ドラッカー・スクール人気教授と語る「変化の時代を生き抜くための組織マネジメント」

ドラッカー・スクール人気教授と語る「変化の時代を生き抜くための組織マネジメント」

文:森田 大理 通訳:杉本 実紀

大きな社会変化の中で、これからの私たちは何を身につけるべきなのか。米国クレアモント大学院大学 Jeremy Hunter准教授とリクルートワークス研究所 所長 奥本英宏が語る、コロナ時代の人・組織

環境が目まぐるしいスピードで変化し、予想不可能なことが起きる時代。ビジネスシーンでは2010年代頃からいわゆるVUCA時代の到来が叫ばれていたが、新型コロナウイルスの感染拡大によって、それは現実のものとなった。一時的に世界規模で経済活動がストップし、人の移動の制限も未だ続いている。かつてない変化の渦中にある私たちは、今の時代にどう向きあえば良いのだろうか。

そこで今回は、人や組織のより良いマネジメントについて研究してきた有識者による対談を実施。米国クレアモント大学院大学ピーター・F・ドラッカー・スクール・オブ・マネジメント 准教授のJeremy Hunterさんと、リクルートワークス研究所 所長 奥本英宏から、これからの時代に求められる発想や考え方のヒントを聞いた。

前編に続き対談後編では、変化の激しい時代に必要となるスキルについて言及された内容をお届けする。

働き方が多様化する分だけ、最適解がより複雑になっていく

──コロナ禍が変化を促したことの一つが、働き方です。ステイホームが求められるなかで多くの人が在宅ワークを経験しました。働き方の選択肢が増えたことは個人や組織にどう影響するとお感じですか。

Jeremy 私自身の経験を話してもいいですか。実は、ロックダウンのおかげで睡眠の質が改善したんです。出張で常に時差ボケを抱えていたのが、ロサンゼルスの自宅で仕事をする生活に変わり良く眠れるようになった。こうした変化を多くの人が経験したとすれば、これからは健康最優先で働こうという価値観が増えていく気がしませんか。

奥本 私からは、リクルートワークス研究所が2020年の緊急事態宣言明けに行った調査結果をご紹介したいです。これによると、リモートワークをすることで以前より仕事のストレスや疲れが改善される傾向にありました。その一方、仕事に対するやりがいや満足度は下がってしまう結果だったんです。つまり、単にリモートワークに切り替えてもすべてが上手くいく訳ではないということ。個人の健康と仕事のやりがいを上手くバランスさせ、仕事や職場の関係性をリデザインすることが、これからの組織には求められるのだと思います。

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回答選択肢「あてはまる/どちらかといえばあてはまる/どちらともいえない/どちらかというとあてはまらない/あてはまらない」から、肯定的回答(「あてはまる/どちらかといえばあてはまる」)を選択した雇用者の割合。/出典:「リクルートワークス研究所 全国就業実態パネル調査2020 臨時追跡調査」

Jeremy たしかにリモートワークには複雑な要素が絡み合っていますよね。これからも家で働き続けたい人もいれば、元に戻したい人もいる。今後は様々な働き方がひとつの組織に混在していく中、その環境でどのように組織の文化や人間関係を維持していくのか。難しい問題ですよね。

奥本 何のためのリモートワークか、目的を定めないといけないですよね。少なくともこの1年の目的は、「安全のため」でした。感染を抑えるために、とにかく出社しない。有事であれば、それは仕方のないことです。しかしこれからは、アフターコロナを見据えて「成果を上げるためにリモートワークをどう活用するか」に変化していく必要があるでしょう。目的が明確になれば、リモートワークの中身も変わっていくはずです。

たとえばフランスでは、人に邪魔をされず集中したい仕事はリモートで、みんなでワイワイと議論をしたい仕事はオフィスで…と仕事の性質を見極め、整理し、成果が上がるやり方に組み替えているそうです。ところが現状の日本のリモートワークは、オフィスでの作業を自宅に持ち込んだだけで一日中会議をしている人も多いですよね。こうした状況を見直し、目的にあわせてリデザインすることが必要なのではないでしょうか。

