【第3回】やさしいお店がいいお店 ―小さなお店の経営学―

【第3回】やさしいお店がいいお店 ―小さなお店の経営学―

写真:有限会社細江スタジオ 細江篤史 (写真は左から、田邊社長、女将、三宅准教授)

世界中から愛される宿のつくりかた

旅館田邊さんは、飛騨高山の老舗の宿です。おもむきがある玄関をくぐり抜けると、とても気さくな社長と女将が出迎えてくれました。
この旅館は財務面でも非常に健全な経営をされているのですが、実はその秘訣はこのお二人の気さくなお人柄にあります。旅行業では稼働率の大きな繁閑差が課題になりますが、これを「やさしい経営」で解決してきた社長の田邊信義さん(82歳)と女将の田邊晶子さん(79歳)のお話を伺います。
そして、今、この老舗旅館の宿泊客の9割は外国人だといいます。決して大きな旅館ではないこの旅館になぜ世界中からお客様が集まってくるでしょうか。

なぜ旅館田邊は規模を拡大しなかったのか

三宅 高山の古い町並みはとても有名ですが、昨日、女将に「夜もまた格別に雰囲気がいいですよ」と教えていただいて、夜の町を見てきました。ほの暗く薄い明かりの中ひっそりとたたずむ町並みがどこまでも続き、江戸の夜はこんな静けさだったのかなという気持ちになりました。

高山夜の町(写真提供:高山市観光課)

女将 私、鬼平犯科帳が大好きなんです。あのドラマで盗賊が忍び歩いているみたいな雰囲気でしょう。昼間も面白いお店がたくさんあって、とてもいいんですが、夜は静かな景色ですごく素敵なんです。

三宅 私も池波正太郎さん好きなんですよ。歩いていてこれほど楽しい町は本当に久しぶりでした。できることなら何日も滞在して、この町の雰囲気をもっと楽しみたいですね。こんな素敵な町並みのすぐ近くに旅館田邊さんのような日本的な旅館があって、来るお客さんはお喜びになるでしょう。旅館田邊さんはいつから続いているのですか?

田邊社長 田邊家は、もともと製糸業を営んでいましたが、ナイロンが普及して、だんだん業績が思わしくなくなってきました。新しい商売に変えようと考えていたところ、高山線が開通することになりました。当時は高山にもあまり旅館が多くなかったので、旅館を開くことにしたのです。最初のころは質素な安宿ですよ。初代は駅員さんに掛け合ったり、町のあちこちを訪れて「うちの旅館を紹介してください」と頼み込んだりしていました。

三宅 それを経て、だんだんと今のおもむきある旅館の形になっていったのですね。どのようにかわっていったのでしょうか。たとえば、高度成長期からは団体旅行が流行って、「規模を大きくして宴会ができるようにしよう」みたいな方向に進んでいった旅館さんも多いのに、なぜ旅館田邊さんはそうならなかったのでしょうか。

田邊社長 たしかに、そういう方向もあったかもしれませんね。でも、始めた当初は手頃な値段で泊まれる宿だったので、若いお客様がお友達同士でたくさん来てくださったのですよ。若い人たちは夜遅くまでお部屋で飲んで騒ぐことが多いのですが、当時はさほど客室の作りもしっかりしてなかったので、隣の部屋から苦情が出るのですね。せっかく旅行で来てくださったのに、夜を楽しく過ごせないなんてかわいそうだなって。そこで間仕切りを厚くしたり、部屋を大きくするように改装したのです。その次は部屋にトイレがないのは不便だろうと客室内にトイレをつくりました。部屋数を増やすより、減らしても居心地がいい方を選びました。そんなこんなで、「お客様にもっと快適に過ごしていただきたい」という思いから、10年に一度は客室の改装をするようになり、今の形になったのです。

三宅 どちらが絶対に正しいというわけではないのですが、企業が成長していくためには、将来的に増える需要に対応することも選択肢のひとつですよね。一方で、今目の前のお客様が困っていることをどうにか解決しようという田邊社長のような決断もあります。まだ見ぬお客様の期待に応えようとすること、目の前のお客様の困りごとを解決しようとすること、どちらも大切です。しかし、経営資源には限りがありますし、全部の課題解決はできません。ただ、経営と現場が密接だと、目の前のお客様の困りごとを解決することに舵をきりやすくなりますね。

田邊社長 旅館の規模を大きくすると、現在のように一人ひとりのお客様とじっくりお話するのが難しくなってしまいます。私はお客様とお話し、喜んでくださっている様子を直接お聞きするのがとても大好きですので、あまり大きくしようとは思いませんでした。

