文部科学省に聞く、日本型アントレプレナーシップ教育とは? 異質な仲間との協創が成長の鍵

文部科学省に聞く、日本型アントレプレナーシップ教育とは? 異質な仲間との協創が成長の鍵
文:森田 大理 写真:須古 恵(写真は左から和仁さん、篠原さん、加藤さん)

不確実性の高い時代を生き抜くために、起業家のみならずすべての人が身に付けたい力、アントレプレナーシップ。日本社会でいかに育み活かすかを、文部科学省と考える

様々な課題が山積みの現代日本では、混迷から抜け出すようなイノベーションの必要性が叫ばれて久しい。その中で、注目を集めているアプローチのひとつが「アントレプレナーシップ教育」だ。リクルートでも、2021年から高校生向けのアントレプレナーシップ・プログラム『高校生Ring』に取り組んでいる。政府も日本でスタートアップ企業を増やす一手として教育機関での導入を推進するなど、国を挙げて動き出している。

今を生きる私たちはアントレプレナーシップをどう捉えて身に付けていくと良いのだろうか。この問いと向き合うべく今回登場いただいたのが、文部科学省 科学技術・学術政策局 産業連携・地域振興課 産業連携推進室の篠原量紗(しのはら・かずさ)さん、加藤浩介さん、和仁裕之さん。日本におけるアントレプレナーシップ教育の背景と現状、今後文部科学省が注力しようとしている学びのあり方などからヒントをみつけるべく、インタビューを実施した。

今必要なのは「知恵を育む」だけでなく「社会実装」していく力

── 文部科学省がアントレプレナーシップ教育に取り組むのはどのような背景があるのでしょうか。

篠原 大きくは二つの理由があります。一つは知識をインプットする教育だけでなく社会の変化に対応して自分らしく生きられるような力を養うため。教育の世界では、このような取組を以前から“キャリア教育”などの形で推進してきました。その流れが近年その必要性が指摘されているアントレプレナーシップ教育にもあると思います。

和仁 日本語だとアントレプレナーシップは「起業家精神」とも翻訳されますが、文部科学省は起業家を育てるためだけに取り組んでいるのではありません。私たちはアントレプレナーシップを「急激な社会変化を受容し、新たな価値を生み出していく精神」と捉えています。幅広く多くの人たちにアントレプレナーシップを身に付けてもらいたいですし、その力の活かす先は起業だけでなく、既存企業の中で新規事業をつくることや、革新的な技術の開発、地域課題の解決などにも発揮されると考えています。

── もう一つはどのような理由なのですか。

篠原 それは、社会経済にイノベーションを起こすため。私たちが「産業連携推進室」としてアントレプレナーシップ教育に取り組んでいるのは、こちらの理由が大きいですね。国としても、これまでにない価値を創出し、新たな市場をつくっていく可能性を秘めたスタートアップ企業を増やすことに力を入れており、国全体で様々な枠組みで取り組みが行われています。この大きな流れの中で、特に私たちが担っているのは「実際にイノベーションを起こせるような人材を育成すること」。そのためのアントレプレナーシップ教育のニーズがここ数年で急速に高まっており、対象を大学生だけでなく高校生以下にも広げて取り組むことにしています。

文部科学省 科学技術・学術政策局 産業連携・地域振興課 産業連携推進室 室長 篠原量紗さん
文部科学省 科学技術・学術政策局 産業連携・地域振興課 産業連携推進室 室長 篠原量紗さん

加藤 早期教育にも注力する一方で、従来の対象だった大学で今特に重視しているのが、産学連携によるイノベーションの創出です。これまでを振り返ってみると、学術研究機関である大学では最先端の科学技術や知恵が育まれていたものの、実社会の中でいかに活用していくかという「社会実装」の視点が十分とは言えなかった側面がありました。そこで、「知を生み出す場所」と「社会のニーズ」とのハブになるような人材を育成し、大学の外にいる企業や地域のステークホルダーと一体となって社会実装に取り組める機会を増やそうとしています。

── 大学が単体で動くのではなく、民間企業や地域とのつながりの中で社会実装に取り組むことが必要なのは、それだけ旧来よりも難易度が上がっているということでしょうか。

篠原 現代社会が抱える課題は、昔に比べて複雑化しています。異なるテーマが複雑に絡み合って大きな課題として社会に表出しているものが多く、多様な知を集結して向き合わなければなりません。そのため、自らの専門分野の外にいる人たちと関わり、それぞれの得意分野を活かして協働することが必須。外部と連携して自分にはない強みや知恵を取り込み、新しい価値を生み出すような力が求められていると感じます。

