「どんどんコールセンターにお電話を!」 使い方からレシピまで「みんなの美味しい」をサポート

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文:鈴木貴視 写真:斎藤隆悟(写真は左から土方邦裕さん、土方智晴さん)

無水調理ができる世界唯一の鋳物ホーロー鍋として、2010年の発売から20万個以上を売り上げ、現在も注文が殺到している「バーミキュラ」。本製品を製造・販売する愛知ドビー株式会社は、1936年の創業から繊維機械のドビー機や船舶用油圧部品や建機部品を手がけてきた、鋳物と機械加工技術を併せ持つ名古屋の町工場・中小規模メーカーだ。

家業を継ぐ形で経営に着手したのが、豊田通商で為替ディーラーとして働いていた兄の土方邦裕氏(代表取締役社長)と、トヨタ自動車の経理部門にいた弟の土方智晴氏(代表取締役副社長)の2人。新たにB to C事業へ参入するため既存の技術や環境を活かし、世界一美味しく料理できるメイド・イン・ジャパンの鍋を開発した。

バーミキュラは現在も入手困難が続いている状況だが、大ヒットを生み出した理由のひとつが顧客ロイヤリティ向上のために行っている数多くの試み。まさに人々の胃袋をつかんだ鍋の秘密に迫った。

ー 2010年の発売以来、快進撃を続けているバーミキュラですが、どのような経緯で生まれたのでしょうか?

土方邦裕氏(以下、邦裕※敬称略) 私は為替ディーラーをやっていましたが、いずれ家業を継ぐつもりでいましたし、父親からの誘いもあって転職を決意しました。しかし、会社自体は赤字続きだったので、まず経営の立て直しが優先でした。そのため、まずは現場に入ってモノづくりの企業としてどのようにモノを作るのかを勉強しながら、会社全体の状況を把握することに努めました。そして、後に会計士の勉強をしていた弟に声をかたのです。

土方智晴氏(以下、智晴※敬称略) 愛知ドビー株式会社は創業時からB to B事業がメインだったのですが、製品の質が高くても、いざ販売交渉の場になるとしがらみも多く取引が安定しない。特にリーマンショック以降はその影響を感じていましたし、昔ながらの流通の仕組みに迎合するやり方では大企業に勝つのは難しいと思ったんです。もちろんそういう世界で真っ向勝負する選択肢もありましたが、良いものを作ってお客様に喜んでもらい利益を生む、それこそが本当のWin-Winの関係性ではないかと。そのためにも唯一無二の自社商品を開発して、B to C領域に踏み込むべきだと考え、バーミキュラの開発に着手したんです。
ただ、新規事業に投資するお金も時間もなかったので、既にある技術や環境を活かすしかありませんでした。私たちの長所は、鋳造と加工の両工程を持ち合わせていること。鋳造加工というのは鋳造と加工それぞれ別会社が請け負っていることが多く、例えば不良品が出た際にどちらの工程で不具合が生じたのか分かりづらく、安定的に質の高いものを提供するのが難しい。でも、私たちは全ての工程を一貫しているので、そういった問題もクリアできる。このような技術や環境を最大限に活用できる商品は何か?といろいろ考えて生まれたのが鋳物ホーロー鍋だったんです。

ー 鋳物ホーロー鍋や無水調理鍋は他社でもすでに販売していました。新たに市場参入するにあたり、どこに勝算を見出したのでしょうか?

智晴 確かに、鋳物ホーロー鍋でいえばル・クルーゼ、ストウブ、シャスールなどに人気が集まっていましたが、密閉加工が難しいので完全な無水調理ができる作りではなかった。一方、無水調理鍋として評価を得ていたビタクラフト社の製品は、鋳物ホーローよりも味は落ちますが加工のしやすさからステンレス素材で作られていたんです。それら既存メーカーと勝負するには、鋳物ホーローと無水調理、それぞれの良さを持ち合わせる必要がありました。どのメーカーもそれをやらなかったのは、やはり技術的に難しいから。でも、自分たちの技術力や製造環境を使えば絶対に作ることができると思ったんです。

ー 販売戦略はどのように考えていたのですか?

