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「なぜ?」と自分に問い続ける。書家 岡西佑奈に聞く不安との上手な付き合い方

ものづくり , アイデア , サステナビリティ , 伝統 , 多様性

文:葛原 信太郎 写真:須古 恵

世界で活躍する書家は、「今」に向き合う修行をしていた。岡西佑奈と不安や怖れと共に生きる方法を考える

未来の見通しが立たず、不安が募る。過去にない事態にこれまでの判断基準も揺らぐ。混迷の時代をどう生きるか、誰しもが問われている。

国内外で注目を集める書家/アーティスト・岡西佑奈さん。幼少期から書道をはじめ、女優として経験を積んだ後ふたたび書の道へ戻り、水墨画を学んだり、アートと書を行き来しながら、独自の表現を追求する。自然界の曲線美や心象を表現する独自のスタイル、ライブパフォーマンスが高く評価され、2019年6月には天津文化センターでのパフォーマンス作品が中国天津美術館に収蔵、11月には世界遺産東大寺にも奉納されるなど国内外でも高い評価を得ている。

多様なキャリアを歩みながら、書家としてもアートと書という一見別物に見える表現を行き来しながら活動する岡西さん。そうした、多様な道を選び続けた決断の背景には、過去や未来にとらわれることなく「今」にフォーカスを当てるスタンスがあったという。岡西さんに「今」を生き、決断するためのヒントを聞いた。

女優と書家、どちらも自分を表現すること

――岡西さんは、女優から書家へとキャリアを大きく転換しています。なぜ女優を目指し、またなぜ書家を志したのでしょうか。

私には、幼い頃から思い描いていた夢がありました。書家と女優とサメの研究者です。昔からサメが大好きで、研究者の仕事に就くことはありませんでしたが、サメは今でも作品づくりのヒントになるなどとても大切な存在です。書道は、6歳の頃からはじめて、高校時代には師範免許を取得するほどのめり込んでいました。一方の女優は両親の影響からです。私の両親は、芸能関係の仕事をしており、芸能の道は自然なものでした。

女優の道を選んだのは、高校2年のときです。蜷川幸雄さんの舞台「マクベス」を見て、主演の大竹しのぶさんの演技に圧倒され、雷に打たれたような衝撃を受けました。私は極度の人見知りで「自分を表現する」ことがとても苦手で。しかし、大竹さんは、大声で泣き、走り回り、怒鳴り、圧倒的な存在感を放っていた。舞台の上なら私も「自分を表現する」ことができるかもしれないと考えました。

演技やダンスを学ぶために大学に進学。始発で登校・終電で帰宅の毎日を過ごしていました。ただ、舞台の上ではできるようになっても、舞台を降りると自分をどう表現して良いかは分からなかった。仲間とうまくコミュニケーションがとれないこともあり、結局のところ悩みは尽きなかったですね。

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――その間、書道はやられていなかったのでしょうか。

ほとんどやっていませんでした。でも、転機が訪れます。ちょうど大学生活も終わりに近づいた頃、知人が家にたまたま遊びに来たときでした。冷蔵庫に貼ってあった私の昔の作品を見て、とても褒めてくれて。それがうれしくて、久しぶりに押入れの奥にしまってあった書道の道具を取り出して、書いてみました。

ここで再び、雷に打たれたような感覚があったんです。私は書道がやりたかった。ずっと閉じ込めていた気持ちが湧き上がってきました。書くことの喜びをもう一度思い出し、これからの人生は書家としてやっていきたい。これを仕事にするんだと決めて、その日に女優から書家へと歩む道を変えることにしました。

女優から書家へ、大きな転換だと言われることもあります。しかし、どちらも「自分を表現する」ことは変わりません。女優は舞台で、書家は紙の上で自分を表現することであり、その本質は変わらないと考えています。

過去や未来を考えても何も変えられない。私が生きているのは「今」

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左:人の欲望の本質に迫った『真言』/右:青い海と大好きなサメの泳ぐ軌跡を曲線で描いた『青曲』より

――今、自分の未来に対して不安を持っている人も少なくありません。岡西さんは雷に打たれたような直感を信じて、その都度大きな決断をされてきました。そこに不安はなかったのでしょうか。

不安だらけですよ!人にどう思われているかが不安で、1日中クヨクヨした経験も少なくありません。多分多くの人がそうであるように、私も幼少期は純粋で、自分がやりたいように、心のおもむくままに行動できていました。でも、年齢を重ねるごとに、失敗を恐れたり、人からよく思われたいという願望が大きくなってしまった。自分の心に蓋をしてしまうようになりました。

そうした力が人よりも強かったのかも知れません。女優になっても、書家の道を再び選んでも、不安とは常に隣り合わせで生きてきました。特に先例のあまりない書家の道を再び選んだ当初は、「ああ、またこんな失敗をしてしまった」「こうなったらどうしよう」と何度も思っていましたね。

でも、あるとき気づいたんです。失敗はすでに起きてしまったことだし、不安はまだ来ていない未来へのネガティブな感情。過去や未来について、「今」考えてもなにも変えられない。つまり生きているのは今なのに、今を大事にせず、過去や未来について考えることに膨大な時間を使ってしまっている、と。これに気づいたときも、雷に打たれたような衝撃でした。

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もっと「今」に集中したい――そう思ったときに足が向いたのが、福井県永平寺町にある曹洞宗大本山の永平寺で禅の修行でした。静かな場所で、座禅を組む。周りには同じく座禅をする人々がいますが、なにも喋りません。それぞれが自分に集中するんです。

――自分の今にフォーカスを当てる訓練を重ねたんですね。

はい。修行前と比べて、私自身感覚がとても鋭くなり、街の匂いや音に敏感に反応するようになりました。しかし、東京に帰ってきて気づいたのは、ここにいることそのものが修行だということです。東京には大量の情報があり、この場所で今にフォーカスするのはとても難しい。

