日本の強みは「シンクレティズム」にあり――異色のオペラ歌手 パオロが見た日本

日本の強みは「シンクレティズム」にあり――異色のオペラ歌手 パオロが見た日本

文:浅原 聡 写真:近藤 誠司

グローバルで活躍する秘訣は、異文化をミックスさせる“シンクレティズム”を体現することにある

クレジットカードが使えない店の主人に「じゃあいいですぅ」と言い、去っていく......。『Airペイ』のテレビCMに出演する"通訳役"として注目を集めた彼は、パオロアンドレア・ディピエトロという名のイタリア人だ。

母国では実力派オペラ歌手として活動していたものの、2014年に「長年の夢だった」という日本へ移住。日本語を含む7カ国語を操りながら、オペラで培った持ち前の表現力を活かし、現在はテレビCMや映画、バラエティ番組など幅広いシーンで活躍している。彼のキャリアや日本への思いに焦点を当てると、グローバル人材に必要な心構えや視点が見えてきた。

現代とクラシック、西洋と東洋を融合させる姿勢

イタリアのミラノで生まれたパオロさんが日本文化と出会ったのは6歳のころ。4歳年上の兄の影響で、現地の少年に大人気だったアニメ『KEN il guerriero(邦題:『北斗の拳』)』にハマったのがきっかけだった。

「自分に厳しくトレーニングを課す大切さをケンシロウから学びました。当時は『聖闘士星矢』や『キャプテン翼』にも熱中し、自然と日本にも憧れを抱くようになったんです。加えて、10歳でギターを始めてからは、X JAPANやMALICE MIZERといった日本のロックバンドも興味を持つようになりました。その頃からいつか日本へ----という気持ちを持ち始めたのだと思います」

その後、イタリアの名門校であるミラノ国立ヴェルディ音楽院で声楽の研鑽を積んだパオロさんは、2012年に声楽コンクールで優勝してオペラ歌手としてデビューする。そのかたわらで国立大学にも通い、日本文化を学んでいった。

「日本文化を専攻し、声楽と平行して日本語の文法や会話も学んでいきました。とくに、言葉は子供の頃から日本の音楽を聴いていたこともあって音楽として、スムーズに習得できました。これはいまも続けていて、CMや映画で日本語のセリフを与えられたときは言葉を音楽と捉え、ディレクターや友だちに代読してもらったセリフを録音してパソコンに落とし込み、自分に合った諧調に変換して発音の練習をしています」

オペラというイタリア生まれの伝統的な文化に浸ったことは、語学だけでなく、日本文化を相対化するうえでも役に立った。彼が日本を表すキーワードに上げたのは、「シンクレティズム」という言葉だ。主に哲学や宗教の分野で使われる言葉で、「異なる背景を持つ信仰や文化を融合させる」という意味で用いられることが多い。

「これは大学時代に学んだのですが、中国から取り入れた漢字をアレンジして言語を完成させたように、日本は昔からシンクレティズムを体現してきた国だと感じています。その姿勢は現代音楽にも見られていて、X JAPANやMALICE MIZERは、曲風はアメリカンロックやヨーロッパのバロック音楽に近いながらも、日本の舞台芸能である歌舞伎の影響も受けていると感じます。アニメやゲームなどのサウンドトラックを聴いていても、日本で作られた曲は、現代とクラシックを融合されている印象を受けるものが少なくありません。この印象は、日本で働き始めてから、ますます感じるようになりました」

"協調性"と"勤勉さ"で新たな価値を創造する

卒業後は、イタリアでオペラ歌手として2年ほど活動した後、知人に日本での仕事を紹介されたことをきっかけに、来日。京都の結婚式場で賛美歌を歌う職に就く。いよいよ憧れが現実になった。

「日本では当たり前かもしれませんが、働けばちゃんと報酬が振り込まれ、一緒に働く方も親切で、とても快適に働けたのが印象的でした。これは、芸能界でも同様で、最近出演させていただくようになったCMやバラエティ番組で出会う有名なトップタレントの方々も、皆さんが私を仲間として受け入れてくれます。その日本人の人柄、協調性やチームワークにはとても驚きました」

イタリアのオペラ界では、プライドが高く、他者を寄せ付けない雰囲気を醸し出す歌い手が少なくないという。一方、日本ではトップクラスの俳優やアイドルが、若手やエキストラ、スタッフに対しも気遣いを見せる。全員が一丸となり、個々の強みを掛け合わせ、よい作品を残そうとする。その姿勢こそが、シンクレティズムを生んでいるのではないかとパオロさんは考える。ただ、その度合いの強さに時には面を食らう瞬間もあるという。