仕事の意味や背景を語る意義がますます重要に

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取材はオンラインで実施しました。

──目的や意図を明確にすることがこれまで以上に問われるのでしょうか。

奥本 そうです。組織が意思決定をする際の「意図」と「選択の軸」がブレないことに加えて、それを従業員やステークホルダーに対して主体的に語り、共感や理解を深めることが大事な時代になるのではないでしょうか。会社は従業員に対して仕事を単に渡すのではなく、この仕事を通してお客様にどんな価値を届けたいのか、人や社会をどう豊かにするのかを一貫したストーリーとして語り、共感の渦に巻き込んでいく必要があると思います。

Jeremy 実は、今奥本さんがおっしゃったことは、私がまさにこれから手掛けるプロジェクトのテーマなんですよ。このテーマに関心があるのは自分自身の経験も元になっているんです。それは、ある製薬メーカーに務める人に偶然お会いしたときのこと。私は2008年に腎臓移植を受けて以来、この企業の薬を毎日飲んでいます。そのため、「皆さんの薬が私の命を救っています」と話したら、次第に相手の目が潤んできて。

わけを聞くと、「自分の仕事では医師にしか会えないので、実際の患者さんの声が聞けて嬉しい」と話してくれました。自分が何のために仕事をしているかを知り、意味や背景を持って働くことはとても大切なんですよね。

──リモートワークは仕事の効率化が進むメリットが大きい反面、顧客との距離が離れて分業も進み、仕事の目的や背景がこれまで以上に見えづらくなる。その課題にどう向き合うかが必要になるんですね。

奥本 当たり前ですが、人には感情があり、感情によって仕事の価値や貢献度合いも変わるものです。企業の論理だけで人は動けない。ジェレミーさんは、以前から著書でも人の不安や喜びと言った感情に意識を向けてケアをしていくことが大切だと語っていますが、それはコロナによってますます重要になってきたのではないでしょうか。仕事を意図から結果までつなげて語っていくストーリーが大切なのも、その一環だと思います。

Jeremy 例えばアウトドアブランドのパタゴニアは、多くの人が就職を希望する人気企業ですが、応募者の動機は「服をつくりたい・販売したい」というよりも「地球を救いたい」です。これは、パタゴニアが地球環境に対するスタンスを明確に示し、企業ビジョンから製品づくり、店舗運営、サステナビリティなどの細部までを一貫したストーリーで発信を続けてきたからこそ。「ウォレットやブレーン(利害や論理)」ではなく「ハート(心=感情)」で動かされるのが、人間の本質なのだと思います。

また、ドラッカーは「従業員をボランティアのように扱う必要がある」と述べていましたが、これも同じ考え方。単なる「雇った人」ではなく、「自ら意志をもって、組織や業務に参加する人」として扱うという意味です。マネジメントには人が感情的に惹きつけられるような動機が必要ということです。そう考えると、私は「プロフェッショナル」の言葉の意味も、これからは変えて行かねばならない気がします。これまでは、感情にとらわれずミッションを遂行する人がプロフェッショナルと呼ばれてきましたが、これからの時代は人の感情に寄り添える人こそ価値の高い仕事ができる=プロフェッショナルなのかもしれませんよね。

自分の中に多様性を育てるために、いろんなつながりをつくる

共感を呼ぶストーリーが大切なのであれば、今の激しい変化に悲観的にならず、ポジティブなストーリーを紡ぐにはどうしたら良いでしょうか。

奥本 特に日本のみなさんにアドバイスしたいのは、複数のコミュニティを持つことです。リクルートワークス研究所では、コミュニティや人とのつながりに関する調査・研究を進めているのですが、日本は海外に比べて所属しているコミュニティの幅が狭く、会社や家庭の人間関係に閉じている人が多いのが特徴として表れています。

また、調査では「様々なコミュニティに所属している人ほどキャリア展望がポジティブで、人生の幸福度が高い」という結果も出ている。いわゆる「サードプレイス」と言われるような場所を増やし、様々な価値観に触れて、自分の中の多様性を養っていくと、変化にも柔軟に適応できるのではないでしょうか。

