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製薬メーカー社員が林業を副業に!?異色な経験の掛け算がもたらす唯一無二のキャリア

アイデア , スタートアップ , ビジネススキル , マネジメント , 人材育成 , 働き方 , 地域活性 , 地方創生 , 多様性 , 生産性 , 社会貢献 , 起業

文:森田 大理 写真:須古 恵

異なる環境で培ったスキルを組みあわせれば、やがて自分だけの強みになる。本業とともに社会を考え道を拓く、掛け算キャリアの体現者に迫る

異動、転職、副業、趣味の活動、ボランティア...。望む望まざるに関わらず、現代は同じ環境、同じ仕事を続ける以外にも選択肢が豊富な時代だ。それは、一つの環境では得られないスキルや知識を習得できるチャンスでもある。一つの道を究める専門家だけでなく、誰もがスペシャリストになれる可能性が高まっている時代なのかもしれない。

こうした考えが人事制度に色濃く反映されている会社の一つが、ロート製薬株式会社だ。2016年に制定された「社外チャレンジワーク制度」によって、現在、約80名が副業を実践している。今回はこの制度を活用している方々を代表して、北海道浦幌町にある林業の会社に取締役として参画している佐藤功行さんに、これまで歩んできたキャリアを伺った。

会社の看板で営業していたと気づき、危機感を覚えた

ロート製薬の「社外チャレンジワーク制度」は、本業を大切にしながら、土日祝や就業後など自分自身の時間を使って社会に貢献したいという人に向けた制度。実質的には副業制度だが、その本質は副業を推奨するというより、「社内では得られない機会を通して社員が成長すること」や「社員の主体性を育むこと」にある。社員の有志プロジェクトから生まれた制度だ。

「副業って一般的に二種類あると思うんですよ。一つは収入を増やすための副業。そしてもう一つが培ったスキルを活かして新たなことにチャレンジしてみる副業。私自身は後者のためにこの制度を活用しています。たまたま挑戦したいことが目の前にあって、その手段として副業を選んだ感覚です」

佐藤さんがそう話すのは、これまでに二度の転機があったからだ。新卒でロート製薬に入社した佐藤さんにとって、最初のターニングポイントとなったのは28歳の時。子会社への出向だった。それまでは、ドラッグストア向けの営業を担当していたが、出向先での経験が、一つの転機となった。

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「出向先はロートの名を冠さない他社との合弁会社。薬の営業であることは以前と変わらなかったのですが、社名を名乗ってもお客様にはピンとこず、アポを取るにも苦労しました。その時点で私は入社6年ほど。漠然と"できる"気になっていたのは、ロート製薬の認知度やブランド力のおかげだったと気づかされ、大きく自信が揺らいだんです」

これまでとは異なる環境に身を置いたことで、冷静に自分を見つめ、このままでいいのかと悩んだ佐藤さん。そんなときに起きたのが、2011年の東日本大震災だった。妻と子ども二人の家族がいる身として、自分が今後どう生きるべきかを深く考えさせられたという。

ときを同じくして、ロート製薬では東日本大震災の復興支援の部署を立ち上げることになった。メンバーを社内公募すると知った佐藤さんは運命を感じ、手をあげて2012年に復興支援室へ異動。営業でもなく、ましてや薬を扱う仕事でもない、全く異なる環境でのチャレンジは、ここからはじまった。

"ヨソモノ"として東北に飛び込んで身につけた、新たな力

佐藤さんは2012年から4年間、東北の産業復興を支援していく。今振り返ってみれば「地域コミュニティや自治体と連携・協業しながらつながりを広げていくことが楽しくもあった」というが、当初は都心で働く大手企業社員が地方の産業に入っていく難しさを痛感し、毎日が必死だった。

「最初に私が支援したのは、宮城県石巻市雄勝町の漁業。ところが現状を把握しようと漁師さんたちに声をかけても、はじめのうちは口も聞いてくれませんでした。『製薬会社が一体何をするつもりなんだ』と受け入れてもらえない。東京から来た"ヨソモノ"だと警戒されていたんです。ゼロどころかマイナスの状態から信頼を構築していく必要がありました」

一朝一夕では相手から信頼されないと腹を括り、町に住みこんで漁師の仕事を手伝い続けた。そうするうちに少しずつ話をしてもらえるような関係になり、やがて「生産者と消費者をつなぐコミュニティづくり」などへと発展していった。

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こうした経験は、まさしく「一つの環境では得られない経験」。営業時代の佐藤さんは、商材が薬という特性から営業先はドラッグストアなどが中心。既存の延長線にないまったく異なる環境に身を置いたことで、佐藤さんは新たな力を身につけただけでなく、仕事に対する価値観も変わったそうだ。