智晴 製品には自信があったので、作り手とお客様の間にわだかまりのない信頼関係を築ければ成功すると思っていました。まずは自社サイトで直接販売することに徹しましたが、自分たちでだけでアピールしても説得力が生まれないので、料理ブロガーの方に使用していただいて素直な感想を紹介してもらっていましたね。

邦裕 今ではバーミキュラの魅力を理解してもらい、熱心に販売していただいている取引先もありますが、最初は完全に自力。というのも、量販店は他メーカーの商品も売らなければいけないですよね。もちろんそういった事情も承知していますが、他社製品と同じように扱われてしまうと差別化できないですし、本当の魅力を伝えきれない。例えば、ルイ・ヴィトンなどのブランドも同じですよね。他人に頼らず、自分たちで作って販売する。私たちが理想とするブランドは、そうあるべきだと思っているんです。

バーミキュラ

ー 機能性だけに限らず、オリジナルレシピの提供、鍋つかみや保温カバーなどの展開、サイトやレシピ本における徹底した世界観の構築など、総合的なブランディングにも注力していますよね。ユーザーが使いたくなるような仕掛けが、至るところに散りばめられています。

邦裕 バーミキュラの最大のポイントは「食材本来の味を引き出せる」ということ。つまり、本当に伝えたいことは"味"であり、手料理の楽しさ、素晴らしさなんです。そのためには、やっぱり実際に使ってもらわなければいけない。鍋がハードならば関連商品やコールセンターなどのサービスはソフト。それら全てを手がけることがお客様の満足度にもつながっていくと考えています。

智晴 そのために、バーミュキャラのレシピを開発する専属のシェフもいますし、バーミキュラ・コンシェルジュ(※バーミキュラで100品以上の料理を作れる、他社製品との比較ができるなど、複数の条件をクリアして取得できる社内資格)もいるので、レシピや商品開発については常にスタッフと意見を出し合っています。

ー コールセンターのお話が出ましたが、バーミキュラは購入前の相談、注文、調理、修理に至るまで一生サポートを約束されていますよね。これも、ユーザーにはかなり大きな魅力だと思います。

邦裕 コールセンターに関しても、完全に自社で運営しています。製品の情報はもちろん、生産状況やメンテナンスに関することなど、どのような問い合わせをいただいても対応できるような状態です。

ー 経営者の立場では、外注したほうがコスト削減につながるという考え方もあると思います。

智晴 当初はスタッフがいなかったので、私自身もコールセンター対応をしていました(笑)。確かに、ほとんどのメーカーさんが外注であったりマニュアルに沿った対応をされていると思います。でも私たちは、合理化を求めているわけではないので。

ー ということは「これを聞かれたらこう答える」といったようなマニュアルもないのですか?

邦裕 ないです。そもそも「販売することが目的ではなく、お客様に楽しんでいただくことをゴールにしましょう」という考え方からスタートしています。なので、全てのコールセンターの担当者がバーミキュラを使っていますし、実際に使っているからこそ、お客様が何を求めているのかを理解できる。広報やアートディレクターなど、ブランディングに関わるスタッフに関しても、まずコールセンターでの業務を経験してもらいます。そのぐらいコールセンターの業務でお客様の対応をすることは重要だと考えています。

邦裕 経験していることであれば即時に対応できますし、仮に作ったことのない料理や使ったことのない食材に関する質問をいただいた場合でも、必ず実践してから返答させてもらうようにしています。すぐに材料を買いに行き、料理したものをみんなで試食して、もしも美味しくなければお薦めしません。

ー お客様の問い合わせのなかで印象に残っている料理などありますか?

智晴 「豚肉のリエットを作りたい」という方がいましたので、既製品とバーミキュラで作ったもので味比べをしました。実際にバーミキュラで作ったほうが美味しかったので、そのことをお客様にもお伝えしてサイトのコンシェルジュレシピにも掲載しました。その他には「鍋ごとプリンを作りたい」という要望や「柿を一箱いただいたのでバーミキュラで調理できないか?」といった問い合わせもありました。そのときは、フリッターやジャムやパンケーキを作ってご提案させていただきましたね。

土方邦裕

ー 料理が上手くできない、といったクレームはないですか?

智晴 もちろんあります。ただ私たちは簡単な使い方を理解して頂ければ、どんな鍋よりも美味しくできると信じていますので、上手く料理できるまでとことん説明します。小さな疑問でも質問でもまずはコールセンターで聞いてほしいです。料理をアレンジしたことや説明書を読まなかったことが悪い、とは絶対に言いたくないですから。

邦裕 おそらく、ほとんどのメーカーさんがコールセンターには電話を掛けてほしくないと考えているはず。でも私たちに関しては「できるだけ電話を掛けてください!」というスタンスなんです。

ー 日本はもちろん、台湾、香港、韓国、シンガポール、中国などアジア各国で展開していますが、海外でのコールセンター対応はどうしているのでしょうか?

