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世界から学ぶジェンダー平等:日本が前進するために大切なこと~世界と比べる『働く×ジェンダー平等』座談会 【後編】~

世界から学ぶジェンダー平等:日本が前進するために大切なこと~世界と比べる『働く×ジェンダー平等』座談会 【後編】~

世界と比べる『働く×ジェンダー平等』座談会【前編】に続き、労働政策研究・研修機構 労働政策研究所長の濱口桂一郎さん、株式会社Will Lab(ウィルラボ)代表取締役で、内閣府男女共同参画推進連携会議有識者議員である小安美和さん、リクルートワークス研究所 「Works」編集長 浜田敬子の3名が登場します。

後編は、海外の事情や取り組みをヒントに日本が前進するために大切なことを探るのがテーマ。海外諸国と比較すると日本はジェンダー平等が進んでいないと言われていますが、ジェンダー平等先進国との違いはどこにあるのでしょうか。先進国を中心とした諸外国と比較しながら、日本がジェンダーギャップの解消に向かうためのヒントをみつけていきたいと思います。



男女間賃金格差の解消:ジェンダー平等先進国でも苦戦する課題に、日本はどう向き合うべきか?

── 昨年、世界経済フォーラムが発表した国別のジェンダーギャップ指数ランキングにおいて、日本は146カ国中116位という結果でした(図表1)。ジェンダー平等が進んでいる国との違いはどこにあるでしょうか。

濱口:一見すると逆の話をするのですが、実は【前編】のテーマだった「男女間賃金格差の解消」は今世界中で“流行”している取り組みで、日本でも議論が始まっているという点では同じなのです。ただ、ジェンダー平等が進んでいる国でも格差がなくなるまでには至っておらず、もっと頑張らなきゃと取り組んでいるのが現状。それほどの難易度が高いテーマであるにも関わらず、2022年に示された日本の政策は、男女の賃金の差異を開示すれば良いというルールにとどまっている。海外諸国は、賃金格差の解消のために「Pay Transparency(賃金の透明化)」に取り組み始めているのに、日本では社会的な関心ごとにすらなりきれていないのが気になります。

(図表1)「ジェンダーギャップ指数 上位国および主な国の順位」ジェンダーギャップ指数 上位国および主な国の順位


── 「男女間賃金格差の解消」は世界共通の課題で、日本も取り組み始めているものの、海外と比べるともう一歩というところでしょうか?

小安:濱口さんがおっしゃる「賃金の透明化」に日本が取り組みづらいのは、もともと賃金体系が、海外のような明確なジョブ型雇用ではなかった影響もありますよね。また、例えば「地域限定職」と「総合職」のように、現場で従事している業務内容はほとんど同じなのにコースの違いによって賃金格差がある採用方法の影響もあると感じます。こういった雇用体系についても議論することが大切で、ただ開示すれば解決できる問題ではないでしょう。

浜田: 地域限定職と総合職の雇用契約上の主な違いは、転勤を受け入れるかどうかぐらいです。もちろん、雇用契約によって賃金格差があることは理解していても、今後「Pay Transparency(賃金の透明化)」が進み、正確な差を知ったら、地域限定職の人たちの“反乱”が起きるかもしれません。実際は同じ部署・同じ職種でほぼ同じ業務内容を担っていることも多いのに、転勤を受け入れるかどうかで数万円以上給与が変わるのですから、納得いかないですよね。こうした制度上の曖昧さがある以上、「男女間賃金格差の解消」が海外のトレンドだからといって、それに乗って賃金格差の開示をするだけではうまくいかないのではないでしょうか。

ジェンダー平等先進国から学ぶべきは、強制力を伴う政策、職業格差意識の解消、ジェンダー平等に取り組む体制

浜田敬子


── 日本がヒントにできそうな海外の取り組みはありますか。

浜田: 私がお話ししたいのは、ドイツの事例です(2022年のランキングでは146カ国中10位)。ドイツは、EUの中でも性別による役割意識が強いお国柄。そんなドイツでジェンダー平等が進んだのは、一定の比率で女性に人数を割り当てる制度であるクオータ制を法律で定めたことが大きいと言われています。企業に女性役員・女性管理職比率の目標数値を課し、罰則規定も設けて義務化した。そこまでの強制的な動きがあったからこそ、「どうやったらリーダーに女性を登用できるか、彼女たちを育てるにはどうしたら良いか」と企業は本腰を入れて取り組んでいます。日本も努力するだけにとどめず、強制力を持って取り組んでいくのも選択肢の一つだと思います。
また、海外との比較で私が注目しているのは、ジェンダー平等が進んでいると言われる北欧の公共サービス事情。社会保障が充実していることでも知られる北欧ですが、公共サービスを担う公務員として、多くの女性が雇用されていることが結果的にジェンダーギャップを縮めることに寄与していると言われています。これに対して日本はパブリックセクターの業務を民間へ委託するなど公務員の数を絞り続けている。労働力人口あたりの公務員数は主要国で最低という水準で、女性の活躍の場が先細りしている印象があります。

