ベトナムから、アジア、北米へと拡大するAI企業代表が語る「夢を言葉にする大切さ」

ベトナムから、アジア、北米へと拡大するAI企業代表が語る「夢を言葉にする大切さ」

文:葛原 信太郎 写真:須古 恵

ベトナムを中心にグローバルでAIに取り組むシリアルアントレプレナーが語る、海外から見た日本

世界でNo.1のAI企業になりたい――。

AIを活用しビジネスシーンにおけるあらゆるムダを排除するグローバルカンパニー「シナモン」代表取締役CEOの平野未来(ひらの・みく)氏はこう語る。東京大学大学院在学中に起業し、のちにmixiに売却。次なるフィールドとして世界に狙いを定め、シンガポールでシナモンの前身となる会社を起業した。今では東京、ハノイ、ホーチミン、台北、シリコンバレーに事務所を持つ。

日本でも海外でも起業経験のある平野氏は、現在フィールドとしているそれぞれの国をどのようにとらえているのだろうか。開発拠点があるベトナムをはじめ、ビジネスを展開する中で見えてきた、各国の違い。さらに平野氏のビジネスマインドを紐解く。

生産性が低いことへの不満から、生産性を上げるための使命へ

「私たちのゴールは、世の中のあらゆる面倒な仕事をなくすこと。AIができる仕事はAIに任せ、人間は人間らしい仕事に集中できる世界を目指しています」

平野氏率いるシナモンは、AIを用いてホワイトカラーの生産性を向上に寄与するプロダクトの開発を行っている。ホワイトカラーにとって、面倒な仕事。例えば、書類に氏名や住所を毎回記入したり、タイピングで長い文章を打ち込んだりといった単純作業を、AIを用いてすべてなくしたいと同社は考える。

平野さん

平野氏によれば、日本は世界的に見てもAIのポテンシャルが高いそうだ。なぜならば、日本ほど仕事における非効率さが残っている国がないからだという。

「AIによる自動化のポテンシャル世界ランキングを見たことがあるのですが、日本は圧倒的な1位でした。無駄な仕事が多い割に、AIがまだあまり導入されていないからです。現在、私たちのお客様は日本企業がほとんどですが、金融、製造など比較的トラディショナルな業界や企業さまには大変注目していただいています」

mixiへの事業売却経験もあり、起業家として次が期待される彼女にとって、ホワイトカラーの業務改善は、なぜ自ら取り組むべき課題と捉えたのか。常々、面倒な仕事や単純作業は極力したくないという思いを持っていたそうだが、あるとき、その「個人的な不満」が「使命」に昇華されたという。

「数年前、過労によって自殺した若い女性のことが連日報道されていました。彼女とは面識こそないものの、バックグラウンドが被る面がありました。また、ちょうどその報道がされていた時期に第一子を出産したので『自分の子どもが大人になる前に、今の日本の働き方を変えなくてはいけない...これは日本のあるべき姿では絶対にない』と強い使命感を持ったのです」

優秀な人材にアプローチするためコワーキングスペース設立

自身のビジネスに大きな使命感を持つようになった平野氏は、実現したい未来に向けて、ベトナムにラボを構えた。ベトナムという地を選んだのは、優秀なエンジニアが多く、とくにAIエンジニアとして高いポテンシャルを持っている人が多いと感じていたからだ。

「ベトナムは、圧倒的に優秀な人が多い、という実感がありました。特に、数学に強みがある。日本人エンジニアの正解率が10%以下だった数学の試験をベトナムのエンジニアに出題したところ、みなさん一瞬で解いてしまいました。AIエンジニアには、AIに関する経験以上に数学の力が大事になります。故に、ベトナムに拠点を置き、優秀な仲間を集めようと思ったんです」

平野さん

ベトナムに進出した当時はまだ「スタートアップ」といった概念は浸透しておらず、優秀な人材にアプローチする方法もなかった。その中で、平野氏は地道に会社の名前をベトナムのエンジニアの間に浸透させていったそうだ。

「ベトナムのエンジニアたちにアプローチするために、まずコワーキングスペースをつくったんです。利用を希望される方にはビジネスプランを提出してもらい、選考を通れば利用できる仕組みにしました。すると、徐々にですが地元のエンジニアの間で話題になり、『シナモン』の名前が少しずつ浸透していったんです。他にもローカルのITカンファレンスに足繁く通ったり、大学の教授とのパイプをつくったり。

私たちが注目してもらえるよう、地道に地域での活動積み重ねていきました。ベトナムにいち早くアプローチしたおかげで、今ではベトナムのAI企業といえば、一番に弊社の名前があがるようになりました」

最近では、ベトナムの優秀なエンジニア確保のため、インターンシッププログラムに注力。半年間、給料を払いながら同社のラボでトレーニングを実施しているという。このプログラムは、優秀な若手の獲得と育成の両方に寄与している。

ベトナム、シンガポール、北米など...それぞれの違いを知り、ビジネスを広げる

ただ、現地で成果を上げていくには、ベトナムの文化や現地の人の特徴への理解が不可欠だ。ベトナム進出当初は、働き方や仕事との向き合い方に対する違いに苦労したこともあったという。

「一般的に、東南アジアでは、日本よりも賃金がモチベーションになることが多いんです。日本人にとってももちろん給与も大事なのですが、仕事に求めるのはそれだけをではないと考えている人が多いように感じます。一方、東南アジアでは、人によって差はあれど給与は自分の時間との交換であると考えている人が多い印象ですね」

