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ヘア&メイクは「時代を映す鏡」。「かわいい」が多様化した平成とは?

アイデア , 多様性 , 新元号

文:紺谷 宏之 写真:斎藤 隆悟

時代のミューズに愛されてきたヘア&メイクアップ・アーティストの中野明海に聞く、「美しい」「かわいい」の変容

平成というひとつの時代が終わり、『令和』がスタートした。私たちはこの新時代に何を思い、どんなことを考えていくべきか――。デジタルテクノロジーの劇的な進展、経済の低迷や大規模災害など、変転著しい31年が私たちにもたらしたものを振り返るとき、そこにはさまざまな思考のタネやアイデアが見つかるに違いない。"平成的思考"から脱却し、新時代を生き抜くための来たるべき未来を予測していく。

ヘア&メイクには「時代の気分」が映し出される。社会の変化とともに、女性たちの「美しい」「かわいい」の基準はどのように変容してきたのか。多くの女優やアーティストの美しさやイノセンスを引き出し、安室奈美恵をはじめ時代のミューズに愛されてきたヘア&メイクアップ・アーティストの中野明海さんと「平成という時代」を振り返る。

メイクルームから見た「1990年代の変容」

音楽やファッションがそうであるように、ヘア&メイクにも「時代の気分」が映し出される。平成という時代はどんなヘア&メイクの気分が女性の心を捉えてきたのか。第一線のプレイヤーとして、平成31年間を駆け抜けてきたヘア&メイクアップ・アーティストの中野明海さんはこう振り返る。

「平成は、女性たちの『美しい』『かわいい』の基準が多様化していく時代だったと思います。コスメ市場も大きく拡がり、平成の始まりといまを比べると、ヘア&メイクの情報も手軽に多方面から得られるようになりました。世の中の移り変わりとともに、自分らしさを大切にできる女性も増えていった気がします。その気分が浸透していったことで、『大人かわいい』女性像も市民権を得ていきました」

平成のスタートは1989年。世にいう「バブル景気」が終焉に向かう一方で、男女雇用機会均等法が施行された時代状況を反映し、女性の社会進出が始まっていく。キャリアウーマンと呼ばれる女性たちが現れ、彼女たちの勢いを感じる髪型やファッションを目にする機会が増えていく時代でもあった。

「私は当時、サブカルと言われる側の人間でした。ソバージュや前髪を立たせるコンサバ系のスタイルの人たちとは交わることなく過ごしました。当時はインターネットのない時代。聴いている音楽も食事をする場所も、遊びにいくスポットも読む雑誌も、すべてにわたって異なり、個性派とコンサバ系が交わることはありませんでしたね。その後、サブカル系のアートディレクターやアーティストの方達がメインストリームにも移行していき、私もお声がけいただくようになりました」

好況は長くは続かず、バブル崩壊へ。悲観的な経済の見通しが公表される中、クリエイティブ業界にも「変化が起きました」と中野さん。1990年代、ヘア&メイクのトレンドはどう変容していったのか。

「バブル崩壊後はクリエイティブに関わる人たちが淘汰され、真剣にものづくりに取り組む人たちだけが残り、業界の風通しが良くなった気がしました。ファッションでいうと、お金を貯めて素敵なブランドを皆が買う『憧れの強い』時代で、そんな気分に寄り添いながらヘア&メイクの仕事をさせていただきました」

この頃、時を同じくして、きらびやかなハイブランドの衣装を身に纏ってランウェイを歩くスーパーモデルが世界中で注目を集めはじめる。

「日本にもスーパーモデルブームが到来し、ハイファッションやハイモードが憧れの対象になっていきました。その後、ケイト・モスが登場し、カジュアルに着崩すグランジモデルがランウェイでも起用され、正統派とカジュアル派がミックスされていった印象です。私も当時、ケイト・モス見たさにパリコレに何度も足を運びました。その当時から徐々に日本人女性のヘア&メイクへの意識も変わりはじめていった気がします」

