憲法学者・慶應義塾大学法科大学院 山本龍彦さんのリクルート考
グローバルが意識する「人権とビジネス」 ルールの先にある新たな社会を創って欲しい
リクルートグループは社会からどう見えているのか。私たちへの期待や要望をありのままに語っていただきました。
リクルートグループ報『かもめ』2021年8月号からの転載記事です
テクノロジーがもたらす新たな社会のあり方と憲法論
今、「AIと憲法」というテーマに注目が集まっています。世界でも個人情報の利用に関する規律のありように大きな変化がみられるのは、AIによる自動スコアリングや行動予測などのメリット・デメリットについて議論が分かれているからです。
日本国憲法で言えば、データに基づく個人の効率的で確率的な「分類」(仕分け)、それによる差別や社会的排除は、「個人の尊重」(日本国憲法第13条)や「平等原則」(同第14条)の論点と微妙な関係に立ちます。とはいえ、これまでの「人」による評価も偏見に満ちていました。
データに基づく判断は、見過ごされがちだった個人の「真の価値」をあぶり出すこともある。効率性だけを目的にするのではなく、これまで以上に個人を尊重するためにAIを使う。憲法と調和的なAI社会の実現を考える必要があると感じています。
こういった社会の流れのなかで私自身も発言の機会が増えました。プロファイルは、ネットワーク空間の「ダブル(分身)」として個人の人生に重要な影響を与えつつあるため、より厳正な管理が必要などと指摘をしていました。
2019年夏にリクルートの「データ活用に関する諮問委員会」の立ち上げに際し、政策企画室の島 昌平さんからお声がけをいただいた時は、正直驚きました。リクルートの先鋭的な取り組みに歯止めをかける発言も時にはすることになるだろうと覚悟をして参加をさせていただきました。
リクルートが実現するパーソナルデータ指針
委員会では経営陣の方々の真摯な姿勢に、我々委員も忖度なく率直な議論ができました。最終的に、他社と比較しても、かなり先進的なパーソナルデータ指針を明文化されたと思います。
例えば、その第1条「活用目的」では、「社会の発展につながる」目的を強調し、クライアント企業だけでなくエンドユーザーも含め双方の幸福の最大化を行うことや、不当な差別の助長や多様性の排除をしないという、いわゆるFairnessの実現について明言されたこと。インクルーシブな社会の実現を先行しています。
また第2条「活用範囲」では、自社外での影響にも責任を持っていくと明記。これはプラットフォーマーとして重要な宣言だったと思います。
個人情報保護については、国内外でもまだまだ法整備中の段階。形式的な法律解釈ではカバーしきれない問題も多いため、より広い「人権」尊重の視点に立ち、社会と個人の利益を実現するための情報利活用を考える必要があります。
今、世界でもSDGsやESG投資の重要性が叫ばれ、「人権とビジネス」に注目が集まっています。国内外からの非難を回避するという消極的な視点ではなく、競争力の向上やビジネスチャンスという積極的な視点で、「人権」をとらえていって欲しいと考えています。
伝え方の工夫と議論の場 新しい価値の創造へ
日本国憲法は、世界の憲法と比較して条文数が圧倒的に少なく、「余白」の多い憲法だと言えます。その余白を、これまで日本では、政治家や官僚がプラグマティックに埋めてきたと言えるでしょう。
そこで起こることは、「書かれていること」を中心とした表面的な憲法解釈としての「顕教」と、実際に政治を動かしている「密教」とがズレること。このギャップを埋めていくためには、教育と議論の場が重要です。
現在、高校の教科書改訂にも携わっていますが、憲法の「余白」を埋める作業に、国民自身が主体的に関わる力をつけることを目指しています。国民が、憲法の「余白」に対してさまざまな解釈をぶつけ合い、抽象的な条文の意味について熟議を重ねていくことが重要です。
このプロセスによって、真の意味で「国民のための憲法」になっていくといっても過言ではありません。
リクルートが今回目指したパーソナルデータ指針やFairnessの実現、それを世の中に伝えるプライバシーセンターの取り組みも同じ。ガバナンス側だけでなく、開発現場の一人ひとり、ひいてはユーザーやクライアントとともに「ありたい未来」を議論し創り上げてこそ、そこに命が宿ると言えます。
「情報」で社会にさまざまなムーブメントを起こしてきたリクルートらしく、人権やプライバシーの観点でも、マイナスをゼロにするだけではなく、「豊かな社会を創る」という高い目標を掲げ、新しい価値の創造に挑戦し続けて欲しい。そんな発想こそが、ルールを乗り越え「新しい社会」を創っていくということなのだと思います。
プロフィール/敬称略
※プロフィールは取材当時のものです
- 山本龍彦(やまもと・たつひこ)
- 慶應義塾大学大学院 法務研究科(法科大学院)教授、法科大学院グローバル法研究所(KEIGLAD)副所長
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1999年、慶應義塾大学法学部法律学科卒業。同大学院法学研究科修士課程、同大学院法学研究科博士課程を経て2007年、博士(法学)。桐蔭横浜大学法学部准教授を経て現職。17年、ワシントン大学ロースクール客員教授、総務省AIネットワーク社会推進会議構成員、一般社団法人ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会理事、内閣府消費者委員会オンラインプラットフォームにおける取引のあり方に関する専門調査会専門委員などを歴任。主な著書は、『憲法学のゆくえ』(共編著、日本評論社16年)、『おそろしいビッグデータ』(朝日新聞出版社17年)、『プライバシーの権利を考える』(信山社16年)など