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産業廃棄物に見る「平成」。捨て方をデザインするナカダイの考える「循環型社会」とは

アイデア , サステナビリティ , デザイン , 事業推進 , 新元号

文:葛原 信太郎 写真:須古 恵

環境意識が当たり前になっていった現代。産業廃棄物から「平成の変容」を探り、社会のこれからを予測する。

平成というひとつの時代が終わり、『令和』がスタートした。私たちはこの新時代に何を思い、どんなことを考えていくべきか――。デジタルテクノロジーの劇的な進展、経済の低迷や大規模災害など、変転著しい31年が私たちにもたらしたものを振り返るとき、そこにはさまざまな思考のタネやアイデアが見つかるに違いない。"平成的思考"から脱却し、新時代を生き抜くための来たるべき未来を予測していく。

人々が生み出すさまざまなゴミ。それらはすべて、専門の業者が適切な処理をしている。社会の変化を考えるとき、日々新たに"生まれるもの"にスポットライトが当たるが、その裏には、"捨てられるもの"も存在する。あらゆる人間の活動や経済活動の裏には廃棄物を通した物語があるはずだ。

今回は、産業廃棄物処分業社で、「使い方を創造し、捨て方をデザインする」をコンセプトにさまざまなクリエイターとのコラボレーションをおこなう株式会社ナカダイ代表取締役の中台澄之氏にインタビューを実施。産業廃棄物から見た、平成という時代、そして令和を生きる私たちが持つべき価値観を聞いた。

平成はサステナブルな社会を目指すことが常識になった時代

― ナカダイが手掛ける産業廃棄物処分業とは、具体的に何をするお仕事なのでしょうか。

我々は、さまざまな企業から集められた廃棄物を、解体・分別して、素材として集め、その素材を材料に製品をつくる加工業者に販売するのが主な業務です。ただ、その中でも、単に「捨てる」だけではない道を探るのがナカダイの特徴です。リユースしてそのままの形で使えないだろうか、修理して使えないだろうか、アートやデザインなどクリエイティブシーンで利活用できないだろうかといった、廃棄物を廃棄するだけにとどめない道を模索。さまざまなクリエイターの方とコラボレーションするなど、「捨てる」以外の形で、廃棄物と向き合い続けてきました。

隈研吾都市建築設計事務所とコラボレーションした飲み屋街「ハモニカ横丁ミタカ」では、放置自転車360台の前輪を、外装及び店舗什器に使用している。

隈研吾都市建築設計事務所とコラボレーションした飲み屋街「ハモニカ横丁ミタカ」では、放置自転車360台の前輪を、外装及び店舗什器に使用している。

― 捨てられる産業廃棄物の種類や、人々と廃棄物との向き合い方なども時代とともに変化してきたと思います。ナカダイの視点で見た平成はどのような時代だったのでしょうか?

「リサイクル」や「エコ」という言葉が一般化し、子どもから大人までゴミの分別が当然のこととして受け入れられていきました。結果、サステナブルな社会を目指すことが、多くの日本人にとって「当たり前」になった時代だと思います。社会や経済状況の変化などに合わせて、その価値観がゆっくりと熟成されていったのでしょう。

― 産業廃棄物を軸に平成を見たときに、どのような変化があったでしょうか?

平成を振り返るにあたり、二つの側面からお話したいと思います。ひとつは、産業廃棄物とそれを取り巻く経済の変化。もうひとつは、環境問題に対する関心の高まりと弊社の変化です。

まずは、産業廃棄物とそれを取り巻く経済の変化からお話しましょう。大きく分けると、国内生産業が盛んな時期とそれ以降で、廃棄物の中身が大きく変わりました。平成のはじまりからリーマンショックまでは、国内での生産がまだ主流。生産工程で生じる端材が産業廃棄物として持ち込まれることが多かったです。

また、生産設備の大規模な変更に伴う、設備の撤去、解体などの仕事も多くありました。これはなかなかハードな仕事です。例えば「◯日◯時に工場を止めて、△日△時から新しい設備の導入工事をはじめる。その間に、今の設備を完璧に撤去してくれ」といった依頼です。私たちは非常に景気が良かった時代ですね。