順調にキャリアを進めていった中野さんは、当時好況だった音楽業界からも多く声がかかるようになっていった。

「当時は音楽とミュージシャンの影響力が強い時代で、1990年代初頭以降はCDがとても売れた時代でしたので音楽業界が華やかでした。海外では女性R&Bシンガーやガールズグループが次々とヒットし、日本でも小室哲哉さんはじめ才能のあるプロデューサーによる新しいアーティストが誕生し、多くの女性たちから支持を集めます。筆頭は安室奈美恵ちゃん。人気はアーティストという枠を超えていきました。奈美恵ちゃんとはデビュー当初からお仕事し、『かっこいい大人の女性像』を作り上げていきました。彼女の魅力は、クールなメイクでも可愛いメイクでも、等身大の自分らしさを表現できてしまうこと。天性のセルフプロデュース力がありました。『自分は自分』『自分らしく生きる』という姿勢に、多くの女性たちの憧れが支えた時代だったと思います」

当時、安室奈美恵のファッションやヘア&メイクを真似る女性たち(主に女子高生)は「アムラー」と呼ばれ、社会現象となった。ファッションに合わせ、ヘア&メイクもギャル風のスタイルが流行した。

「奈美恵ちゃんの存在により、世の中のヘアスタイルの流行が大きく変わりました。白に近いような金髪にしたり、外人のようなメッシュを入れたり、くせ毛の様なナチュラルなウェーブが求められたりと、ヘアサロンの在り方自体も技術も大きく変化したと思います。その後、21世紀に入ってすぐの頃、付け睫毛の空前のブームが訪れました。つけ睫毛を付けるだけ付け、アイラインでできる限り目を大きく見せる。『盛れるだけ盛っておこう』という流行もありましたが、その後、盛るだけではない『かわいい』目線の価値観が新たに生まれていきます」

2009年 安室奈美恵 ALBUM「PAST<FUTURE」(avex trax)

2009年 安室奈美恵 ALBUM「PAST<FUTURE」(avex trax)

2013年 安室奈美恵  ALBUM「FEEL」(Dimension Point)

2013年 安室奈美恵 ALBUM「FEEL」(Dimension Point)

「美しい」「かわいい」の基準が多様化する時代へ

21世紀の初頭、女性たちの「美しい」「かわいい」の基準はどのように変容していったのか。1990年代の終わり頃からヘア&メイクに特化した美容雑誌が続々と創刊し、98年には『VOCE』、01年には『美的』、04年には『MAQUIA』など......女性にとって美容が愉しみであり教養であり、生き方を反映したものになっていく。

ジェルネイルや美白、プチ整形、カラコン、マツエクなど、さまざまな美容にまつわる言葉も生まれ、美容が広く浸透していく時代が幕を開けた。

「多数のビューティ誌の登場で、ヘア&メイクのテクニックや商品を雑誌で紹介する機会が増え、活躍の場が広がっていきました。肌一つとっても、それまではあまり深く追求されることがなかったのですが、潤って弾みがある、生き生きと見えるツヤ肌など、肌で表現するといことが一般的にも認知され、メイクの考え方が変わっていきました。私が、潤って張りのある肌を『赤ちゃん肌』と現場で呼んでいたのを編集者の方がピックアップし、本を出版する流れになりました」

「GLOW」2018年12月号(宝島社)

「GLOW」2018年12月号(宝島社)

「GLOW」2019年3月号(宝島社)

「GLOW」2019年3月号(宝島社)

中野さんの著書『大人の赤ちゃん肌メイク』(扶桑社)では、年齢にかかわらず、その人が本来持つかわいらしさを芯から引き出すため、どんな肌でも赤ちゃん肌に見せるテクニックを紹介。出版は2008年だった。ヘアメイク本としては15万部の異例のヒットとなる。

「私がヘアメイクになった頃は、まだ女性は結婚したら家庭に入るものという世間の考え方が一般的ではありました。ヘアメイクの女性の先輩もとても少なかったので、私自身も10年後は仕事をしているのかさえ想像することもできませんでした。いつしか時代も変わりそういった考え方が徐々に変化していき、何歳になっても『大人かわいい自分でいたい』『自分らしく楽しく生きていきたい』という想いが市民権を得たように思います。そんな女性たちに向けて『かわいい大人』でいるためのちょっとしたテクニックを伝えられればと思いはじめました」

