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【第4回】やさしいお店がいいお店 ―小さなお店の経営学―

アイデア , マネジメント , 事業推進 , 事業立案 , 人材活用 , 人材育成 , 地域活性 , 地方創生

文:東美希 写真:石山慎治 (写真は左から三宅准教授、中里社長)

みんなが一生懸命になれるお店のつくりかた

「いらっしゃいませ!」という店員さんの明るい声。十割蕎麦を始めとする、工夫の凝らされたメニュー。リーズナブルな価格。こだわりのある店舗空間作り。「ちゃぼうず」さんは東京・銀座に2店舗、丸の内に1店舗を展開する居酒屋です。その居心地のよさから、どのお店も大繁盛。働く従業員それぞれが情熱を持ち、接客やオペレーションのクオリティもとても高いのです。さて、なぜこのお店の従業員のモチベーションはこれほど高いのでしょうか。その秘密は、「ちゃぼうず」をはじめ、都内で複数の飲食店を経営する中里浩士さん(46歳)の面倒見の良さから来る「やさしい経営」でした。

社長の背中で「多能工化することの素晴らしさ」を教える

中里社長 実はこのお店の内装、作れるものは自分たちで作ったんですよ。例えば、このカウンターの土台作りと塗装がそうです。デザインや寸法についてはわからないので、専門家の先生にお願いして設計してもらいましたけど。

三宅 おお、やりますね。プロの手を借りつつも、できることは自分でやると......。物を作るのがお好きなんですね。

中里社長 嫌いじゃないですねぇ。父親が材木屋なので、血なのかもしれない。八丁堀にオープンした系列店なんて、自分たちで壁を貼っちゃいましたしね。

三宅 それは「嫌いじゃない」くらいじゃできませんよね。やり方はどうやって学ばれたんです?

中里社長 施工業者さんの作業立ち会ったときに「ちょっとやらせてくださいよ」「塗るの、僕がやっていいですか?」ってお願いしてやらせてもらううちに、覚えちゃったんです。やったことがないことに挑戦するのって、楽しいじゃないですか。

三宅 そして、結局ご自分でやられていると。中里さんは飲食店の経営や実務に加えて、施工までできてしまうんですね。ご自分にいろんな経験を積ませて、いろんなタスクをこなせるように、"多能工化"されている。

中里社長 といっても、僕ひとりではなく、社員と一緒に塗装したんですよ。社員にのこぎりの使い方を教えたりするのは楽しいですよ。「おっ、社長うまい!」「中里工務店!」なんて言われて。塗装の技術は飲食業に直接関係ないんですけど、実はできるようになると普段もとても役立つんですよ。ほら、物って壊れるでしょう? 最初から自分たちで作った物は自分たちで修理出来ちゃうんですよね。ちょっとしたことでいちいち施工業者さんを呼ばなくて済む。僕が指示しなくても、従業員がちゃちゃっと直してくれるのでとても助かってます。

三宅 従業員のみなさんに施工の技術を伝えて、しかもちゃんと普段の業務に活かしておられる。中里さんが背中を見せて、さまざまなスキルを身に着けて自分を多能工化すること、仕事に活かすことの大切さを教えていらっしゃると。店の内装や補修を自分たちで出来るとハード面の費用を安く抑えられますし、いいことずくめじゃないですか。中里さんは素晴らしい教育者でもいらっしゃる。

中里社長 いやいや(笑)。でもありがたいことに、うちの従業員に「それは僕の仕事じゃないです」なんて言う人はいませんね。料理長が新しいメニューを考えるときも、相談したら他の店舗の料理長が真剣に答えたり、手伝ってくれたりして。

三宅 きっと「自分の仕事はここまで」という線引きがないんでしょうね。

中里社長 できる人ができることをやることが大切ですよね。そういえば以前やっていたお店で、厨房とホールがケンカしていたことがありまして。厨房を担当する社員に理由を聞くと「ホールスタッフが完成した料理を持っていくのが遅い。せっかくの料理が冷めてしまう」と。けれど、よく確認してみたら、ホールにいるスタッフはお客さんの対応に追われて厨房からの呼び出しが聞こえていなかったんです。

三宅 どうやって仲裁したんですか?