三宅 社長や女将のお人柄に強く依存したサービスだと、他の人が同じようにするのはとても難しいです。大企業の場合は、マニュアルを作ったり組織を整えたり、業務を切り分けるなどして、同じことを誰でもできるようにしてサービスを拡大していくことが多いですが、その分、型にはまったサービスになることもあります。ただ、田邊社長は拡大を目指さないという選択をされてきたので、女将と社長、そして同じ思いを大切にされている仲居さん達で、一人ひとりのお客様にあわせたサービスが提供されていて、そこが競争優位になっているのですね。拡大をしないかわりに、ここでしか味わえないサービスが生まれています。

リピーター獲得とインバウンド獲得は同じこと

三宅 ところで、旅館田邊さんは外国人のお客様が非常に多いですね。

田邊社長 お一人お一人のお客様に高山を楽しんでいただきたいとがんばっておりまして、昔は本当にありがたいことにリピーターのお客様が数多くいらっしゃってくださいました。最近は、日本のお客様に申し訳ないところもあるのですが、9割近くが外国からのお客様になってきましたね。

三宅 昔リピーターが多かったのは、満足したお客様がまた来てくれるということが多かったと思いますが、ネットの時代になって満足した経験をたくさんの人と共有できるようになったことが、口コミの広がりになり、外国人のお客様が広がっているようですね。私も今回、こちらが外国の掲示板でどう書かれているか、見てみました。

田邊社長 そうですね。外国人の方でも、ご家族に紹介されて来てくださるお客様も多いです。インターネットはとても大事ですね。悪く使うと大変なことになりますが、うまく使えばこれほど役立つものはありません。

三宅 お客様一人ひとりに合わせたサービスの満足度が高ければ、環境が変わっても選んでもらえる旅館であり続けられるということですね。

女将 外国のお客さんの中には、お刺身を召し上がるのが初めての方も、大浴場がお好きでない方もいらっしゃいます。もちろん、アレルギーやご病気がある場合はおすすめしません。でも、せっかく日本に来てくださったのに、よいものを体験しないのはとってももったいないなと思うのです。だから、もしその方が知らなくてやらないだけというときには、私はよく「チャレンジ、チャレンジ!」って言ってます(笑)。試してみて喜んでいただけると、とても嬉しいですね。

旅館業の悩み、繁閑の格差

三宅 旅館業の悩みの一つとして、繁閑の差があります。繁忙期にあわせて人手や部屋を確保すると、閑散期に重荷になってしまう。今は外国のお客様が継続的にいらっしゃって、繁閑での差が少なくなっているのでしょうが、昔はどのようにされていたのですか。

田邊社長 以前は忙しい時期には近所の人が手伝いにきてくれていましたね。地域の中では商売だけではなくて、いろいろな家同士の付き合いもあって、みんなでお互いの困りごとを助け合っているのです。

三宅 経営学の言葉で言うと、人件費を変動費化するということですね。要は売上が少ない時期には人件費を少なくして、利益を作る。逆に売上が多い時期には人件費も増やしますが、利益も増えます。ただ、労働者にも生活があるので、企業は自社の都合で勝手に解雇はできません。商売の忙しい時期に助けにきてくれるというのは、雇用者と被雇用者の関係ではなくて、地域の仲間の困りごとを助けるという延長にあるのですね。中小企業では、地域に助けてもらうことが多く、これがビジネスモデルや財務的にも大きな影響を持つことがあります。周囲の人たちとの信頼関係ができれば商売の上での大きな資産になりますね。

田邊社長 今は普通の求人も出すようになったのですが、それはやはり外国からのお客様のおかげで稼働の山と谷がなくなってきたからです。夏はヨーロッパの方が多く、冬になるとアジアの方が多く来てくださいますね。
15年くらい前に売上があまり伸びなくなって、このまま行くと将来は大変なことになるぞ、という時期がありました。そこで、私たち高山の観光協会では、有楽町にある国際観光振興機構に相談したのです。私は当時観光協会の役職にもついていましたので、地域の観光業の皆さんや高山市とも相談して、恐る恐る有楽町の政府観光局をたずねました。門前払いされるかも、と内心不安に思っていましたが、熱心な担当者の方が支援をしてくださって。外務省が、外国の記者を京都や福岡など日本各地の観光地にご招待する際に、高山も訪れていただけることになりました。記者のみなさんがご自分の国で高山の紹介をしてくださり、そこから少しずつ外国人のお客様が増えてきたんです。

三宅 15年前というのはまだ、実感として、外国人の受け入れをしなければと、そこまで思うような時期ではなかったかと思います。それを地域一丸で取り組もうという先見の明があったのですね。昨日から拝見していると、社長も女将も外国の方に英語で接客されていますね。

