熊本県×「じゃらん」で取り組む観光DX。地域観光産業の持続可能性を高める、リクルート流の支援の在り方

旅行Division 地域創造部 九州G 恒松 昇平

2022年8月、熊本県とリクルートは、「くまモンランド化構想のための地域・観光振興の推進に関する包括連携協定」を締結。現在、両者が一体となって県内の観光DXに取り組んでいます。リクルートが特定地域と協働で観光DXを行うのは今回が4例目で、都道府県との締結は初めてです。リクルートはこうした取り組みを通して地域にどのような価値の提供を目指しているのでしょうか。熊本県と協働するリクルート じゃらんリサーチセンターのエリアプロデューサー 恒松 昇平と、マネジャーの山﨑 竜太郎に話を聞きました。

地域と共にDXを推し進め、「人流/金流データプラットフォーム」を提供する

旅行Division 地域創造部 九州G 山﨑 竜太郎

― 現在、リクルートが地域と推進している観光DXとは、どのような取り組みなのでしょうか。

山﨑: リクルートの旅行事業では、宿・遊び体験施設・飲食店などの観光産業のプレイヤーに向けて、業務・経営支援サービスである「Airビジネスツールズ』(以下、ABT)の導入を推進しています。これにより、アナログで手間がかかっていた業務の自動化・省力化を実現。さらに、ABTを通して蓄積される人流/金流の統計データ(どのような観光客が来て、どこで何を購買・体験しているか)を、地域全体の観光戦略として活用していくこと。それが観光DXの大まかな全体像です。

恒松: 私たちじゃらんリサーチセンターは、全国各地で地方自治体の観光部門に向き合っていますが、自治体の課題として多いのが「マーケティング」です。マーケティング戦略を立てる材料として、そもそもデータがなく、あいまいな根拠で進めざるを得ないという状態の所も少なくありません。もちろん、データが全くないわけではないのですが、戦略立案に適した粒度ではなかったり、バラバラに点在するデータをかき集めて整理することに膨大な労力がかかるため現実的に使えなかったりと、“使えるデータ”をお持ちの自治体はそう多くありませんでした。そこで、地域の事業者にキャッシュレス端末の『Airペイ』をはじめとしたABTを導入していただくことで、地域の観光消費の実態を明らかにしていく。それが今取り組んでいる観光DXのファーストステップです。

データに立脚した戦略立案を実現し、地域のプレイヤーの稼ぐ力を高めたい

― 二人が熊本県と取り組んでいることについても教えてください。

恒松: 熊本県との取り組みは、「くまモンランド化構想」という熊本県の戦略を起点にしています。「くまモン」は、今や日本中はもとより世界からも認知されているキャラクター。くまモン=熊本県というイメージはかなり浸透しています。このくまモンブランドをさらに生かしていくための新たな戦略が「くまモンランド化構想」。県内の魅力的な地域資源を、くまモンのブランド力と掛け合わせて発信し、世界中からヒト・モノ・企業が集まる地域=くまモンランドとしていくことを目指しているのです。そして、この構想を実現していく上で戦略策定の基盤となるのが人流/金流データ。観光DXで熊本県内の観光消費の実態を把握できるデータプラットフォームを整備し、個々の戦略策定に生かしていきます。

山﨑: 熊本県としては、プラットフォームに蓄積されるデータを県の政策に反映するだけでなく、民間事業者が利活用することにも重きを置いています。中小の事業者の場合、1社単体ではそもそも業務のDXが進んでおらず、データが手元にないからこそエビデンスベースの意思決定が難しいケースも多くあります。だからこそ行政の後押しのもと地域一体となってDXを推進し、得られたデータを開放することで、各事業者の稼ぐ力を高めていこうとしています。

目指したいのは単なるDXを超えた、地域の魅力づくり

―具体的にはどのように進めているのですか。

山﨑: 3カ年のうち、初年度に当たる2022年度は、先行地域として熊本県の中でも人吉・球磨エリアに絞って活動します。当面の目標は、『Airペイ』を地域の40施設に導入し、人吉・球磨観光のキャッシュレス化を実現すること。事業者の皆さんにDXの意義・価値に共感していただき、使い続けてもらわないことには人流/金流データプラットフォームは実現できません。まずは『Airペイ』の導入に取り組み、次年度以降に蓄積されたデータを基にして事業者ごとの改善提案を行っていく予定です。同時に人吉・球磨エリアの実績を基もとに他地域にも展開。3カ年で県内主要エリア全てに取り組みを拡大させていく予定です。

― 一般論として、都市部よりも地方、大企業よりも中小企業の方がDXへの投資が進みにくいと言われています。地方観光産業のプレイヤーは大多数が中小企業ですが、推進のハードルは高くないのですか。

山﨑: そこに熊本県と協働で取り組む意義があると感じています。県の担当課長にも、「くまモンランド化構想」の実現のためには民間事業者のDXが土台となることに大きく共感いただき、私たちと同じ熱量で地域のDXに向き合っていただいています。そのため、行政とリクルートでそれぞれの役割分担はありつつも、一枚岩で取り組んでいる感覚。地域の商工会議所、観光協会、温泉協会といった団体に協力を仰ぐ際も、熊本県と二人三脚で取り組んだからこそ、リクルートが単体でDXを提案するよりも、地域の皆さんからの期待・信頼の大きさを感じました。

― 皆さんがそこまでDXにこだわるのはなぜですか。

恒松: 熊本県の担当として地域を盛り上げたいという気持ちが根底にありますね。地域が本質的に豊かになるためにはどんな手を打てば良いのか。そのためのヒントとなる人流/金流データを収集することにこだわっています。また、人の流れやお金の流れがつかめれば、その地域・その施設の課題や特徴が見えてくるため、より魅力的な宿泊プランやメニュー開発などの「商品づくり」をすることもできる。リクルートがこれまでも大切にしてきた現場の生の声とDXで得られるデータを掛け合わせることで、小手先の戦術ではない、より上流の戦略策定をお手伝いしていきたいと思っています。

地域が主体的にデータを活用し、商売を発展させられるような支援をしたい

― 最後に、今後の展望やこの取り組みを通して実現したいことについて教えてください。

山﨑: 実際に観光の現場に日々接していると、勘と経験で運営している所も少なくないと感じます。根拠のない意思決定が、事業を停滞させている可能性もあるかもしれません。だからこそ、『Airペイ』をはじめとしたABTを入り口として、きちんとデータで示しながらエビデンスベースの事業運営に変革していくことが重要。DXは地域の商売が変わる転換点になる可能性も秘めているからこそ、熊本県はもちろん、これからもいろんな地域で推進の支援をしていきたいです。

恒松: あくまでも取り組みの主体は地域の皆さん。私たちリクルートは地域の思いに火をつけ、その火が消えないように良質な燃料を供給する役割なのだと思っています。変化を起こす瞬間は地域と二人三脚で走り続けることが必要ですが、本質的には私たちがいなくても持続的に火が燃え続けられるような仕組みを提供し、皆さんが自律的に商売を発展させられること。そんな支援をすることがリクルート流の支援の在り方だと思っています。

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