中里社長 僕が厨房に入って、料理をやらせてもらった。そして、ホールの従業員が取りに来ない料理は自分で持って行くということを、やって見せたんです。料理を持っていくことなんて、誰でも出来ますから。

三宅 なるほど。自分の仕事かどうかの線引を取っ払ってできる人がやる、ということですね。そうすると、一人ひとりの守備範囲が広がって、人員の配置が効率的になる。無駄な人件費を掛ける必要がなくなりますね。それに、「誰かがやると思ったので誰もやっていなかった」という、野球に例えると"野手の間に打球が飛んできてどちらも取らない"みたいなミスも減り、サービスの質も上がります。ちなみに、このお店にはマニュアルはありますか? 

中里社長 ふんわりしたものしかないですね。世間で言う「マニュアル」よりは全然ゆるいかと。あったほうがいいかなと思うこともあるんですが、「柔軟な考え方が人を作っていく」という思いもあるので。

三宅 なるほど。しっかりしたマニュアルは、直接教育が追いつかなくなったときに初めて必要なものなんですよ。マニュアルは「これさえやっていればいい」と受け取られがちなので、それぞれの社員の仕事範囲の拡大には向かない。しっかりしすぎたマニュアルがないからこそ、一人ひとりの社員も多能工化されて、自分のもとの領分の外の仕事もしてくれるんじゃないでしょうか。
これは、言い換えるとその場その場で気を利かせてその都度考えてマニュアルを越えろということですから、社員さん同士がよそよそしい関係だと要らぬ気を使わされてかえって苦痛ですよね。でも職場の雰囲気がよければこそ、お互い助けられてだから楽になり、効率もよくなる。そういう風土、人材はどうやって育てられているんでしょうか。

社員の独立を応援したい

中里社長 従業員には「いつか独立して店を持ちたい」という子もチラホラいるんですよ。うちは独立開業支援事業もやっていて、飲食店のノウハウを従業員ではない方にも僕が教えたり、その生徒が修行のためにうちのお店に働きに来ることもあるんです。そういう方々が自分のお店を持つときに、できることが多いと武器になるじゃないですか。だから、いろいろとできるようになってほしいという気持ちもあるんです。

三宅 独立のために今から自分を鍛えておこうと思えば、苦労も勉強になる。 自分のための勉強だという実感があるから、仕事にも身が入る。そんな方々が従業員なら、サービスのクオリティが上がって当然ですね。でも、仕事ができるようになったみなさんが独立していかれると、人材が流出して困ることはありませんか?

中里社長 むしろ、大歓迎なんです。独立した人たちのつながりがファミリー化していってほしいんですよ。資本ではなく、信頼関係で繋がっていたい。そういう家族のような関係を長く築けていれば、何かトラブルがあったときに助け合えたり相談できたりしますよね。点から線へ、線から面へというように、このファミリー化が広がればいいなと思っています。

三宅 良い人材が辞めていくことをデメリットとして捉えてないんですね。企業を大きくしたいのであればデメリットになりうるけれど、程々の規模で抑えるつもりであるからこそ、独立者の輩出は「パートナーの増殖」というメリットになる。人材を囲い込んだほうが利益は出るかもしれませんが、そのためにはお店をチェーン化して本社を作り、幹部にしなければならないですものね。そうすると、せっかく能力のある人が現場から離れてしまう。それってもったいないことで、それが原因で企業の老化が始まることも多いんですよね。

中里社長 そうなんですね。独立したい子たちには頑張ってほしいな、と思っているだけなんですけど。

一番必要なのは「一生懸命さ」

三宅 ところで、中里さんはどのような経緯で独立されたんですか?

中里社長 僕が飲食業を始めたのは、たまたまなんですよね。もともとは食品の配送営業をやっていたんですが、その会社がピザ屋を買収した。当時はただのアルバイトだったのですが、そこの店長にならないかと言われて......。21歳の頃だったかな?

三宅 へぇ! 大抜擢ですね。一体なぜ中里さんが選ばれたんでしょう?

中里社長 多分僕ね、お客さんに人気があったんですよ(笑)。会社に余っている賞味期限の近い食材を「どうせ廃棄になるなら」と上司に交渉してお客さんに配ってみたり、新しく取り扱う商品のサンプルをちょっと多めに渡したり。そうしたら、人気者になっちゃった。しばらくすると「いいよ、それ買ってあげるよ」って言ってもらえるようになって、売上が上がったんですよね。

三宅 その人望が、ピザ屋の店長という大抜擢に繋がったと。

中里社長 自分で言っちゃいますけど、そうじゃないかな(笑)。だって、飲食の経営については何もわかってなかったですからね。店長になったばかりの頃は、年末にどれくらい食材を注文していいかわからずに、3月まで残る在庫を抱えてしまったこともありました。

三宅 手探りだったわけですね。

中里社長 ええ。飲食業が本当に楽しいと思ったのは、その後に転職した会社で銀座の和食居酒屋を任されたときでした。もちろんその前から飲食業のことは好きだったのですが、さらに好きになった。

三宅 それはなぜ?

