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機械メーカーから「文字の会社」へ。モリサワから学ぶ事業変革術

ものづくり , アイデア , イノベーション , グローバル , スタートアップ , デザイン , ビジネススキル , マネジメント , マーケティング , 事業推進 , 事業立案 , 伝統 , 多様性 , 新規事業 , 企業とイノベーション

文:森田 大理

1924年創業。写植機メーカーからフォントベンダーへと業態転換。多言語情報配信ツールやブランディング支援などの新規事業にも乗り出すモリサワの歴史から、イノベーションの秘訣を探る

書籍・雑誌・教科書のような紙の出版物はもちろん、街中の広告や標識、パソコンやスマートフォンの画面に表示されるものまで。私たちの生活は文字で溢れているが、たとえば明朝体やゴシック体のように同じ文字でも異なるデザインが存在し、目的・用途にあわせて使われている。こうした文字のデザイン「フォント」を広く世の中に供給しているのが、株式会社モリサワだ。

国内シェアNo.1フォントベンダーの同社は、もともとは文字を印字する機械、「写真植字機」を世界で初めて実用化させた機械メーカー。そこからフォントデザインの開発・販売・ライセンス事業へと舵を切り、現在では多言語での情報配信を実現するツールや、ブランディング支援のツールキットなど、"フォント"という領域に留まらない事業も展開する。機械メーカーだった創業期から考えると、今の姿は到底想像もつかないもののはずだ。なぜモリサワはこのように変化を続けられたのか。代表取締役社長の森澤彰彦さんに訊ねた。

「機械が売れなくなっても、うちには文字があるじゃないか」

モリサワの創業は1924年。現社長森澤彰彦さんの祖父・信夫さんが、写真の原理を応用した文字の印刷技術を考案し、「邦文写真植字機」として特許を申請したことにはじまる。

「当時は活版印刷が全盛の時代。文字が彫られた鉛の活字を一字ずつ並べて版(インクを紙に刷るための面)をつくることで印刷は行われていました。文字の数だけ鉛が必要ですからコストもかかりますし、人の手で一字ずつ組むので手間もかかる。それに対して写植機は、タイプライターとカメラを組み合わせたような機械。何万本も鉛の活字を用意して並べる必要がなく、グーテンベルク以来の発明とも言われたそうです」

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新型コロナウイルス拡大防止のため、大阪と東京を繋いだリモートインタビューを実施した。

つまり、従来の常識を覆す印刷技術が、モリサワのイノベーションの原点だった。ところが、写植機が出版・印刷業界へ本格的に普及するのは活版印刷からオフセット印刷へと切り替わっていく戦後の話。このタイムラグも、同社のイノベーションを象徴する出来事が起こるきっかけとなる。

「印刷市場に受け入れてもらうには時間がかかったからこそ、我々は"紙に印刷すること"以外にも使ってもらう道を模索しました。そうやって見出した活路の一つが、映画に字幕をつけること。フィルムに文字を印字する機械として使われたんです。紙への印刷にこだわらなかったことは、今のモリサワが出版物だけでなくWebやゲームの中、医療機器やカーナビなど様々なところで表示されるフォント事業を主軸としていることにも結び付く発想です」

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当時の写植機(モリサワ提供)

どんなに画期的な技術だとしても、それだけでビジネスとして成功できる訳ではない。そうした創業期の経験があるからこそ、モリサワは一つのマーケットや産業に固執しすぎず、事業転換や新規事業への進出を実現できるのだろう。その柔軟な姿勢は、森澤さんが祖父から聞いたある言葉からも感じられる。

「その時は、ちょうど世の中に"ワープロ"が出まわりはじめるなど、文書のデジタル化が進んだ時代。印刷業界もDTPへ移行する流れが起き、写植機を販売するハードメーカーの当社は岐路に立っていました。しかし、写植機を開発した祖父は会社の原点にこだわるどころか、こう言ったんです。

『機械が売れなくなったって、うちには文字(フォント)という財産があるじゃないか。ワープロがうちの文字を欲しいというなら、"フロッキ"に入れて売りなさい』

私はこの言葉で当社のコアコンピタンスが写真植字機ではなく文字であることを改めて認識しましたね。また、祖父はフロッピーディスクのことを"フロッキ"と言うくらい、コンピュータには明るくありませんでした。にもかかわらず、そこに新たなビジネスの芽があるなら勇気を出して進むべきだと言ってくれたようでした」

既存事業を揺るがす脅威は、世の中を変えるチャンスでもある

モリサワでは1955年に、初めて独自開発の書体を発表。高度経済成長期に広告等で斬新なデザインの書体が求められるなど、時代の要請に合わせ新たな技術開発を続けてきた。その経験を持ちつつ時代の流れを読み、1980年代には写植機の会社から文字の会社へシフトをはじめた。森澤さん自身もこの時期に入社しており、これまで自分が経験してきた会社の出来事を振り返ってみても一番のターニングポイントだという。

「1987年に米国アドビシステムズ社と提携し、パソコン環境に適応したデジタルフォント(日本語ポストスクリプトフォント)の開発をスタートさせました。私はこの提携に際し4ヶ月間米国のアドビ社にいたのですが、そこで海外最先端の情報に触れられたのもいい経験でしたね。

当時のアドビはまだ数十人規模のベンチャーでしたが、4カ月の間でも急拡大。移転予定のオフィスも数百人が入る規模ながら「すぐに一杯になると思う」と語られるなど、その勢いを間近で感じられました。