「以前の私は効率一辺倒でした。無駄を徹底的に省いて、効率的に営業をすることが最優先だった。でも、東北のみなさんと協業するうちに、無駄や非効率なことにも意味があると思えるようになった。すぐに結果が出ない取り組みや、遠回りをする道のりのなかにも、ヒントやチャンスがあると実感しましたね」

復興支援に携わった4年のうちに、生産性や効率とは別のベクトルにある、他者を巻き込む力や信頼を構築する力を身につけた佐藤さん。同じような志を持って復興支援に取り組む他社との人脈もできた。そうした、これまでは全く交わることのなかった業種との出会いが次のターニングポイントを引き寄せる。

「2016年末、東北で親しくしていたIT大手企業の当時の復興支援責任者の方から、『北海道のある自治体から地方創生を盛り上げたいと相談されているが、佐藤さんも一緒にやらないか』と話をいただいたんです。私としてもこれまで培った経験を別の場所で活かしてみたいという想いがあり、一緒に取り組むことを決めたんです」

その自治体こそ、北海道浦幌町。のちに佐藤さんが副業をする会社、BATON PLUS(バトンプラス)がある町だ。

「二枚の名刺を持っている」が自分の個性になっていく

浦幌町での活動は、地域の産業振興をテーマに地元の人たちを巻き込んだワークキャンプをおこなうことからスタートした。佐藤さんは都会の企業人としてボランティア参加をしていたが、浦幌町の主要産業である林業の現状を知ったことで、もう一歩踏み込んだ関わりをしたいと思うようになる。

「祖父の代から手入れを続けた樹齢50年のトドマツやカラマツが1本あたりたった5,000~6,000円程度で市場に出まわると聞き、愕然としてしまいました。今のままでは子どもや孫の世代が前向きに継げる事業ではない。国産の松材はモノは悪くないのだから、もっと生産者の労力に見合った価値で世の中に届けるやり方があるのではないかと感じたんです」

そこで佐藤さんは、浦幌町の林業を次代に残せる産業にしていくべく、東京から参加していた他の有志メンバーや地域の生産者と共に株式会社BATON PLUSを設立。自身も資本金を一部出資する形で取締役となり、ロート製薬の「社外チャレンジワーク」を活用した副業がはじまった。

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「ボランティアで続ける道もありました。でも、私はアドバイザーではなく主体的に林業に関わりたかった。腰を据えてこの産業に向き合う本気の覚悟を地域の生産者に示して、ちゃんとチームになりたかったんです」

BATON PLUSでの佐藤さんの役割は、首都圏でのマーケティング・営業活動。住宅事情やニーズを調査した結果、「今、都会ではヴィンテージ木材が人気だが、本物の古材は価格が高すぎて一般には手が届かない」という実態に着目し、ヴィンテージ風加工で付加価値をつけて販売するという活路を見出した。また、営業先は建築設計・施工の会社や飲食店オーナーなど、佐藤さんのキャリアではまったく関わってこなかった業種だが、意外なことにロート製薬社員であることがプラスに働いているそうだ。

「初めてお会いするときは、必ず本業がロート製薬だと話します。副業が認められていること。復興支援をしてきたこと。今どんな想いで林業に携わっているのか。商品に興味を持ってくださるだけでなく、私の活動自体に共感していただき商談が進むことも多いですね。また、必ずといっていいほど『ロート製薬って良い会社だね』と驚いてくださる。二枚の名刺を持ち、二つの活動を続けることで、ロート製薬の良さを再認識できました」

このように、副業先では、ロート製薬で培った営業・企画力と、東北で身につけた地方産業と都会のニーズを繋ぐ力を掛け合わせて活動している佐藤さん。一方で、現在は営業のグループでリーダーを務めている本業の仕事には副業の経験がどう還元されているのだろうか。

「林業が薬の営業に直結するわけではないですが、物事をみる視野が多角的になり、製薬業界の慣習や当たり前にとらわれず、別の視点からも考えてみるようになりましたね。また、何もないところから自分で道を切り拓いていく経験が自信にもなった。第一、"林業をやっている製薬営業"なんて業界を見渡してもなかなかいませんからね(笑)。それが自分だけの個性やアイデンティティになっていると思います」

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

佐藤功行(さとう・のりゆき)

2004年、ロート製薬株式会社に入社。名古屋支社や東京支社での営業、子会社への出向を経て、東日本大震災後の2012年6月より東北復興支援部門へ。後に同部門の室長も務める。現在はロート製薬広域営業部リーダーの傍ら、2018年6月に仲間と設立した株式会社BATON PLUSの取締役 兼 事業戦略担当としても活動。パラレルなキャリアを歩んでいる。

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