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「自由な働き方」より「選択肢のある働き方」を。エバーセンスがたどりついた、働き方改革の本質

ビジネススキル , マネジメント , 事業推進 , 人材活用 , 働き方 , 生産性

文:森田大理  写真:佐坂和也

なぜ働き方を変えるべきなのか。何のために働き方を変えるのか。働き方改革関連法案成立後のいまだからこそ、改めて考えたい

2018年6月、国会で「働き方改革関連法案」が可決された。この法案によって改革が次のフェーズへと進んでいくことは間違いないだろう。

しかし、在宅勤務やリモートワークといった働き方の選択肢を提供する企業が増える一方で、米Yahoo!やIBMのように一度は導入しながら現在は(原則)廃止している企業も存在する。育児や妊娠・出産にフォーカスしたWebメディア・アプリを手掛ける株式会社エバーセンスもそんな企業のひとつだ。

同社では、創業当初は制限なく利用できた在宅勤務を原則禁止とし、オフィスへの出社を義務づけたところ、かえって社員がイキイキと働くようになったという。この決断にはどのような背景があるのだろうか。同社代表取締役社長の牧野哲也さんに話を伺った。

「社員がご機嫌に働き続けられる会社」のロールモデルを目指した

― エバーセンスは、育児や妊娠・出産など家族にフォーカスしたサービスを展開されていて、昨今の働き方改革とも親和性の高い事業展開のように見えます。もともとそうした流れを見据えての起業だったのでしょうか。

私が起業を志したきっかけは、新卒入社した会社で担当した途上国と接点を持つ仕事の中で、日本との幸福度の違いを感じたことでした。日本は途上国に比べれば物質的・経済的には恵まれているのに、楽しく働いている人が極めて少ない印象が強い。「仕事」によって幸せを得られる人を増やしたい想いで、「社員がご機嫌に働き続けられる会社をつくりたい」と考えたのがそもそものはじまりです。

一番のターニングポイントは娘が生まれたことですね。2010年、29歳で父親になった当時は、ちょうど世の中でも父親が積極的に子育て参加する動きが出始めたころ。私自身も、親子の時間を増やしたい気持ちはありながら、なかなか働き方を変えられずジレンマを抱えていました。

当時の私の職場では、当たり前のように20時から開始される会議も多かったですし、日本の社会全体を見ても「仕事のためなら無制限に時間を使える人」を中心にまわっていた会社が多かったのではないかと。このままの状態では、家族の幸せと働く幸せの両方を手にすることは難しいと感じました。そこで、「良い家族を増やす」ためのサービスをつくるのと同時に、「ご機嫌に働けるロールモデルになる」ために、起業という手段に踏み切ったんです。

自由な働き方は、効率と引き換えに挑戦心を奪ってしまった

― 2013年の創業の際、最初から在宅勤務を導入したそうですが、仕事と育児の両立が目的だったのでしょうか。

その側面もありますが、一番の理由は「働き方に制限を設けない方が、一人ひとりの持続的な成長を実現し、会社の発展に繋がるはず」という考えからです。直接顔を合わせることが減る分、コミュニケーション上の不便が多少発生する心配はありましたが、「Slack」や「Googleハングアウト」などのコミュニケーションツールを導入すれば、大きな問題にはならないだろうと考えていました。

― 多くの企業は、働き方を自由にするとマネジメントの難易度が上がることを懸念しています。エバーセンスでも同じような問題があったのでしょうか。

いえ、マネジメント上の問題は特に発生しておらず、私たちが直面した問題は少し違うところにありました。在宅勤務ありきで会社をはじめた頃は、みんなが自由な働き方を謳歌していたんです。子どもの用事にも対応しやすいし、平日の昼間にスポーツジムに通うことだってできた。通勤ラッシュにもみくちゃにされることもなく、行き帰りの時間も無駄にせず、極めて効率的な働き方だったと思います。

しかし、無駄の少ない働き方を実現しながら、弊害も起こり始めました。メディアにしろアプリにしろ、納期までに一定のタスクを終わらせることは問題なくできていましたし、在宅勤務に起因する大きなトラブルは皆無。表面上は順調だったのに、私もみんなも自分たちの仕事に対して、どこか満足していなかったんです。呼応するように業績も伸び悩んでいました。

振り返ってみると、このような状況を招いた理由は、チームとしての一体感が薄く、良いプロダクトをつくるための議論が発生しにくい環境になっていたことだと思います。決して仲が悪いわけではなかったのですが、効率を優先するあまりに意見の衝突を避けがちになり、小さな気づきや細かい意見を言うことが減り、無難なアイデアしか出なくなってしまった。結局は自由な働き方のせいで、より良くしていくための向上心のようなものが失われてしまったのだと思います。

「自由な働き方」をやめ、「良い仕事ができる環境」を

― その後、オフィスの移転を機に在宅勤務を原則禁止にされています。突然の勤務体系の変更に社員から不満は出なかったのでしょうか。

勤務体系を変更したときに私がメンバーと約束したのは、「自由な働き方」の代わりに「通いたくなるオフィス」をつくることでした。通勤の手間が発生するのは仕方がないにしても、その不便を上回る環境を整備することで働きがいに繋げたかったんです。デザインやオフィスレイアウトにこだわったのはもちろん、細かい話ですがコーヒーは豆から挽いて淹れるとか、当番制で全員分のランチをつくるようなトライもしてみましたね。ランチはあまりに時間がかかりすぎて業務を圧迫してしまい、継続しませんでしたけど(笑)。

