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【フランスの働くを考える 第10回】AIは仏労働市場に何をもたらすのか

2024年04月25日 転載元:リクルート ワークス研究所

【フランスの働くを考える 第10回】AIは仏労働市場に何をもたらすのか

2023年9月21日付の仏経済紙トリビューン紙の1面記事は、フランス国民に大きな衝撃を与えた。PR大手のOnclusives社が人工知能(AI)の導入を理由に、全世界の従業員1500人の半数を削減する意向を表明したのだ。フランス支部の383人中217人が突如職を失うこととなった。同社の大量解雇は「人工知能による雇用破壊」と大きな波紋を呼び、AIが労働市場にもたらす変化は不可避であると証明した。将来への懸念を表明する労働組合や労働者は増大し、大きな議論となっている。フランスではこの問題にどのように向き合うのだろうか。

AIの雇用への影響に警鐘を鳴らすフランス

仏政府は早くからAIの重要性を認識しており、2016年にはデジタル国家を推進する目的で、通称「デジタル共和国法」を導入した。多くの修正と追加がなされたためテーマは広範になったが、肝心の教育や雇用に関する規定が含まれていないと批判が続出した。しかしながら、デジタル技術とAIの普及を奨励し、新たなスキルの習得や教育の必要性を説いたことは、一定の評価を得た。2017年のフランス大統領選挙では、候補者たちがAIの影響をテーマに活発な討論を行ったことで、メディアや研究機関の関心も高まった。

フランスは、欧州の中でもAIによる労働市場へのインパクトが極めて大きく(※1)、かつ、AIの規制に関して課題が多い国でもある。政府はAIによる雇用への影響に警鐘を鳴らしており、適切な対策の必要性を強調しているが、現時点で規制はかけておらず、慎重な姿勢を見せている。

欧州全体の動きとしては、2021年に欧州委員会(EC)が、「人工知能の規制に関する提案」の枠組みを発表した。「AI法(AI Act)」は2023年6月欧州議会で採択され、2025年の施行を目指して加盟国間で最終調整が進められている。


仏市場にAIのエコシステムを構築

AI分野でやや遅れ気味だったフランスだが、内需を牽引役に大きな動きが出ている。まず、フランス郵便局のデジタル子会社であるDocaposte(※3)は、2023年10月17日、3社のパートナー (LightOn社、Aleia社、NumSpot社)とともに、新たなジェネレーティブAI事業を発表した。同社は、OpenAI やGoogleなどの競合も認識しつつ、「ジェネレーティブAI業界のリーダー」を目指す意気込みだ。ChatGPTやBardに対抗し、安全性、独立性、高性能を謳ったアプリケーションの第1弾は、医療業界に向けた「MedAssistant」(※4)だ。

「ナチュラルな会話を理解できる対話ボット」として、患者のデータ管理・セキュリティ向上を担う。さらに、立法分野での情報処理の改善を目的とした第二の計画も用意されている。データ・コーディネートを担当するギヨーム・ルブシェ氏は、「パリからポワティエ(340キロの距離)に行くために超大型ジェット機A380機を使う必要はない」と例えて、今日のジェネレーティブAI開発に高額な投資は必要ないとの見解を示している。

一方、AI分野の仏ベンチャー企業に活発な投資を続ける大手イリアッド社(通信フリーの親会社)の設立者グザビエ・ニエル氏は、AI分野に2億ユーロを投資し、フランスにジェネレーティブAIのエコシステムを構築すると表明した(※5)。クラウドサービスを提供する子会社のScalewayをベースに、パリ市内にジェネレーティブAI開発研究機関(Sphere)を設置し、世界中から優秀な人材を集めるという。ニエル氏によると、フランス企業の強みは、国内の優れた公的教育・研究機関と連携が容易である点だ。これは、AIの本拠地である米国とフランスの違いとみなされている。

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