また、機械メーカーだったモリサワとソフトウェア開発のアドビでは、社員の持っているスキルやノウハウがまるで違う。既存のマーケットにはない新たな知識を取り入れたことで、これまでとはまったく異なるアイデアや考え方が生まれる予感がしました」

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ポストスクリプトフォント最初の2書体。上・中ゴシックBBB、下・リュウミンL-KL(モリサワ提供)

それ以前のモリサワは、あくまでも「印字する技術」という限られた範囲が事業のすべてだった。より効率的で高品質な印刷手法を発明する、いわば「量や質のイノベーション」を起こすことで成長してきたと言えるだろう。

ところがアドビとの提携は、写植機のマーケットを縮小させるリスクを帯びた決断であり、実際にそうなることは2020年の今日に至る流れが証明している。破壊的なイノベーションともいえる道を、当時のモリサワはなぜ進むことができたのだろうか。

「自社の主要事業と競合するところに敢えて参入するのですから、もちろん当時の経営陣にとっても簡単な決断ではありません。その一方で、顧客のニーズを冷静にとらえてみると、新しい技術にいち早く飛び込むことはチャンスでもありました。

DTP登場以前の印刷は文字と線画と画像が別の工程でバラバラに動いていました。だからこそ文字の印刷に特化した写植機が活躍したのですが、DTPがあれば紙面上の要素を全てレイアウトして印刷できる。革新的な技術を前に、『これは機械にこだわっている場合ではない。いずれDTPが当たり前になるのなら、いち早く我々が手掛けてお客様をより便利な世界に導くことに価値があるのではないか』と直感したんです」

アドビとの提携によって、モリサワは日本におけるDTPの伝道師ともいうべき役割を果たす。また、日本語のデジタルフォントを開発したことは、モリサワの文字が出版・印刷業界だけでなく広く世の中で活用される契機にもなった。

加えて、ワープロ、パソコンといった機器の登場で、印刷やデザインの現場に限らず一般オフィスでの需要も急増。既存マーケットを手放す決断が、結果的にモリサワのマーケットを大きく広げたのだ。

自らが培った技術を、隣接したマーケットで応用できるか

現在のモリサワは、三つの事業を柱にしている。前述のフォント事業に加え、印刷物や電子書籍等に関連したソフトウェア事業、ソリューション事業を展開。更には、多言語ユニバーサル情報配信ツール「MCCatalog+」を開発し、インバウンドマーケットにも参入した。

また、新規事業部門「MORISAWA BRAND NEW Lab」で20〜30代の若手社員が立ち上げたスタートアップ向けのブランディング支援ツール「ZeBrand」は北米市場をターゲットにしているなど、国内に留まらないチャレンジングな動きも進む。和文フォントのリーディングカンパニーでありながら、モリサワの事業はますます多様な広がりを見せている。

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画像・左『MCCatalog+』右『ZeBrand』

このように、同社は創業期の0→1を生み出す発明にはじまり、今の若手社員が挑む新規事業をみても、柔軟な発想力が育まれ続けているように感じられる。なぜモリサワではそれが可能なのだろうか。

「モリサワの社是は、『文字を通じて社会に貢献する』。事業の多角化を模索しはじめた1975年ごろから掲げられるようになったもので、私も大好きな言葉ですが、当社のあらゆるイノベーションはこの社是を体現しているといっても過言ではありません。

映画の字幕もそうですし、1964年の東京オリンピックではNHKからの要請でテレビ放送用に専用のテロップ機をつくったこともあります。昔から自分たちの技術が必要とされるならばと、様々なところに提供してきた。モリサワの価値は"印刷機械"や"フォント"ではなく、"文字を通じて社会に貢献すること"と定義してきたからこそ、やり方は一つに縛られなくていいという発想でいられるのだと思います」

製品やサービスそれ自体よりも、商品を通して何を提供したいのかにこだわる。そうした姿勢がモリサワの事業開発には貫かれているのだろう。しかし、今多くの業種や企業で時代にあわせた変化が求められているなか、"従来のやり方しか知らない"と頭を抱えているのも事実だ。モリサワのように柔軟に変化を続けるには、どうすれば良いのだろうか。

「これまでやってきたことを完全に捨てるというより、まずは自分たちが従来のビジネスで培ってきた技術・ノウハウが何なのかを自覚することが大切ではないでしょうか。そのうえで、自社の技術を必要としてくれるところが、既存マーケットに隣接するところにないかと探してみる。たとえば、新型コロナウイルスが社会の隅々にまで影響している今、日本酒メーカーさんが酒の製造技術を転用して消毒用アルコールの製造に乗り出しています。これは素晴らしいイノベーションじゃないですか。

モリサワも同じです。これまで培ってきた文字という強みを自覚し、そのノウハウを活かした隣のマーケットに一歩踏み出すこと。その繰り返しこそが現在の当社につながっているのだと信じています」

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

森澤彰彦(もりさわ・あきひこ)

株式会社モリサワ代表取締役社長

大学卒業後、同社に入社し1987年にはアドビシステムズ社と日本語ポストスクリプトフォントの共同開発提携のために渡米。89年からは東京支店DTP課でデジタルフォントの普及に携わる。その後、取締役営業本部長、常務取締役執行役員営業本部長、専務取締役執行役員営業本部長を経て、2009年代表取締役社長に就任。

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