【第1回】やさしいお店がいいお店 ―小さなお店の経営学―

【第1回】やさしいお店がいいお店 ―小さなお店の経営学―

写真:石山慎治(写真は左から三宅准教授、宇佐川)

小規模サービス業のだからこそのチャンス 前編

日本の企業の99.7%は中小企業である。ところが、世の中の経営書、経営学の多くは大企業に視線が向けられているものが多く、競合にマネできない差別化戦略、大きな組織を効率的に回すための組織論などが書かれている。しかし、中小企業の経営に必要なものは本当に大企業と同じものなのだろうか?

そんな問いの答えを探すため、専修大学経営学部 三宅秀道准教授をガイドにお招きし、様々な小規模サービス業の経営に関わる方々とお話しの中で中小企業の経営学を考えていく。

小さくてもお客様に愛され続ける経営には「やさしさ」がある。第1回と第2回は、なぜやさしいことが経営に役立つのか?経営の中のやさしさとはどんな意味か?どうやったらやさしさが作れるのか?をリクルートジョブズ ジョブズリサーチセンター長 宇佐川邦子との対談で紐解き、第3回、第4回では、やさしい経営で繁盛しているお店の事例を紹介する。

自分たちの価値を見つめるからこそ変われる

画像提供:まんねん堂

三宅 お土産のこのお菓子は、浅草の江戸駄菓子屋さん、まんねん堂さんの商品です。こちらはお店としては小さいけれど、いろいろアイデアフルな商品開発で繁盛しているんですよ。

たとえばこれ、先代のおかみさんが開発したんですけれど、水族館のショップになにか商品を出してくれと頼まれたんですね。それまでは普通、水色の飴、中でも金平糖というのは法事の引き出物に使われたので、他のシチュエーションで使うのはタブーだったんですが、水族館ですからね。やっぱり水色が映える。それで思い切ってつくってみた。

後から見たら、まあそうだよねなんだけれど、これを最初にやったときには、いままでなんでつくってないのか、自分たちの当たり前を見直してみたんです。

水族館に来るお客さんの傾向を見て、業界の古い常識を克服するのにいろいろ自問自答も説得もして、反対を乗り越えてつくったら売れた。いまはもう、どこで水色を使っても気にしなくなったけれど。そうやって、常識や当たり前を変える商品開発をしてきたんですね。

三宅 こういう伝統的なお菓子って、食べる人が急にいなくなりはしないから、むかしながらの定番商品を右から左に扱っていても、商売がすぐに潰れることはない。だけどそのままでは右肩下がりの先細りですよね。そこで思い切って、お客さんが買ってくれる価値はなんだろう、それをまだできていないのはなんでだろう?と仕事を見直して、それで殻を破ったんです。

いわば独自商品を軸にして、むかしながらの方向性を変えた。つまり「マネジメント」というのを意識して、自分たちの生業を自分たちで作り替えたお店なんです。

宇佐川 それはつまり、経営者が「いかに自分の価値を見極めるか」っていうことですよね。それを見極めてそこにこそ踏み込む、そのためには殻も破らなくてはいけない。そうやって市場を広げていくことが大事だなと最近痛感しているんです。

大企業と中小企業の経営の違い

三宅 お店の経営者が本当にするべき仕事はなにか、っていうことを考えると、この問いはもう実に大切な問いで、これからの経営の本質ですよね。そこで私訴えたいのが、なにが自社の提供すべき価値なのか、まずはその定義をしっかりすること。

大企業が強いのは、戦略策定をする専門のスタッフがいるということでしょう。いろいろな現場から吸い上げる情報をもとに、どこの店舗でも同じクオリティの高いサービスを作れるので、全国津々浦々までサービスを広げられる。反面、マス向けの戦略は地域の一人ひとりのニーズに完全に一致しにくいから、そこにこそ小規模サービス業の価値が発揮できる。

宇佐川 今まで現場があって、現場の意見を吸い上げるための中核があって、さらにまとめ役がいて、という組織になっていました。ITが進化して、経営支援、業務支援のシステムを導入することでそういった組織をなくすこともできるんですよね。つまり、いちいち上に判断をあおいで、上も調べて分析しなければ答えがでなかったような問題が、担当者の手元で判断できるようになるのですね。元々経営者と現場に近いお店は現場で意思決定がされているので柔軟なサービスが提供できるのですよね。

三宅 大企業の組織論というのは、大きな市場を相手にしているので、効率的にどこでも同じサービス水準ができるようにする。経験が浅い新人も多いし、いまは国籍も違う人も働いているので、現場にいちいち考えさせるのではなく、マニュアルで誰でも同じクオリティのサービスができることを目指します。なので、いったん本社に情報を吸い上げなくてはいけない。その情報は当然フィルタリングされて大味になりますが、それでもほぼ同じことを他でもできるようにして、スケールメリットを作る方がよい、という前提の組織論だったんですね。

言い換えれば、拡大を前提として、組織の力でサービスの再現性を作ることを目指していたということです。でも、小さな企業に関しては、先祖代々の伝統を引き継ぐとか、地域に貢献するとか、家族や周囲の人たちを幸せにするとかいろいろ企業の目的があって、必ずしも拡大が大事ではない。そこでずっと働いている人もいますから、現場に判断させて実行させることがもっときめ細やかなサービスになる可能性があるんですね。