(図表2)「労働力人口に占める公務員(一般政府雇用者)比率の国際比較(OECD)」労働力人口に占める公務員(一般政府雇用者)比率の国際比較


── ジェンダーギャップの解消には、行政による女性が活躍できる環境を積極的に作るための思い切った施策も重要だということですね。

濱口:これは無意識のジェンダーバイアスと言われるかもしれませんが、例えば看護師、介護士、保育士などのケアや配慮をする仕事は、世界的に見ても女性が活躍しやすい傾向にあるのも事実です。問題なのは、こうした女性が多く従事している仕事は、男性が担ってきた仕事と比べ価値が低いというバイアスがあることです。北欧の場合は労働者に公務員の占める割合が高く、彼らの職業に男女格差がないからこそ、社会全体の職業格差が小さいのでしょう。日本とは社会構造が違うため、そのまま参考にすることは難しいかもしれませんが、職業格差を解消していくこともジェンダーギャップを解消するためには必要です。

小安:日本と海外を比較して感じるのは、日本が集団を重視し同調を求める社会であること。個人の権利を主張することが敬遠されがちで、ストレートにものを言わず、配慮と思いやりが男女共に求められます。これもなかなか格差が解消できない要因になっているのではないでしょうか。G20の女性に関する政策提言を行うエンゲージメントグループ「W20(Women20)」に参加した際にもそう感じました。多くの国で、ジェンダー平等の実現を政府に提言する組織が存在するのに対し、日本では研究者等、有識者の有志が集まり、ボランティアで臨んでいる状態。ジェンダー平等の実現に向けて、市民の声を政策に反映するための仕組みを市民社会においても強化していく必要があると思います。

課題はまだまだあるものの、ジェンダー平等への変化の兆しは確実に見えている!

── 一方で、日本を含めジェンダーギャップが大きい国の共通点から見えてくるものはありますか?

浜田:日本の状況に近いのは、中国(102位)や韓国(99位)。いずれも共通しているのは、やはり性別による役割分業が強く意識されていることですね。韓国ではもともと学歴社会であったところに女子の教育にも力を入れるようになった結果、現在では弁護士や医師などの仕事に就く女性も増えてはいます。しかし、そんなハイキャリア層でも保育施設などの社会インフラが十分でないことから、出産・育児を理由に仕事を辞めてしまう。そこに「家事育児は女性が担うべき」という社会全体の意識を強く感じます。また、中国は平等を重んじる社会と思いきや、特に女性の要職への登用には大きな壁があると言われています。

濱口:悩ましい問題ですよね。中国の場合、毛沢東時代は「女性は天の半分を支えよ」と女性も男性同様に働くことが推奨されていましたし、女性もそれなりに要職に就いていたのです。でも、皮肉なことに経済合理性を追求していくうちに、結果的に男性ばかりになっていった。それは中国が個よりも集団での調和が重視される社会だったからで、日本との共通点を感じます。

小安美和


小安:確かに、日本も同質性の高いムラ社会ですよね。男性ですら出る杭は打たれるから、思っていることをはっきり言わない。ましてや女性は、男性たちのムラ社会にも入れてもらえず、配慮をしながら働いてきた歴史があります。

濱口:同質の仲間の中で生きていくのは、楽でもありプレッシャーでもありますよね。少しでも違う振る舞いをしたら、つま弾きにされかねない。今の中高年男性たちはそんな苦労をしてきたからこそ、かつてよそ者だった女性たちが権利を主張し獲得していることに反発する気持ちがあるのかもしれません。

浜田:もちろん声高に主張している女性もいるけれど、大多数はそうではないのが実態ですよね。平等ではありたいけれど、なるべく波風を立てずに意見を聞いてもらいたい。それが海外との違いだと感じます。

濱口:それは世代差も大きいのではないですか。雇用機会均等法後の第一世代の女性たちは、「私たちから動かないと仲間に入れてもらえない」といった気概で男性社会の鉄の扉をノックしていた印象があります。小安さんと浜田さんはその下の世代に位置すると思いますが、扉は開いていたけれど、放っておくといつのまにか差別されている。だから言うべきときは言ってきた。でも、最近の20~30代はそうした上の世代の奮闘のかいあって、良くも悪くも男女は同じムラにはいる。だからお互いにはっきりとは言わないけれど、配慮をして欲しいのではないでしょうか。

小安:男女平等はまだまだなものの、男女が同じムラの中にいるというのは一つの変化ですね。私は、男女の機会格差を解消するために女性に特化したキャリア支援研修やリーダーシップ研修を行っていますが、最近の社会変化の中で、キャリアやリーダーシップに悩んでいる男性にも研修を実施してほしいと言われることが多くなってきました。また、若い世代で育休を取りたい男性や夫婦が平等に家事育児をすべきだと考える男性も増えています。こういった変化は着目すべき点ですよね。

職場におけるジェンダー平等は、全ての人が性別の役割にとらわれず自分らしく働くために実現すべきこと

濱口桂一郎


── 働くことにおけるジェンダー格差の解消をさらに進めるにはどうするべきだと思いますか。

濱口:女性にとって働きやすく生きやすい社会は、男性にとっても同じであるはず。女性への意識を変えることと同様に、男性についても旧来の“男らしさ”に縛られて他の生き方を認められない状態を脱すること、それがみんなのために必要なのだという意識が大切ですよね。もちろん、各論の打ち手やさまざまな次元でやるべきことを挙げればキリがないのですが、今の日本社会の状況を考慮すると、まずはここからです。

