葉はどこかに表現したいなと強く思いました。

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ちゃこ 作品になる過程は結構ドキドキでした。「どんな作品にするの?」と途中で聞くと、キューちゃんが「これどう?」って言ってきて、「やだ〜」みたいなやり取りもありました。たとえば、65歳の人たちにTシャツを着てもらい「Young!」みたいなのはどうかと聞かれて、65歳が人生100年時代の高齢者というのはちょっと違うと思うし、ヤングとかオールドとかじゃないと。でも、専門家がアート作品にかかわるのは、こういうところに意味があるのだろうと、プロのアーティストであるキューちゃんに対してなのにあれこれ意見を言いました(笑)。

作品づくりを通じて見えてきた「リアルな100歳」

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来場者へ展示の解説をおこなう三枝さん

― 実際に作品ができあがりました。100歳の方が作品のドレスを着用した写真も印象的ですね。着想から作品へと仕上げていった過程を教えていただけますか?

キュー 作品では「みんなこれから100年生きちゃうよ」と伝えたいと思いました。一方、実際に100歳まで生きている方との接点ってあまりないと思うんです。そこで、リアルな100歳の姿をみたい、作品と関わってもらいたい、と思い探し始めました。

ちゃこ 最初はパワフルで元気な100歳の方を探していたのですが、撮影に賛同いただける方はなかなかみつからず。いろいろ探す中で、神奈川県小田原市にある特別養護老人ホーム「陽光の園」の入所者で100歳を迎えられた方に登場していただこうということになりました。とはいえ、思ったような写真が撮れるか不安で、まずはその方にお会いしてみようと、キューちゃんと一緒にホームへ行きました。

キュー 車椅子のおじいちゃん、おばあちゃんの姿をみて僕は正直、結構衝撃でした。

ちゃこ 100歳以上の方が数名いらっしゃる、要介護度の高い方が多い施設でした。モデルになってくださった方も要介護度が4と高く、認知症も進んでいらして、初めてお伺いしたときもお食事の介助を受けていました。

キュー 最初はちょっと暗い感じでしたよね。

ちゃこ でも我々が話しかけると、花が咲くように表情が明るくなって。

キュー 「こういう衣装を着てモデルをやってもらいたくて」とお願いすると、どんどん意識がハッキリとしてきた感じで。「えー!嬉しい!」みたいに変化されていきました。そして最終的にこの写真が完成しました。

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ちゃこ 特別な100歳の方ではなく、誰でもなり得る「普通の100歳」の方に主人公になっていただいたのです。つまり、100歳を迎えると認知症となったり体が弱くなったり、老人ホームに入っているかもしれないのが現実。リアルな100歳の方がモデルになることで、作品に明るさや美しさ以上の深い意味を加えることができました。
高齢社会の大変な現実を実感されている方も多いです。そうした中、キューちゃんの作ったドレスを着てメイクをしたらこんな素敵な"100歳さん"になるということを示せたのはすごく良かった。

キュー 僕が表現したかった「私100年生きてきたの!」という宴のハッピー感そのものが表れていたようでした。

緒方 僕は展覧会の設営の時に初めて完成した作品と対面したのですが、ひと目観て「メチャいい!」と思わず言葉が出てしまいました。今回の展覧会で扱っている3つのテーマって、大学の教授などがレクチャーするような難しい内容のものじゃないですか。でもアートという表現では、直感的に伝わってくる。100歳という宴のハッピー感も、語らずとも伝わってきて。

三枝 すごく圧倒されましたし、「未来の明るいイメージ」ですとか「100歳をお祝いする!」というような感じが理屈でなく伝わって来ました。アートの力ってすごいなと実感しました。

展覧会を通じて考えるそれぞれの「人生100年時代」

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― プロジェクトを振り返り、今思う「人生100年時代」について教えてください。

ちゃこ 今回はアーティスト、高校生、専門家がコラボするという珍しい企画なので、作品の作成が始まったらアーティストにお任せとはなりませんでした。展覧会に来ていただくだけではなく、どうしたら「人生100年時代」について事前に多くの方に考えていただけるか、展覧会直前まで高校生と一緒に画策しました。「人生100年時代構想推進室」を訪ね、課題についての疑問を高校生からぶつけるなど、考えるための場もいろいろと設けました。また、アンケートを実施し、面白い回答の方には高校生が直接インタビューに行きました。そうやって作り上げていった結果、一般的な展覧会にとどまらない形で「人生100年時代」を深く考える機会にもなったし、多くの方に実感していただけたのが良かったです。

三枝 本当はプレゼンが終わった段階で、私たち「人生100年時代」の高校生チームの役割はひと段落、となるはずでした。でも「この先も何かしたいね!」という気持ちになって、アンケートやインタビューなど、次のステップへとつながっていきました。私は「人生100年時代」というもののとらえ方が一周回った感じがして、変化してきているなと思っています。明るい未来か・暗い未来かという分け方ではなく、時間が長い分だけ多様性が生まれる、つまり人それぞれが思ったように生きて行けるということを実感しています。

ちゃこ 作品の100枚の布の違いはまさにそれ。人それぞれの時間や生き方などの多様性を表しています。先ほどお話したアンケートでの共通の問いに「今までの人生を色で表すとしたら何色ですか?」と言うものがありました。若い人は、単色で答える人が多かったのですが、「虹色」と答えた70代の方がいました。自分は色々なことをしてきたから多様な色なんだ、ということだったのですが、まさにキューちゃんの作品が表していることだよねと感心しました。

キュー 僕は作品を通じて、色々な色を着たり、見たり、感じたり、色一つ選ぶのもそのときの自分の気持ちだということを伝えたかったです。その積み重ねがその人の人生の色になるのだと思います。

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100種類の色のハートの刺繍が施された今回のプロジェクトTシャツを制作。展覧会期間中は会場にも展示され、自由に手にとって着ることができた。

緒方 僕は、「100年」というのは「可能性」であるのかな、と。人生は選択の連続だと言われますが、選択肢の数やバリエーションが増えて行くことなんだと考えています。やれることが増えるのは、三枝さんが言ったように、明るいとか暗いで分けられるものではない。100歳まで生きる時間が延びる可能性、そこでやれることを想像してみようと意識が変化してきています。

ちゃこ どうすれば「人生100年時代」という概念が等身大のリアリティーとしてチームメンバーに伝わるのか、最初の頃は葛藤していました。それが、プロジェクトが進むとキュレーター高校生たち自身の言葉が生まれ、アーティストのキューちゃんに伝わり、今回の作品となりました。この作品や一連の活動を見たり、聞いたり、体験してもらいそれぞれの「人生100年時代」を想い描いてもらえればと思っています。そうした個々の小さな想いが集まって、社会的な大きな変化になるはずなので。

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プロフィール/敬称略

成田 久(なりた・ひさし)
アーティスト・アートディレクター ― 江副記念財団クリエイティヴ部門第26回生

'97年多摩美術大学卒業。'99年東京藝術大学大学院修了。'13年キュキュキュカンパニー設立。株式会社資生堂 クリエイティブ本部所属。

関 芙佐子(せき・ふさこ)
横浜国立大学大学院国際社会科学研究院 教授 ― 江副記念財団学術部門第22・25回生

通称ちゃこさん。国や神奈川県の審議会などで様々な社会保障政策について提言を行っている高齢者法と社会保障法の専門家。100歳さんの魅力はどこにあるのかをいつも考えている。
横浜国立大学教員紹介
高齢者法Japan

緒方 希(おがた・のぞみ)
麻布高等学校
三枝 響子(さえぐさ・きょうこ)
フェリス女学院高等学校

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