ただ、この状況を逆に捉えると、東京で今にフォーカスできる状態になれれば、怖いものはないと思ったんです。

不安とともに生きる

――そういった修行などの経験で、不安や恐れはなくなったのでしょうか。

そんなことはありません。私はこれまで何度も、不安になり、今に集中し、また不安になって...と繰り返してきました。とくに、今年はコロナ禍では国内外のイベントの予定がすべて白紙になり、深く絶望しましたし、焦りに飲まれそうになる日もありました。ただ、こうした経験を含めて考えているのは、人間は弱く、不安や恐れを完全に取り去ることはできないということです。今を大切にはするけど、不安も恐れも抱えたまま、一緒に生きていくんだと思っています。

こういった感覚は、作品にも現れています。昔は「生きる」「挑戦」といった、きれいな言葉が好きで、ポジティブなことばかり書いていました。でも「本当の私」は、きれいな言葉だけでは表現できない。苦しさや悲しさ、不安や恐れがなければ私じゃないんです。その気づきから、最近ではポジティブなことだけでなくネガティブなことも書いています。

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『108の生』たくさんの「生」のなかに、ひとつだけ「死」が混ざっている

――Meet Recruit で以前お話を伺った、俳優の竹中直人さんも「不安になるのもそんなに悪いことではない」という話をしてくれました。

不安になるのもそんなに悪いことではないと思います。不安がない状態って、裏返すと冒険も挑戦もないってことだし、つまらないとも言えますよね。先々のことを不安になり過ぎる必要はないけれど、いい具合に不安だからこそ面白いんじゃないかな。
「不安を抱えながら生きてもいいんじゃない?――竹中直人の人生100年時代」より

私も、とある有名な音楽家の方が「ライブの前には手が震えるくらい緊張する」と聞いたことがあります。どれだけキャリアを重ねても、不安と共に生きている。それを知って、とても楽になりました。「私だけじゃないんだ」と。

2020年11月に開催の展示会『希望の書』は、新型コロナウイルスが世界中で感染拡大するなかで、少しでも人々に希望を届けたいという思いから企画しました。希望という言葉自体はポジティブな響きを持っていますが、ネガティブな気持ちがあってこそ希望がある。なぜなら、人は苦しい状況だからこそ、希望を見出すからです。

正しいから選ぶのではない

絶望の「絶」の上に希望を書いた『絶望 希望』

――絶望から希望が生まれる。まさに今の時代を表していますね。恐れや不安と共に生きるために、大切にしていることはありますか。

あくまで、「恐れや不安は常にあるもの」と捉え、飲み込まれないことですね。そのためには「なぜ?」と、自分に問い続けることが大切だと思っています。「なんで不安なんだろう」「なんでクヨクヨ考えてしまうんだろう」とか、「なぜ?なぜ?」と自問自答を繰り返し、本質をみつけていく。そこから逃げずに自分と向かい合うとだんだんと不安の正体がわかってきます。

「誰かに嫌われたくない」「なぜ?」「小さい頃に嫌われてつらかったから」「なぜ?」...と繰り返すと、不安の根本原因が見つかる。自分と向き合うのは苦しいことでもあります。ときに思いもよらぬ本音が見えることもあるし、自覚することが恥ずかしいこともある。でも、それを噛みしめる。人間は弱いので、ネガティブな感情もあって当然なんです。それを完全になくすことはできませんから、どう受け止めるかを大切にしているんです。

――自分自身に問いかけることは、普段からやっていない人には難しいかもしれません。まずは何からやってみたらいいですか?

シンプルなもので言えば、まずは10分間ほど、携帯電話など周囲の情報を手放し、自分の呼吸に集中する時間を作ってみるとよいかもしれません。マインドフルネスなどでもよく言われる話ですが、私はお風呂でよくやっています。不安や怖れでたまらなくなったら、今の集中するために呼吸を感じる。それを続けていくと、少しずつ自分自身に向き合えるようになるはずです。

――では、普段の仕事の中で不安や恐れを感じたら、どうすべきだと思われますか?

様々な判断の基準を自分の中に持つようにできるといいですね。迷ったとき、誰かに相談し、背中を押してもらったからやるくらいならやめたほうがいいと思うんです。それは自分ではなく誰かの判断基準に頼っていることになるから。自問自答を繰り返し、自分のなかに選ぶ理由を見つけていれば、恐れや不安よりも希望の方が大きくなっているはず。

例えば、仕事を続けていると「正攻法」を押し付けられたりもします。しかし、正しいからといって成功するとは限らない。書道の正攻法は「古典技法を学び、伝えていく」こと。これは書家の基盤として大事なことです。しかし、正攻法だけでは生まれないものもあります。繰り返し「なぜ?」と自分に問い続けられれば、恐れや不安があっとしても「今」にフォーカスして、自信をもって立ち向かえると思いますよ。

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

岡西 佑奈(おかにし・ゆうな)

6歳から書を始め、栃木春光に師事。高校在学中に師範の免許を取得。水墨画は関澤玉誠に師事。書家として文字に命を吹き込み、独自のリズム感や心象を表現し、 国内外で多数受賞。近年では、書のみならず、墨象や絵画を手掛け、青い地球への想いを昇華させた「青曲」(軽井沢ニューアートミュージアム)など国内外で個展を展開。絵画のような独自のライブパフォーマンスでも注目され多方面で国際的な活動をみせる。2019年に初の作品集「線の美」(青幻舎)を刊行。2020年11月1日(日)より29日(日)まで汐留メディアタワー(共同通信社本社)ギャラリーウォークにて岡西佑奈展「希望の書」を開催。

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