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小さな国家がイノベーション大国になれた理由――幸福度世界一、フィンランドの歩みから学ぶ

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文:森田 大理 写真:須古 恵

年齢や性別による格差が少なく、子育て支援が充実。ヨーロッパのシリコンバレーと呼ばれ、イノベーションが次々と生まれる…。北欧の小国フィンランドの歩みから、社会課題解決のヒントを探る

2018年から3年連続で国連が発表する幸福度ランキングで世界一に輝いた国、フィンランド。日本でも福祉国家として知られており、サウナやデザインなどのカルチャーも人気だ。また、ヨーロッパのシリコンバレーと呼ばれるほどスタートアップ企業の活躍も目覚ましく、北海道とほぼ同じ人口でありながらイノベーション大国としての一面も併せ持つ。

こうした事実から、漠然と良い国というイメージを持つ人は多いかもしれないが、なぜフィンランドは「手厚い公的サービスとイノベーションの国」になれたのだろうか。フィンランドが歩んできた道のりから社会課題解決のヒントを探るべく、駐日フィンランド大使館職員の堀内都喜子さんに話を訊いた。

国家が独立するための「手段」としてはじまった、女性の社会進出

――はじめに伺いたいのは、日本の社会課題でもある性別による格差についてです。日本は世界的に見てもジェンダーギャップが大きな国に位置づけられていますが、フィンランドは世界トップレベルの格差が少ない国として有名ですよね。格差解消が進んだのは何がきっかけなのでしょうか。

フィンランドにおける男女平等の原点とも言える出来事は、1906年のこと。世界で初めて女性に完全なる選挙権を与えたのが格差解消のはじまりと言われています。ただ、その背景にあるのは、国家として独立を目指していたからなんです。

フィンランドは、隣国のスウェーデンやロシアに占領されていた歴史があり、当時はロシア領。300万人ほどの人口だったフィンランドが独立するための力をつけるには、女性も巻き込まざるを得ない切実な事情があったんです。

――格差解消はあくまでも手段で、その先に"国家の独立"という大きな目的があったということですね。

そうなんです。独立と同じように、福祉国家へと進んでいく道のりも格差解消は手段となりました。すべての人が平等に手厚い公的サービスを受けられるには、多額の税収が必要。ということは、できるだけ女性にも働いてもらいたいわけです。

それでなくても、フィンランドは第二次世界大戦の敗戦国で、多額の賠償金を払う立場でしたから、国家を維持していくには年齢や性別を制約している場合ではなかった。みんなで一丸となって国を良くしていこうと動いたことで、結果的に格差の解消が進んだのです。

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――世界に先駆けて、20世紀初頭からさまざまな課題と向き合ったことが結果的に、格差解消につながっていったんですね。

ただ、実際には簡単な道のりではなかったようです。たとえば働く女性が増えても、女性同士で外食をするのをはばかられたり、女性は自分が稼いだお金を自由に使えなかったりといった時代もありました。

また、女性が出産後も働き続けるために保育園を増やそうという機運が高まった時も、「育児は母親がやるべき仕事(女性は育児に専念すべき)」という声も挙がったんです。

――権利は認められていても、価値観が変わらなければ本当に平等な社会にはならないということですよね。フィンランドでは、価値観はどのように変わっていったのでしょうか。

1970年代に女性の声を代弁する女性リーダーが増えたことが、社会全体の価値観が変わる契機になっています。このころから女性議員の割合が徐々に増え始め、現在は国会議員の46%が女性。「女性議員」が女性という属性だけでは注目されないくらい、当たり前の存在です。

女性リーダーが増加したのは、先述の福祉国家に注力したことによる教育格差の解消が大きな要因だと言われていますね。フィンランドでは、大学まで無償で教育が受けられますし、偏差値のようなモノサシで大学をレベル分けする考えがありません。

特殊な学問を学びたい場合でない限り、自宅近くの大学に進学するのが一般的。教育の地域格差がないため、進学に伴う経済的な負担は限りなく少なくて済みます。結果的に高等教育を受ける機会の男女差が縮まり、女性リーダーを数多く輩出しているんです。

企業間のナレッジシェアや民・官・学の連携がイノベーションの土台に

――フィンランドは、世界的に有名なスタートアップイベント「Slush」が開催されているように、イノベーションの国としての一面も持っていますよね。ヨーロッパのシリコンバレーとも呼ばれるほどになったのは、なぜなのでしょうか。

いくつかの理由があると思いますが、私が最も感じるのは、フィンランドの「オープンソサエティ(開かれた社会)」な風土です。自分が得た経験・ノウハウを自分だけの秘密にするのではなく、みんなでシェアしようという文化があり、いろんな人の知恵の掛け合わせがイノベーションに繋がっている気がしますね。

たとえば、フィンランド人のリーナス・トーバルズが90年代に開発し、世界中で使われるようになったオープンソースのOS「Linux」も、オープンソサエティが育んだものだといえます。

――確かに、経験やアイデアが個人や企業の中に閉じないのは、近年語られるイノベーションの条件にも繋がります。なぜフィンランドにはそうした風土があるのでしょうか。

私の周りのフィンランド人に尋ねると、よく返ってくる答えは「国が小さいから」。現在でも人口550万人ほどの国ですので、みんなで一致団結して協力しやすいことが要因だと言いますね。

