『スタディサプリ』×通信制高校の協働プロジェクトが始動。「非対面」「非同期」の学びを進化させ、生徒一人ひとりに適した学びの選択肢を

(左から)リクルート サステナビリティ推進室 岡田 佳恵、愛知県立旭陵高等学校(早稲田大学大学院人間科学研究科博士後期課程にもご所属) 加藤 圭太先生、リクルート まなび教育支援Division 森崎 晃

リクルートのまなび教育支援Divisionでは、公立通信制高校との協働プロジェクトをスタート。「ICT活用&単位修得率向上プロジェクト」として、『スタディサプリ』を用いながら「非対面」「非同期(同じ教材を異なる時間と場所で学習すること)」の学びの質の向上を目指しています。この取り組みはどのような狙いで始まったのでしょうか。愛知県立旭陵高等学校の加藤 圭太先生と、リクルートでこのプロジェクトを手掛ける森崎 晃、サステナビリティ担当 岡田 佳恵の3名で実施した対談の模様をお届けします。

自学自習が前提の通信制高校は、これからの教育のあり方を先取りしている!?

― 初めに加藤先生がいらっしゃる旭陵高校について教えてください。

加藤: 愛知県立旭陵高等学校は、創立53年になる通信制高校です。もともと創立時点の通信制高校は、「勤労青年に教育機会を提供する」という意味合いが強かったのですが、時代とともに不登校経験者などさまざまな理由で全日制学校の教育を受けることに困難を抱える生徒たちが増加。現在では、全体の6割程度が不登校を経験した生徒です。

また、私たち通信制高校は教師が教室で行う授業ではなく、生徒が自宅などでレポートなどの課題に取り組む、“自学自習”が基本。自律的な学習をベースにしつつ、年間20日程度の登校(=スクーリング)の機会に、教師が個別の指導をしていくというスタイルで運営しています。

― 「働きながら学ぶ人のため学校」から「多様な事情に合わせた選択肢」へと変わる中で、学校現場では何が起きていますか

加藤: 時代とともに、「自ら学ぶ習慣をどう身につけてもらうか」がより重要になっています。生徒の中には学校生活をほとんど経験しなかったために、宿題や試験勉強など自宅学習の習慣がない人も多いです。ただ、それは苦手というよりも自分に合ったやり方を知らない、成功体験を積んでいない状態だと私たちは捉えていますね。そのため、教師の役割も具体的な教科指導をすること以上に、生徒一人ひとりに寄り添い、学び方を支援したりやる気に火をつけたりするような動きが大切になっています。

リクルートのまなび教育支援Divisionでは、公立通信制高校との協働プロジェクトをスタート

― 続いて森崎さんにお聞きします。リクルートはどのような背景で、旭陵高校と向き合っているのでしょうか。

森崎: 旭陵高校とは、コロナ禍の2020年に愛知県教育委員会が全県立高校に向けて『スタディサプリ』を導入いただいて以来のお付き合いです。加藤先生をはじめとした先生方と話を重ねるうちに感じたのは、旭陵高校の教育方針と『スタディサプリ』の掲げる「未来を切り拓く確かな学びを、一人ひとりに。」といったビジョンの親和性が高いこと。『スタディサプリ』が提供している授業動画はまさしく加藤先生がおっしゃる自学自習を支援するコンテンツですし、一定の教科指導を『スタディサプリ』で補完することで、先生が生徒一人ひとりに伴走するようなコーチングに注力してもらうことも狙いのひとつ。目指す教育観が共通していると感じました。

また、コロナ禍で多くの学校現場でICTツールを活用した「非対面」「非同期」の教育を経験したことは、人々が多様な学びの選択肢に気づくきっかけにもなったと捉えています。「全日制とそれ以外」という位置づけではなく、生徒が自らの志向に合わせて通信制や定時制をポジティブに選択する世界も、夢ではなくなってきている。『スタディサプリ』としても多様な学びがフラットに選べる社会を目指しているからこそ、加藤先生と一緒に通信制高校のあるべき未来を模索しています。

リクルートのまなび教育支援Divisionでは、公立通信制高校との協働プロジェクトをスタート

― リクルートでサステナビリティを担当する岡田さんは、前職で教育行政に携わっていたそうですね。その視点で教育業界全体の動きも踏まえてみると、この協働はどう感じられますか。

岡田: 「指導(Teaching)から支援(Coaching)へ」というキーワードは、全日制も含めた教育業界全体の流れになっていると感じています。国も教育現場に対して生徒一人ひとりに合った個別最適化を求めている。通信制高校の先生方が注力してきたことは、これからの時代を先取りしているとも言え、このプロジェクトを通して未来の教育を考える上でのヒントが見えてくる可能性を感じています。

「学習支援」×「登校支援」の2軸で生徒に合わせた最適なあり方を模索

― 「ICT活用&単位修得率向上プロジェクト」とは、具体的にはどのようなプロジェクトなのでしょうか。

加藤: 私は2017年に当校へ赴任して以来、生徒の単位修得率向上に取り組んでいます。そもそも公立通信制高校は卒業に必要な必須科目の単位修得率が低く、私の担当教科である数学では赴任1年目の修得率が38%に留まっていました。そこで、動画の授業コンテンツを自作したり、教材冊子を手作りして郵送したりと、あの手この手でフォローしてなんとか50%台前半まで単位修得率を上げることはできました。しかし、そこから頭打ちになってしまったんです。

