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シンガポールから学ぶ、送り手と受け手の対話を通して知る「日本の強み」

アイデア , アジア , グローバル , グローバル人材 , 事業推進 , 新規事業 , 海外から見た日本

文:葛原 信太郎 写真:須古 恵

2017年、1人当たり名目GDPがアメリカに次ぐ9位にまで登りつめたシンガポール。建国からわずか50年ほどにも関わらず、いまやアジアを代表する経済大国だ。外国企業を積極的に誘致するなど、ビジネスにおけるアジア進出の拠点として活用する企業も多い。世界各国から様々なサービスや商品が集まるエキサイティングな環境を、日系企業や行政機関、自治体のシンガポール進出をサポートするVivid Creations代表の齋藤真帆氏に聞いた。

優れたものを次々と吸収する柔軟なシンガポールの人々

はじめに、シンガポールという国の現状について、日本とシンガポールの2拠点で生活する齋藤氏はどうとらえているのかを聞いた。

経済的に発展を語る上で欠かせないのは、同国における物価だろう。2018年のマーサー世界生計費調査によれば、シンガポールの物価は世界4位。食事から、家まであらゆるコストが高くつく傾向にあるという。

「シンガポールでの生活は、総じて日本よりお金がかかります。そもそも国土が狭く、自国で生産できるものが少ないため、あらゆるものが輸入品というのが大きな理由です。食事も外食が中心ですが、ラーメン1杯が1,300円ほど。街の屋台であれば300円ほどで済みますが、食への情熱が高く、少し値段がはっても美味しいご飯を食べる人が多いです。また、不動産も高く賃料は東京の1.5〜2倍くらい。若者はルームシェアにも関わらず、一人10万円ほどの家賃を払っています」

生活コストは高い。ただ、これはそれをまかなえるだけの収入あることも意味している。

「新卒の初任給は、日本の1.5倍ほど。さらに夫婦共働きが当たり前なので、結婚すれば世帯年収も高いです。生活コストが高いから仕方なく共働きをしているだけではなく、女性に働くモチベーションがあり、それを問題なく実現させる社会の仕組みがあります。東南アジアは夫よりも妻がしっかりと働いているというような文化があり、シンガポールではマネジメント職につく女性も少なくありません」

齋藤 真帆さん

この経済成長を支える要因のひとつは、その独特な国土だ。東京23区と同程度の面積で、端から端まで移動しても車で1時間ほど。近隣諸国が身近故に、海外への敷居が極端に低い。

「こんな狭さなので、国内、海外という感覚があまりないんですよ。旅行といえば海外旅行が当たり前ですし、テレビや新聞を見ても、国内のニュースよりも海外のニュースが多いくらいです。学校教育もほぼバイリンガルで、国民の4人に1人は外国人ですから」

シンガポールの夜景

シンガポールの夜景

ただ、このグローバルな環境を生み出したのは、地理的要因だけではない。海外のものを積極的に取り入れつつも、自国のアイデンティティを持ち続けるマインドこそがわずか50年での経済の急成長を支えてきた。

「建国50年あまりの国が、自国にほとんど資源がないのにも関わらず、これだけの近代国家に成長する。このスピード感はとてもエキサイティングです。これは、自分たちの基礎が無いからこそ実現できたと思います。シンガポールには、歴史が浅い故に自分たちのアイデンティティを示せるものがあまりない。だからこそ、必要なものを海外から取り入れることに躊躇しません。合理的に、柔軟に、良いものを海外から取り込みながらも『これがシンガポールです』と言い切れる潔さがあるのです」

送り手と受け手の対話がコミュニケーションロスをへらす

齋藤氏が経営するVivid Creationsは、日本のコンテンツをシンガポールで広めるためのマーケティングやプロモーション、調査などを行っている。これまで「リアル脱出ゲーム」や北海道生まれのチーズタルト「BAKE」のシンガポール進出、各自治体のインバウンドプロモーションなどをサポートしてきた。

世界中から優れたプロダクトやトレンドが集まるシンガポールの人々は、日々、ものを見る目を養っている。そんなシンガポールの人々にとって、日本は旅行先として人気が高い。適度な近さと、四季が生み出す気候や景色の変化にシンガポールの人々は魅力を感じているという。

「シンガポールの特徴のひとつとして、季節が変わらないということあります。365日同じような天気ですから、天気予報も気にしません。一方、日本には四季があり、冬には雪、春には桜が見られる。加えて、シンガポールでは国土が狭く、景色や文化が均一になりやすい。日本には、様々な地理的な景観や、地方の文化がある。ゆえに、シンガポールの人にとって、日本は魅力的な場所に映るのだと思います。事実、日本が気に入った人は何度も訪れますし、滞在中の消費金額も大きい。日本の自治体もシンガポールでのプロモーションには積極的です」

齋藤 真帆さん

齋藤氏は、日本の魅力をシンガポールに伝える仕事を続けるうちに、気づいたことがあるそうだ。それは、情報の送り手が魅力として伝えたいことと、受け手が魅力と感じることのズレだ。

「どの地域にも、ローカル和牛、地酒、温泉がある。地域によって一つひとつ中身は違うのですが、シンガポール人からは『他の地域と何が違うの?』と感想をもらうことが多いです。こういうときは、シンガポールの人々からの視点を大切にします。シンガポールの人々に刺さるポイントは、日本人にとっては意外なことが多いので、実際にシンガポールのスタッフを日本に連れてきて気になるポイントを議論したりします」

