ドラッカー・スクール人気教授と語る「不安やストレスをポジティブに捉えるスキル」

jeremy-okumoto-01_main_common
文:森田 大理 通訳:杉本 実紀

大きな社会変化の中で、これからの私たちは何を身につけるべきなのか。米国クレアモント大学院大学 Jeremy Hunter准教授とリクルートワークス研究所 所長 奥本英宏が語る、コロナ時代の人・組織

環境が目まぐるしいスピードで変化し、予想不可能なことが起きる時代。ビジネスシーンでは2010年代頃からいわゆるVUCA時代の到来が叫ばれていたが、新型コロナウイルスの感染拡大によって、それは現実のものとなった。一時的に世界規模で経済活動がストップし、人の移動制限も未だ続いている。かつてない変化の渦中にある私たちは、今の時代にどう向きあえば良いのだろうか。

そこで今回は、人や組織のより良いマネジメントについて研究してきた有識者による対談を実施。米国クレアモント大学院大学ピーター・F・ドラッカー・スクール・オブ・マネジメント 准教授のJeremy Hunterさんと、リクルートワークス研究所 所長 奥本英宏から、これからの時代に求められる発想や考え方のヒントを聞いた。

対談前編では、この変化にどう向き合っていくべきか、コロナ禍を生き抜く心のあり方について話した模様をお届けする。

未曾有の危機は、自らを見つめ直す機会に

──私たちは、新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るう中で1年以上を過ごしています。おふたりはこのパンデミックが世界にどんな変化を促していると考えますか。

Jeremy 非常に大きな問いですね。リーダーシップの観点からお話すると、アメリカではこれまでリーダーが自分の仕事だと思っていなかったことを強いられたのが大きな変化でした。つまり、従業員を組織の機能としてではなく、ひとりの人として見る必要性が高まった。彼らには家族がいて、その先にはいろんなコミュニティがあり、コロナによって様々な問題を抱えている。

平時はここまで気にしていませんでしたが、人々がかつてない不安やストレスを抱える中では、自分自身や相手の感情に注意を向け、ケアをしたり手を差し伸べたりすることが効果的だと、地球全体で認識された。人の内なる感情に目を向けることの重要性が高まったと感じます。

奥本 私がコロナ禍になって再認識したのは、人が社会や周囲との関係の中で生きていること。自由に人と会えない生活を送る中で、人と人との関係性を深く考えさせられました。見えないウイルスが、同じく目では見えない人間関係に私たちの目を向けさせ、根本からもう一度見直そうよと言っているように思います。

写真
取材はオンラインで実施しました。

──普段は気づけないことや、さほど重視していなかったことに関心を向けるようになったと。

Jeremy この危機がこれまで知らなかったことや関心が持てなかったことを学ぶ機会になれば良いですよね。これまでとは全く異なる状況に身をさらしたことで、自分を見つめ直す良い機会にもなりました。たとえばパンデミックで様々な制約を受けたことで、既存組織の長所・短所があらわになりました。個人も、非常事態に対する自分のキャパシティを知ることができた。それらを踏まえてより強くなることが理想です。

2011年の東日本大震災のときも、「自分にとって何が大切なのか」を深く考えた人が多いと言われています。そう考えると、日本にとっては丁度10年の節目で自分を見つめ直す機会がもう一度訪れたことになる。絶妙なタイミングで訪れたチャンスだと捉えることもできますよね。

奥本 危機はチャンス。まさしくそうですね。自分自身を見つめ直した上で、周りとの関係性にも目を向けて行くべきだと思います。企業だったら、顧客や従業員との関係性。個人であれば仕事や同僚との関係性だけでなく、家族や知人との関係性もそうでしょう。今までの当たり前にこだわらず、それらをデザインし直すチャンスなのではないでしょうか。

自分の中の思い込みを捨てて、心地の悪い状態も受け入れてみる

──とはいえ、多くの人はコロナ禍に強い不安やストレスを感じていますし、ネガティブな感情の方が強いと思います。ピンチをポジティブに捉え直すにはどうしたら良いですか。

Jeremy 感じている心の痛みや不快な感情、心地の悪さが、自分に何をもたらしてくれるかを考えてみましょう。心地の悪い状況は避けたくなるものですが、実は人が何かを学びはじめるための最高の環境です。特に日本の人たちにとって今は絶好のチャンスだと私は思いますね。

