どんなにピンチでも信念は曲げない。ミシュランシェフ鳥羽周作の挑戦が人気を呼ぶ理由

どんなにピンチでも信念は曲げない。ミシュランシェフ鳥羽周作の挑戦が人気を呼ぶ理由

文:森田 大理 写真:須古 恵

「レシピ公開」「朝ディナー」など、型破りなアイデアでコロナ禍の苦境に立ち向かう。東京・代々木上原の人気店sioのオーナーシェフに、チャレンジを恐れない組織になるための秘訣を訊く

緊急事態宣言下でも、予約の絶えない人気店がある。東京都渋谷区、代々木上原駅からほど近く、ミシュランガイド東京2020から2年連続で一つ星を獲得しているフレンチレストラン「sio」だ。未知のウイルスに社会が混乱していた2020年春には、いち早くテイクアウトを開始。ステイホームを少しでも楽しんでもらおうと、お店のレシピをSNSで無料公開したことが話題を呼んだ。

その後も飲食業に出される様々な厳しい要請に対応しながら、柔軟な発想で新サービスを考案。先の見通しが立たないコロナ禍にありながら、新店舗のオープン、新会社設立など攻めの姿勢を崩さずにいられるのはなぜだろうか。チャレンジを続けられる組織のリーダーとして、オーナーシェフの鳥羽周作さんに話を訊いた。

料理人はアーティストではない。顧客ファーストのクリエイターであれ

sioのオープンは2018年。サッカー選手、小学校教員を経て32歳で料理の世界に飛び込み修行を続けてきた鳥羽さんにとって、店を持つことは大きな目標だった。自分の考える理想の店を実現するには、雇われる側ではなく自分の意思で決断できる立場になりたい。料理やサービスのクオリティはもちろん、内装やBGM、提供するおしぼりひとつにまで鳥羽さんの理想を詰め込んだsioでの体験は多くの美食家たちを唸らせ、オープンからわずか1年でミシュランガイドの一つ星まで獲得した。

sioが予約の取れない人気店としての地位を確立する一方、2019年には丸の内にビストロ「o/sio」、渋谷に純洋食とスイーツの「パーラー大箸」をオープン。コンセプトも価格帯も異なる店舗をはじめたのは、鳥羽さんがある気付きを得て、sio株式会社のビジョン『幸せの分母を増やす』が生まれたことに由来する。

「ある日、息子が通っている保育園の親御さんと仕事の話になったんです。sioのことを説明したら、『フレンチなんて高級店、私たちには縁がない』って。そう聞いて、sioだけをどんなに頑張っても、世の中の1%にすら喜んでもらえない気がしたんですよね。ひとつの形を追求するだけでなく、ハイグレードなものからポップなものまで提供できた方が、たくさんの人を幸せにできるのではないか。そう思うからこそ、あえてジャンルをずらした新規出店にこだわりました」

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このように鳥羽さんの活動の根底に流れるのは、徹底した顧客ファーストの精神。それは鳥羽さん自身の料理人としてのスタンスにも通じている。

「僕自身は、料理人をアーティストではなくクリエイターだと思っています。飲食の本質は、お客様が求めるものをいかに実現できるか。どんなにこだわっても、お客様に喜んでもらえなければ意味がない。究極のクライアントワークなんです。多くのお客様のニーズを満たすには、フレンチしかできないよりチャーハンやお好み焼きも作れた方が良いじゃないですか。だから僕たちは2万円のフレンチも、客単価数千円の居酒屋メニューも、数百円のプリンも作る。『鳥羽さんが今作りたい料理は何ですか?』なんてよく聞かれるんですけど、自分には作りたい料理なんてないんです。求められているものを作る、シンプルにそれだけなんです」

素早く・たくさん挑戦を続けられる理由は、判断基準がぶれないから

こうした考えで着実にファンを増やしてきた鳥羽さん率いるsio株式会社だが、新型コロナウイルスによって、他の飲食店同様に苦境に立たされる。しかし、その中でもsioは業界の常識にとらわれない独自の挑戦を続けた。

例えば、2020年春のステイホームが呼びかけられた時期に、「#おうちでsio」と題してレシピを公開したこと。飲食店がレシピを伝えることは自らの手の内を明かすことであり、“禁じ手”とも言える。鳥羽さんがこの行動に出たのはなぜなのだろうか。

「あの当時、世の中の人たちが何に困っているかを考えたんです。学校は休校。仕事は在宅勤務。外で食事もできない。となれば、1日3食×家族分を家庭で作らないといけない。料理の悩みに寄り添い、ステイホームを少しでも楽しく過ごしてほしかったんです」

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つまり、鳥羽さんはコロナ禍でも従来からの顧客ファーストを貫き、「お店で食事を提供する」という飲食店の常識すら飛び出してサービスを考えたということだろう。だからこそ「#おうちでsio」は従来からsioのファンだけでなく、広く世の中の人々から注目されるきっかけになった。結果的に、緊急事態宣言解除後には「家庭でもあれだけ美味しかったのだから、お店ではもっと美味しいに違いない」と新規の来店予約が相次いだという。