邦裕 理解のある現地パートナーさんを見つけることが大切で、我々が日本でやっていることをしっかりフォローしてもらえるように協力いただいています。

ー お客様の声が、商品のアップデートにつながったケースはありますか?

智晴 目に見えない部分でアップデートしていますが、形に関しては発売当初からほぼ変わっていません。というのも、無水調理ができるなど、そもそも機能から導いていった形なので、ミリ単位で変えても機能が低下したり料理の味が落ちたりしてしまう恐れがあるんです。

邦裕 ただ、職人を含めて社内のスタッフには、お客様の声をちゃんと伝えるようにしています。毎日のように「美味しくできました!」といった内容のお礼が届くので、食堂に張り出して読めるようにしています。自分たちの仕事が誰かの役に立っている、という事実を伝えることが品質の向上にもつながると考えていますから。

邦裕 バーミキュラは、調理した料理が美味しいか美味しくないか、ということが製品の良し悪しを判断する基準になるので、自分たちもユーザーとなって、実際に調理して食べるということが大事なんですよね。

智晴 単なる鍋メーカーでは、本当に大企業には勝てないんですよ。その市場で勝負して勝つには、やっぱり最終的に"味"であり"美味しい"ということを伝えることが大切になってくる。味というのは個人差があり定量で計れないですが、だからこそ使用してもらった人に魅力を伝えてもらうしかない。通常の鍋より美味しくできることは事実ですし自信があるので、そのことを伝えるためにできる限りのことをしますね。

土方智晴

ー 現在、毎月4000個以上も製造しているということですが、日本では注文待ちの状況が続いていますし、アジア各国でも人気が広がっています(※先日、韓国で30分の間に200個以上が売れたそう)。まだまだ多くの可能性がありそうですが、今後はどんなビジョンを描いていますか?

智晴 販売開始から約6年が経ちましたが、ようやくバーミキュラの存在を知ってもらえるようになり、魅力や価値に理解を得られてきたと感じています。製造が追いつかなくて申し訳なく思っていますが、当初から変わっていないのはやはりお客様に喜んでいただいた分だけ会社の利益が出る、というスタンス。ですから、さらに多くの人たちに喜んでもらうためには何をすべきか常に考えていきたいですね。何度も言うようですが、美味しく調理できることや味というのは実際に使った人でないと分からないですし、実際に使った人でないと魅力を伝えられないと思う。そういう意味においても、コールセンターやSNSなどを通じて高評価をいただけない状況になってしまったら、ブランドも会社も存続できません。ただ売れれば良いというわけでなく、みなさんに満足いただけるような努力をしていきたいですね。

邦裕 他社の製品が掲げているコンセプトの多くは、シェフが使っているプロの道具を家庭に提供する、ということです。でも、バーミキュラはそういうことではなく、食材本来の美味しさを引き出し味わってもらうことによって、料理嫌いな人が料理好きになったり、外食が減ったり、料理が楽しくなったりするような機会になってほしいと考えています。つまり"暮らしの在り方を変える鍋"ということですよね。実際、そういう効果が生まれた唯一の鍋だという意見もたくさんいただいています。鍋ひとつでライフスタイルの新しい提案を実現できるのはバーミキュラだと思っているので、その魅力を伝え続けていきたいですね。

バーミキュラを使用した料理創り

プロフィール/敬称略

愛知ドビー株式会社

愛知県名古屋市、1936年創業。鋳物と機械加工の技術を駆使し、繊維機械のドビー機、船舶用油圧部品、建機部品などを手がけてきた製造メーカー。二代続いた後に、豊田通商で為替ディーラーとして働いていた土方邦裕氏が代表取締役社長に、トヨタ自動車の原価改善部で新車種・新工場の採算管理を経験した土方智晴氏が代表取締役副社長に就任。3年の歳月をかけ"世界一おいしく料理できる" 鋳物ホーロー鍋「バーミキュラ」を開発し、2010年に販売開始。大ヒット商品となり、日本、台湾、香港、韓国、シンガポール、中国で展開中。2012年2月に日本ものづくり大賞優秀賞受賞。2013年12月には経済産業相「がんばる中小企業・小規模事業者300社」に選定。邦裕氏は「中部からクールジャパン発信委員会」のメンバーとしても活躍する。

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