世界では紛争や暴動など各地で不安定な情勢が起きている中で、日本は比較的安定しており、普段は短期的な痛みの代償を払ってまで変化する必要性を感じにくいのかもしれません。でも、ここまで社会が一変してしまったら、いよいよ自分自身も変わらざるを得ない。自分の中の前提や固定概念を一度手放して、他の選択肢を模索してみる良い機会ではないでしょうか。

写真

奥本 リスクをとって変化することや多様な選択肢から自分の意思で選ぶことって、基本的に面倒で大変なものだと思います。自由であることや柔軟であることは、言い換えれば不安定な状態。特に日本は「ちゃんとやる」意識が強い社会ですから、未知や曖昧さを避けようとする気持ちも頷けますね。

でも、この1年の企業の動向に注目してみると、コロナ禍に柔軟に対応できた企業には「販売チャネルやサービスの多様性が高い」という共通点があります。また、リモートワークをはじめとした多様な働き方の選択肢やオプションがある企業ほど、このピンチを上手く乗り切っている。多様性をいかに取り込むかが企業の生き残りに関わってくるのであれば、その道を模索しないといけないですよね。

──従来のやり方にこだわっている場合ではない状況だからこそ、変化に怯えているだけではいられないということですね。

Jeremy 従来のやり方を完全に否定する訳ではありませんが、逆境の中ではプライドを持ちすぎることが致命的なリスクになるかもしれません。これは東京のある高級寿司店の話ですが、コロナ禍で他の飲食店が次々とテイクアウトを始めていたのに、「うちの店が持ち帰りなんてとんでもない」と頑なに拒んでいたそうです。けれど、一向に客が戻ってこない中でいよいよ何かせねばと重い腰を上げてお弁当を販売することにしたら、それが新たなビジネスの柱になったといいます。

このように、思い込みやプライド、過去の成功体験がせっかくのチャンスを塞いでいる可能性があります。奥本さんが言うように、日本は「ちゃんとしたやりかたでやらねば」という思い込みが強く、これに固執してしまい感情が揺さぶられることが多いのではないでしょうか。でも、その感情は自分の頭や心の中で作り出されたものです。それをどう手放して自分の望む未来に近づくかだと思います。

奥本 Jeremyさんが寿司屋の例を挙げられたので、私はカレー屋の事例をご紹介したいです。これは銀座にあった有名店の話ですが、他の飲食店と同じようにテイクアウトをはじめ、その延長で冷凍カレーの通信販売もスタートされたんですね。すると、銀座の味が家で食べられると評判を呼び、ついに店舗を閉めてECサイトでの販売に舵を切ったんです。

これは最初から計画して辿り着いた道ではなく、逆境の中で試行錯誤をしていたら新しいビジネスの可能性が見えてきたという典型例。前向きに変化していくには自分の意思が欠かせませんが、はじめからこれと決めて踏み出すというよりは、トライ&エラーを繰り返していくことが大切なのかもしれませんね。

「主体性」を発揮するとは「自己中心的」になることではない

――今、おふたりからは「自分の望む未来を手に入れる」や「自分の意思で変化する」といったキーワードが出てきました。一方で日本の社会では、世界と比較しても“自分で決めること”が苦手で受け身な人が多いとも言われます。この現状をどうお感じですか。

Jeremy 私が日本に行くたびに感じるのは、仕事を楽しんでいない人が多いように見えることです。私が言う「楽しむ」とは、ただワイワイやるという意味ではなく、「自分の人生にとっての意味を持って仕事に取り組む」こと。日本の多くの人たちは「とりあえずやっている」ように見えるんですよ。日本には高い能力を持つ人も大勢いるのに、少しもったいないなと思ってしまいます。

写真
写真提供:Transform

奥本 もっと仕事を楽しんでほしいというJeremyさんのメッセージ、非常に共感しますね。というのも、日本は国連が発表する世界幸福度ランキングが先進諸国の中でも低い水準ですし、従業員エンゲージメントも圧倒的に低い。その背景のひとつには、マネジメントが管理・統制的で、働く個人の意思が表に出にくいからだとも言われています。

