精神科医 名越康文さんからのエール~キャリアのモヤモヤを抱えているあなたへ

精神科医 名越康文さんからのエール~キャリアのモヤモヤを抱えているあなたへ

人生100年時代を見据え、キャリアを取り巻く環境は大きく変化。ともに働く人たちの一人ひとりのバックグラウンドや価値観も多様化するなか、自らのキャリアについて迷うことがあるという声も。なぜ、人はキャリアについて悩むのか?自分らしいキャリアを歩むためには、どうすればいいのか?リクルートグループ報『かもめ』編集部が、精神科医の名越康文さんに伺いました。

リクルートグループ報『かもめ』2023年8月号からの転載記事です

自由で前向きな人生が送れるかを理解するには「哲学」が必要

社会変化のなかで自己像が揺れている時代。頑張る一方で、激しく消耗する人も

名越康文さん(以下、名越):私もいろいろな会社の方々とお話ししてきましたが、今の若い皆さんは、本当に優秀です。相手が話すことも、やりたいことも、置かれている立場もすぐに理解できます。理想に向かって進みたい、社会に貢献したいという思いも、自分の若い頃と比べると10倍くらい持っています。そんななかで、ただひとつご自分のキャリアで苦労しておられるのが、「自分の軸がない」ということではないでしょうか。「自分とは何か?」という自己像が揺れているように見えるのです。だから、ホップ・ステップ・ジャンプで、自己理想に向かって「世界に貢献していこう!」と踏み出しても、自己像をつかみきれていないがために根元がぐらついてしまう。すごく頑張っているけれど、ブレる分だけ消耗も激しく不安も増すのだと思います。

では、自己像を理解するために、私たちは何をすればいいのでしょうか? それは昨今注目を集めているリベラルアーツ、特に2000年以上の歴史がある「哲学」を学ぶことです。簡単に言うと、リベラルアーツとは自分自身の発想を自由に発展させることができる学問です。人間とはいかなる生き物なのか? どんな傾向があるのか? どんな教育や自己鍛錬によって、自由で前向きな人生が送れるのか? ということを理解するためには哲学が必要なんです。

私は、日本にとってのリベラルアーツは、仏教ではないかと思っています。『菩提心論』という仏教の論書に説かれた「三句(さんく)の法門(ほうもん)」に、「菩提心(ぼだいしん)を因(いん)とし、大悲(だいひ)を根(こん)として、方便(ほうべん)を究竟(くきょう)とす」とあります。これは、どう生きていけばよいかを示した3つの大切な教え。「菩提心を因とし」とは、自分の心は死ぬまで成長できると理解すること。「大悲を根として」とは、人の悲しみやつらさに心を寄せること。「方便を究竟とす」とは、相手の悲しみに触れたら、それを癒すためにどうすればいいかを工夫すること。一言でいえば、相手の状況にあわせてサポートすることだと解釈しています。

軸となる「変わらないもの」の中身について問い続ける

リクルートグループ報『かもめ』編集部が、精神科医の名越康文さんの株式会社 夜間飛行のオフィスに伺ってインタビューを実施したときの様子

「利他の精神」が伴う過程で、自己実現の道は整う

名越:先ほどご紹介した仏教の論書に説かれた三句の法門には、江戸時代の商人・石田梅岩が実践した「商人の道(商道)」と通じるものも感じます。梅岩は、「困っている人がいれば、自分ができることはないかと方策を考え、手を尽くしなさい。そうすれば商売は成功します」というようなことを言っていました。この考え方は、今のビジネスと一緒でしょう? 困っているクライアントがいたら、相手に声をかけ、そのお困りごとを解決するために自ら動くことはもちろん、時には手伝えそうな方にも声をかけて力をあわせて支援する。そうしていると「この人は仕事ができる」という「評判」が生まれてきます。

こういった教えのなかには、自己実現という言葉や考え方は出てきません。でも、利他の精神を発揮する過程で、自らが成長できた喜びや自己肯定感が生まれてくるのです。それに伴い、自分の軸が整ってきて、自分が本当にやりたいことが見つかったり、やりたいと思っていたことをやれるチャンスが巡ってきたりするのです。もし、今、「自分が本当にやりたいことが分からない」と思うなら、周りを見渡して、まずは困っている人のために、自分ができることを考えてお手伝いすればよいのです。少し「損した気分」になってしまうこともあるかもしれませんが、100日間くらい続けていると、状況が良い感じに回転してきます。

振返ると私も、相手がどうしたら気持ちよく話してくれるかに心を寄せることができるようになった頃から、自分が真剣に取り組んでいるバンドの演奏機会を与えられるようになりました。決してそれが目的ではありませんが、巡り巡って何かしらお返しがあるものなのです。自己犠牲的な考え方ではなく相手のために汗をかくことで循環が生まれる。こういう循環が人にも会社にも必要です。こうした考え方ができるようになると、突き抜けて成長していけるのではないかと思っています。

リクルートグループ流のリベラルアーツを生きる力に

名越:変化の激しい時代だからこそ、軸となる「変わらないもの」を大事にして欲しいと考えています。お題目的に捉えるのではなく、その中身について問い続ける必要があります。働くとは、成長とは、楽しいとは、どういうことなのか、その芯をより深く掘り下げていく。成長ひとつとっても、スキルアップしていることが成長なのか、前よりも周りが見えていることが成長なのか、成長というものの中身が劣化していないかを常に確認する。例えばリクルートの方にとっては会社で仕事をするなかでも、リクルートグループ流のリベラルアーツ(仕事観や人生観など)を学び、苦しい時でもへこたれずに生きていける力を身につけられるとよいのではないでしょうか。表層的なものは、文明の勢いですぐに潰されてしまう時代ですから。

精神科医・名越康文さんが、リクルートグループ報『かもめ』のインタビューを終えて

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

名越 康文(なこし・やすふみ)
精神科医

1960年奈良県生まれ。精神科医。相愛大学、高野山大学、龍谷大学客員教授。専門は思春期精神医学、精神療法。近畿大学医学部卒業後、大阪府立中宮病院(現·大阪精神医療センター)にて、精神科救急病棟の設立、責任者を経て、99年に同病院を退職。引き続き臨床に携わる一方で、テレビ・ラジオでコメンテーター、映画評論、漫画分析など、さまざまな分野で活躍中。著書に『「鬼滅の刃」が教えてくれた 傷ついたまま生きるためのヒント』(宝島社)、『SOLO TIME~ひとりぼっちこそが最強の生存戦略である』(夜間飛行)、『【新版】自分を支える心の技法』(小学館新書)、『驚く力』(夜間飛行)他多数。「THE BARDIC BAND」として音楽活動にも精力的に活動。『名越康文TVシークレットトークyoutube分室』も好評。チャンネル登録15万人。夜間飛行よりメールマガジン『生きるための対話』、通信講座『名越式性格分類ゼミ(通信講座版)』配信中

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