たとえばスタートアップ企業を支援するエコシステムが出来上がっていることも、小規模な国ならではのフットワークの軽さで実現していること。創業したばかりの企業は困難に直面する場面も多いですから、先に成功したスタートアップの起業家がメンターになって、相談に乗るような仕組みが生まれています。

また、各大学で学生向けに起業を支援するようなプロジェクトが立ち上がっているのも特徴的ですね。プロジェクトには大学だけでなく企業も参加しており、産学連携でスタートアップへのチャレンジを後押ししています。

――そうした起業家支援の仕組みは、昔からあったものなのでしょうか。

いえ、どちらかと言えば近年大きくなってきた印象が強いですね。というのも2000年代のフィンランドでは、携帯電話で世界屈指の企業に数えられていたノキア社の影響もあり、割と"大手志向"の人が多かったんです。「ノキアに勤めれば安泰」という感覚ですね。

ですが、2013年にノキアは携帯部門を売却。たくさんの優秀なエンジニアが世に放出されることになります。国を代表する企業が規模を縮小するのは大きな衝撃でしたが、そのときに彼らが国内で力を発揮しやすいよう救済措置を打ち出し、スタートアップを支援したのが一つの契機になりました。このように、産・官・学が上手く手を取り、協業することで起業家精神が育ってきたように思います。

やっぱり人口550万人ですから、バラバラに動くのではなくみんなで選択と集中をした方が良いと考える文化がありますね。歴史的に見ても、90年代にノキアが携帯電話事業に一気に舵を切ったのも、そんなフィンランドの気質が影響している気がします。90年~00年代のノキアの成功は、国に自信を与えてくれたと受け止めている人も多いですね。

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一緒に歩もうと思える信頼関係を育めるか

――イノベーションを育む観点で、堀内さんは日本とフィンランド社会にどんな違いを感じますか。

フィンランド社会では、組織の中でヒエラルキーをあまり感じません。もちろん、ある程度はピラミッド型の組織構造をしていますが、自分の意見は上司の顔色をうかがうことなく言いやすい環境。これによって、柔軟な発想が集まりやすくなっています。

また、ワークライフバランスが進んでいるのもイノベーションへ良い影響がありますね。たとえば、リモートワークが進んでいるのも良い面の一つ。場所を選ばない働き方ができるので、オフィスに出社することを前提とした働き方では集まらないような、遠くの場所に住む優秀な人材が仲間になってくれる可能性があります。国内だけでなく、世界から人材を募っていくつもりでこうした働き方を進めているんです。

――堀内さんからすると、フィンランドとは異なる道のりを歩んできた今の日本はどんな社会だと感じますか。

一概にどちらが良い・悪いというわけではないと思うんです。日本では、フィンランドの公的サービスを羨ましく思う人も多いですが、「税金であらゆるサービスを賄う」という性質から、実はフィンランドは選択肢がさほど多くありません。風邪をひいて病院に行けば「これくらいの病気では(人手が足りないから)来ないでくれ」と言われることもあるくらいなんですよ。

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そういう意味で言えば、日本は「お金があれば」という条件つきですが、選択肢が多い社会ですよね。もちろん、それが格差を生んでいる側面もあるものの、平等という大原則が徹底されているフィンランド社会では盛り上がりにくい産業が日本では盛んなんです。

その際たる例が「教育」。フィンランドでは大学まで教育が無償であるように、基本的に誰でもいつでも学べるという思想のもと、国民全体の教育レベルを上げることには非常に熱心ですが、一部の優秀層に特別な教育を提供することは「格差を生むから」とあまり歓迎されません。だから、フィンランドからすると日本社会はある意味で様々な立場の人に向けたサービスが整った社会にも見えるんです。

――たしかに、どちらの社会にも一長一短の側面はありそうですよね。すべてを真似する必要はないと思いますが、今の日本がフィンランドから学ぶとしたら、何を参考にすると良いと思いますか。

私が感じるのは、「失敗への寛容度」です。起業が盛んなフィンランドでも、やっぱり失敗する方が断然多いんですよ。でも、たとえ失敗したとしても、大学で学び直したり企業に再就職したりと、何度でもやり直しが出来るのがフィンランド社会の特徴。日本では、失敗を恐れてそもそも挑戦しない人の方が多い気がするんです。

失敗への寛容度って、人と人、人と組織の信頼度でもあるはず。成功する保証はなくても信じて任せてみよう、信じて一緒にやろうと思えるような関係を築けているか。それが苦しい場面には原動力になることも多いと思うんですよね。

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

堀内都喜子(ほりうち・ときこ)

長野県生まれ。フィンランド・ユヴァスキュラ大学大学院で修士号を取得。フィンランド系企業を経て、現在は駐日フィンランド大使館で広報の仕事に携わる。

『フィンランド人はなぜ午後4時に仕事が終わるのか』(ポプラ社)

『フィンランド人はなぜ午後4時に仕事が終わるのか』(ポプラ社)

著/堀内 都喜子
定価:本体860円+税
有休消化100%、1人あたりのGDP日本の1.25倍、在宅勤務3割、夏休みは1カ月。2年連続で幸福度1位となったフィンランドは、仕事も休みも大切にする。

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