たとえば、日本には美しい山々が多い。「モノ消費からコト消費」へと消費行動が変わっていく中で、日本の自治体もインバウンド向けに登山やトレッキングといったアクティビティに取り組もうとしているという。しかし、伝え方ひとつで魅力に感じるかは大きく変わる。

「シンガポールの人々は、健康維持のため運動には積極的ですが、忍耐力の必要なスポーツ自体を楽しむ人は少ない傾向にあります。例えば、時間をかけて登る山登りにもあまり魅力を感じません。この場合『頑張って登れば素晴らしい大自然が待っている』と、ハードルを上げるのは得策ではないんです。私たちが上高地のプロモーションをお手伝いしたときには、アウトドアが好きな子に無理やり誘われたシンガポール人という設定にし、スニーカーでも登れるような気軽な環境で、シンガポールにはない大自然に出会えるというストーリーを組み立てて動画を撮影しました」

Kamikochi - Trekking Through the National Park in Japan

この動画の撮影ために連れてきたシンガポール人とのコミュニケーションの中でも、意外なズレを発見したという。それはロケ地として訪れた松本の街にある井戸水を彼らに案内したときのことだった。

「シンガポール人は街にある井戸水が飲めることにとても驚いていました。シンガポールは、平らな国土のせいで降水量の割に貯水能力に乏しく、一部の水をマレーシアから買っています。ですから日本のようにおいしい水が安価でどこでも飲めるということにものすごく大きな驚きがあったんです。日本人の『普通』の中に、シンガポールの人々からの『魅力』が隠れている。こういうことは、情報の送り手と受け手の『対話』によって発見できます。ここにもっと注力すべきです」

Vivid Creationsの企業理念には「創造的な対話で本質を理解し、多様性をつなぎ、Vividな未来をつくる」とある。価値観や常識が異なる両国をつなぐために「対話」が重要だと齋藤氏は考えている。

齋藤 真帆さん

「日本の企業や自治体のお話を伺うと、多くの場合において『これを売りたい』『これを見てほしい』という狙いは明確です。しかし『これが求められているか』という客観的な目線が不足しがちだと感じます。日本が持っている質の高いコンテンツは国際競争力があります。しかし、受け取る側も確実にリテラシーが高くなっている。だからこそ、一方通行な期待だけではなく、魅力の本質を情報の受け手と送り手の対話で生み出さなくてはいけないと考えています」

日本の「何かを生み出す」ノウハウをシンガポールで活かす

順調に経済成長を続けてきたシンガポールだが、今、大きな岐路に立っているという。シンガポール初代首相であり「国父」とも呼ばれたリー・クアンユー氏の死去だ。強力なリーダーシップで国の成長を推進してきたカリスマを失ったシンガポールは、これからどこに進むのかを自分たちで考えなくてはいけない。

「今、シンガポールはリーダーを失い、自分たちで未来を考える必要ができてきました。トップダウンで経済を発展させてきただけに、彼らはゼロから何を生み出すクリエイティブな部分が弱い。シンガポールのこれからの課題は、クリエイティビティを伸ばすことではないかと考えています」

シンガポールは激しい学歴社会。偏差値の良い学校に進むことが是とされ、クリエイティビティやアートを学ぶことにポジティブな印象はなかったという。ここ10年ほどで多様な価値観を認められるようになってきたそうだが、シンガポール内で自活するクリエイターやアーティストのロールモデルは少ない。力のあるアーティストは他の国を目指してしまうそうだ。

「私の夫は、シンガポールの芸術大学で教鞭を執っているのですが、そこの生徒ですら『何かを生み出す』ことに苦労しているそうです。弊社のシンガポールスタッフも、課題に対する読解力やそれを形にする行動力は高いですが、ゼロから考えることは好みません。これはシンガポールにとっては課題ですが、日本にはチャンスです。日本のクリエイティビティやイノベーションを生む力が、これからのシンガポールで非常に重宝されていくと考えています」

齋藤 真帆さん

インターネットやSNSを通じて、新しい情報が日々生まれている現代。コンテンツの質が高ければ多くの人に届くというわけではなし、情報の送り手の一方的な意思だけでは受け手は満足しない。

とくに国と国をまたぐコミュニケーションは、情報の送り手と受け手の間に共通の価値観が少なく障壁は高くなってしまいがちだ。送り手・受け手、双方に対する解像度が高いプレイヤーが対話を促し、情報の形を変えていくことで、本質が伝わるようになる。

大きく変わろうとしているシンガポールでは、これまで必要とされてこなかったものが必要とされていく。日本のビジネスシーンにとっても、存在感を増していくのではないだろうか。

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

齋藤 真帆(さいとう・まほ)

出版局を経て某メーカーで海外プロジェクトに携わったことで海外をより身近に感じ、海外移住を決意。 2009年にイベント・展示会の企画運営及びマーケティングを行う会社 Vivid Creationsを起業する。企業や行政機関、自治体の海外プロモーションを中心に、日本で大ブームとなったリアル脱出ゲームの海外興行、英語落語公演など、 日本の優れたコンテンツもシンガポールに紹介している。2014年には日本にVivid Creations Japanを設立し、日本国内での事業拡大、シンガポールだけでなくアセアン諸国向けのマーケティングを促進するとともに、海外企業の日本向けマーケティングを行う。今までの地域に根差した海外とのネットワー及び精通力、新たな価値創造を可能にするクリエイティビティを活かしながら、「現地生活者との関係作り」「多様性」をヒントに、独創的なコミュニケーションデザインを通して新しいマーティング事業をさらに促進させていく予定。

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