和仁 我々が現在推進している形は、大学単体で取り組むのではなく地域ごとに複数の大学が相互連携するコンソーシアム型。地域という枠組みにこだわっているのは、大学だけでなくその地域に根付く各種産業や金融機関、ベンチャーキャピタルなどを巻き込むためでもあります。社会との接点を増やし産学官が連携してイノベーションを起こすことが重要と考えています。

海外のやり方をそのまま輸入しても意味がない

── 日本のアントレプレナーシップ教育は、海外に比べて遅れていると指摘されることが多いように感じます。その現状を踏まえ、私たちは何に取り組むと良いでしょうか。

篠原 たしかに、日本におけるアントレプレナーシップ教育は、アメリカよりも相当遅れてはじまっており、他国でもいろいろな取組が日本より先行していると思います。その差が今も存在する側面はあるでしょう。しかし、だからといって海外のやり方をそのまま取り入れても効果があるとは必ずしも言えません。なぜなら、同質性が高い環境で育ち、暗黙の了解で様々なものごとが進んでいく環境に慣れている日本の人たちと、一人ひとり価値観や考え方が異なり、自己を主張しないと認められない環境で育った人たちでは、アントレプレナーシップに対する意識が異なって当然だからです。

例えば、「自分のやりたいことを自由にチャレンジしてみよう」と促しても、同調圧力が強い環境で育った日本の人たちは、「(人と違うことで)失敗したらどうしよう?」と恐れる気持ちが強い。そこから考えると、日本のアントレプレナーシップ教育では失敗への恐怖を取り除くことが重要ではないでしょうか。たとえ上手くいかなくてもそこで終わりにせず、試行錯誤を繰り返して次につながるように促すなど、失敗から学び再起しようとするスタンスを養うことが大切だと思います。

和仁 失敗への耐性や困難に向き合うための“レジリエンス”を鍛えるには、アフォーダブル・ロス(許容可能な損失)の範囲を定義するのが良いと言われています。許容できる範囲が曖昧だからこそ、漠然と小さなミスも許されないと思い込んで失敗への恐怖心が増大してしまっている。自分の人生にとって失敗の許容範囲はどこまでなのかを決めておき、「これくらいの失敗なら晩回できる」と思える経験をたくさん積むことが、諦めずに主体的にチャレンジし続ける力を育んでくれると考えています。

文部科学省 科学技術・学術政策局 産業連携・地域振興課 産業連携推進室 専門職 和仁裕之さん
文部科学省 科学技術・学術政策局 産業連携・地域振興課 産業連携推進室 専門職 和仁裕之さん

加藤 また、高校生や大学生に接していると、「勉強とは人の力に頼らず自分の頭で考えて正解を出すことだ」という“とらわれ”を感じます。学校のテストや進学受験がそうだったのですから無理もありませんし、自分で考えること自体は大切ですが、それが行き過ぎて人を頼ってはいけないと“とらわれ”てしまっている。でも、今社会が何に困っているかは、教室の中で考えても答えは出せません。自分を“とらわれ”から解放し、外に出て実際に困っている人の話を聞いてみたり、自分にはない知識やスキルを持つ人の力を借りたりするような機会の中で答えが見つかる経験を重ねることが必要だと思います。

学校や会社の外に出て、日常とは異なる経験を積み重ねる

── リクルートでも、高校生向けのアントレプレナーシップ・プログラム『高校生Ring』に取り組んでいますが、今の10代にはどんな学びの機会が必要だと思いますか。

篠原 教諭のみなさんはただでさえ多忙です。今のままアントレプレナーシップ教育をやみくもに必須化しても、学校現場では対応しきれないでしょう。そして、地域だからこそ学校の中だけで学びの機会を完結しようとせず、民間企業やNPOや自治体が企画・開催しているイベントなどを活用してほしいです。それは、学校のリソース不足を補う意味だけでなく、子どもたちにとって学校の外の世界との多様なつながりをつくる意味でも大切。画一的な学びのカリキュラムを提供して全員一律に学ぶというよりも、いろいろなやり方を認めて多様なプレイヤーが連携しながら、子どもたちのアントレプレナーシップを育てていくことが理想です。

また、そうした活動を通して社会で活躍するいろいろな大人たちの存在を知ってほしいです。日本の子どもたちから起業家がなかなか育たないのは、「身近な大人にアントレプレナーがいない」「成功している人を見たことがない」など、ロールモデルを知らないことも原因ではないでしょうか。“YouTuber”が子どもたちの憧れの職業になったのは、その仕事でちゃんとお金を稼ぎ、成功している姿が子どもたちにみえているからだと私は思います。そんな風に、アントレプレナーシップを発揮して活躍する人が子どもたちにとって身近な憧れになることが、自発的にこの力を身に付けたいという動機につながるはずです。

