Menu

シェアする

保存する

社会のあり方を問う。ソーシャルデザインが向き合ってきた「平成」とは?

ものづくり , デザイン , 多様性 , 新元号

文:紺谷 宏之 写真:柳詰 有香

日本デザイン振興会・矢島進二が振り返る、ソーシャルデザインを巡る「平成の軌跡」

平成というひとつの時代が終わり、『令和』がスタートした。私たちはこの新時代に何を思い、どんなことを考えていくべきかーー。デジタルテクノロジーの劇的な進展、経済の低迷や大規模災害など、変転著しい31年が私たちにもたらしたものについて振り返るとき、そこにはさまざまな思考のタネやアイデアが見つかるに違いない。"平成的思考"から脱却し、新時代を生き抜くための来るべき未来を予測していく。

平成という新しい時代とともに芽吹き、時を経ながら社会に浸透し、デザインの概念を拡張させ、多様に進化してきた「ソーシャルデザイン」。多くの意味を内包するこの言葉は、社会課題と向き合い、より良い社会をつくっていくための「考え方」となった。60年以上の歴史と実績を誇る世界的デザイン賞「グッドデザイン賞」の運営などを担う、日本デザイン振興会の矢島進二氏に「ソーシャルデザインの軌跡」を紐解いてもらう。

顕在化していく「ソーシャルデザインの息吹」

― デザインやアートを取り巻く状況について、長年に亘って見届けてきた矢島さんにとって、平成とはどんな時代でしたか?

デザインそのものの概念が変化し、その役割が大きく広がっていった時代だったように思います。

デザインといえば従来、プロダクトやグラフィック、ファッションなどのデザインを指していましたが、平成の歩みとともに多様に進化し、コミュニケーションやサービス、近年ではビジネスや体験にもデザインという用語が使われるようになりました。その概念をより一層広げたのが「ソーシャルデザイン」だと思います。

― グッドデザイン賞の運営など、さまざまなデザインプロモーションに従事する中で、ソーシャルデザインという言葉をどのように捉えてきましたか?

矢島進二さん

ソーシャルデザインは多くの意味を内包する言葉です。平成の時代に生まれ、多様に進化してきた概念なので定義するのは難しいのですが、共通点を整理すると「社会課題をデザインの力で解決し、より良い社会に導いていく試み」だと思います。

― 平成31年間をとおし、ソーシャルデザインが世の中に浸透していった過程をお聞かせください。

「ソーシャル」という概念の芽になった出来事を振り返っていくと、ソーシャルデザインという考え方が世の中に認知され、浸透する過程を捉えることができると思います。

平成が始まった1989年当時、ソーシャルデザインという言葉は生まれておらず、日常的に「デザイン」という言葉を使い始めるのも、もう少し先のことです。平成が進むにつれて徐々に一般化していきました。

世の中の意識が変容し始めたきっかけは、1995年に起きた「阪神・淡路大震災」と「地下鉄サリン事件」だと思います。日本を代表する2都市で起きた未曾有の出来事により、多くの人が心的外傷を受けました。

ですが、これを機に、主体的な「市民によるボランティア活動」が生まれます。個人の意思による「社会貢献」活動が広範囲で行われたことで、言葉としてはまだ顕在化していないソーシャルデザイン的考え方が浸透し始める時代に入ります。

"ソーシャルの種が蒔かれた"という表現を使うなら、「京都議定書」(1997年)によって「環境問題」が、「NPO法施行」(1998年)によって「非営利」という概念が日本人に認知され始めたことも、大きな意味があったと思います。

歴代のグッドデザイン賞

― その後、ソーシャルデザインという言葉が顕在化し、その考え方が広がっていったわけですね。

21世紀に入ると、「地球環境問題」が問題視されてきた範囲枠を遥かに越え、社会全体の課題として認知されていきます。「環境問題」が公害から地球環境問題に変わったことで、デザイン領域にも変動が起きます。