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提言ブック『マルチリレーション社会 多様なつながりを尊重し、関係性の質を重視する社会』より

Jeremy 人は関係性の中で生きているのだと思います。根本には見返りなどなくてもお互いを助け合いたい気持ちがある。大きなネットワークに属することで安心を感じられるし、人と人との関係性を大事にしたいから「優しさ」も生まれる。そう考えると、オープンなつながりを持っていることはポジティブな感情や発想を生み出しやすいのかもしれません。

奥本 かのアインシュタインは、「相対性理論」を自分の頭の中だけで閃いたわけではないそうです。たくさんのコミュニティに所属して、そこで自分のアイデアをシェアしたり話し合ったりする中で思考が深まり、画期的な理論が生まれたのだと言われています。

Jeremy だからこそ、色々な得意分野・専門分野を持つ人同士で集まることが大事ですよね。異なる世界が交わる場所にはクリエイティブでポジティブな変化が起きやすいですから。

奥本 その意味で言えば、コミュニティをオーガナイズするスキルや媒介役としてネットワークを広げていくような力が、コロナ後の時代には重宝されるのではないでしょうか。

──とはいえ、奥本さんが指摘するようにコミュニティの幅が狭いのが日本社会の特徴だとすれば、私たちはネットワークを広げるのが苦手なのかもしれません。どうやって広げていけると良いでしょうか。

奥本 サードプレイスと言っても大層なものをイメージする必要はありません。新しいコミュニティにいきなり身を投じるのではなく、もっと身近なことから、例えばコロナ禍で流行った「オンライン飲み会」でも良い。これだって十分にネットワークを広げるきっかけとなるんですよ。距離が離れて会えなかった学生時代の仲間や転勤していった同僚と、オンラインで飲んでみる。これまでは忙しくて疎遠だった人との付き合いをメンテナンスする意味で、自分から声をかけてみるくらいの第一歩で良いのではないでしょうか。SNS時代の素晴らしさは、そうした小さなつながりの輪が鎖のように連なり広がっていくことだと思います。

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写真提供:Transform

Jeremy 私が講師を務めるプログラムでも、終了後に参加者が自主的に集まって交流していますね。この種のコミュニティは、ヒエラルキーがないのが美しい。立場がどうとかはなく、ただ人として集まって、勝手に話したいことを話している。日本でも昔はあったのではないですか。江戸時代は俳句や刺青のような趣味のコミュニティが盛んだったと聞きます。

奥本 たしかに、江戸時代は趣味や習いごとが盛んな時代でした。そう考えると、日本社会でコミュニティの幅が狭いのは、日本人の気質というよりも、近代以降の企業に重きをおいた社会システムが要因。これからの私たちは仕事だけでなく生き方にもっと意識を向けるべきなのかもしれませんね。

すでにその傾向は表れており、会社で部活やサークル活動を支援したり、退職者との継続的な関係構築を支援したりするような動きも出始めています。エンジニア同士の集まりなど、会社の垣根を超えたコミュニティが増えているのも良い傾向ですね。

自分にない価値観やおかしいと思う言動を排除せず、注意を向ける

――ネットワークを広げる上で、自分と異なる意見にどう向き合うと良いでしょうか。コロナ禍という未曾有の危機に直面する中で、自分と異なる考えや行動にもやもやとしたり、対立を生んだりしている場面も増えていると感じます。

Jeremy コロナに限らず、現代社会は目まぐるしく変化しています。そのスピードに人のスキルが追い付いていないのが要因ではないでしょうか。例えば、結婚。150年前は親が決めたよく知らない相手と結婚することが当たり前でしたが、今はお互いをよく知り愛し合う者同士がパートナーとなることが一般的です。でも、愛に満ちたつながりのはずなのに、この関係性をメンテナンスするスキルがすべてのカップルに備わっているかというと、そうでもないのが現実ですよね(笑)。

求めるものや理想は高くあるけれど、実現するためのスキルは足りていない。ITと人のスキルの関係も同じ。オンラインで気軽に人とつながれるし、自分の声が遠くまで届くようになったけれど、それを上手く使いこなしきれていないから、対立や衝突が起きるのではないでしょうか。