和仁 アントレプレナーシップの入口は、「自分は何をしたいのか」という問いを立て、内発的動機を高めていくことです。だからこそ、小中学生の段階で自分が考える土台をしっかりとつくるためにいろんな体験をすることが大切。体験の幅が広いほど将来の選択肢も無限に広がり、本当に自分がやりたいことに出会える可能性も高まるはずですから。

加藤 逆説的ですが、教室の外でのいろんな体験をすることで、今教室の中で学んでいることが将来の役に立つのだと、子どもたちに実感してもらうことも大事だと思っています。国語や数学や理科や科学・技術が、大人になると社会や産業の具体的にどのようなシーンで役立つのかを、今のうちに知っておくこと。自分のやりたいことのために必要な知識だと納得し、主体的に学ぶ意欲が芽生えるような教育も必要だと思います。

文部科学省 科学技術・学術政策局 産業連携・地域振興課 産業連携推進室 室長補佐 加藤浩介さん
文部科学省 科学技術・学術政策局 産業連携・地域振興課 産業連携推進室 室長補佐 加藤浩介さん

── 子どもたちだけでなく、ビジネスパーソンがこれからアントレプレナーシップを養うにはどうしたら良いでしょうか。

篠原 むしろ大人たちの方が必要に迫られていますよね…。アントレプレナーシップを身に付けるには、もちろん大学院やビジネススクールで理論やノウハウを学ぶのも一つの手段です。ただ、インプットだけでなく、ネットワークを広げることも、例えば異業種の人たちとの交流の機会に参加するなど、日常とは違う体験を積む中で、多様な考えやアイデアを自分に取り入れていくことも大事ではないでしょうか。

加藤 常識にとらわれないという意味では、“社会人が年下の学生から学ぶ”機会に飛び込んでみるのも良いかもしれません。例えば産学連携のプロジェクトだと、先端技術については学生の方が詳しいことも多いので、社会人が年下の学生から学ぶ機会があります。また、学生はビジネス慣習にはさほど詳しくない分、「こうあるべき」というバイアスが少なく、本質を突いたピュアな意見が出てくることも多いんです。そうやって自分の中の常識から一歩踏み出した場所で刺激をもらうことも有効だと現場の様子から感じています。

また、組織は個人が自分のやりたいことに向かって思い切り行動できる環境を用意することも重要ではないでしょうか。上司に干渉されすぎず、リスクが少ない環境で伸び伸びとチャレンジできることも、今の大人たちがアントレプレナーシップを養うためには必要な経験だと思います。

アントレプレナーシップ教育について語る、文部科学省の加藤浩介さん、篠原量紗さん、和仁裕之さん

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

篠原量紗(しのはら・かずさ)
文部科学省 科学技術・学術政策局 産業連携・地域振興課 産業連携推進室 室長

2001年文部科学省入省。2022年8月より現職。大学発スタートアップ創出支援をはじめとする産学連携推進施策を担当。これまで、文部科学省では初等中等教育、学術振興、人事、国立大学法人支援を担当したほか、日本学術振興会サンフランシスコ研究連絡センター、国立大学法人東海国立大学機構名古屋大学にて勤務。性別によらないワークライフバランス探求がライフワークで、愛知&東京の2拠点生活に挑戦中。修士(教育)。

加藤浩介(かとう・こうすけ)
文部科学省 科学技術・学術政策局 産業連携・地域振興課 産業連携推進室 室長補佐

2006年より大阪大学で産学連携・事業化支援を担当すると共に、異分野・異業種の共同研究等に取り組む。2017年より同大学産学共創本部で社会課題の理解と解決を目指した活動を推進。2013年11月、日本で最初の国際認定・技術移転プロフェッショナル(RTTP: Registered Technology Transfer Professional)として国際認定を受ける。2021年10月より現職。大学発スタートアップ創出とアントレプレナーシップ教育に関する政策・事業の企画推進を担当。修士(建設学)。博士(学術)。

和仁裕之(わに・ひろゆき)
文部科学省 科学技術・学術政策局 産業連携・地域振興課 産業連携推進室 専門職

2016年文部科学省入省。2021年4月より現職。大学発新産業創出プログラム(START)、出資型新事業創出プログラム(SUCCESS)での大学発スタートアップ創出等支援及び大学等におけるアントレプレナーシップ教育の推進を担当。これまで、文部科学省では情報化推進、原子力損害賠償を担当したほか、内閣府にて放射線利用における国際協力に関する業務に従事。自らアントレプレナーシップを持って施策立案することをモットーに、不確実性の高い政策課題への解決に向けて日々奮闘中。

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