中里社長 その和食料理屋の店舗がすごくオシャレだったんですよ! デザイナーさんが設計したお店で、当時そんなお店はまだあんまりなかった。「こんなお店で働けるなら、もっと頑張ろう!」「赤字にしたくない」と燃えましたね。そのかいあって、満席の時もお客さんが「飲ませてくれ」っていって通路に座り込んで飲んでいるような人気店になったんです。

三宅 大繁盛じゃないですか、ワクワクしますね。

中里社長 もう伝説ですよ。僕もあれ以降、そんなお店見たことないです。

三宅 どうやってそれほど愛されるお店を作ったんですか?

中里社長 臭いことを言ってしまいますが「一生懸命さ」と「情熱」だと思いますね。もちろん、料理の美味しさや、リーズナブルな価格設定も良かったと思います。けれど、一番の要因は「一生懸命さ」がお客様に伝わったことじゃないかなと。

三宅 でも、それだけの繁盛をうまく切り盛りするには、中里さんの情熱だけでは難しいでしょう。従業員のやる気はどうやって引き出していらっしゃったんですか?

中里社長 うーん......。意識していたわけではないですが、僕が燃えていたので、それが従業員にも伝わっていたのかもしれません。「お客様のためになんでもやります!」という気持ちでした。ただ料理を出すだけではなく、お客様やメニューが違えばこちらもいちいち対応を変えよう、と言ってるんです。

三宅 対応を変えるといいますと?

中里社長 例えば「美味しいそば茶、お待たせいたしました」というように何か一言付け加えるんです。そしてそれをメニューやお客様に合わせて、「これをかけてこう食べると美味しいですよ」、みたいに接客を臨機応変に変えていくんです。

三宅 なるほど。「ちゃぼうず」のサービスがまさにそれですよね。その時代の中里さんのスピリットが受け継がれているんですね。

社員が自力で解決できるように導く

中里社長 そうですね。ただ、情熱や臨機応変さを求めて従業員の負担が増えすぎるのもよくないと思うんです。大変になっちゃいますから。なので今は、手間を掛けずに会計業務などができる「Airレジ」を導入するなどして、人の手でやらなくても良いところは効率化するようにしています。

三宅 なるほど。人の手でやらなくてもいい業務が減ると、そのぶん従業員のみなさんに余裕ができる。だからお客様やメニューに合わせて接客を変えるというような、人にしかできないサービスの部分に注力できるのかもしれませんね。

中里社長 あと、社員のモチベーションアップという点では、今はみんなの顔を見に行くようにもしていますね。目の行き届く範囲での経営しかしたくないので、30坪以上の店舗は作らないつもりなんですよ。

三宅 なるほど。自分で目配りして社員のモチベーションを上げられるから、接客やオペレーションのクオリティが上がるんですね。ちなみに、顔を見に行くとは具体的にどのようなことを?

中里社長 対話ですね。といっても、仕事が終わった後、飲みに行ったりとかですけど。お酒が入っていると、いろいろと喋ってくれますしね。若い子は上司と飲むのが嫌だと聞くから、しばらく控えていた時期もあったんですよ。でも、たまにだったら「まぁしょうがねぇか」って付き合ってくれると気づいて、また誘うようになりました。

三宅 頻度と、あとは中里社長が若い従業員の方々にとって直属の上司ではないというのもあるかもしれませんね。毎日会う先輩と飲みに行くのは億劫かもしれませんが、中里さんは上司の上司ですから。どんなお話をされるんですか?

中里社長 そのときによって違いますが、それこそ、直属の上司とうまくいかないという話も聞きますよ。「こういう言い方をしてみたらいいんじゃない?」とアドバイスしたりしていますね。ときには「"それは社長の考え方と違う"と言っちゃっていいよ」ということもあります。小さな企業って、仕事の目指すところは結局社長の思いでしかないんです。だから、僕をうまく利用して話してもらうのも、一つの手かなと。

三宅 社長ご自身は、直接解決には乗り出されないんですか?