奥本 インターネットは、自分の思考に近い意見が勝手に集まりやすいことにも注意しなければならないですよね。無意識に考えが偏ってしまい、それが絶対的なものだと思ってしまうから、違う意見を見聞きすると過剰に反応してしまう。分断や対立が起こる一因のように感じます。だからこそ、自分の感情や思考をメタ認知する力や習慣が、これからの時代にとても大事です。その意味でも様々なコミュニティに属して多くの価値観に触れていく、知らないものを知りに行くことが必要なんですよね。

Jeremy メタ認知と言えば、私が学生に出している課題について話したいです。それは、「SNSを見ているときの自分の感情を1ヶ月観察すること」。自分の感情がその後の選択・行動にどう繋がっているかを客観的に観察するんです。もしこのメディアを見ていなかったらしなかったであろう行動はないか、自分の中の猜疑心がメディアに影響されていないか…。そんな風に振り返ってみると、自分が思っている以上にインターネットの世界に感情を振り回され、行動にも影響していることが分かります。

奥本 その課題は素晴らしいですね。自分が当たり前だと思っていたことに違和感を覚えて、それをよく見てみることがパラダイムシフトの第一歩。ちょっとした違和感を無視してコンフォートゾーンにいるだけでは、変化を起こせないですからね。

――自分と異質なものを無視や排除するのではなく、どこに、どのように注意を向けるかが大切だと。

Jeremy 未来は“奇”なもの。今の私たちが想像すらしていないものに変化していくのが常だと思います。だからこそ、今の自分にとって当たり前じゃないことにこそ注意を向けると良い。最初は居心地が悪いかもしれないけれど、触れるうちに段々と心地良くなっていく。その過程を通して、変化へ対応する柔軟性が養われるはずです。これは組織においても同じで、企業は、“変人”な従業員をちゃんと扱わないといけません。彼らは現代の尺度や常識で生きていない。「未来からの使者」だと思って、彼らの発想や取り組みを支援してほしいですね。

奥本 まさしくそうですね。だからこそ、これからの日本の組織に期待したいのは、多様な軸で従業員を評価すること。単一な評価軸で一律に従業員を評価しがちな日本の組織風土は、異能・異才の人材が育ちにくいのが課題です。今、企業が推進しているダイバーシティはジェンダーや年齢、国籍などの意味合いで語られることが多いですが、真に多様な組織とは属性だけでなく多様な価値観・才能の人たちが集う組織。それを実現していくことが、この大きな社会変化の時代に力強く進化していく条件なのかもしれません。

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

Jeremy Hunter(ジェレミー・ハンター)

クレアモント大学院大学ピーター・F・ドラッカー・スクール・オブ・マネジメント准教授。同大学院のエグゼクティブ・マインド・リーダーシップ・インスティテュートの創始者。東京を拠点とするTransform LLC.の共同創設者・パートナー。「自分をマネジメントできなければ他者をマネジメントすることはできない」というドラッカーの思想をベースに、リーダーたちが人間性を保ちながら自分自身を発展させるプログラム「エグゼクティブ・マインド」「プラクティス・オブ・セルフマネジメント」「トランジション」などを開発し、自ら指導にあたっている。「人生が変わる授業」ともいわれるこのプログラムは、多くの日本の企業幹部も受講しているほか、バージニア大学大学院や他のビジネススクールでも講座を持つ。また、政府機関、企業、NPOなどでもリーダーシップ教育を行っている。シカゴ大学博士課程修了(人間発達学)。ハーバード大学ケネディー・スクール修士。日本人の相撲取りの曽祖父を持つ。

奥本英宏(おくもと・ひでひろ)

1992年株式会社リクルートマネジメントソリューションズ(旧社名:人事測定研究所)入社。2011年10月株式会社リクルート ソリューションカンパニー カンパニー長、株式会社リクルートマネジメントソリューションズ代表取締役社長に就任。企業の人事制度、人材評価、人材開発、組織開発全般のソリューションに従事。2018年4月リクルートワークス研究所に参画。2020年株式会社リクルート専門役員、リクルートワークス研究所所長。

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