取材にあたって、工場見学もさせていただいた。背景にあるのは、分別された素材を細かく砕く機械。

取材にあたって、工場見学もさせていただいた。背景にあるのは、分別された素材を細かく砕く機械。

― それがリーマンショックで大きく変化すると。

そうです。生産拠点の多くが国内から国外に移動していきました。元々、徐々に生産拠点を海外へ移す流れはありましたが、リーマンショックとともにこの動きが加速。国内の生産設備の変更に伴う仕事も、弊社では2010年初頭が最後でした。それ以降は、新規設備の導入はなく、撤去のみになりました。

それと並行して、廃棄物も変化しました。国内生産がなくなっていったので、生産に伴う端材は出ません。そのかわりに増えていったのは「未使用のパーツ」です。

― 未使用のパーツが廃棄物に?なぜでしょうか。

海外生産に切り替えることで、現地工場とのコミュニケーションエラーや、品質の未達成が増加したからでしょう。「このパーツを黄色でつくってくれ」と海外工場にオーダーしたものの「イメージした黄色ではなかった」というようなことが頻発し、次々と廃棄されていったんです。輸入した製品がコンテナごと廃棄になることも珍しくありませんでした。

― 海外生産が増えて言語や価値観の違いによるコミュニケーションの壁が、そのまま廃棄物にも影響を与えたのですね。

2011年ごろからは、パーツではなく完成品が廃棄されるように変わっていきました。2010年代から海外生産が当たり前になり、パーツだけでなく、組み立てまで終わった完成品の輸入が増え始めたんです。完成したプロダクトが日本に届き、はじめてイメージと異なることが判明する、というケースが増えていきました。この場合、販売も使用もされない完成品がそのまま廃棄されることになります。

― そこから平成の最後にかけては、どのように変化していったのでしょう?

最後の数年は、完成品としての廃棄物は減っていきました。海外生産のレベルが上がったのでしょう。その代わり増えはじめたのは、企業が自社で回収した「使用済の商品」です。これまでの変化は、主に経済の変動によってもたらされたものでしたが、平成の最後は、社会の環境意識が変化をもたらすようになりました。

廃棄物に対する目が厳しくなる中、産業廃棄物業者ができること

― 社会の環境意識の変化とは、具体的にどのようなことでしょうか?

これが、先述した二つ目の側面に繋がっていきます。1997年、京都議定書が採択されました。そこから、国として環境問題に本格的に取り組まなくてはいけないという機運が醸成され、2000年には「循環型社会形成推進基本法」という法律も制定されました。

こういった変化は国や行政だけでなく、企業や市民にも浸透していきます。2000年代、企業は積極的に「ISO14001」を取得するようになりましたし、「MOTTAINAI」ムーブメントが、広く市民に知られたのもこの時期です。

― 社会の廃棄物に対する目が厳しくなって来たとも言えそうですね。

その通りです。このトレンドは2000年代から今に至るまで続き、年々、廃棄物を極力減らしていくことや、廃棄物のトレーサビリティが、企業に求められるようになってきています。

一方、ナカダイは廃棄物を集めれば集めるほど儲かる事業です。前述の生産設備の大規模な撤去や解体などが増えていた平成初期の会社の業績は、正直言って右肩上がりでした。ただ、こういった社会の動きを見ていると「これでいいのだろうか...」という思いもありました。社会や地球環境のことを考えれば、当然、廃棄物は少ないほうがよい。この矛盾を抱えたまま、業績をあげることに迷いもありました。

中台さん

そこでたどり着いたのが「使い方を創造し、捨て方をデザインする」というコンセプトでした。ビジネスの根本は、付加価値をつけて販売すること。私たちができるのは、廃棄物に付加価値をつけることだと考えたんです。2008年後半には、産業廃棄物を丁寧に分別・解体して新しい素材を生産する会社であると宣言しました。

― 「使い方を創造し、捨て方をデザインする」とは、具体的にはどういった事業なのでしょうか?

たとえば、リサイクル業として培ったノウハウを生かし、モノの流れの最適化と環境負荷の低減の「コンサルティング」や、クリエイターとともに素材ではなくプロダクトのまま再利用するリユースの方法を考えたり、付加価値をつけてより魅力的なモノにする「アップサイクル」がそのひとつです。

それでも使えないものは、リサイクルにまわしていくと考えるようになりました。いまでは、マテリアルリサイクル(再生資源)とサーマルリサイクル(熱源利用)をあわせると、99%以上のリサイクル率を達成できるようになりました。

2019年 第8回産廃サミット 廃棄物にしないプロジェクト展の展示。廃棄物の文脈を捉えて整理することで、アート性を帯び、人々はそのメッセージを考える。

2019年 第8回産廃サミット 廃棄物にしないプロジェクト展の展示。廃棄物の文脈を捉えて整理することで、アート性を帯び、人々はそのメッセージを考える。

廃棄するだけでなく循環することが求められる時代へ

― そうした思考の転換が、他業種の人やアーティストとのコラボレーションへと繋がっていたのですね。廃棄物・環境問題を取り巻く状況は、令和の時代に向けて変わってきましたか?