小安:濱口さんのご意見に賛同します。今の社会は、「女性だからできない」「男性だからこうしなければ」と考えている人、つまりMUSTで人生を選択している人がまだまだ多いです。そうした自分を縛る息苦しさから解放するための手段としても、社会全体でジェンダーギャップの解消に取り組むことが必要ではないでしょうか。

浜田:企業の取り組みを後押しする上では、ジェンダー平等に取り組む合理性についても言及したいです。男女格差が存在し続けたこの30年間、日本の経済成長は停滞し、人々はあまり幸福を感じておらず、子どもたちが希望を持てる社会とは言い難い、多くの人にとって生きにくい状況が続いています。だからこそ現状を打破するための一石としてジェンダー格差の解消に取り組むことには価値があるはずです。また、ジェンダー平等の先に待っているのは、自分の人生をより良く生きること。夫婦共働きが当たり前のデンマークでは帰宅ラッシュが16時台で、自宅に戻って家族の時間を過ごしています。ただ、そうする人たちが全員プライベートに偏った価値観ということでもなく、20時頃から持ち帰った仕事に取り組んでいる人も多い。このように性別の分け隔てなく仕事や家事育児を担う社会では、仕事と暮らしをはっきりと分けるのではなく行き来をしながら人生をハンドリングしている人が多いです。日本でも、性別の役割に縛られることなく、活き活きと働きながら自分らしい人生を送る人が増えて欲しいですね。

座談会を終えて~働く誰もが自分の思い描くワーク・ライフ・バランスを実現できる社会へ向けて~

濱口、小安、浜田


昨年7月、女性活躍推進法改正として一定以上の従業員数の企業に男女間賃金格差の開示が義務づけられ、今後はその開示が進んでいくことになります。これは現実として男女間に賃金格差があり、その解消を進めるために他なりません。

今回私たちがこの座談会を開こうと思ったきっかけは、「同じ職業なら男女の賃金格差なんてないはずなのに、これだけの格差はどこから生まれるのか?」そして日本の格差が世界の国々と比較しても大きいと知り、「格差が小さい国と日本は何が違うのだろう?」という単純な疑問からでした。

座談会の中で、日本における男女間の賃金格差の背景には、男性・女性という性別を理由として役割を分けて考える「性別役割分業意識」があり、「勤続年数」「管理職登用率」「非正規雇用率」といった、賃金格差を生む男女間のギャップもそれに強く結びついていることが見えてきました。こういった状況に対し、「賃金格差の開示」といったギャップ解消への取り組みも始まっています。しかしながらジェンダー先進国の取り組みを見てみると、一定の比率で女性役員・管理職を割り当てることを企業に罰則を伴って義務化するクオータ制などの強力な政策や、職業格差意識の解消、また政府に提言できるジェンダー平等に関する専門機関などの体制も重要であることも分かってきました。

この座談会で全ての答えがでているわけではありませんが、まずは世界と比べた日本の課題感を含めて男女間に賃金格差がある現状を私たち自身が理解しようと意識を向けることが、解消への第一歩だと考えます。

人々

ジェンダー平等は決して女性だけの問題ではありません。男性中心の職場でみられるような仕事優先で長時間労働を前提にした働き方を見直すことでもあります。ジェンダーギャップの解消は、男女に関わらず同じだけ活躍の場があって、働く誰もが自分の思い描くワーク・ライフ・バランスを実現できる社会を創ることにつながっていくのではないでしょうか。




座談会参加者プロフィール/敬称略五十音順

※プロフィールは取材当時のものです。

小安

小安 美和
株式会社Will Lab(ウィルラボ)代表取締役
内閣府男女共同参画推進連携会議 有識者議員

1995年日本経済新聞社入社。リクルート等を経て2017年株式会社Will Labを設立。全国の自治体と連携し、女性の就労支援、リーダー育成等、女性のエンパワーメントに取り組んでいる。2019年より内閣府男女共同参画推進連携会議有識者議員。

濱口

濱口 桂一郎
労働政策研究・研修機構 労働政策研究所長

労働省、欧州連合日本政府代表部一等書記官、衆議院調査局厚生労働調査室次席調査員、東京大学客員教授、政策研究大学院大学教授、労働政策研究・研修機構の主席統括研究員を経て現職。日本型雇用システムの問題点を中心に、労働問題について幅広く論じている。

浜田

浜田 敬子
リクルート ワークス研究所 「Works」編集長
ジャーナリスト
前Business Insider Japan統括編集長/元AERA編集長

1989年朝日新聞社に入社。2014年からAERA編集長。2017年に同社を退社し、Business Insiderの日本版を統括編集長として立ち上げる。2020年末に退任し、フリーランスのジャーナリストに。2022年リクルートワークス研究所が発行する『Works』編集長に就任。

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