中野明海 「可愛い大人の美容塾」(宝島社)

中野明海 「可愛い大人の美容塾」(宝島社)
※2014年発売

GLOW特別編集 「EVER GREEN MAKE-UP」(宝島社)

GLOW特別編集 「EVER GREEN MAKE-UP」(宝島社)

この頃は「プチプラ」(プチプライスの略)という言葉がコスメ業界に浸透しはじめた時期でもあった。H&Mが日本に上陸し、ファストファッションが勢いを増し、ヘア&メイク業界にもその余波が及んだのだ。性能や機能に優れた商品が安価で手に入るようになったことで、ブランドものとプチプラ商品を上手に使い分ける女性が増え、気軽にヘア&メイクを楽しむ人も増えていった。

「気持ちが上がるコスメはこれだけど、デイリーで使うのはリーズナブルだからこれでいいなど、オプションが増えていきましたね。『安くてもかわいい』『安くてもおしゃれ』。こういったマインドの変化は10代や20代だけでなく、幅広い世代に当てはまります。ファッションもヘア&メイクも自分らしく自由に。多くの女性たちがこんな風に考えはじめたのは確かだと思います」

小さな流行が生まれる「自由な時代」

続く2010年代はどうだろうか。若い子から火がつき、広がっていったトレンドを中野さんは語ってくれた。

「ここ数年でプロのヘアメイクが社会のメイクの流行をリードしていっているような気がします。新しい流行が生まれ、新しい色が生まれ、商品が生まれる。時代が動くのを感じるのは楽しいですね。小さな流行が同時にさまざまなところで生まれる現代は『美しい』『かわいい』の基準がさらに多様に広がりつづける、とても自由な時代だと思います」

そう話す一方で、「少し窮屈に見えることもあるんです」とも、言葉を続ける。

「『Twitter』や『Instagram』のようなSNS、動画共有サービスの登場で、情報発信が手軽にできることになり、多方面から情報を得られるようになったことで、コミュニケーションの幅が広がりました。その反面、自撮り写真やインスタ映えなどに翻弄されてしまい、他の人にどう見られるかを意識し、息苦しさを感じている人が少なくないと聞きます。また、いまの子たちは専門サイトのリコメンド機能に頼りがちでもったいない。せっかく昔に比べてコスメの選択肢が増えているのに。リアルな空間にもインターネット空間にも自由な世界が広がっているのに、自分でその可能性を狭めている気がします。もっとおおらかな気持ちで楽しんだほうがいいなと思いますね」

2010年代も終わりに近づくとともに、平成という時代も幕を閉じた。『令和』がスタートした今、中野さんが見据える未来を問うと、中野さんは言葉を選びつつ、丁寧にこう答えてくれた。

「時代は突然に大胆に変化するのではなく、穏やかに綺麗に流れていっている気がします。ヘアメイクの仕事をしていると、常に先のことを想像してなくてはいけません。例えば7月にはクリスマス時期の撮影をしていたり。そうやって流行が変化していくことに参加できることは喜びですね。今後もその時々のスターが誕生していくと思いますし、いつの時代もフレッシュな才能が新しいトレンドを作っていきます。その流れの中で生きてゆけたら幸せですね」

中野明海さん

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

中野明海(なかの・あけみ)

1961年生まれ。ヘア&メイクアップ・アーティスト。幼少の頃から化粧品やメイクアップ、ファッションの世界に憧れ、1985年よりフリーのヘア&メイクアップ・アーティストとしてキャリアをスタート。その人本来の美しさ、可愛らしさを芯から引き出すメイクで、多くの女優、アーティストを担当。これまでに手がけてきたセレブリティは、綾瀬はるか、安室奈美恵、杏、黒木メイサ、小泉今日子、坂井真紀、鈴木京香、松雪泰子、宮崎あおいほか多数。雑誌、広告、映像でのヘア&メイクをはじめ、コスメや美容ツールの開発も手がける。著書に『大人の赤ちゃん肌メイク』(扶桑社)、『可愛い大人の美容塾』(宝島社)、『美しい人は食べる!』(主婦と生活社)ほか。

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