「オペラの仕事の場合、イタリアは3週間くらい前から練習を始めて、本番でアドリブを重ねながら完成度を高めていくスタイルです。ですが、日本ではすごくしっかり準備をしますね。2〜3ヶ月も前から練習を重ねて、わずか数回の本番に挑むことも少なくない。他の仕事でも決まりごとや事前に知っておくべきことが多く、困惑することもあります(笑)。でも、"郷に従う"ことを大切に、身近な日本の方にアドバイスに従いながら、日本流を体得しようと努力しています」

集団で新しいモノを生み出す協調性と、ストイックに努力を重ねる勤勉さ。パオロさんを驚かせた日本人の特性は、シンクレティズムを体現するには不可欠なのかもしれない。ここにパオロさんが共感をしつつ、試行錯誤しつつシンクロできるのは、生まれ育ったミラノという土地にも関係している。

「イタリア人は『明るく情熱的』という印象を持たれていますが、当然、全員がそういうわけではないんです。例えば、私のように北イタリアで生まれた人は、日本人のように物静かな人も少なくありません。ちゃんと集合時間も守りますしね(実際、取材当日パオロさんは待ち合わせ時間の30分前に現れた)。限られた時間でベストを尽くし、仕事でお世話になる方々とよい人間関係を築くために、準備は怠らない。日本の強みではありつつ、私自身も大切にしている仕事のルールです」

グローバルに活躍するためには「一生勉強」の姿勢

オペラで磨いた発声のスキルや表現力を生かし、精力的に活躍の場を広げているパオロ。2018年より出演している『Airペイ』のテレビCMは、初めての「歌わない仕事」だったという。

「私の強みは、声のエキスパートとしての歌唱技術と発声法だと思っています。『Airペイ』のCMオーディションのときは88番目だったと記憶していますが、セリフを読んだときに『これまでの87人とぜんぜん違う』と言ってもらえてとてもうれしかった。歌手や俳優に限らず、声は人の要。私自身、仕事だけでなく、コミュニケーションの際も、声の使い方はかなり意識しています」

撮影協力:Ristorante Da Nino(写真左は、オーナーシェフのNino Lentini氏)

イタリアの伝統的な文化を背景に持ちつつ、日本的にアレンジして、異国の地で活躍する。パオロさん自身も、シンクレティズムの体現者ではないだろうか。多様性が時代のキーワードになっている昨今、シンクレティズムは重要なキーワードになるかもしれない。そこには、日本人的な努力を積み重ねるDNAが欠かせないとパオロさんは考える。

「他国の文化を模倣するだけではなく、日本文化と組み合わせてオリジナルを生み出すレベルまで研鑽を積めるのが日本人の最大の強みです。目標に向かってストイックにトレーニングする姿勢もリスペクトしています。私も『北斗の拳』や『聖闘士星矢』を読んで、ひたすら自分に努力を課し、『キャプテン翼』や『スラムダンク』を読んで、どんなことがあってもあきらめない気持ちを学びました。私の座右の銘は、『ONE PIECE』の名台詞である『人の夢は終わらねえ』です。だから、一生勉強、勉強です!」

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

パオロ (Paolo Andrea Di Pietro)

イタリアのミラノに生まれ、名門ミラノ国立ヴェルディ音楽院で声楽を学ぶ。黄金期の世界的歌手アンジェロ・ロ・フォレーゼ(現在99歳)に師事。 2012年に声楽コンクールで「フィガロの結婚」の主役を勝ち取り、オペラデビュー。イタリア全土の主要歌劇場はもちろんのこと、ヨーロッパや日本のオペラ、コンサートにソロとして多数出演。2019年5月には、デヴィ・スカルノ夫人が名誉会長を務める音楽家のための慈善団体IBLA音楽財団のコンサート(ニューヨーク・カーネギーホール)に、ゲスト出演した。現在は、テレビ、CM、映画、アニメ、ゲームなど多ジャンルで、歌手、俳優、声優、タレントとして活躍中。

撮影協力:Ristorante Da Nino(リストランテ ダ ニーノ)
http://ninolentini.jp

関連リンク

最新記事

この記事をシェアする

シェアする

この記事のURLとタイトルをコピーする

コピーする

(c) Recruit Co., Ltd.