20世紀と21世紀をまたぐタイミングで、デザインの民主化とグローバル化がほぼ同時に起き、デザイナーやクリエイターの価値観が大きく変わっていきます。いち早く意識変革したのは、広告や音楽業界のクリエイターでした。

最も大きなエポックは、2001年にリニューアル発刊された広報誌『広告』(博報堂)です。トータルコンセプトに「future social design」を掲げ、ソーシャルデザインを名乗った初めての媒体でした。初号の特集は「地域通貨」。誌面と連動したプロジェクトをスタートさせ、実際に渋谷で利用できる地域通貨「アースデイマネー」が誕生しました。地域通貨のムーブメントはその後、全国に広がり、コミュニティや地域活性のソリューションの手法としていまも機能しています。

2000年代前半はソーシャルデザインの礎になるプロジェクトが多く出始める時代でもありました。個人が有す職業上の知識やスキルを生かして社会貢献を行うボランティア活動が立ち上がったり、清掃活動を行うNPO法人が発足されたりしました。「100万人のキャンドルナイト」や「ホワイトバンドプロジェクト」、「チーム・マイナス6%」がスタートしたのもこの頃です。

平成を象徴する「ソーシャルなプロジェクト」

矢島進二さん

― 矢島さんが思う、2000年代以降の平成を象徴するソーシャルデザイン領域のプロジェクトをいくつかお聞かせください。

とても難しい質問ですので3つ挙げさせてください。1つ目は、2001年に発足されたNPO法人「Think the Earth」でしょうか。「エコロジーとエコノミーの共存」をテーマに、事業活動を通じた社会貢献の新しいスタイルを提示したと思います。

持続可能な社会の実現に貢献するプロジェクトを立案し、企業や行政、教育機関など、多種多様なセクターと才能をつなぎ、今日まで多くのプロジェクトを実現させてきました。発足当初に商品化した「アースウォッチ(地球時計)」をご存じの方もいるのではないでしょうか?

― NPOと環境、いずれも20世紀末に提起された概念を取り入れた活動ですね。

2つ目は「ロングライフデザイン」を提唱し、2000年に東京・奥沢に1号店をオープンした「D&DEPARTMENT」。同社も、ソーシャルデザイン文脈の価値観をいち早く提示したように思います。

代表のナガオカケンメイさんご本人からは「ソーシャルデザイン」について口にされることはありませんが、リサイクルやデザイン視点による旅行誌『d design travel』の刊行や、日本の地場産業や伝統工芸にフォーカスしたプロジェクトなど、際立った嗅覚と編集力によってデザインが持つ価値を揺さぶってきました。

「ロングライフデザイン」「デザインしないデザイン」、そして「デザイナーの社会性」といった観点から、私たち日本人の価値観形成に影響を与え、ソーシャルデザインの可能性と広がりを決定づけたのではないでしょうか。「D&DEPARTMENT」がもたらした衝撃は表には見えにくいですが、さまざまな業界にその考え方が浸透していったと思います。

次代を見据えている「D&DEPARTMENT」は今、他国からも注目され、中国を筆頭に文化意識の底上げにつながるようなプロジェクトをスタートさせています。

私に「デザインの社会性」を最初に投げかけてくれたのもナガオカさんでした。

「D&DEPARTMENT TOKYO」ロングライフデザイン関連の商品が並ぶ

「D&DEPARTMENT TOKYO」ロングライフデザイン関連の商品が並ぶ
(Meet Recruit ロングライフデザインの提唱者、ナガオカケンメイが振り返る「平成」とは より)

3つ目は2010年に東京で開催した「世界を変えるデザイン展」です。社会課題を解決するためのデザインをテーマに開催した同展では、世界中から集めたプロダクトデザインやプロジェクトを紹介し、口コミやSNSで話題となり、社会的に大きな関心を集めました。

同展は、2007年にニューヨークの国立デザイン博物館で開催された「Design for the Other 90%(残りの90%のためのデザイン)」と、その記録をまとめた書『世界を変えるデザイン』(英治出版)をベースにしたものでした。