伝える気持ちさえあれば英語は通じる

女将 私、本当に英語が苦手だったんですよ。今でもあまりうまくはないのですが、とくに最初の頃はいろいろと戸惑いましたね...。たとえば、欧米の方は玄関から靴のまま上がろうとします。実際に下駄を履いて脱ぐところを見せたり工夫してみましたが、なかなか伝わらなくて...。これは困ったと英語の先生を訪ね、「プリーズテイクオフシューズ」という言葉を教えてもらいました。

三宅 大変失礼ながら、女将も社長もおっしゃる通り、流暢とか能弁というわけではないのですが、きちんとお客様に伝わって、お客様も女将との会話を楽しんでいますね。旅館の皆さんの相手に楽しんで欲しいという気持ちがとても伝わってきます。接客の英語は、正しい文法や単語を使えるというよりも、相手のためになんとかしたいと思う気持ちが大事なのですね。お客様が期待しているのは、完璧な英語よりも、心地よい旅の思い出なのでしょうね。気持ちがあれば、知っている言葉でどうにかしようと思うようになりますし、勉強もしたくなりますね。

女将 私は、東京の短大に通わせてもらったんです。その頃、上野公園で外国の方に話しかけられて驚いてしまって、「アイキャントスピークイングリッシュ」って言って逃げちゃったのです。うちは旅館だから当時テレビがあったのですが、ある日実家でテレビを見ているときに、「近頃の若い人は英語が喋れてもしゃべれないふりをして逃げる、とても失礼だ」といっているのを見て、私のことを言っているのだと思って本当に恥ずかしくなりました。外国の方から見れば、「アイキャントスピークイングリッシュ」って言える人は英語が話せる人ですよね。だから改めてご縁があって外国人のお客様が来てくださるようになったときには、なんとか気持ちを伝えようと思いました。最初の頃は北欧の方が多かったので、フィンランド語やスウェーデン語で"こんにちは"と"ありがとう"だけでも言えるようになろうと思い、一生懸命覚えました。スウェーデン語で「ありがとうございます」は、「タックソーミッケ」って言うんですよ。

三宅 北欧の方は英語が話せる方が多いですが、挨拶だけでも自分の国の言葉でしてもらえると嬉しいですよね。高山の町を歩いていると、女将だけではなく町で商売をしているみなさんが外国から来た方とコミュニケーションをしようとしているところを拝見できます。居酒屋さんでお見送りをしていた店員さんが、単語をつなげただけでも「サンキュー、エンジョイタカヤマ」と言えば、ちゃんと伝わっている。お土産物屋さんでは日本の食べ物を知らない外国の方のために、たくさんの種類の試食も置いています。お店の入り口には英語のメニューがちゃんとある。

田邊社長 高山に来てくださった方がゆっくり楽しんでくださることが一番嬉しいですね。それは私たちの旅館だけではできませんから、地域全体で取り組まないといけないと思います。私たちの宿で楽しんでいただくことも高山のためには大事なことだと思っています。

三宅 旅館田邊さんが、長く地域で続けて世界中のお客様に愛されているのは、宿の皆さんが、お客様が喜んでくださることをご自分の喜びと感じていられるからだなと感じました。やさしい経営とは、他人の喜びを自分の喜びと思うことから始まるサービスの開発なのだと思います。そして、それはお客様だけではなく、地域や従業員の方など自分たちの商売の周りにいる皆さんに対してもやさしい気持ちを持つこと大事で、それが、長く愛される企業を作るのでしょう。
本日はありがとうございました。次回は、東京の蕎麦の美味しい居酒屋さんにまいります。

プロフィール/敬称略

三宅秀道(みやけ・ひでみち)
専修大学経営学部准教授

1973年生まれ。神戸育ち。1996年早稲田大学商学部卒業。 都市文化研究所、東京都品川区産業振興課などを経て、2007年早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程単位取得退学。 東京大学大学院経済学研究科ものづくり経営研究センター特任研究員などを経て、2014年より現職。 専門は、製品開発論、中小・ベンチャー企業論。これまでに大小1000社近くの事業組織を取材・研究。 現在、企業・自治体・NPOとも共同で製品開発の調査、コンサルティングにも従事している。

<著書>
「新しい市場のつくりかた」(東洋経済新報社)2012
「なんにもないから知恵が出る:驚異の下町企業フットマーク社の挑戦」(新潮社)2015

田邊信義(たなべ・のぶよし)
有限会社田邊旅館 代表取締役社長

昭和11年岐阜県生まれ、昭和33年中央大学経済学部卒業し八千代信用金庫勤務。
結婚を機に昭和40年高山へ。高山信用金庫へ6年間勤務の後、有限会社田邊旅館へ。飛騨高山ホテル旅館組合理事長を20年以上勤める。

田邊晶子(たなべ・あきこ)
有限会社田邊旅館 代表取締役専務

昭和15年岐阜県生まれ、昭和34年青山学院女子短期大学国文科卒業。
卒業後、家業である田邊旅館に勤務。

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