
2040年には全国で約1100万人の人材不足が想定されており(※1)、人材の確保が経営課題として、ますます重要なテーマとなってきています。しかし、人材の採用や定着に向けた取り組みは一朝一夕で実現できるものではありません。そのため、できるだけ早く備えを始めることが重要となりますが、「何をしたらいいか分からない」といった不安を抱えている企業も少なくありません。
そこで今回、「採用力・定着率向上セミナー~選ばれ続ける企業になるためには~」と銘打ち、人材の採用・定着に懸念を抱える企業に向けたセミナーを2025年9月19日(金)に仙台にて開催。株式会社山一地所 代表取締役社長 渡部洋平氏、株式会社ベストコ 代表取締役社長 井関大介氏、株式会社東北ロンテック 代表取締役 松岡秀樹氏の3名にご登壇いただき、人材採用・定着のヒントを探りましたので、その内容をご紹介します。
※1 出所:リクルートワークス研究所(2023)「未来予測2040 労働供給制約社会がやってくる」
2040年には約1100万人の労働供給不足に直面する日本の現状と採用課題
セミナーではまず、株式会社インディードリクルートパートナーズでエージェントサービス事業の地域活性営業部部長を務める井上 悟が登壇し、日本の労働市場の現状を語りました。
日本社会の前提として15~64歳の現役世代人口の減少により高齢人口の割合が高まり、必要な労働力の需要と供給のバランスが崩れ、2040年には約1100万人の労働供給不足に直面することが確実だと言われています(※1)。今回のセミナーが開催された宮城県は東北の中では労働需給ギャップが小さく、比較的労働力が足りている状況ですが、それでも2030年から2040年にかけて一気に労働力供給不足が進む見込みとなっています。
一方で転職希望者のニーズを見ると、転職で実現したいことの上位3項目が「給与・待遇のアップ」「安定的・長期的な就業の確保」「勤務時間・休日などの勤務条件の改善」であり(※2)、賃金や就業環境を重視しています。企業側も人手不足緩和のために、賃金引き上げや外部人材活用に取り組んでいるものの、依然として賃金水準や休日日数でミスマッチが生じている状況です。
※2 リクルートエージェント 2023年度の全国における面談実施済み転職希望者におけるアンケートデータより算出
出典:リクルートワークス研究所(2023)「未来予測2040 労働供給制約社会がやってくる」こうしたなか、インディードリクルートパートナーズでも企業に対して就業条件の改善や副業人材の活用に関する制度変更の提案を行ってきました。そこから見えてきたのは、売上利益への影響の懸念、経営陣の情報不足などで、問題意識の醸成や検討が進まない現状です。
不動産、教育、建築の業界で人材採用・定着の取り組みを行う3社の事例を紹介
そこで、東北エリアで事業を展開する3社の代表取締役の皆さまにご登壇いただき、各社の人材採用・定着に関する取り組みを共有していただきました。
■株式会社山一地所
最初の登壇は、1975年創業、宮城県仙台市で不動産事業を展開する株式会社山一地所の代表取締役社長 渡部洋平氏です。同社が人材定着のための取り組みとして行ったのは、「休暇」「スキルアップ」「育児サポート」「働きやすい環境づくり」を中心とした制度改革です。例えば、準備や後片付けの時間を就業時間に含めるための営業時間の短縮やメール通知による時間外労働の管理強化などに取り組み、10年で時間外労働を半分以下にまで削減することに成功しました。休暇は年間休日105日から徐々に増やし120日へ変更、5連続休暇制度や有給休暇積立制度を導入しました。このような働きやすい環境づくりを積極的に進めている同社では、2025年1月現在、離職率は業界平均15%に対して、減少傾向が続いており、直近では3.5%と低く抑えられています。

■株式会社ベストコ
続いての登壇は、2009年創業の学習塾運営会社である株式会社ベストコの代表取締役社長である井関大介氏です。同社のみならず業界全体の人事課題として、早期退職率の高さ、就業時間の遅さや業務量の多さによるマイナスイメージなど、採用・定着の課題を抱えています。これらに対し同社では、教育を志す方が働きやすい環境を整える取り組みを進めています。具体的には、企業理念「B with you」について考えるワークを行ったり、生徒との感動的なエピソードを集めて表彰する活動、社内SNSでの活動報告によって理念をより浸透させる取り組みなどを実施。キャリアアンケート、教育DXによる残業時間縮小などにより、従業員エンゲージメントも向上。採用人数目標達成、同業界からの転職者の増加、業界平均より低い10%未満の離職率を実現しています。

■株式会社東北ロンテック
最後は株式会社東北ロンテック 代表取締役 松岡秀樹氏が登壇。同社の年齢構成比は40代以上が7割。今後の事業継続を見据えて若手採用にも力を入れるために、若手社員の意見を聞くと「もっと休みを増やしてほしい」「資格取得の支援がほしい」という声が上がり、社会の流れにも合わせて制度を変えることを決めました。まずこれまで出社日だった奇数週の土曜日を完全休日にし、年間休日を105日から125日に増加。また、資格取得試験料や講習会費用の会社負担、講習日の出勤扱いなどの制度を整備しました。その結果、2024年には20代2名と30代1名、2025年は20代2名、30代1名の採用に成功しました。今後は、若手はもちろん、ベテラン社員も含めた定着を視野に入れ、福利厚生の充実を図る予定です。