この成功を糧に、その後も飲食店に出される様々な要請にも臨機応変に対応していく。2021年1月に2度目の緊急事態宣言が出された直後には、20時以降の営業を自粛し、代わりに「朝ディナー」を提案。在宅勤務の普及など生活スタイルの変化を踏まえて、朝のニーズを掘り起こした。また、4月下旬からは酒類の提供を控える要請にあわせてノンアルコールドリンクのレシピを公開するなど、アルコールなしでも食事を楽しむあり方を発信している。

「他には渋谷の店舗のメニューを丸の内の店舗で提供する“業態移植”もやってみました。様々なトライをしてきましたが、何のためにやっているかと言えば、やっぱりお客様のためなんです。sioの判断基準は顧客ファーストか否か。お客様が喜んでくれるならやらない理由はないし、お客様のためにならないことは優先しない。その判断軸をぶらさないからこそ、チームのみんなも納得感を持って素早く対応してくれる。共に同じ目標に向かってチャレンジを続けるためには判断基準がブレてはいけないし、オーナーの僕自身が誰よりもこだわり抜かねばならないんです」

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みんなが幸せになれる飲食事業のあり方を、社会に提案したい

鳥羽さんの大胆な挑戦は、既存店のメニュー・サービス開発だけでない。常に状況が変わり先の見通しが立たないコロナ禍にもかかわらず、2021年3月には大阪に居酒屋「ザ・ニューワールド」を出店。翌月には、奈良にすき焼き屋「㐂つね(きつね)」をオープンさせ、エリアも業態もさらに拡張した。厳しい時代にこれだけ積極的でいられるのはなぜなのだろう。

「もちろん今が困難な環境なのは間違いないし、コロナが早く収束して自由に営業できる日が待ち遠しいですよ。けれど、一定の制約がある環境の方が、『どうやって乗り越えようか』と知恵を絞り、新しいアイデアが生まれるじゃないですか。だから僕は、難しいところにあえて飛び込む経験も必要だと思っています。それに、コロナ禍の今は挑戦してもしなくても飲食店が厳しいことには変わりないですから。もし赤字になるとしても意味のある赤字にしたい。コロナが収束すれば、人々はまた飲食店に戻ってきてくれるはずです。そう信じているからこそ、未来に選ばれるお店であるためにチャレンジを続けている感覚ですね」

こうした挑戦を更に拡大させるべく、鳥羽さんが2021年4月26日に発表したのが、新会社「シズる株式会社」の設立だ。博報堂ケトルをクリエイティブパートナーに迎え、商品開発や店舗開発、販売戦略の立案、プロデュースなど、食を軸にした幅広いフィールドに出て行く決断をした。これもまた、『幸せの分母を増やす』ことを更に加速させるために他ならない。

「社会の大きな変化に直面して、レストランという手段だけで今のお客様のニーズを満たすには限界があると感じました。また、飲食店経営は最初にまとまった運営資金の融資を受け、一定の期間をかけて返済していくのが一般的なビジネスモデルなので、今のような不測の事態が起きた途端、身動きが取れなくなるリスクがつきまとう。もっと自由に顧客ファーストの活動を続けるには、自分のフィールドを飲食店という枠の中に留めるのではなく、広く“食の事業”と捉え直し、レストラン事業はお客様を幸せにする手段のひとつとして位置付けたかったんです」

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2021年の今この決断をしたのは、sioのオープンから3年が経ち、コロナ禍のピンチに立ち向かう中で様々なノウハウが貯まったからこそだという。
「現在、新しいスタイルのレストランを準備しています。ここでは、お客様を幸せにするのはもちろん、働くみんなも幸せにしていきたいと考えています。例えば働き方。僕たちはお客様のためにどこまでもこだわり抜き、本気で向き合うことを大切にしているからこそ、その“本気のこだわり”を持続させるには働く仲間が幸せでなければならない。みんなで成長を続けていくためにも、飲食業界の慣習にとらわれず、自分たちの手で新たな働くスタイルを提案していくこと。それも『幸せの分母を増やす』ための挑戦のひとつだと思っています」

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プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

鳥羽周作(とば・しゅうさく)

sioオーナーシェフ / シズる株式会社代表取締役。1978年生まれ、埼玉県出身。Jリーグの練習生、小学校の教員を経て、32歳で料理人の世界へ。2018年、代々木上原にレストラン「sio」をオープンし、ミシュランガイド東京で2年連続星を獲得。また、業態の異なる5つの飲食店(「o/sio」「純洋食とスイーツパーラー大箸」「ザ・ニューワールド」「㐂つね」)も運営。書籍、YouTube、各種SNSなどでレシピを公開するなど、レストランの枠を超えたいろいろな手段で「おいしい」を届けている。 2021年4月、博報堂ケトルとチームを組み、食のクリエイティブカンパニー「シズる株式会社」を設立。モットーは『幸せの分母を増やす』。

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