中里社長 よっぽどのことがない限り出ていきません。注意をすることもないですね。あくまでも、その従業員が自分で解決できるようにアドバイスするだけ。よく社員に言うんですよ。「僕が死んじゃったらどうするの?」って。僕が全てをやっていたら、そうなったとき困るじゃないですか。だからなるべく自分の力でやってもらいたいんです。

三宅 "独立"という目標を作ることで社員のモチベーションをあげる。同時に、「一生懸命に取り組む」「自分の仕事の範囲を線引しない」という経営者として必要な資質を、中里社長自身が背中で見せる。さらに、自分で課題を解決する力を身に着けさせるために、個別にフォローする。この一連の仕組みがあるおかげで、強制しなくとも従業員の皆さんが自分で考えてお客様のために工夫できるようになるんですね。その反面、優秀な人材を外に出すことにもなりますが、規模の拡大を"資本関係ではなく信頼関係の拡大"と考えておられるので、それもデメリットにはならない。
社長がそんなふうに社員の面倒を見るのは、会社の規模が大きすぎると難しいですよね。飲みニュケーションが多すぎて肝臓を壊しちゃう。やはり、経済的な事業の拡大よりも質の進化に注力されているように見えます。

中里社長 小さい頃、兄弟喧嘩をすると母親がよく「2人しか兄弟がいないんだよ! 私達が死んだらどうすんの!」って言っていたんですが、それと同じような感覚かもしれません。小さな会社だから、社員は家族みたいな存在なんです。社員はみんな幸せになって、豊かになってほしい。また臭いことを言いますけど、結局、経営って"愛"じゃないかなと思うんですよ。

三宅 今日取材をさせていただいて、そのお気持ちが伝わってきました。従業員が独立することにも、ノウハウを教えることにも寛容。自分の利益の最大化ではなく、社員のことを考えてお仕事をしていらっしゃって、その根底には"みんな幸せになってほしい"という思いがある。だからこそ、自分でお店を持ったときにもやっていけるように、自分で問題を解決できる力を持ってもらおうとしている。魚を与えるのではなく魚の釣り方を教える、ということですね。社員のことを本当に考えていらっしゃる。
それは確かに、"愛"ですよね。"愛"という言葉は誰に向けられているかも大事だと思うのです。誰しも自分は可愛いものですが、中里社長の"愛"は、従業員とお客様の両方に向いている。
お客様と従業員に幸せになってもらうことが自分の幸せ、そんな"愛"があるからこそ、従業員のみなさんが頑張ろうという気になって、サービスの質が上がっていく。情が通じれば奮い立つ、人ってそういうものですものね。自分のことを大切にしてくれる人が一生懸命になっていることがあれば、相手もそれがとても大切なことだと感じてくれます。愛があって欲張らない社長だからこそ、独立した社員とも長い間いい関係でいられる。それがちゃぼうずさんの「やさしい経営」だと思います。いいお話をありがとうございました。

やさしいお店がいいお店 ―小さなお店の経営学―

プロフィール/敬称略

三宅秀道(みやけ・ひでみち)

専修大学経営学部准教授。
1973年生まれ。神戸育ち。1996年早稲田大学商学部卒業。 都市文化研究所、東京都品川区産業振興課などを経て、2007年早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程単位取得退学。 東京大学大学院経済学研究科ものづくり経営研究センター特任研究員などを経て、2014年より現職。 専門は、製品開発論、中小・ベンチャー企業論。これまでに大小1000社近くの事業組織を取材・研究。 現在、企業・自治体・NPOとも共同で製品開発の調査、コンサルティングにも従事している。

<著書>
「新しい市場のつくりかた」(東洋経済新報社)2012
「なんにもないから知恵が出る:驚異の下町企業フットマーク社の挑戦」(新潮社)2015

中里浩士(なかざと・ひろし)

1972年2月 東京都中野区生まれ 全寮制の男子校、都立秋川高等学校卒業。
卒業後、広告代理店就職のち業務用食材会社でアルバイトで営業配送をする。21歳で新規事業のピザ店の店長を21歳で任されるが不眠不休で仕事をしたにも関わらず売上が上がらず退社。その後、飲食店に勤務。入社5年後に銀座のお店に店長として配属される。
32歳で独立。銀座1丁目「酒菜庵ちゃぼうず」を立ち上げる。現在、銀座を中心に6店舗経営。2017年独立開業支援事業を始め、自衛隊朝霞駐屯地での独立開業のセミナーを始めとし、積極的に活動を行う。銀座西1丁目町会理事 公益社団法人京橋法人会 青年部部会長。

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