選ばれ続ける企業になるための必要な要素とアクションとは? パネルディスカッションを開催
講演後は3社によるパネルディスカッションが行われました。最初のテーマは「選ばれ続ける企業になるために必要な要素は何だと感じているか?」。
山一地所の渡部氏は、従業員への誠実な対応と要望に真摯に向き合う姿勢を挙げ、変えられるところは柔軟に変えていくことが大切だと語りました。続いてベストコの井関氏は、教育事業の特性上、子どもの人生を応援したいといった明確な想いを持った従業員が多いため、会社の経営陣としてその想いを無視しない意思決定をすること、評価制度や勤務体系などの施策にも一貫性を持たせることの重要性を伝えました。東北ロンテックの松岡氏は人と人の信頼関係を築くことを基本に、できることとできないことを明確に伝えること、社員からの要望に対して、最善を目指すと時間がかかるため、まずは最速で取り組んでアップデートしていくことを心掛けていることを語りました。

続いて、先ほどの講演で紹介いただいた各社の取り組みのなかでぶつかった壁や、次に向けた課題についての質問がありました。ベストコの井関氏は、塾ビジネスの特徴として、教室の稼働日を減らすと子どもたちの学習時間が短くなるというジレンマがあり、休日数とサービスのバランスをとる難しさをひとつ目の課題として挙げました。もうひとつは働き方改革により、研修や勉強の時間が取りにくくなり、自己研鑽の時間をどれだけ作れるか、社員によって差が生まれている点。働く時間を減らしながら、給与を上げるためには、社員の生産性とスキルを上げていく必要があり、両立する難しさを語りました。山一地所の渡部氏もぶつかった壁として働き方改革を挙げました。時間外労働改善に向けて営業時間の短縮を創業者の了解を得て進めたものの、実施後1年間は創業者から厳しい議論を受けましたが、業績や評判が落ちていないと証明されたことで徐々に理解を得ていったようです。次に向けた取り組みとしては、家族同然の存在であるペット忌引き、産休育休を取得する際に周りの社員に一時金を出すといったアイデアも出ているので、検討を進めていきたいとのことです。東北ロンテックの松岡氏は社員の定着をさらに重視したいと考えており、外で工事を行う人向けの熱中症手当の導入や、社員食堂の充実なども検討されています。
ここまでのお話から3社に共通しているのが、従業員の声を大切にしている点です。そこで、従業員の声を拾うコツや、声を挙げやすいように工夫されているポイントについて伺いました。山一地所の渡部氏からは、日常的には声が挙がりにくいので、経営方針発表会や忘年会など全社員が集まるタイミングを活用しワークショップを開催するなど、積極的に場を設けることで、意見を出してもらうようにしているというお話がありました。 ベストコの井関氏は、年1回のキャリアアンケートと半期ごとのサーベイを活用して意見を拾い上げているとのこと。東北ロンテックの松岡氏は、月1回の全体会議で意見を聞くほか、少人数の会社だからこそ飲み会の席でざっくばらんに話ができることもあるというお話をされました。
パネルディスカッションの最後には、登壇された3名の皆さまからセミナーに出席されている経営者や人事採用担当の方々へのメッセージをいただきました。東北ロンテックの松岡氏は「悩んでいる部分はどの会社も共通しているもの。この場で意見を聞いて、自分の会社では何ができるのかを考えながら、皆で力を合わせて宮城県を盛り上げていきたい」、ベストコの井関氏は「どんなに設備や制度を整えても、人間関係や評価への不満などで辞めてしまう人もいる。私たちはそこの部分に力を入れていきたいので、ぜひ一緒に考えていけるとありがたい」、山一地所の渡部氏は「評論家になりたくないし、なってほしくない。安全圏から意見するのは楽だけど、変えたいと思ったら自ら努力することが必要になってくる。それと、世間に流されすぎると会社が大切にしてきた文化が壊される可能性があるので、自分たちがどうあるべきかを考えることも大切だと思う」との言葉がありました。
その後は参加者によるグループディスカッション、ならびにインディードリクルートパートナーズの社員も交えた交流会が行われ、本セミナーは和やかに終了しました。
各社の取り組みを聞き、人材採用・定着のヒントが得られたという声が多数
今回のセミナーで、採用力・定着率向上に向けて、どのようなヒントや気づきを得られたのか。終了後のアンケートの回答をいくつかご紹介します。
- 社員の声を聞いて、反映できるところはしていくことを意識していましたが、他社様も同様だと気づけたのは大きかったです。
- パネルディスカッション、グループディスカッションで各社の取り組みや悩みを聞いて、自社ではどうなのだろうと客観的に思考する機会が多く、有意義な時間でした。特に選ばれる企業のテーマが印象に残っています。
- 完璧にはできなくても、スピード重視でアップデートしていくという考え方は今私の課題にもマッチする部分で特に記憶に残りました。
今後、ますます労働供給不足が進むなか、全国の多くの企業が人材採用・定着に関して課題を抱える現状が見えています。リクルートおよびインディードリクルートパートナーズでは、今後も地方企業が抱える経営課題や、日本全体が直面する労働人口の減少といった社会課題の解決に貢献できるよう、さまざまな取り組みを続けてまいります。