通信制高校で単位を修得するには、一定回数以上のレポートの提出とスクーリングが必要。しかし、1回もレポートやスクーリングができずに単位を落としてしまう生徒も多く、そこが単位修得率のボトルネックになっていました。彼らは教科の勉強以前に、通信制高校の生活や仕組みに適応できずにいるのではないか。そうした仮説のもと、『スタディサプリ』のオンライン学習のノウハウや、不登校児の学習支援も手掛けた経験のある森崎さんの知見もお借りしながら改善に取り組んでいます。

リクルートのまなび教育支援Divisionでは、公立通信制高校との協働プロジェクトをスタート

森崎: 加藤先生と一緒に生徒たちの状況を分析する中で見えてきたのは、レポートを提出できるか(自学自習ができるか)と、スクーリングに課題があるか(不安なく登校できるか)を掛け合わせた、4パターンの傾向があること。現在はこのパターンごとに支援メニューを開発し、今年度より生徒たちに向けた支援を開始しています。

― リクルートは、『スタディサプリ』によって自宅学習のフォローができているのでしょうか。

森崎: 実はそれだけでなく、登校のハードルを下げるためにも『スタディサプリ』を活用しています。通信制高校では、メディアを利用した学習によって必須の対面授業数のうち10分の6まで免除することが認められており、特別な事情がある場合には複数のメディアを利用することで10分の8まで免除することが可能。旭陵高校では、登校への時間的/精神的負荷が大きな生徒に対して、『スタディサプリ』+別のメディアの併用も提案しています。

加藤: 旭陵高校では単位修得にあたって3回のスクーリング出席を求めているのですが、10分の8まで免除できれば1回の登校で単位が修得できる計算になります。そもそも不登校経験者など投稿に対して強いストレスを感じる生徒にしてみれば、3回出席するのも高い壁に感じているのかもしれません。最初の一歩を踏み出すハードルをできるだけ下げ、まずは1回出席して単位が取れたという成功体験を積んでもらうことで、徐々にスクーリングに慣れてもらうことが狙いです。

始めたばかりの試みですし、本当に成果が出るかはまだ分かりません。でも、森崎さんとは『スタディサプリ』を使う・使わないに関わらず、生徒に学ぶ楽しさを届けたいという想いで共感しながら協働している感覚。まずはやってみようという気持ちで一緒に試行錯誤してくださることがありがたいです。

リクルートのまなび教育支援Divisionでは、公立通信制高校との協働プロジェクトをスタート

単位修得はあくまでも手段。自分の力で走り抜けたという成功経験をしてほしい

― 加藤先生はこのプロジェクトをどのような想いで取り組まれているのですか。

加藤: 私が本当の意味で実現したいのは、生徒たちが自らの力で学んだり、何かを達成したりする中で成功体験を積むこと。今接している生徒たちの中には、過去の体験から自分に自信がない人や自己効力感が低い人が多い。つまずいた経験から、自分は勉強ができないと思い込んでいる人も少なくありません。だからこそ、それぞれの生徒に合った支援で、学ぶことが楽しいと思えるようなきっかけを提供したいですね。

それは、単に在学中だけでなく、生涯に渡って必要な経験になるはず。私自身、30歳を過ぎてから大学院の修士課程・博士課程に進んでおり、人生において学びが必要なタイミングは何度でもやってくるものだと実感しています。いくつになっても学びたいと思ったときに、ポジティブにその選択ができるような人になってほしい。そのために私たちがやるべきなのは、例えるなら自転車の乗り方を教えるようなフォローです。最初はしっかりと支えてあげることが必要ですが、徐々に補助輪を外していき、最後は手を出さずにじっと見守る。自分の力で駆け抜ける喜びをひとりでも多くの生徒に味わってもらい、胸を張って通信制高校を卒業できるようになってほしいです。

愛知県立旭陵高等学校

愛知県立旭陵高等学校

― リクルートの森崎さん、岡田さんはどうでしょうか。

森崎: 私はさまざまな公教育の現場と協業をする機会をいただいていますが、この仕事を通して感じるのは、先生方や支援スタッフの皆さんの子どもたちへの温かなまなざしです。子どもたちにとっても、大人が本気で接してくれることや、自分に期待して向き合ってくれることが自信を取り戻すきっかけになっている。でも環境や仕組みが整っていなければ、せっかくの想いが子どもたちにはうまく伝わりません。私は先生方の力を信じているからこそ、皆さんの熱意がちゃんと届くように、仕組みで教育現場をサポートしていきたいです。

岡田: 通信制高校の先生方が日々向き合っていらっしゃることは、全ての学校で参考になることだと思っています。加藤先生がおっしゃっていた「初めは手厚くフォローし、徐々に自立させていく」という考え方は、一人ひとりに合わせた多様な学びのあり方を実現していくうえでも重要なことだと感じます。教育は人が相手ですから成果がすぐに出るものではありませんが、中長期の未来を見据えて取り組むことで、社会をリードするような先進事例が生まれることも期待したいです。

加藤: 岡田さんがおっしゃるように、これからは従来の枠組みにとらわれないような多様な学び方も生まれてくるでしょう。例えば、午前中は集団の対面授業で午後はそれぞれが好きな場所で好きなことを学ぶようなハイブリッド型だってありえるかもしれない。そうした未来の教育のあり方のヒントになれるよう、これからも一緒に可能性を模索していけたら嬉しいです。

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