とくに、ここ数年は注目度が高いです、我々が動き始めた頃以上に、廃棄物の削減に対する意識が強まってきているように感じます。これには二つの理由があります。

ひとつは、2017年末に中国が世界中から輸入していた廃棄プラスチックや金属ゴミの受け入れを禁止したことです。これまでは、最終的に中国が買い取ってくれるという安心感を世界中で共有していました。しかし、中国が受け入れを拒否する今、グローバルな廃棄物リサイクルの輪が崩れてしまったんです。行き場のなくなった廃棄物を、それぞれの国内で処理せざるをえなくなり、廃棄物の削減が切実な問題になりました。

もうひとつは、市民が環境対策を企業に強く求めるようになってきたことです。アメリカやヨーロッパ、それに追従して徐々に日本でも、企業の環境問題に関する態度が、株価や資金調達を左右するようになっています。

これまで企業は廃棄物の処理を消費者に任せてきましたが、自社で回収して、責任を持って廃棄することが求められるようになってきました。つまり、ただ作って売ればいい時代ではなくなってきている。企業はリサイクルしやすい素材をつかったり、解体しやすい設計を組んだり、効率的な回収ルートを考える必要があります。

― 平成の最後の変化は、そのまま令和に引き継がれていきます。これからの時代に大切になることは、どんなことだと思われますか?

中台さん

より「循環」の意識が必要になると思います。東京都の埋め立てゴミ処分場は、あと50年でいっぱいになると言われています。日本は島国ですから、東京都に限らず埋める場所は限られる。さらにCO2を削減しなければいけないので、燃やすこともできません。廃棄以外の選択肢、つまり循環に注力していく必要がある。そのためには、情報の再設計が必要になります。

今の社会には「使うため」の情報に比べて「捨てた後のため」の情報が不足しています。自分が使ったモノを、リサイクルやリユースといった手段で、次の人に循環させるために必要な情報がある。循環型社会は、その情報の再設計が必要です。

― 現状で不足している「循環させるために必要な情報」には、どのようなものがありますか?

私たちが回収する廃棄物の情報を企業からもらう場合、そこに載っているのは製品番号や製品名、ユーザー向けの説明や品質表示など、「使う」ことを前提にした情報です。しかし、循環させていくには、素材の種類や色、形状、大きさなど、捨てた後に循環させるための情報が必要なんです。その情報があれば、廃棄物を出す企業や人・産業廃棄物処分業者、双方が分別しやすくなります。

消費者の視点で考えると、適切な情報の流通が可能になれば、不要な廃棄だけでなく不要な購入も減らせるはずなんです。例えば、オフィスビルでは、昨日退去した会社が椅子や机を廃棄したのに、今日入居してきた別の会社は同じような椅子や机を購入しているということが発生します。もし、退去する会社と入居してくる会社との間で情報のやりとりができれば、リユースが可能となり、机やイスの購入は不要かもしれない。

こういった循環が可能な社会になったとき、産業廃棄物処分業の仕事は「使い方を創造し、捨て方をデザインする」ことまで可能性が広がるのです。

そう遠くない将来、企業の評価軸は今とはすっかり変わっているかもしれません。どれだけ生産したか・どれだけ売り上げたかではなく、どれだけ回収したか・循環できたかが重要視されるでしょう。もっと言えば、回収してもらえないものは売れなくなるかもしれません。令和は、循環の時代になると思いますよ。

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

中台澄之(なかだい・すみゆき)

株式会社ナカダイ 代表取締役
株式会社モノファクトリー 代表取締役

証券会社勤務を経てナカダイに入社後、総合リサイクル業としてリサイクル率99%を実現し、リユース市場やモノ:ファクトリーの創設等、リマーケティングビジネスを確立する。2013年Good Design Award、未来づくりデザイン特別賞。WIRED Audi INNOVATION AWARD2016を受賞。廃棄物に関するコンサルティングや企業研修なども行う。著書に『「想い」と「アイデア」で世界を変える ゴミを宝に変えるすごい仕組み 』など。

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