また、在宅勤務はあくまでも"原則"禁止なので、子どもや家族が病気のときなどは在宅も可としています。緊急時は子どものことを親や配偶者に任せたり、病児保育に預けたりするのと同じ、ひとつの選択肢として残しているニュアンスですね。当社は社員の半数以上がパパやママだということもあり、原則禁止にしたとはいえほぼ毎日誰かしらが在宅で働いている状態ですよ。その一方で、社員自身が体調不良だからと在宅勤務にするのはNGにしています。「病気のときまで働く」のはいたずらに仕事の質を下げるだけ。在宅勤務と休みの線引きを曖昧にしないように意識しています。

― 仕事の成果においてはどのような変化がありましたか。

ユーザーのニーズ・課題の芯を捉えたサービスや、価値の高い機能の実装が確実に増えました。これはやはり、顔を合わせて行うミーティングが当たり前になったことで、健全な意見のぶつかり合いが増えたからだと思います。また、手間だと思っていた通勤も、私たちにとっては意味のある時間だと気づきましたね。たとえば、私たちのアプリは女性をターゲットにしたものも多いですが、日頃から「女性が電車のなかでスマホを操作する様子」を観察していると、アプリ上のボタンの位置や大きさを決めるうえで参考になります。

このように、メンバー同士のコミュニケーションが深まり、ユーザーもより身近に感じられるようになったことで、業績も伸び、ユーザーからの評価も上がり、チーム一丸となってその成果を喜べるようになった。無制限の在宅勤務を続けていたら、現在のエバーセンスはなかったですね。

― 選択肢として在宅勤務を残したのは、「多様な働き方を否定している訳ではなく、使い方次第」という考え方があってのものだと感じました。牧野さんはリモートワークをどう使うのが効果的だとお考えですか。

まず、仕事の成果を高めるための働き方という意味では、まだ自社で研究中のテーマなのですが、リモートワークに向いている仕事と、オフィスに集まって議論した方が良い仕事を明確にして、上手く使い分けると効果的だと考えています。

おそらく、リモートワークのような働き方は一人で集中して進めるタイプの業務に最適で、時間的な生産性を高める働き方ではある反面、みんなで議論をしながら新しいものを生みだしていくようなクリエイティブな業務には、やや不向きなのかと思います。

チャットツールも、情報を整理・共有するのには適していますが、チャットだけで深いディスカッションをするのは難易度が高いというのが私たちの実感です。そうしたメリット・デメリットを意識して使い分けることが大切だと考えていますね。

また、実際に介護や育児と仕事を両立している人であっても、「毎日が在宅でのリモートワークだと息が詰まる」のだそうです。社員がご機嫌に働き、生きていくためには、家庭での役割とは明確に異なる"もうひとつの居場所"も必要なのかもしれません。エバーセンスでは、そんな居場所をつくると共に心地よさを追求することが、会社にとっても個人にとっても大切だと位置づけています。

働き方改革をブームで終わらせないために

― 試行錯誤のなかで、牧野さんは経営者として「働き方改革」をどのように捉えるようになりましたか。

まず、創業時の反省点は、「ルールに縛られない働き方」と「選択肢のある働き方」を混同してしまったことです。ルールのない働き方は自由度が高い反面、何のための自由なのか目的を見失いやすい。一歩間違えばただのワガママになってしまいます。

会社組織の一員である以上、どんな立場の人であっても成果を出さなければ意味がありません。成果を出すための選択肢として多様な働き方を目指すべきだったのに、個人の働きやすさを重視するあまりに、目的がズレてしまい、結果的に成果も出ないという悪循環に陥りかけたのです。

このような現象は、世の中でも時々起きていることかもしれません。働き方の選択肢が社会全体で増えること自体は非常に素晴らしいですが、国の要請でもあるなかで、何となく改革自体が目的になっているケースも増えているのではないでしょうか。目的を見失った取り組みは、一過性のブームで終わりやすいという危険をはらんでいます。

だからこそ経営者の視点でいえば、働き方改革は単なる従業員満足向上の施策ではなく、その先にある事業成長のための戦略でなければならないと思います。せっかく前向きに家庭と仕事の両立をする人が増えている今だからこそ、会社の成果に繋がるような働き方の選択肢を増やすことにこだわり続けていきたいですね。

オフィスにはキッズスペースとして使えるようなエリアも設け、子ども同伴での出勤も可能にしている。

プロフィール/敬称略

牧野哲也(まきの・てつや)

株式会社エバーセンス 代表取締役社長
2004年東京大学卒業後、新卒で入社したトヨタ自動車株式会社にて、レクサスの事業企画を経験。将来的な起業を見据え、株式会社リクルートに転職し人材領域の営業、経営企画を担当する。その後は、広告系ベンチャー企業の幹部を経て、2013年に株式会社エバーセンスを設立する。

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