仕事との向き合い方に限らず、専門性や得意とする分野にも地域ごとに特色がある。同じアジアでも、シナモンの前身となる法人を立ち上げたシンガポールではAI人材よりも、マネジメント人材を採用する上で良い環境にあると平野氏は考えているそうだ。シンガポールは東南アジアのハブとして機能する国。様々な企業が本社やアジアのヘッドクォーターを置き、アジアの拠点として各国を束ねていることから、必然的にマネジメントスキルの高い人が集まってきているという。

平野氏のフィールドはアジアだけにとどまらない。開発面は現在アジアを中心に展開しているが、販売面ではアメリカでの展開も力を入れているという。

「アメリカはセールス拠点と位置づけて挑戦を続けています。アメリカはやはりグローバルでビジネスをする意識も強いですし、コミュニケーションが得意な方が多い印象がある。今後を考えると、営業拠点としては欠かせないと考えていますね」

こういった国ごとの理解が、グローバルに事業を展開する上では大切になってくる。

「ベトナムではAI人材の確保を優位に進められましたが、他の国でも同じようにいくとは限りません。国ごとに特徴が異なりますし、いくら事前に調査を重ねても、現地に訪れてはじめて理解できることもたくさんあります。適切な戦略と積み重ねが欠かせません」

平野さん

口に出し、人に話すことで明確になる自分の夢

日本、東南アジア、北米と、着実に事業を展開、拡大しているシナモンだが、この勢いを保てるようになったのは、ここ1年ほどのことだと平野氏は教えてくれた。ほんの2年ほど前は、資金が底をつく寸前で、平野氏は妊娠中の身体を気遣いつつも、自ら営業に駆けずり回っているような日も少なくなかったそうだ。こういった苦難をも乗り越えられたのは、平野氏が、常に目的意識を大切にしてきたからだという。

「大事なことは、とにかく思い描くものや叶えたいことを口に出すことだと思っています。そうすることで、自分のしたいことが明確になる。明確になってさえいれば、それを実現する方法を考えてくれたり、助けてくれる人を見つけることだけにフォーカスすればいいですから。先が見えない中努力するのは辛いですが、目指すものが見えていれば、そこに向かって走っているんだと自分自身納得ができますからね」

自分のしたいことを言葉に――といわれても、そう簡単な話ではないはずだ。平野氏自身、今のように話せるようになるまでは、何度も整理し言葉にする練習を重ねてきたそうだ。そのひとつとして、ランニングの時間を使った方法を教えてくれた。

「私は日常的にランニングをしているのですが、いつものコースの折返し地点が神社なんです。なので、往路で20個から30個ほどのお願いを考えています。やってみるとわかりますが、これが意外と難しいんですよ。ただ、高尚なことからくだらないことまで、現時点での自分自身の考えていることを意図的に言語化する良い機会になります。神社に着いてお願いごとをしたら、復路はその願いを叶える方法を考えるようにしています」

この繰り返しで、自分の思考を整理したのち、他の人へ語る機会を作る。家族でも同僚でもいい。誰かに説明すると、したいことを客観的に説明する中で、目標が明確になっていくという。

「他人が理解しやすいように話そうとすると、"やりたいこと"を"明確な目標"に変換しなければいけません。これを繰り返していくと、説明する言葉の精度が上がるとともに、口に出した瞬間に"これが本当にやりたいことだ!"と思えるものに出会えると思うんです」

人への説明をする度に、言葉はより伝わりやすく、思いはより強くなっていく。その中では思いの変化や淘汰が繰り返され、最終的に残るのが「私は、本当にこれをやりたかったのだ」というものなのだ。

ただ、夢といわれると人生をかけて追う「大きな目標」をイメージするかもしれない。平野氏にそう問うと、「夢はアップデートするものだと思うんです」と答えてくれた。

平野さん

「最終ゴールだけを描くのって難しいと思うんです。だから、例えば『50歳の時に何をしたいか』と中長期的に夢を考えるのではなく、5年程度先に、自分がめいっぱい頑張ったら届くかもしれない場所に夢を置く。そして、そこへ向けて努力をしながら、常に夢をアップデートしていくべきと私は考えています」

そんな平野氏が今、夢に掲げているのは『2022年に500人のAIエンジニアを集め、世界No.1のAI企業にする』ことだという。

「最初に思いついたのはAIエンジニアを『いっぱい』集めるだけだったんです。でも、人に伝えようとすると『いっぱい』ではわかりにくいですよね。そこで、あるベンチャーキャピタルと話しているときに『5年後(2017年当時)に500人を目指しています』という具体的な目標にしてみたんです。すると、会社の優秀なメンバーのおかげで、実現できていることが最近どんどん大きくなってきている。とりあえず言ってみることからスタートしますが、スタッフが信用してくれるからこそ会社として承認されますし、一人ひとりの努力が積み重なり、結果につながるんだと思うんです」

平野さん

海外拠点で起業する。ベトナムでNo.1のAI企業になる、さらにグローバルにビジネスを展開する。これらは、平野氏にとって力いっぱい背伸びをしたら届くかもしれない場所に夢を置くことで現実となってきた。
ただ、背伸びを続けるのは容易ではない。だからこそ、やりたいことをいくつもあげ、言葉として明確にして「自分が本当にやりたいこと」に出会う必要がある。常に背伸びを続ければ、いつの間にか手が届き、さらに上に目標を置けるはずだ。

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

平野未来(ひらの・みく)

シリアル・アントレプレナー。東京大学大学院修了。IPA未踏ソフトウェア創造事業に2度採択された。在学中に株式会社ネイキッドテクノロジーを創業し、2011年に同社を株式会社ミクシィに売却。2012年にシナモンを創業。プライベートでは2児の母。

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