組織が変わらなければならない面も大いにありますが、個人としても自分の好奇心や好きなこと、大切にしていることを見つめ直す機会が必要。自分の感情にちゃんと向き合って、「こんな働き方がしたい」「こんな仕事がしたい」と発信していくことが、自信やオーナーシップに繋がっていくはずです。

Jeremy ひとつ質問してもいいですか。日本社会では、自分の好きなことをやると「自己中心的」だと見なされませんか。これを恐れる気持ちが個人の主体性をブロックしている印象があるのですが、奥本さんはどう思いますか。

奥本 たしかに日本には「場の空気を読む」という言葉があるように、海外よりも同調圧力が強い社会だと思います。だとすると、個人が幸せを感じる基準にも日本独特の感覚があるのではないでしょうか。「自分だけがハッピーでも、周囲の人々がアンハッピーでは幸福感を感じにくい」というような。日本の人たちが考える「自己」とは、唯一無二の存在としての個人というより、周囲との関係性を前提にしたものなのでしょう。

――だとすれば、どんな考え方やスタンスを持てば良いでしょうか。

奥本 日本の働く個人や組織においては、「3つの主体性」を発揮できるようにすることが大切です。1つ目は、自分が任された役割を通じて良い仕事をする原動力としての「仕事への主体性」。2つ目は、短期的な結果には繋がらなくても、長期的な視点で経験を広げたり影響力を高めたりするために敢えて挑戦を決断するような「キャリアへの主体性」。そして3つ目が、「会社への主体性」。組織のミッションやバリューにコミットすることで、自分の任された範囲を越えて他部署の仕事にも関与していくようなイメージです。

写真

Jeremy なるほど…。非常に興味深いです。アメリカの神話学者であるJoseph Campbellは「Follow your bliss(あなたの至福に従え)」という名言を残しましたが、その背景にあるのは、「イキイキとしている人は、世界に生気を与える」「自分が才能を開花させることで、周りの人の才能も開花する」といったメッセージでした。

奥本さんの言う日本的な主体性もこれに近いですよね。興味に従ってイキイキと行動することで、他の人にインスピレーションやビジョンを与えることもできる。自分が幸せになること=selfish(利己的)ではないんですね。

奥本 そうですね。これだけ社会が混乱している今だからこそ、周囲にビジョンを与えられる人になることも、私たちに必要な変化だと言えるかもしれません。

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

Jeremy Hunter(ジェレミー・ハンター)

クレアモント大学院大学ピーター・F・ドラッカー・スクール・オブ・マネジメント准教授。同大学院のエグゼクティブ・マインド・リーダーシップ・インスティテュートの創始者。東京を拠点とするTransform LLC.の共同創設者・パートナー。「自分をマネジメントできなければ他者をマネジメントすることはできない」というドラッカーの思想をベースに、リーダーたちが人間性を保ちながら自分自身を発展させるプログラム「エグゼクティブ・マインド」「プラクティス・オブ・セルフマネジメント」「トランジション」などを開発し、自ら指導にあたっている。「人生が変わる授業」ともいわれるこのプログラムは、多くの日本の企業幹部も受講しているほか、バージニア大学大学院や他のビジネススクールでも講座を持つ。また、政府機関、企業、NPOなどでもリーダーシップ教育を行っている。シカゴ大学博士課程修了(人間発達学)。ハーバード大学ケネディー・スクール修士。日本人の相撲取りの曽祖父を持つ。

奥本英宏(おくもと・ひでひろ)

1992年株式会社リクルートマネジメントソリューションズ(旧社名:人事測定研究所)入社。2011年10月株式会社リクルート ソリューションカンパニー カンパニー長、株式会社リクルートマネジメントソリューションズ代表取締役社長に就任。企業の人事制度、人材評価、人材開発、組織開発全般のソリューションに従事。2018年4月リクルートワークス研究所に参画。2020年株式会社リクルート専門役員、リクルートワークス研究所所長。

『ドラッカー・スクールのセルフマネジメント教室』(プレジデント社)

『ドラッカー・スクールのセルフマネジメント教室』(プレジデント社)

ジェレミー・ハンター / 稲墻 聡一郎

定価:1,870円(税込)

ドラッカー・スクールの「人生が変わる授業」が待望の書籍化!新しい選択肢から「望む結果」が生まれる

関連リンク

この記事をシェアする

シェアする

この記事のURLとタイトルをコピーする

コピーする