「世界を変えるデザイン展」の書籍と展示により、ソーシャルデザインの概念は、確かなリアリティをもって定着していったように思います。「デザイン」という言葉がもつ意義を改めて考えるうえでも、平成を象徴するプロジェクトだったと思います。

多様に進化していくソーシャルデザイン

― ここまで、平成の始まりとともに芽吹き、時を経ながら社会に浸透し、多様に進化し始める「ソーシャルデザイン」の歴史をみてきました。2011年に起きた「東日本大震災」も避けては通れない出来事だったと思います。

そうですね。この未曾有の災害により、日本中の人の心が大きく揺り動かされました。デザインの領域もフリーズ状態がしばらく続きましたが、新しい担い手が現れてきます。

ソーシャルデザイン分野では、被災地での生活を助けるデザインやアイデアを集めたウェブサイト「OLIVE」が震災2日後に立ち上がり、程なくして日本初のクラウドファンディング「Readyfor」もスタート。ほかにも多くの人たちが自発的に動き、さまざまなプロジェクトを立ち上げていきます。

東日本大震災を境に、ソーシャルデザインの動きはより一層活発になっていき、全国各地でさまざまなムーブメントが起こり、その地域ごとに根づいていきました。震災を目の当たりにしたことで、一人ひとりの社会課題がはっきりし、多くの人が復興支援にコミットしていきます。コミュニティデザインという言葉が浸透していく時期でもありました。

矢島進二さん

― 平成31年の間、さまざまな出来事が起こり、その都度、時代の気分に寄り添いながらソーシャルデザインのアクションも多様な形で起こってきたわけですね。では最後に、矢島さんが考える「令和の展望」をお聞かせください。

冒頭お話したように、平成はデザインそのもの概念が変化し、ソーシャルという概念が顕在化していく中で、ソーシャルデザインが広く世の中に浸透していく時代でした。

一方で、2010年代の中盤以降、ソーシャルデザインの概念がぼやけ、デザインそのもののポジショニングも不明瞭になっていった印象があります。成熟期に入っていったと表現したほうが適切かもしれません。

時代の気分やその担い手たちによって、必要とされるデザインは変化していくものです。デザインは世の中をより良くするための役割を担っているので、社会の本質に寄り添いながら、意義のあるものが増えていけば、嬉しいですね。デザインの担い手も今後さらに、多種多様になっていくでしょう。

平成を振り返ると、グッドデザイン大賞の受賞者も時代の気分に寄り添いながら変化してきたように思います。大賞はその時代の「共感の象徴」を選ぶものなので「通行実績情報マップ」(2011年)やパーソナルモビリティ「WHILL」(2015年)といったソーシャル文脈の受賞も多く生まれました。令和の時代は受賞者の主体が大企業から、NPOや個人になることが増える気がします。

2019年度もちょうど今、募集しているところです。どのようなデザインプロジェクトの応募が集まるのか、社会の変化をみる物差しとして楽しみにしているところです。

グッドデザイン賞に携わる者として、平成から令和と変わる時代の中でデザインを巡る状況を見届け、デザインの社会的価値を上げていければと思います。

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

矢島進二(やじま・しんじ)

1962年生まれ、東京都出身。公益財団法人日本デザイン振興会。大学卒業後、食品・雑貨関連企業を経て、1991年に現職に転職。グッドデザイン賞を中心にさまざまなデザインプロモーション業務を担当。東海大学、首都大学東京大学院、九州大学芸術工学府非常勤講師。月刊誌『事業構想』でビジネスデザインをテーマに連載執筆中。2019年2月号『自遊人』ではソーシャルデザインについて寄稿。

インフォメーション

「グッドデザイン賞2019」への応募を受付中
応募期間:5月23日(木)まで
詳細・応募は特設サイトまで

あなたにおすすめの記事

最新記事