宇佐川 あるスーパーの事例なんですが、地元の主婦のスタッフが評価されている話を伺いました。主婦のスタッフの方が地域の子どもの集まりや行事がいつあるか、すべてご存知なので、仕入れ担当者が市場の予測を立てられるようになったのです。マーケティングですよね。会社側は以前からある特定のタイミングで、おにぎりやスポーツドリンクがたくさん売れることがあるけど、暑いからだろうとしか思っていませんでした。

ところが、その主婦のスタッフが働き始めてから、毎週土曜には少年野球の練習があるから、ママたちが買ってるのよと。それではおにぎりをもっと入れたら売れるのか、唐揚げだったらもっといけるんじゃないかと予測を立て、さらにポップを立てたりといろいろな工夫が始まったのです。マーケットのPOSデータ(販売情報管理システムのデータ)と人間の持っている地域のつながりは、そこで生活している方だからこそ気付くんですよ。周りに興味関心があるから。来店した人にありがとうと言われて、それをつなぐ力があるからなんです。

システムは、現場の集中力を人間の機微に集中できるようにするために

三宅 POSデータからも売れたモノのデータはとれますし、それを分析した大筋の傾向は正しいでしょう。でも、それはもしかするとどこのお店でも同じになるかもしれません。もし、他とは違うお店にしようとするなら、お店の前は通るけど入らなかった人はどういう人かという、「置いていたら売れたはずが置いていなかったので売れなかった商品はなにか」、その場にいる人にしか分からない情報が大事になります。

これからは絶対、小さな組織の中でさえ、お客様と接する人が自分でお客様のためにやることを決められる権限を与えることが正解になると思います。データに基づいた戦略の策定も大事ですし、地域特性やお客様一人ひとりにあわせた対応も両方重要なのです。でもそれは何を目指すかによってバランスが違いますし、もっというと、現場の事情状況にとことん合わせる対応が優れていれば、戦略は別段に立てなくてもいいし、その合わせ方から出てくる判断自体も優れた戦略になるんですよ。

宇佐川 人間の視野や能力って一人だと欠けますよね。それを組み合わせてあげればよくて、その組み合わせを助けるのがシステムだと思うんですよ。ITに苦手意識がある人に無理やりやらせると効率も悪いし、ミスも起きやすくなります。だったらできる人と役割分担できるようにシフトをずらした方が効率的でいいですね。

三宅 現場にいる人達の注意力、集中力、考察力、洞察力が、人間の機微に集中できるようになります。お客様もいつも理詰めでお店を選んでいるわけではなく、その時々でいろいろな気持ちで選ぶでしょう。理詰めでやれば誰がやっても同じ答えが出る種類の判断が全部システムでできるようになったとしたら、それで浮いた注意力で、人の心に気づく能力とそれをなぜかと考える能力に人の気力を集中できるようになってきます。現場でのお客様との関係が強い小規模サービス業にとってはこんなチャンスはないですよね。

「なんで今忙しいんだろう?あそこでイベントやってるね。」みたいなことが気付きやすくなったら、お店に何を求められているかとか、ネタがどんどん上がってくる。上げてくる人たちが自由に判断できて、お客様のためにやりたいことができるようになったら、一番良い対応をできるはずなのです。

それならじゃあ、上が本当にするべき仕事ってどんなことか、それをどうやったらできるのか、っていう話にいよいよなりますよ。

プロフィール/敬称略

三宅秀道(みやけ・ひでみち)

専修大学経営学部准教授。1973年生まれ。神戸育ち。1996年早稲田大学商学部卒業。 都市文化研究所、東京都品川区産業振興課などを経て、2007年早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程単位取得退学。 東京大学大学院経済学研究科ものづくり経営研究センター特任研究員などを経て、2014年より現職。 専門は、製品開発論、中小・ベンチャー企業論。これまでに大小1000社近くの事業組織を取材・研究。 現在、企業・自治体・NPOとも共同で製品開発の調査、コンサルティングにも従事している。

<著書>
「新しい市場のつくりかた」(東洋経済新報社)2012
「なんにもないから知恵が出る:驚異の下町企業フットマーク社の挑戦」(新潮社)2015

宇佐川邦子(うさがわ・くにこ)

リクルートジョブズ ジョブズリサーチセンター長
リクルートグループ入社後、一貫して求人領域を担当。2014年4月より現職。
各々の業界の特色を踏まえ、求人・採用活動、人材育成・定着、さらに定着促進のための従業員満足のメカニズム等、「雇用に関する課題とその解決に向けた新たな取り組み」をテーマに講演・提言を行う。

<主な活動>
・公益社団法人全国求人情報協会常任委員
・厚生労働省「民間人材サービス事業者のノウハウを活用した女性の復職促進検討会」委員(2017年度、2018年度)
・東京商工会議所「多様な人材活躍委員会」委員(2016年11月~2019年10月)
・経済産業省中小企業庁「中小企業・小規模事業者の人手不足対応研究会」委員
(2016年10月~2017年3月)

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